高原真平(男子10番)は、その銃声を聞いて少しだけ足をとめた。 随分と遠くから聞こえてきたような気もするが、それが、朝が始まったのだという知らせになった。 真平は日が沈んでいる間は、民家に備え付けられていた物置小屋の陰で、じっとしていた。夜間に行動するのは 危険だというのは当たり前のように理解はしていた。視力が奪われている分、他の神経を余計に使わせてしまって、 結果的に体力を無駄に消耗してしまう、そう思った。だから、物置小屋でじっくりと休んだ。ぐっすり眠ることは不可能 だったけれども、それでも程よい具合に休息はとれた。 元バスケ部。走力、動体視力、反射神経、一応それなりに自信はあった。徹夜だって案外平気だったし、慣れない環 境下での試合なんてものはへっちゃら……とまではいかないけれども、他の生徒に比べたらたくましいだろうとは自 負していた。 だけど、流石に殺し合い、サバイバルという環境は初めてだ。とてつもなく怖い。どうしようもないくらいに怖い。幸か 不幸か死体はまだひとつも見ていないし、また誰とも遭遇していない。ここまで誰とも会わないとなると、本当に自分 ひとりしかこの場にはいないんじゃないかっていうくらいになる。 真平は日が昇ってから、歩き始めた。誰かに会いたい。誰かと、話をしたい。いい加減に、飽きた。先程の放送で既 にクラスメイト10人が死んだことになるけれど、それも6時間に2人か3人程度だ。本当にやる気になって殺しまわっ ている奴がいるとしても、恐らくは3人くらいなもんだろう。あとは全員が自分と同じように、どこかにひっそりと隠れて いる奴ばかり。そう思えてきたからこそ、移動を決意した。 昨日の曇天に比べて、今日の快晴ぶりは素晴らしかった。いよいよ夏本番が近づいてきたんだなという、そんな気分 に浸るには充分なほど。そろそろ、セミが鳴き始めてもいい頃合だろう。 真平は地図で言うとB=7、水田地帯を歩いていた。水がチロチロと流れ続けていて、青々とした稲が辺り一面を敷 き詰めている。いい、匂いだった。少しだけ丘になっている部分が目の前に見える。ちょっとした高台だ。あそこまで 昇ってみれば、誰かが見えるかもしれない。そう思い立って、昇っている最中に、聞こえてきた銃声だった。 方角的には、南西側からだったような気がする。間違いない、銃声だ。一応、これは殺し合い。その音自体は珍しく もなんともないのだけれど。少なくとも夜の間は一度も聞いた覚えは無い。浅い眠りだったから、どこかで響けば必ず 聞こえてくるだろう。だけど、それは無かった。 そう、みんな夜間はセーブしていたのだ。そして、朝になって、また行動を再開した。一刻も早く、この試合を終わらせ るために。 みんな、狂っている。どうしてそんな簡単に、スイッチの切り替えを行うみたいに行動できるんだろうか。そう、殺人 だ。今の一発で、また誰かが死んだんだろう。そう思うだけで、他の、まだ生き残っているクラスメイトの顔ぶれが浮 かんでくる。あいつか、いや、あいつか。それとも、あいつか。それが仲の良かった奴らじゃないことだけを願う。そう 思ってしまう自分も、なんだか情けない。 なだらかな丘陵。そこに、だらしなく寝っころがっている男子生徒が見えた。見る限り、死んではいないらしい。遠目 からひっそりと確認をするが、残念ながら顔までは判別できなかった。 そいつは、ただぼーっと空を見上げていた。バッグはその横に放置している。完全に、戦闘放棄をしているとしかいい ようがない。あいつは、なにを考えているんだろう。 興味が湧いてきて、そっとそいつの傍へと近寄ってみる。ようやく顔がわかった。折原庸一(男子4番)だった。 「よぉ、折原」 ついつい、声をかけてみる。声を発したのは、いくらぶりだったろうか。 折原は、首だけを動かして、俺の姿を確認する。そして、すぐに元に戻して、また空を見上げ始めた。 「高原くん、か」 折原庸一。あまり、話したことはない間柄だったけれど、まぁこいつの評価は俺の中では中々に上だった。まず、頭 がいい。こんな風にぼーっとしていることもあるけれど、よく奇策を思いついたりして、クラスを沸かせていたこともあ る。若干おつむが足りない自分にとって見れば、ちよっとだけ羨ましかった。 「なにしてんだ? 空、見てんのか」 「……うん。すっごく、青いね」 「あぁ、青いな」 遠くに見える、雲。それが、よりいっそう、空の青さを強調していた。素晴らしい、景色だった。 「て、それだけかよ。なんかすることないのか?」 「高原くんさ。こう、空を見てるだけで、なんか壮大な気持ちになんないかな」 「んー、そうだねぇ。なーんか、俺ってちっぽけな存在なんだなー、て気持ちにはなるぜ」 「そうそう。それだよ、それ。ぼくらなんて、所詮はちっぽけな存在なんだ。そうだよね」 「んー……なにを言いたいのかよくわからんけど」 とりあえず、俺は楽しかった。会話をするという行為が、とても楽しい。 折原の隣に、並ぶように腰をおろす。流石に寝っころがろうとは、思わなかったけれど。 「でもさ、空を見るのはいいけどさ。折原、こんなとこでぼーっと寝るのはどうかと思うぜ」 「なんでさ?」 「なに、お前。戦闘放棄でもしてんの? 一応、試合中なんだぜ、今」 折原は、また首だけを動かして、俺の顔をまじまじと見た。そして、今度は俺の顔を見て、しゃべり始める。 「でも、少なくとも高原くんはさ。その試合に参加する気がないみたいに見えるけど」 「ん? あ、んー。そだな。確かに、殺す側にまわる気にはなれなかったな。まぁ、武器が武器なだけにね」 「はずれだったってことかい?」 「はずれもなにも、ひどい話さ。荷物受け取ったときはめっちゃくちゃ重たくて、うわなんだこれとか思ったんだけどさ。 ふたを開けてみたらなんてことはない。ただの鉛の塊が入ってただけでさ。その辺の道端に即捨てたね」 そう。バッグを受け取ったときは、その予想以上の重さにびっくりさせられたものだった。少しだけ期待して開けた俺 の眼に飛び込んできたのは、競技用の砲丸。こんなもんを振り回してどうするんだ。 折原は、案の定笑っていた。 「そっか。それは酷かったね」 「うっせぇな、笑うなよ。折原はどうだったんだよ」 「なに、ぼくも普通のものだよ。包丁が一本、ケースに収められて入ってただけ」 「普通だなぁ。でもま、俺のよりは何倍もましだろうよ。……あー、話がずれたな。で、お前のそれは戦闘放棄ってこと でいいのか?」 「あ、うん。ゴメン。そうなるね。ぼくは戦う気はさらさらないよ」 「誰かに襲われても?」 「そうだね。多分、逃げない。その方が、かえって精神的に向こうはきついんじゃないかな」 「きつい?」 「そう、精神的ダメージね。抵抗された挙句に殺したなら、向こうだって納得できると思う。だけど、無抵抗の奴を殺し たら、逆に後味悪いんじゃないかなって思って」 また、こいつはどうやら変なことを考えているらしい。 「でも、殺しまわる側ってのは大体どっかイカれてる奴なんじゃねーの? そいつらに精神的ダメージとか期待するだ け、無駄だと思うんだけどな」 「……それもそうだね。高原くん、なかなか面白いよ」 楽しかった。とても、楽しかった。 望めるならば、いつまでもこうしてこいつと、駄弁っていたかった。 だけど、どうやらそれは、長く続きそうにも無い。 突然、折原が、こう言ったんだ。 「……誰か、来るね」
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