昼過ぎ。もう、太陽は空の頂上まで駆け上がり、また夜に向けて沈み始めようとしている。 ……それが、怖かった。また闇が訪れるのかと思うと、気が気でならなかった。 角元舞(女子11番)は、そっとまだ眠りこけている芳田妙子(女子21番)の寝顔を見る。あどけない、たいの表情。 純真だとは、出会ったときから思っていなかった。ただ、こいつはバカなんだけど、でもバカなりに考えて行動してい る、憎めない子なんだって、そう思っていた。 そんなたいが、人を殺した。クラスメイトを、まさにその手で殺した。真夜中に起き上がったたいは、由井都(女子20 番)を殺害した後、まるで何も無かったかのように、元の位置に戻ってここまでずっと寝ている。余程疲れてしまった のだろうか、一向に起きる気配を見せない。時折寝返りを打っているから、死んではいないってことくらいはわかった けれども。 不安だった。たいの両手にこびりついた紅い粕。それを見るたびに、この子が人を殺したということを嫌でも思い起こさ せる。不安で、そして恐怖で、結局眠ることなんて出来なかった。いや、でも。まさか。 たいは……うちを殺したりは、しないよね? うちらは、ずっとずっと、小学校の時から知り合いだったんだ。仲良しだったんだ。うちらの友情はその辺のクラスメイト よりも強い。だから、そうだよね。まさか、そんなこと、かけらも思ってなんかいないよね、たい? そして、首を振る。何を考えている。どうしてたいを疑っている。そんなことを考えること自体おかしいのだ。落ち着け、 落ち着くんだ。大丈夫、たいは殺さない。もう、殺さない。よっぽどなことがない限り……絶対。 じゃあ……なんでたいは、由井都を殺した? 本当に、ただの正当防衛だったのか? ふと、脳裏に浜田篤(男子18番)の顔をが過ぎる。 まさか……たい。 「ん……」 たいが、目を見開いた。少しだけ、その目は鋭い。 その視線の先を追うと、神社の境内に、誰かが立っていた。全然、気付かなかった。その人物は、そっと離れようとし ていたのだろう、振り向こうとしていたところで、残念ながら目が合ってしまったらしい。 「……ばれた、か」 「堤さん……」 堤孝子(女子10番)が、そこにいた。あまり、良い評判は聞かなかったけれど、でもまぁ見た目ほど悪い子でもない、 そう思っている生徒だ。ただ、こうして呼びかけてしまった以上、なにかを話すのが筋ってものだ。 「えーと、その……堤さん、どうして逃げようとするの?」 堤自信はこちらの人数を把握しているかどうかは不明だが、少なくともうちやたいのことは、判別出来ていると考えて よいと思う。 「んー、その……ねぇ。あたしも神社でゆっくりくつろごうかなーって思って来たのはいいんだけどさ。なんかもう先着 様がいらしたみたいなんで、バレないうちに消えよかなって」 「別にいいじゃない、うちらは気にしないから、ゆっくりしていけばいいんに」 「いやー……でもそちらの相棒さんは、そう快くは思ってないみたいだけど?」 はっとして、たいの方を見る。たいは、相変わらず堤を睨み付けていた。そっと、たいの肩を叩く。だけど、たいはかた くなに視線を逸らさなかった。 「どうやら警戒されてるみたいだね。こいつは困った」 「で、でもさ。堤さん、やる気じゃないんだよね? 気を遣ってくれたもんね? だったらさ、一緒にいたっていいんだ よ? ほら、別に、うちは大歓迎やし……!」 「断る」 だが堤は、即答した。はっきり、嫌だと。 「どうして……?」 「信頼のおけない奴らと一緒にいたって、いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃないよ。そう簡単に仲間なんてポン ポン増えるわけがない。そんなのは、見せ掛けで強く思わせてるだけ。ちょいと中に入って爆弾でも仕掛けたら、簡 単に木っ端微塵になる」 「信頼が、おけない?」 「あんたは信頼出来ても、残念だけどそっちの相棒は信頼出来ない。理由はどうあれ、ね」 「そんな……」 たいの、拒絶。そして、堤の、拒絶。 それは仕方ないかもしれない。互いに、信頼していない。互いに、敵だと思っている。そんな二人を混ぜ合わせたら、 簡単に爆発して、うちまで巻き込まれるのは必至だ。互いのためにならない。 そして、否定できないのだ。堤と行動を共にしたところで、たいが堤を殺すとも限らない。それを否定できないうちが、 いる。否定したくても、できないのだ。 「そゆわけだから、あたしはそろそろふけるね」 「あ……うん、呼び止めちゃって、ごめんね」 「なに、いいっていいって。ま、互いに懸命に戦いましょ。それじゃ」 堤は、それだけ言い残すと、さっさと茂みの奥へと消えた。と同時に、たいも鋭い目をやわらかくした。そして、うちの 方を見て、また笑い始めていた。 もう、どうすればいいのかわからなくて。 なにかが、心の奥底で崩れ始めたような音が、した。
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