俺は、耳を疑った。 周りが急速に、冷めていく。先程まで聞こえていた小鳥達のさえずりは、もうない。 「楽に、死にたいか……?」 俺の聞き間違いなんかじゃなかったら。今、目の前にいるこの少女は、どちらの選択肢にも、『死』を取り入れてい た気がする。楽な死か、苦痛の死か。 古城は全く顔をゆがめなかった。ただ、純粋に聞いている。そうなのだろう。 「西野さんは、抵抗した挙句、苦痛を伴う死を遂げました。ある意味では自滅とも、言えるかも知れません」 丁寧な少女の口調が、逆に不安要素を駆り立てる。 西野は、出発するときに恐らく最も輝いて出発した奴だ。なんだかとても楽しそうな雰囲気をかもし出していた。そん な印象が強い。恐らく、この戦いには参戦したのだろう、と思う。それをこの少女が戦って、苦しめた挙句に殺した? 信じられなかった。いったい、どうやってこいつは。 「古城。よくわかんないけど、お前が西野を殺したってことでいいんだよな」 俺は、再度確認する。今度は、はっきりとうなづいた。自らの反抗を、目の前にいる少女は認めたのだ。 少女に向けたボウガンが、ずっしりと重たく感じる。 「藤村くん。あなたは不思議な人です。あなたがやる気なのかどうか、私には判別できません」 少女は、引き金を引かれたら死んでしまう状況の中、物怖じすることも無く言葉を紡いでいた。それが、妙な違和感。 怖かった。仕留められないような気がして、ならなかった。 「引き金を引きたいならそうすればいいじゃないですか」 その、一言で。全てが、決まった。 間髪いれずに、俺は指に力を込めた。ガスッ、という音がして、矢が一直線に少女の元へと飛んでいく。だが、それだ けだった。矢は少女の体を捉えない。俺には、理解が出来なかった。 ただ、目の前の少女はふわりと浮かぶように一回転をした。まるで、バレエをしているかのような、優雅な仕草。可憐 な、振る舞い。矢は少女の背中をするりと抜けていき、どこかへと消え去った。それらが全て、瞬間の出来事だという のに、何倍もの時間、ゆったりとした時間の流れが、起きていた。少女が、手をすっと差し出した。 気がついたときには、腹部に、軽い衝撃を覚えている。少女は手を差し出したのではなかった。ただ、いつの間にか 取り出したツインナイフの片割れを、ものすごい勢いで水平に投げつけてきたのだった。ナイフの柄が、腹からのぞい ていた。急速に、力が抜けていく。 「かっ……はっ……!」 もう、戦闘は始まっていたのだ。俺がボウガンの引き金を引く前から。恐らく、俺がこの少女と、対峙したまさにその 瞬間から。 ボウガンに、新しい矢をつがえなくては……だけど、最早その動作をするだけの隙を、奴に与えることは。 「藤村君!」 その時、聞こえてきたのは俺を呼ぶ何者かの声。いや、何者か、じゃない。俺の、彼女だ。 「守時……」 来るな。 来ちゃ、いけない。その、言葉が、出せなかった。 「おや、一緒にいたのですか」 待ってくれ。頼む……頼むから。 俺の女に……手は、出さないでくれ。お願いだ……。 「やめてぇっ!!」 守時が、俺と少女の間に立ちはだかる。両手を大きく広げている。 古城の顔は見えない。だけど、少女はゆっくりと守時に近づいていた。 「守時さん。なにをしているのですか」 「なにをって……戦わないでって言ってるの!」 「戦っちゃいけない……? それはまたどうして?」 「だって……だって!」 「守時さん。これは、戦いです。戦うことが、ルールなんです。わかりますよね」 「そう……だけど。でも、違うの……違うの! ダメなの! 藤村君は殺させない! 殺すならあたしを殺していけ! これ以上……藤村君を傷つけないで……!」 守時が、右手に握っていたレイピアを地面に落とす。そして、跪いた。 そこで初めて俺は、ようやく少女の顔を見ることが出来たんだ。その顔は、さっきよりもとても悲しそうだった。 「そうですか……そこまで、藤村くんのことを」 「……お願い……! もう、これ以上戦わないで……!」 「わかりました」 俺は、眼を見開いた。 次の瞬間、俺が見たのは。真っ赤な、華。守時から吹き放たれる、綺麗な、真紅だった。 少女の顔が、紅く染まっていく。その手に握られているのは、俺の腹に突き刺さっているナイフの、片割れ。 「うあああああっっ!!」 気がついたら、俺は叫んでいた。目の前で、崩れ落ちる守時。その体が、真っ赤な地面に、横たわった。 無我夢中で、守時の傍へ這い寄る。彼女の体を、何度も揺さぶる。だけど、彼女の瞳は、もうその輝きを、失ってい た。 「守時、守時っ、守時ぃっ!」 何度も、その名前を呼ぶ。何度も、何度も。 だけど。もう、返事は来ない。それを、理解した瞬間。 「貴様ぁぁあああっっ!!」 俺は、古城にボウガンを投げつけた。もう、こんなものはいらない。こんな使えない武器は、いらない。ただ、一発でい い。一発でいいから、こいつに強烈な一撃を見舞ってやりたい。それだけだった。 目の前にいる少女は、悲しそうな顔のまま、目の前で拳銃を取り出す。俺が最期に見たのは、それだけだった。 乾いた銃声が、一発。 少女に向かっていた青年の体は、無理矢理引き倒されるように仰向けに転がり落ちる。 「……ごめんなさい」 藤村光明の死体は、守時京子の死体の上に覆いかぶさるように転がっていた。 その二つの死体からは、同じように目から涙が流れていたそうだ。 古城有里は、そっと手を合わせる。 そして青年の死体からツインナイフの片割れを引き抜き、その場を立ち去った。 地面に突き刺さったレイピアは、まるで二人の墓標であるかのようだった。 【残り27人】
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