01.特別会議



 厳格な雰囲気が漂う建物。無骨な石造りの塀に囲まれたその姿は、ある種中世の城の要塞を思わせるものがある
かもしれない。だが実際には内部に城なぞ無く、赤レンガの壁に囲まれた質素のようで豪華な建物が建っている。
その建物内のとある一室、『特別会議室A』というプレートが掲げられている部屋の前には、『戦闘実験第68番プロ
グラム−2003年度第50号考察会議』と書かれた紙が貼られていた。
部屋の内部には細長い机が円卓上に配置されていて、既に集いし者達は各々が座るべきであろう席に着いていた。

やがて会議の時間となり、マイクを握った司会者である男が、その面子の前で緊張しているのだうか、滴る汗を紺色
のハンカチで拭きながら、その手に持ったレポートを捲り始めた。

「えー……本日皆さんに集まっていただいたのは、本年度最終号である戦闘実験について集まった次第であります」

パイプを咥えた恰幅のいい男は、司会者を少しだけ見て、そしてすぐに手元に持った資料に視線を戻した。
“はじめに”と書かれた部分を読んでいる司会者の言葉は聞かなかった。既に男は別の欄をぼんやりと眺めていた。

「それでは、簡単に説明致します。今回のプログラムは、試行プログラムとなっています」

「……試行プログラムだと? それは何だ?」

専守防衛軍一等兵士の男が、いきなり声に出した。どうやら思ったことはすぐに声に出してしまうらしい。
言ってから気がついたのだろうか。コホン、とわざとらしく咳払いして続けるように促していた。

「えーと、試行プログラムにおいて追加される特別ルールにつきましては、口頭で説明するよりもあらかじめお配りし
ているレポート冊子をご覧いただければ結構かと。それでは、少し時間を取りますので、どうぞ」

沈黙。
会議室内の全員が、司会者に言われたとおり手元の資料を読み始める。時折パラパラ、パラパラと、紙を捲る音が
静かな室内に響き渡った。時折、ふぅむだのほほぉだの小さな嘆息も混じった。

 5分程経過しただろうか、司会者は軽く背伸びをすると、相変わらず滴る汗を握りっぱなしにしているハンカチで再
度拭き取ると、トントン、とマイクを叩いた。ボム、ボムと沈んだ音がするのを確認して、今度は咳払いをした。

「えー……ご覧頂いたと思います。とりあえずどのようなルールが追加されるかはお分かりいただけたでしょうか」

すると、先程の男、専守防衛軍一等兵士が、静かに手を上げていた。
司会者は話すのをやめ、男に話すように指示した。

「えーと、一つ質問がある。わざわざこの試行プログラムをする意義は……あるのか?」

ピク、と恰幅のいい男の眉が動いた。
だがそれも微々たるもので、隣の席に座っていた眼つきの鋭い女性でも、気付かなかったようだった。
司会者は資料を3枚程捲り、今度は口頭で説明した。

「えー……近年、我が政府に対する非難の声が微々たるものの増えています。その原因の一つに、この戦闘実験が
あるのです」

「そうか……やっぱり、そうだよな。だが、それは」

「はい。戦闘実験の本来の目的は、お分かりいただけると思います。しかし、一般国民にはその真意を伝えていない
ので、ただの殺人ゲームだと考えている者が多々います。無意味な殺し合いはやめろ、未来ある少年少女を殺すな
という意見が相次いでいます。従来はそれを武力で鎮圧したりもしていましたが……」

「もう、限界ということだな?」

「はい、政府の役人の方々はそのように……。ですから、今回のこのルールが試験的に採用されることになったわけ
であります。お分かりいただけましたでしょうか?」

「ん、うん……。だがそれならばもう一つ質問がある。ならば、どうしてペアを消してもいいんだ?」

再度の質問に、司会者は慌てて資料を捲った。だが、何度も読み返しては戻り、なかなか答えようとしない。それも
その筈だ。資料には、そのようなことが書かれていなかったからだ。
おどおどしている司会者を見ながら、恰幅のいい男は嫌な笑みを浮かべた。やれやれ、と言いながら立ち上がると、
一斉に場の雰囲気が変化する。厳粛な雰囲気へと。

「では、私から説明させていただこう。柘植君、君も座って聞きなさい」

「は、はい……」

ツゲ、と呼ばれた司会者は手近にあった空いている椅子に座った。それを確認すると、恰幅のいい男は話し始めた。

「その質問の答えはそうだな……まずこの戦闘実験がどんなものかから説明しないといけないな。さて、では田嶋君
に聞こう。戦闘実験の世間的な見解はなんだね?」

タジマと呼ばれた開発主任は、突然自分にまわって来た事に驚いたのだろう。研究者にふさわしい眼鏡が、少し曲
がって見えた。そして、しどろもどろに小さな声で、答える。

「こ、殺しぁぃ……ですよね」

「そう、世間一般から見て、この戦闘実験の基本的なルールは、殺し合いだ。それが近年の参加生徒の成績を見て
みると解るとおり、そのルールに則って殺し合いをしている生徒は非常に少ない。それでは困るのだよ。確かに、この
戦闘実験はさっき柘植君が言ったとおりこの場にいる全員が知っているだろう。だが、一応戦闘実験としてもこれは
データに残してあるし、役には立っているのだよ。例えば近年増加している少年犯罪においては、どういった特徴が
見られるか、それによってどのような行動が今後想定できるかなど、色々なことがデータを参考にすればわかる。だ
がそれも現時点では危ぶまれている。殺し合いをする生徒が少ないのだよ、根本的に。これでは偏ったデータしか取
れないのでね、拘束を解除する為の一つの手段として、殺すという選択肢があるだけだ。わかったかね?」

「そ、そうだったのですか……。そこまでお考えだったのですね。よくわかりました、ありがとうございます」

一等兵士は深々と礼をすると、席に着いた。同じく恰幅のいい男も席に着く。
司会者は滴る汗を拭きながら再びマイクを握った。

「そ、それでは、質問も無い様なので、今回のプログラムの担当教官をご紹介したいと思います。では、道澤教官」

名前を呼ばれると同時に、恰幅のいい男の隣に座っていた眼つきの鋭い女性が立ち上がって挨拶をした。

道澤 静と申します。この度、試行プログラムである第50号を担当させていただくことになりました。どうぞ宜しくお
願い致します」

「道澤君か、そうか……君がそうなのか。噂は聞いてるよ」

恰幅のいい男はそう言うと、隣に立っているその女性をよく見た。
なるほど、確かに彼女なら、今回の担当には適しているといえる。

「はい、えー……道澤教官は、教官暦はそう長くはありませんが、巧みな話術と仕草で、誰も殺さずに全員生きたま
ま会場に送り出すお方です」

「あら、柘植さん。そんなにお世辞を言ったって、やる時には私は容赦なくやりますよ。まぁ、どうしてもその必要があ
ったなら、ですけどね」

逆三角の眼鏡は鋭い眼にぴったりで、睨みつけられたらそれだけで簡単にすくみあがってしまいそうな感じだ。
司会者は軽く笑うと、再びレポートを捲った。

「続いて今回の試行プログラムの為に新たに開発された首輪の説明を、開発主任である田嶋氏から説明していただ
きます」

先程恰幅のいい男に指されてすっかり蒼白になっていた田嶋という男は、今は血色を取り戻して元気な顔をしてい
た。そして、手元の資料とは違う別の資料を取り出して、捲った。

「どうも、開発主任の田嶋です。今回の首輪は試作品ということで間に合わせで作ったものなので、正直性能テスト
などは参考になりません。何しろ突然のこの企画ですからね、プログラミング出来たこと自体奇跡なので、どうか今回
はこれで我慢していただきたい」

「おいおい、大丈夫なのかい?」

別の男が野次を入れる。だが、開発主任田嶋は堂々と言った。

「はい、大丈夫です。タイマーを内蔵していますし、正確に時を刻んでくれます。今回は史上初めて対となる首輪を製
造したわけですが、3日間はお互いに電波を飛ばしあって常に生存状態を確認していますし、幸い今回50号に選ば
れたクラスは12人と偶数でかつ少人数です。会場も狭く、全てのエリアが禁止エリアになるまでなら首輪の電源は
持ってくれます」

「そうか。じゃぁ、安心していいんだな」

「100%大丈夫とは言い切れないのが辛いですが、ほぼ確実に大丈夫でしょう」

 その後も会議は続いた。
今回の対象クラスの実状。各々の生徒の特徴やそれに対するトトカルチョなど、少しばかり公には出来ない事も会議
室内では行われていたが、大半の参加者は試行プログラムを気にかけていた。

そう、何か、起こるんじゃないかと。


その僅かな、不安が。







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