藤村光明(男子19番)は、顔を上げた。 今まさに聞こえてきた銃声は、かなり出所が近かったような気がする。 「藤村君……!」 そっと、左腕をぎゅっと握り締められる。守時京子(女子19番)は、震えていた。 出発地点で連続で出発できると知った俺達は、迷わずに合流を決めた。ただ、あの教室内で目と目が合っただけ で、そうだと判断できるくらい、俺と京子の信頼度は高かったと言ってもいい。恐らく、クラス内で俺達が付き合ってい るってことは誰も知らなかっただろう。京子はあまりそれに関してちやほやされたくないと言っていたし、俺も俺でその ことについて騒がれたくないというのが本音だった。 それを知ってかどうかは知らないが、放課後よく二人で出かけたり、休日にデートをしたりはしていたけれど、その関 係がクラスの連中にバレるということはなかった。いや、本当はバレていたのかもしれない。だけど、知っていたとして も、誰もそれを打ち明けるということはしなかったらしい。少なくとも、俺達の前では。 俺がこいつに惚れた最大の理由は、やっぱりその仕草だろうか。出席番号が一緒だってことで、とりあえず最初の席 では隣同士にさせられた。必然的に、俺達は話をする機会が多くなって、そして互いに互いを見る時間が増えた。そ れだけなら、まぁこのクラスで成立するカップルは多々いるんだろうけれど、たまたま俺達がよく気が合ったってことな んだろう。わざと教科書を忘れて、こいつと肩を並べたことだってあるんだ。まぁ、頻繁にやると怪しまれるから、ある 程度自重はしていたけれども。 ここだけの話、実は告白をしたのは京子の方からだった。向こうがどう思っていたのかは知らないけれど、どうやら京 子もおんなじことを考えていたらしい。俺は迷わずにOKサインを出したけれどね。それが、ついこの間の話。梅雨が 明けたくらいの時期だったっけか。 ……短すぎた。まだ、時間が足りなかった。もっと、二人で色々なことがしたかった。だけど、もう、それをするだけ の余裕はない。今はただ、二人で殺し合いに参加している。それだけだ。 幸い、出発してからは誰にも襲われることなく、二人きりの時間を満喫することは出来た。暇だなんて思わなかった。 適当な民家に忍び込んで、適当に語り合っていた。いつも喫茶店でデートをしていた時もおんなじことをしていた気が するけれど、今日のこれは人生最後のデート。なんだかとても楽しくて、だけどちょっとだけ切なかった。 もっともっと、こいつと一緒にいたかったよ。欲を言えば。 「今のは、銃声だな。それもかなり近い」 「こんな端っこでも、殺し合いをしてるってこと……?」 「殺し合いに時間も場所も関係ないだろ。一人の生徒と一人の生徒が対面した。それだけで、戦いは成り立つ」 ここは、H=7に位置する民家。たまたま勝手口の鍵が開いていたので、そこから中に忍び込むことに成功した。だけ ど、もうここだって安心は出来ないだろう。先程聞こえてきたガラスの割れる音。それが襲撃者が出した音だとすれ ば、恐らくは民家に無理矢理入り込んで戦ったに違いない。民家の中は死角だらけだが、逆に逃走経路も少ない。 単独行動ならまだしも、こちらはペアで行動している。どうにも、分は悪い。 なら、覚悟を決めなくちゃならないのかもしれない。それが、たとえどんな結果になろうとも。 「守時。ちょっと、外へ出よう」 「……え?」 「さっきの奴は……多分、家に入り込んで、中にいる奴と戦ってる。あいつが通り過ぎるまでは、外でやり過ごしたほ うが安全だとは、思わないか」 「あ、さっきのガラスが割れる音、だよね。……うん、わかった。藤村君がそう言うなら」 いい、目をしていた。今、この状況で外に出ることが何を意味するのか、それだけはよく把握しているらしい。 俺達はそっと勝手口の鍵を開けると、そこから外へと飛び出した。眩しい。朝日が、会場中を照らし出していた。これ では、隠れていても簡単に見つかってしまうかもしれない。どうすれば、いいのだろうか。 ふと、右手に握り締めたボウガンの存在を、思い出す。守時も、忘れずに支給武器のレイピアを握り締めていた。 「守時。ここにいろ」 「……え?」 「ちょっとだけ、様子を見てくる。お前はその辺に隠れてるんだ」 「え、でも、だって……」 「いいか、無理すんなよ。いざというときは逃げればいい。もし、互いにはぐれたら、日が沈む頃にまたここに戻ってく る。それでいいだろ」 いざ、が来ないことを願おう。もう少しだけ、二人きりの時間を。 俺は守時の返事を聞かずに、銃声が聞こえてきた道を進んでいく。ボウガンに、矢はもう番えてある。 大丈夫。俺はまだ死なない。俺は、まだ守時と二人で、いける。 その人物は、本当に会場の端に突っ立っていた。その奥には、フェンスに激突する形で首を失っている、謎の死体 が一体転がっている。そいつは、その死体に向かって、手を合わせているみたいだった。その体から殺意というもの は、全く感じなかった。俺は、ボウガンをそっと下ろした。 「なにを、してるんだ」 俺は、その人物、古城有里(女子5番)に問いかける。彼女はこちらの存在にとっくに気付いていたのか、さして驚く 様子も無く、振り返ることなく声を発した。 「お祈りです」 「お祈り?」 「はい。そこで先程亡くなった、西野さんに」 西野? 西野彩奈(女子13番)のことか? あの死体は、それなのか? 古城の体を見るが、別に銃や武器の類は持っていないみたいだった。懐にしまいこんでいるのかもしれなかったが。 「……お前が、やったのか?」 「…………」 「答えろよ」 「…………」 俺は、答えない古城に対して、ボウガンを向けた。答えない、いや、答えられないのか。自分が殺したとは、さすがに 言えないってことなのか。 古城は、振り返る。その顔は、とても悲しそうだった。 「藤村くん。ひとつだけ、聞きます」 俺は、背中に冷たい風が吹き抜けるのを感じた。 「あなたは、楽に死にたいですか。それとも……苦しんで、死にたいですか」
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