11.放  送



 あたしは、親友を見捨てました。
 大切な親友を、この手で殺してしまいました。


 吉田由美(女子5番)は、木の幹に背を預け、黙って焦点の合っていない目をうろつかせていた。
この状況に耐えることなんてできない。さっきから、何回も銃声がこの辺りで響き渡っている。みんな、もう殺し合いを
はじめているんだ。きっとそうに違いない。

今、彼女がいる場所はE=2で、そこもまた木々に覆われていた。太陽の光が届いているので寒いというわけではな
かったが、それでもスカート姿でいるのは幾分辛かった。もともと冷え性なのだ。
一方、ペアの西野直希(男子5番)はズボンを履いている。寒いという感じなど微塵も見せていない。少し、羨ましか
った。だが、西野と仲の良かった原田真奈(女子3番)との出来事を思い出して、再び顔を伏せる。

あたしが、真奈を殺したんだ。


 あんなにも必死になって助けを求めていたのに、あたしは真奈を蹴っ飛ばしてしまった。
 あんなにも必死になって助けを求めていたのに、あたしは真奈に罵声を浴びせてしまった。


あたしって、最低な友達だよね。
……いや、友達と呼ばれる資格だって、ないんだ。

「そろそろ、昼だな」

西野がふいに、そう言った。西野はあたしから少し離れたところに立っていて、常に辺りに気を配っていた。その腰に
は、日本刀の鞘が収まっていて、いつでも抜けるように手をかけていた。
そう、それは西野に与えられた武器、日本刀だった。試しに振るってみたところ、木の枝は鮮やかに切断された。鋭
い切れ味だ。新品なのかもしれない。
一方あたしに支給されたものとは、いたって普通のナイフだった。フォールディングナイフと呼ばれるそれは、護身用
には役立つかもしれなかったけれども、先程から聴こえているとおり、銃器類だって支給されている筈だ。とてもじゃ
ないけど、ピストルとかに太刀打ちできるとは思えない。
西野はあたしの方にやってきて座ると、傍らに放置しておいたデイパックから紙包みとペットボトルを取り出した。紙包
みは先程あけたところ、コッペパンが入っていた。恐らく、食料とはこのことなのだろう。同じように1リットル入りのペ
ットボトルには水が入っていた。しかしたった2本しか入っていない。とてもじゃないけど、足りない。

「食えよ。体力付けておかなくちゃ」

食べなければならない。そんなことはわかっていた。
あたしも実は今日は遅刻しそうになって、朝食は抜いてきたのだ。おなかはペコペコだ。
だけど、罪悪感なのかどうかは解らない。とにかく、食べる気分じゃなかった。

「ごめん。今は、そういう気分じゃないの」

西野はそれを聞くと、怪訝そうな顔をして、だがふぅと息を吐くと、喋り始めた。

「原田は……まぁ、しょうがないよ。みんな、パニクってたしな」

「でも、だってあたし……!!」

「確かにお前は原田を傷つけた。あいつは辛かったろうな、親友にあんなこと言われて」



  『やだ! あたしだって死んでたまるかぁ!! あっち行け、あっち行けよ!!』



あの時、あたしが言った言葉だ。
普段のあたしなら絶対に出てくるはずのない言葉。

「でもな、気にするなとは言わない。だけど、それを引き摺られても困るんだよ、俺も、そしてお前も」

「……どういう意味よ?」

「原田が身をもって証明してくれた、この首輪のことさ。俺が死んでもお前が死んでも、どちらにしろ俺達は死ぬことに
なるんだぜ? だったら、そんなあまっちろい考えはやめろ。今は、生きることだけを考えろ」

「西野君は、つまり、その。やる気ってこと? 他のみんなを、殺そうって言いたいの?」

「どうだろうな。まぁ、襲われたって死ぬなって言いたいんだろうな、俺は。その時に相手を殺してしまっても、それは
正当防衛だろ? 文句は言えない筈さ、悪いのは向こうなんだから」

「それはそうだけど……」

でも、本当に、それでいいのかと聞こうとしたが、それは遮られた。
大音量の音楽が、辺りに響き渡ったせいで。

“正午になりました。みなさん調子は如何でしょうか? それでは、今から放送を始めます”

暫くそのマーチ音楽が流れた後に、ボリュームが絞られて道澤の声が聴こえてきた。
西野がそれに反応して、デイパックから手早く地図と筆記用具を取り出した。あたしもつられて、同じような行動をとる
ことになった。

“それでは、まず死亡者の発表から。男子3番 篠塚晴輝君、女子3番 原田真奈さん”

地図には、生徒名簿も一緒に印刷されていた。あたしは、3番ペアの横に小さく×印を書き入れた。
少しだけ、手が震えていた。

“男子7番 森川 勇君、同じく2番 熊田健人君、女子2番 高橋 恵さん、以上5人”

手の震えは一掃大きくなった。×印が、大きくずれていた。
出発前に死んだ委員長や真奈だけじゃない。他にも、既に3人が犠牲になっているのだ。

「くそっ、多いな……」

“大変いいペースですね、この調子で頑張って下さい。続いて禁止エリアの発表です。一度しか言いませんから、しっ
かりと聞くように。まずは1時間後、1時からD=2、続いて3時からB=5、5時からA=1です”

どれも、地図によると森だ。特にD=2は茂っている場所だ。歩いてきたのだからよくわかっている。あそこには、もう
立ち入ることは許されない。

“では次は6時間後。頑張って戦って下さいね。それでは失礼します”

ブンッ、という音がして、放送が途切れる。再び、辺りに静寂が訪れた。
あたしは何も言えなくて、黙っていた。最初に静寂を壊したのは、やはり西野だった。

「三島……が死んでないな」

その言葉の意味はわかる。確かに、死んだ森川のペアである三島幸正(男子6番)の名前は出てきていない。つまり
それは、三島が森川を殺したということ。あるいは、2番ペアを殺すことによって連動を阻止したかだ。
どちらにしろ、三島は人を殺しているのだ。危険人物に違いない。

「西野」

などと考えをめぐらせていたときだ。
その声は唐突に近くから聴こえた。あたしのいる位置から確認できないのだから、相手もあたしがここにいるとはわ
かっていないのだろう。だから西野の名前だけを呼んだのだ。

「吉田はどうした? 殺しちったか?」

「いや、ここにはいない。別行動をとっているんだ。それよりも……」

そして、わざわざ西野があたしがいないと嘘をついた理由。それは。
西野が、一瞬だけあたしの方を見て、唇を動かした。逃げろ、と。

「何の用なんだ、三島」

その名前が西野の口から発せられた途端、あたしは口を押さえた。西野が逃げろといった意味。それは、三島があ
たしを狙うに違いないという確信から来たものだ。では何故、その確信が持てたのだ?
つまり、あたし達が出発してから数分後に出発地点の方から聴こえてきた銃声は。

「いや、俺さ。どうしたらいいのかわからなくなっちまって」

「そっか。森川を殺したのはお前なんだな?」

「うん……。あいつは、俺を殺そうとしたんだよ。信用できないって言ってね。……あのさ、きっと西野だって、俺のこ
と、信用してないんだよね?」

「まぁな。だって、お前、銃握ってんだもん」



  『 逃 げ ろ 』



 つまり、それは。
 あたしは、つまり。



 あたしは駆け出した。そっと、静かに。だけど、素早く。
直後、背後で銃声がした。三島が、西野と戦い始めたのだとわかった。
だがそんなこともお構いなしに、あたしは走り続けた。気が付いたときには、何処にいるのかわからない。ちょっとした
池がそこにあって、その畔にあたしは立っていた。
ここは何処なのだろう。あたしはどうすればいいのだろう。
スカートのポケットに入れておいたフォールディングナイフと地図。この2つだけが、あたしの所有物。

あたしは不安だった。とっくに銃声はやんでいる。決着が付いたのだろうか。
突然、今この瞬間に、首輪が鳴り始めるかもしれない。即ち、死の宣告が。

だけど、5分経っても、10分経っても、首輪は鳴らなかった。爆発、しなかった。
それはどういうことなのだろうか。三島が西野に殺されたのか、それとも、西野が三島から上手く逃げ出せたのか、あ
るいは他に。







 まぁいい。
 とにかく、あたしは生きている。




 真奈みたいに、惨めに死ぬのなんかゴメンだ。




 あたしは気が付いた。
 結局、あたしは死にたくなかったのだと。


 死なない為なら、親友の命でさえ、簡単に蹴り飛ばしてしまうほど薄情者だと。





 まぁいい。
 生きた者が、勝ちなのだ。




 あたしは死なない、絶対に。









 どんな手を使ってでも、生き残る。










【残り7人】





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