02.前  日



 少子化は進む。出生率はとうの昔に2人を切ってしまった。
人口減少の波は止まらず、さらにそれに追い討ちをかけるように過疎も進む。地方都市の人口は日に日に減り続け、
人口は次第に大都市とその周りの地域へと集約する傾向にあった。

島根県もまた例外ではない。
人口は減り続け、国内でも一二を争う程の人口の少なさだ。当然子供達の数も減り続け、多くの公立学校は合併、
または廃校へと追い込まれていった。
政府も流石にこのままでは国家問題だと考え始め、近年少子化対策のとある法案を可決した。しかしその法令がす
ぐに効果を出すわけではない。当然出産数は増えているが相変わらず生徒数は少ないままだ。



「よーし、じゃあホームルームするぞー。席座れー」

 島根県吉田町立古川中学校。全校生徒43名。各学年1クラス編成で、中学3年生は12人と3学年の中で最も少
ない。そんなクラスの担任をしているのは、佐藤敏夫という30代のおっとりとした教師だった。
今日は土曜日。4時限も終わり、後はホームルームでおしまいだ。受験戦争も無事終了し、後は卒業するだけの、な
んとも平穏な日々だった。
原田真奈(女子3番)は、一番後ろの席で親友の吉田由美(女子5番)とくだらない話をしていた。人気男優の結婚騒
動が、お昼のワイドショーを慌しくさせているとか、そういった、どうでもいい話。
だが、真奈にとって由美は幼稚園も小学校もずっと一緒だったので、そういったくだらない話でも楽しかった。そう、そ
れも今のうちだけなのだから。
福岡の県立高校に合格した由美は、卒業すると同時に独り暮らしを始めてしまう。自分は少し遠い位置にあるが自
宅から電車で1時間半ほどの私立高校に行くことになったので、これで由美とは暫くの間お別れしてしまうのだ。出
来れば一緒の高校にも行きたかったのだが、仕方ない。何も完全に別れてしまうわけではないのだから。

担任が入ってきたので、楽しい雑談も一旦中断し、席に着いた。

「よーし、全員いるなー? ……って、あれ? 三島と熊田は何処行ったんだ?」

僅か12人しかいないクラスだ。1人居ないだけでもすぐにばれてしまう。ましてや2人も居ないのだ。佐藤先生が気
付くのも仕方ない。朝のホームルームには全員居たのだから、まぁ違和感もあったのだろう。

「……まぁ、トイレかなんかかなぁ。森川、知らないかぁ?」

教卓の上に長身の体をあずけると、佐藤先生は一番後ろに座っている森川 勇(男子7番)に声を掛けた。彼も幼稚
園、小学校と一緒で、ある程度の付き合いはあったのだが、中学校に入ると同時に滅多に話もしなくなった。どうも反
抗期を迎えたらしく、親と反発することも結構あるらしい。どちらかというと話しかけづらい三島幸正(男子6番)や熊田
健人(男子2番)との付き合いも濃かったので、寂しいということはなかったのだろう。自然と、真奈も親しい女子の中
でグループを作ることになっていった。
ただ、グループといっても、女子は5人しかいない。小学校が一緒だった由美とはずっと一緒だったし、幼稚園は一緒
だった高橋 恵(女子2番)との付き合いも多くなった。ちょっと硬い雰囲気のある松岡圭子(女子4番)や少しだけ電
波の入っている大沢尚子(女子1番)とも険悪なわけではなかったから、結局はグループなんて分けなくてもよかった
のかもしれない。

……と、ドタドタと廊下で走る音がしたかと思うと、思い切り教室のドアがスライドした。途中でガキッ、と嫌な音がした
かと思えば、上の番が外れて扉が動かなくなった。そして、そこから覗かせている顔2つ。

「あ、やべぇ。トシちゃんもう来ちゃってるよ」

「ゴ〜メン、ちぃとばかし遅れちった」

そう言いながら扉を外した張本人である三島はスルリと扉の開いている部分だけで教室の中に入ってきたが、体格
の大きい熊田は隙間に肩がつっかえてしまっている。

「おメェらなぁ……、遅れてもいいけど、扉は直しとけよ」

佐藤先生は呆れて右手を額に当てる仕草をすると、軽く笑った。
いい先生なのだ。どんな生徒にも優しく接してくれるが、怒る時にはしっかりと怒ってくれる。
結局三島が扉を壊し慣れているお陰で、直し慣れているともいえ、いともあっさりと扉は元に戻った。改めて全員が席
に着いたところで、佐藤先生は教卓から降りて話し始めた。

「じゃあ、早速だけど、明日は毎年恒例の卒業式の予行演習となった。制服で9時にここに集合、わかった?」

いきなりそんな事を言われるものだから、焦った。
学級委員の篠塚晴輝(男子3番)が、いきなり立ち上がった。

「ちょっとちょっと先生よ、聞いてねぇよぉ!」

「悪いな。来週やる予定だったんだけど、なんか明日になったから。ホントすまない、頼むよ」

「……ったく、仕方ないな」

篠塚晴輝は熱しやすく、冷めやすい生徒だった。興奮すると手が付けられないが、暴れるということは無いので怖く
は無かった。またその行動力と決断力と状況判断力の高さから、この3年間、学級委員を任せられている。とはいえ
ども、ただのまとめ役であるだけで、基本的に意見を出したりはしない。自然とみんなで決めたものを、キリのいいと
ころでまとめあげるだけだ。

「連絡事項はこれだけだな。じゃあ、おしまい! ハルキー」

「へぃへぃ、起立ー」

号令も篠塚晴輝の役目だった。
なんだかんだいって、3年間この仕事を引き受けてくれた晴輝はこの仕事が好きだったのかもしれない。

「気を付けー、礼」

全員揃って礼をする、といっても自分を含め大半は適当だ。佐藤先生も知っているから気にしちゃいない。
なんて考えていると、先生が自分と西野直希(男子5番)に向けて手招きしていた。嫌な予感がした。

「お前ら、明日は遅刻すんなよ。承知しないからな」

そう、自分も直希も、遅刻魔だった。1週間に1回は必ずしている。常連だった。
だからよく校門で開始のチャイムが鳴った時、2人で必死に教室まで駆け上がっていたし、なにかと身近な存在だっ
た。まぁ、そんなには喜べないことだけど。

「……まぁ、努力はするわ」

「あたしも」

直希に合わせて、自分も適当に相槌を打つ。佐藤先生は再び目元に手を当てた。
その口元には、やれやれといった感じの笑みが浮かび上がっていた。


 そう、これが、平穏な前日だった。







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