D=4、本部。 寺井晴行は、ほっと胸をなでおろした。 よかった、安心だ。 弟の晴信と合流した岡本翔平が急に首輪を解体すると言い始めたときは流石に焦ったが、それも心配なくなった。 岡本は解体作業を断念したらしく、今は仮眠をとっている。あとは禁止エリアに指定される前に、あの家を脱出しても らえればそれだけで充分だった。 そんな様子をじっと眺めていたのだろうか、蒔田が話しかけてきた。 「どうした、寺井。弟になんかいいことでもあったか?」 「あぁ、はい。ちょっと気になる会話があったんですが、なんかうまくおさまりそうです」 「気になる会話?」 気になる会話という単語に、蒔田がピクリと反応を見せる。まぁ、今なら話しても大丈夫だろう。どうせもう、全てはす んだ話なのだから。 「いえ、実は岡本が弟に首輪を解体しようって話を持ちかけてまして」 「……へぇ、それで」 「で、先程まで解体作業を進めていたのかどうかはわからないのですが、岡本がやーめた、と発言しました。どうも複 雑すぎてわからないから、諦めたみたいですけど」 「……ふぅん。門並センセ、どう思います?」 気がつくと、門並教官が背後に立っていた。全く気配を感じなかった。 門並は口元に手を当てて、少しだけ考える素振りをする。なにか、思い当たる節でもあるのだろうか。 「寺井くん。岡本翔平が諦めたって言ったのはどんな状況? 突然? それとも会話の中で?」 「いや……突然ですが。その声で弟も目を覚ましたみたいですし」 「そっか……」 蒔田が、傍にあるパソコンのキーボードをカタカタとうちならす。軽快なタッチだ。 「蒔田くん、とりあえずそのエリアが禁止エリアになる前にどっちか片方の死亡通知が来たら、もう片方の首輪を爆破 しなさい」 ……え? 「門並教官……?」 「寺井くん、いいことを教えてあげる。私達の仕事は生徒達を殺すことじゃないの。毎回行われるプログラムで、きちん と一人の生徒を生かすことよ」 突然、何を言い出すのかと思えば、いつか蒔田から言われた言葉、そのままだった。 あの時はまだ自分もプログラムに優勝したばかりで、政府の考えが全くわからないままに聞いたものだから、なんだ かとても印象に残っている言葉だったのだけれど。なるほど、これも門並教官ゆずりだったということか。 「はい」 「だからね。不慮の事故でプログラムを強制終了させる、なんてことがあってはならないの」 「はい」 「その為には、犠牲も必要。私達の命を守るためにも、ね。それは、わかるわね」 「……はい」 門並は、ヘッドホンを手に取る。寺井にも促してきたので、同じように耳に当てた。そこから聞こえてくる音は、カリカリ という謎の音と、二人の男の会話だ。 『……そんな、翔平。なにを、言ってるんだい……?』 『んだよ、面倒だな。首輪の解体が無理になった今、生き延びるためには優勝するっきゃねぇ。だから、まずはお前を 殺す。そういうこった』 『嘘だろ? 翔平はそんな奴じゃ……!』 『あばよ、寺井。お前にはホント、色々と都合がよかったぜ』 プツン、という音と共に、メインモニタから警告音が発せられた。また生徒が死亡したという通知だ。羅列されている名 簿が、更新される。男子11番、寺井晴信の名前が、真っ赤に染まっていた。 「男子11番、寺井晴信。死亡確認!」 近くにいた兵士が、そう大声で言う。その声が、晴信が死んだことを改めて告げた。 「晴信……!」 時刻は、4時38分。あのエリアが禁止エリアに指定されるまで、あと20分ちょいだった。 門並は、蒔田に目配せをする。蒔田は、黙ってうなづいた。そして、眼を瞑って、エンターキーをカタンと、押した。 「……悪く思うな」 蒔田が、ぽつりとそう呟く。門並も、下を向いたまま何も言わない。ただ、耳元から聞こえてきたのは小さな破裂音だ け。あとは、ヘッドホンは何も伝えてこなかった。 メインモニタから、再び警告音が発せられた。羅列されている名簿の更新、今度は、岡本翔平の名前が真っ赤に染 め上げられている。 「……え? だ、男子3番、岡本翔平。死亡確認!」 近くにいた兵士が、若干戸惑いながらそう読み上げる。 そう、岡本も死んだ。突然。小さな、破裂音と共に。思い当たるのは、蒔田のあの行為だけだった。 「……まさか」 寺井は、顔をあげる。蒔田が、そして門並が、自分を見つめていた。 「岡本翔平は違反行為を行ったので、それ相応の処罰を与えました」 「処罰って……首輪を爆破したんですか?」 「…………」 「そんな! 彼は確かに解体をしようとした! だけど、諦めたじゃないですか! なのになんで?!」 「気付かないのか、寺井」 声を張り上げた寺井に対して、蒔田がぴしゃりとそう言う。その眼は、真剣そのものだった。 寺井はわけがわからなかった。弟が死んだ。そして、加害者である岡本は蒔田に殺された。 「岡本は気がついてたんだよ、首輪の盗聴に」 「まさか」 「いや、そんなものは誰かの首輪を内側から調べればすぐわかることだ。お前なら、知っているんじゃないのか?」 寺井は黙り込むしかなかった。確かに、岡本が佐原夏海の死体から首輪を奪取したのは間違いない。だけど、それ がなんだってんだ。それで首輪の構造を把握出来るとでも? そんなの、不可能に決まっているじゃないか。 しかし、結果論として岡本はそれを知った。死体の首輪を回収したことを告げなかったのも、自分の落ち度だ。 「心当たりがあるって顔してるな。まぁいい。それで、岡本は小芝居をうったんだよ。こちら側を欺くためにね」 「欺く?」 「まんまと騙されたんだよ、お前は。岡本は弟さんを殺す振りをして、実は首輪を外したんだ。そしたら首輪は死亡通 知を出してくるだけだからな。あのエリアが直後に禁止エリアになるのもおいしいしな。多分そこまで考えていたん だろう」 「じゃ……じゃあ、弟は」 「まだ、生きてる」 そして、蒔田は黙り込む。じっと寺井と門並の顔を、交互に眺めているだけだった。門並が、バトンを受け渡されたの か、寺井に言い放った。 「だからね、寺井くん。今から貴方に命令させていただきます」 「…………」 「弟さんを、殺してきなさい」
|