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 誰か、来る。

 さっきまでは、そんなにこの試合に乗っている奴はいない、そう思っていた。
 だけど、急に、なんとなく。嫌な予感が、した。

「誰か、来るって?」

「うん」

「誰だよ」

「そこまではわからないよ」

 俺と同じように、この青空に誘われて丘の上に昇ってくる奴だとする。だとすれば、あまり心配しなくてもいいのかも
しれない。だけど、それを見越した奴が、朝日が昇ると同時に行動を開始したとすれば。

「折原さ。俺が来るときも、誰か来るってわかったのか?」

「そりゃあ、なんとなくね。で、君が来た。だからあの時と同じ感じの今、多分ここに誰か来るのは間違いないと思う」

「あのさ、一つだけ聞いていいか? お前……いつからここにいたんだ?」

「ん、ぼくも君とそう変わらないよ。ただ、近くで朝が来るのを待ってたんだけど、日が昇るといい天気だったから、な
 んとなく誘われるようにここに来て、寝てた。それだけ」

 そう。みんなが、誘われるように、ここへやってきているのだ。
 あの、太陽に、誘われて。

「折原、逃げよう」

「……高原くん。ぼくは言ったよ。逃げないって」

「なら、俺だけでも逃げるぞ? それでいいのか?」

 その時だった。とことこと歩いてくる奴が、俺の視界に入る。同時に、向こうもこちらに気がついたらしく、足取りをこ
ちらの向きへと変えた。そう、それは、女子だった。

「ねーねー、そんなとこでなにしてんのー?」

笑いながら、バカデカい声で話しかけてくるそいつ。目黒幸美(女子17番)。青空の下に晒された、真っ赤に染められ
た、左肩。青の下では、よく映えていた。

「目黒……」

「……高原くん。逃げなよ」

「あ?」

「ぼくが、足止めしてあげるからさ。君だけでも、逃げなよ」

「お前っ! 何言って……」

目黒が、歩きながら腕を持ち上げた。その両手に握られている、黒い塊。そう、それは紛れも無く、ショットガン。レミ
ントンM31
そいつが、ドゥという激しい音を立てて、火を噴いた。

「ははは。……逃がさないよ」

目黒が、笑いながら声のトーンを下げる。くそっ、ちょっとだけ可愛いと思ってしまった自分がにくい。

「目黒さん、安心してよ。逃げる気なんか、ないよ。……ぼくはね」

 ぼくはね。

折原が、ちらと俺の顔を見る。その顔は、相変わらず笑みの形をしていた。目黒とは違う、澄んだ眼。
お前は……どうして。

「あー。いい、青空だ」

「……すまねぇ!」

俺は、踵を返して一気に全速力で駆け出す。直後、鈍い音を立てて、なにかが弾ける音がした。振り返ると、そこに
広がっているのは、紅い噴水。血飛沫が、飛び散っている。

 折原……!

「ひっとーり!」

まずは、一人。目黒の笑い声が、高らかと聞こえてくる。
折原が。さっきまで笑いあっていた折原が、殺された。そんな……冗談だろ? 俺はまだ折原の死体を確認していな
い。まだ、死んだって決まったわけじゃない。
……だけど、確認は出来なかった。そんなことをしていたら俺まで殺される。そして、なにより。認めたくなかった。だ
けど、そうも言ってられない状況だってある。

「ほらほら、逃がさないぞぉ!」

背後から声が響いてくる。また、重たい銃声が鳴り響いた。反射的に、横へ跳んだ。直後、走っていた直線状の草む
らが、大きく抉られている。なんて威力だ。ただの銃じゃねぇ。
転がりながら体制を整えて、俺は敵の位置を確認した。なるほど、大分離れている。流石にかよわい女の子があん
な重たい武器を持って走るっつーのは難しい話らしい。お前が可愛くて助かったぜ、こんちくしょうめ。

だけど、安心は出来ない。あのゴツイ銃はかなり遠くまで弾を飛ばせるらしい。まずは、遮蔽物が必要だ。なにか、適
当な家かなにかにもぐりこむことが出来れば……。
と思いながら走っていると、少し離れた先に倉庫のような建物がある。そこなら身を隠すには充分な広さがありそうだ
った。振り返ってみても、目黒の奴はもう見えない。恐らく、追いかけるのを諦めたのだろうけれども、安心は出来な
い。逃げるなら、とことんまで逃げてやる。

 倉庫の前にたどり着いた。脇にある扉に鍵がかかっているのを確認して、俺はどこか抜け道を探した。だが、そう簡
単に見つかるものではない。ましてやこいつは倉庫だ。セキュリティだって通常のものに比べてあるのだろう。だけ
ど、俺の動体視力が、僅かな違和感をキャッチする。

 窓越しに、なにか陰のようなものが動いたのだ。
 それは、間違いなく人間。中に、誰かが潜んでいる。

「おい、中にいる奴、入れてくれ! 高原だ! 銃を持った奴に追われているんだ! 入れてくれ!」

 俺は、すりガラスを何回も叩いた。
 中に誰かがいる。誰かはわからないが、隠れている奴は基本的にやる気じゃない。安心できる。
 そして、中から返事が届いた。

「高原か。わかった、鍵開けるから、玄関へまわれ」

「おぅ、ありがとよ! 急いでくれ!」

 施錠が解除される音がすると同時に、俺は扉を開けて中へとなだれ込む。そして、すぐに鍵を閉めた。
 もう、物音は一切しない。

「ありがとう……助かった」

 そして、この家の今の主に、感謝する。

 そう。俺の名前は高原真平。
 どこまでも、逃げ続ける天才さ。……カッコ悪いな。





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