堤孝子(女子10番)は、歩いていた。舗装された道路、歩くのにさして苦労はしない。 手首をかざして、時計をチラと見る。2時半だった。太陽が、傾き始めていた。 また、夜がやってくるのか。 昨日は雨だった。今朝になってようやく小康状態になり、今日は一転、かなり晴れている。山の天気は変わりやす いとは言うけれども、まさかそれをこんなサバイバル時にやらなくても、お天道様。 スカートに差し込んだスミスアンドウエソンは、なんとなく心地が悪い。まだ、その引き金を一発しか引いていないとい うのに、それだけで充分にわかる。この黒い塊が、人の命を奪うものなのだと。 迫川裕(男子17番)に向けて絞ったあの一発。命を奪うとまではいかなかったけれど、あいつには尋常ではないダメ ージをあたえてしまった。少しでも標準がズレていたら、弾は心臓を撃ち抜いていたのかもしれない。いや、あの瞬 間、確かにあたしはあの男の心臓をぶっ放すつもりでいたんだ。だけど、本能がそれを、人殺しを拒絶した。なんてこ となんだ。 バカ兄。 兄の顔が、脳裏を過ぎる。その顔は、笑ってなどいなかった。とても苦しそうで、今にも泣き出しそうだった。なん で、そんな顔をしていたのだろうか。プログラムに巻き込まれて、沢山のクラスメイトを殺して、挙句の果てに死んでし まって。それが、なんともまぁ惨めで。 あたしはバカ兄のようにはならない。バカ兄のように、無差別に人を殺したりなんかしない。あたしはあたしの好きな ように生きる。あたしはあたしだ。最後まで、自分を貫き通してやる。 だから、殺せないというのなら殺せなくて構わない。一人でいたいというのなら一人でいて構わない。いつまでもあた しは孤独でいる。一人で、誰とも絡まずにいて、そして一人で死んでいく。 そんな生き方は寂しいという人がいるかもしれないね。だけど、あたしはそれでいいんだ。もう、遅すぎたんだ。そうで しか、生きられない体になってしまっていたんだ。 目の前に、人影。あたしは咄嗟に銃を抜き出して構えた。相手側は、気がついていないみたいだった。なら、構わ ない。こちらに危害を与えないのなら、黙ってやり過ごそう。もう、これ以上ゴタゴタを繰り返したくはない。 だが、それは叶わない願いだったらしい。女子は、二人組だった。そのうちの一人が、あたしを見つけてしまった。見 事な連係プレーだ。二人で行動しているという点を生かして、常に他方向に気を配っていたらしい。 あたしは、彼女をじっと見る。彼女も、あたしをじっと見つめていた。 だが、彼女、伊出茜(女子2番)はにっこりと笑うと、もう一人の女子、加藤明美(女子4番)の肩をポンポンと叩い た。加藤も振り返り、あたしと目を合わせる。最初は驚いていたが、すぐにもとの表情に戻していた。 「堤さんだね」 「……一応、そのつもりだったけど」 皮肉で返してやる。それに気付いたのかどうかは知らないが、伊出はあはっ、と少しだけ高く笑うと、あたしのもとへ 近寄ろうとしてきた。あたしはスミスアンドウエソンを二人に向けて構える。二人の顔が、少しだけこわばった。 「なにか用か? あるならそこで話してもらいたいんだけど」 「え、なに? 近づくのもダメなの?」 「当たり前だ。まだそっちの武器も把握してないしね。悪いけど、そんなにあたしは他人、信用してないからさ」 ここまで言っておいてアレだけれど、実はあたしはこの二人がやる気になるとは思っていなかった。まぁ、なんで伊出 と加藤がペアを組んでいるのかはわからなかったけれど、大方どっかで偶然遭遇して一緒になったってだけだろう。 片方がやる気になっていたら、こんな他人同士のペアが出来るはずがない。だから、二人はやる気じゃない。そう思 った。 だけど、それでも疑うべき余地はいくらでもある。ことさら、あの芳田妙子(女子21番)の不信感を目の当たりにした 直後の今ではだ。 「あのさー。うちらと一緒に行動しないかなーって思って。どう?」 「……あたしと? あんたらが?」 「そそ。ほら、堤さんって見た目怖いけど、なんか頼りになりそうだし。どうせやる気じゃないんでしょ?」 伊出が笑いながら、そんなことを言う。 「待った。伊出、あんたには今あたしが突きつけているものがわかってんのかい?」 「んー、でも撃つ気ないじゃん」 伊出はまた笑った。なんともまぁ、不思議な奴だ。 一緒に行動したら楽しいかもしれない。ふとそう思ったけれど、加藤はというと黙ってそのやり取りを見ていた。やはり 伊出とは違って、銃を突きつけられているのが怖いのだろう。当たり前の反応だ。伊出が少しだけ、おかしいだけだ。 あたしはため息をつく。 「さっきも、似たようなことを言われたよ」 「さっきも?」 「あぁ、断ったけれどね」 「じゃあ、うちらもダメ?」 「まー……そうなるかな」 「そっかー。残念だなー」 残念、というわりにはあまり残念そうな顔をしていない伊出。やっぱりどこかイカれているんじゃないんだろうか。 でもまぁ、こいつらとあいつらなら、一緒に行動をするべきなのかもしれない。女子同士のグループ派閥がどうとかこう とかは知らないが、互いに仲間を求めている以上、あたしなんかよりはよっぽど一緒になりたいはずだと思えた。 「あのさ、さっきあたしと一緒になろうって言ってたやつらの居場所なら、教えてやってもいいよ」 「あ、ホント? どっち? 誰?」 「えーと、とりあえず角元と芳田。神社にいた」 「そか。じゃ、行ってみようかな。いこっか」 伊出はあっさりと引き下がった。ごめんね、とだけ言い残すと、加藤の手をひいて逆方向に歩き始める。 これで、よかったんだ。これで。あたしは、一人でいるべきなんだ。 だけど、その数秒後、あたしは後悔することになる。 ズダァァン!! 背後から、銃声。 振り返った。もう、二人の姿は見えない。 まさか。 あたしは、後悔することになる。
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