その銃声がした時、あたしは呑気に会場をぼんやりと眺めていた。 何処へ行ったのかさえわからない。今下にいる3人を除けば、今外で活動しているのは西野直希(男子5番)と三島 幸正(男子6番)、そしてまだ姿の確認さえ出来ていない吉田由美(女子5番)の3人だけだったのだから、この広い 会場内を探すにしても、この展望台の屋上からだけでは見つけることは難しいだろう。 大沢尚子(女子1番)は、例のマシンガンのような連続した銃声が一度だけして、後は静けさに満ちていたことに疑問 を感じていた。おかしい。今の一撃だけで、勝負がついてしまったということなのか。呆気ない。 それよりも、それがかなり近くで聴こえたのも不思議だ。少なくともこの双眼鏡で展望台の周りに誰もいないことは確 認済みだったし(いや、そりゃあ茂みの中とかに隠れていたら見つけられないけどね)、入口からも誰も進入していな いことはわかっている。となると、残る可能性は。 あたしは、嫌な気分を振り払うかのように、わざと音を立てて階段を降りた。木の軋む音が廊下に響き渡り、そして反 響してさらに大きな音となってあたしの耳元へと舞い戻ってきた。 ああ、うるさいな。 その音はさらに静けさを増す効果をしていた。それが、酷く不快だった。 1階に辿り着く。そこには、異臭が漂っていた。そう、確かこれは、出発地点であるあの忌々しい部屋の中にも充満し ていた匂いだ。即ち、それは。 「松岡」 そこには、松岡圭子(女子4番)が佇んでいた。顔は俯いたままで、何かを見ているようだった。 その足元には、血溜まりが広がっている。彼女の白い上靴を、紅く染め上げていた。 「松岡」 再度、あたしは彼女の苗字を呼ぶ。松岡圭子は、ゆっくりとこちらを振り向いた。目は虚ろでいて、窪んでいて、そし て淀んでいた。あたしを見ているのだろうか、その瞳は何も映していない。 その足元に転がっているのは、死体。喉笛が切り裂かれて、そこから血が吹き出ている死体。顔は引きつっていて、 どうやったらそのような顔が出来るのだろうかと思うほどに醜かった。そう、松岡圭子のペアであり彼氏であり、そして 掛け替えのない存在である東雲泰史(男子4番)の死体が、そこにはあった。 一方、そのすぐ隣、あたしに近いほうにも、その死体はあった。先に東雲の死体を確認できてしまうほど、その死体は もともと人間のものだとは分別出来なかったのだ。顔は潰れており、脳味噌がはじけ跳んでいる。顔から腹部にかけ て真っ直ぐな穴が転々と空いていて、その全てから今もなお血がこぼれ出ていた。腹部には顔よりも大きな穴が空い ていて、そこからズルズルとしたもの、恐らくはじめてみるが、それが腸なのだろう、はみ出ていた。 グロテスクなその死体の元の持ち主は、男子である。勿論この建物内には男子は2人しかいなかったし、既に東雲 の死体は確認できているのだから、その精神が抜け果てた体は加藤秀樹(男子1番)の物なのだろう。 ああ、やっぱり死んでいたか。 不思議と、吐き気は催さなかった。教室で篠塚晴輝(男子3番)が小銃で滅茶苦茶に嬲り殺されたとき、あんなにも 気持ち悪くて、現実から逃げ出したくて、泣き喚きたくて、そして恐怖に怖気づいてしまったというのに。 慣れというものは恐ろしいものだなと、改めてあたしは認識した。 「松岡、どうしたんだ」 そして、大体の出来事も推測できた。あたしが上に行く前に見た加藤の憂鬱そうな顔、よく考えれば、それはこの『結 末』を暗示していたものなのだろう。つまり、加藤が東雲を殺したのだ。そして松岡はその手に握るマシンガンで加藤 を殺したのだ。 つまり、簡単に言えばこうだ。 あたしの首輪は、間もなく爆発するのだと。 右手が震えている。左手が震えている。右足が震えている。左足が震えている。 あたしは恐れているのだ、間もなくやってくるであろう死を。 あたしは大丈夫、生き残ることが出来るなんて安直な考えは通用しなかった。ここにいれば、そのうち勝手にゲーム は終了する。そう考えていたあたしは馬鹿だった。 そう、自ら行動を起こさなければ、事態は良い方向へは進まない。 あたしは最後まであたしでいると決めたのだ。 だから、最期まであたしの考えたとおりに、あたしを動かしていく。 松岡圭子に質問を投げ出していたときには、既にもうあたしは彼女の方へと歩み寄っていた。 そっと加藤の死体の傍に屈みこみ、その手に握られているアーミーナイフを取る。死後硬直はまだ始まっていない。 抜き取るのは簡単だった。 そういえば加藤の武器はスタンガンだった筈だ。となると、これは死んだ東雲のものだったのだろう。まぁいい、どうで もいいことだ。それよりも、問題は彼女が持っているマシンガンだ。 「ヤス君……死んじゃった……ヤス君が…………」 既に彼女の精神は破錠している。下手をすればそのマシンガンを乱射するかもしれない。だが、それでもあたしは大 丈夫だと踏んだ。そう、あたしは冷静に判断した。 先程聴こえた銃声の最後に、何かカランとした雑音が聞こえた。つまり、ホールドオープン、弾切れだ。 彼女は彼氏を殺した加藤が許せなかったのだろう。精神が錯乱した状態で、だが殺してやろうという一途な思いの元 に、マシンガンを乱射したのだ。そして、弾の事など考えずにとにかく乱射した。そう、マガジンの弾が全て無くなって しまうまでだ。だから、彼女がその引き金を引いたとしても、あたしに対して弾は飛んでこない。 これは一種の賭けだった。あたしの目測が外れていればあたしは死ぬ。だけど、きっと大丈夫だ。何故なら、今まで も大丈夫だったのだから。色々なところで様々な事件があったが、あたしは今も生きているから。 「ヤス君、ヤス君……死んだぁぁ……ぁぁあああっっっ!!!」 カラン。。。 勝った。 あたしは勝った。あたしの予想は当たっていた。彼女のマシンガンは使い物にならない。 引き金を引いたのに弾が出てこないことに、彼女は焦っていた。髪を振り乱して、何度も引き金を引いた。だが、返答 はカランという寂しげな金属音だけだった。 「どうしてよ……どうして?! どうしてヤス君?!」 あたしはゆっくりと彼女に近付く。彼女があたしの存在に気付く。彼女は後退しようとする。だが、そこで東雲の死体 に躓いて、後ろ向きに無様に倒れこんだ。紺色のスカートから覗かせる白いハイソックスが、彼の血で瞬時に紅くなっ た。だがそれにも関わらず、彼女は引き金を引き続ける。 「あぁ、ぁぁあああっっっ!!! ヤス君、ヤス君、ヤス君!!」 発狂。この2文字が、今の彼女にはお似合いだった。 きっとあたしも、今のこの精神状態は普通ではない筈だ。だけど、今は感情が消え、理性だけが残っている。なんとも 不思議だ。彼女は理性が消え、感情だけが残っているのだ。 ピ……、ピ……。 首輪が鳴り始めた。勿論、あたしのが。 時間が無い。早く、加藤を殺した彼女を仕留めなくては。 「ああぁぁぁっっっ!!!」 その時だ。計算外のことが起きた。 引き金を引くことを諦めたのか、今度は彼女がマシンガンそのものを振り回してきたのだ。そこまで予測できなかった あたしは、その鉄の塊の一撃を弁慶にぶつけられ、同時に激しい痛みと耐えがたい苦痛に見舞われた。 だが、諦めるわけにはいかない。右手に握ったアーミーナイフをさらに強く握り締め、一気に彼女の喉笛に狙いを定め て突っ込んでいった。そう、恐らく加藤が東雲に対してやったように。 ピ、ピ、ピ、ピ。 あたしのアーミーナイフは、彼女が振り回す右手に深々と突き刺さった。 舌打ちをしてナイフを抜くと、そこから血がとろとろと流れ出ていた。だが致命傷ではない。喉笛を掠めでもしたら、間 違いなくあたしの勝ちだったのに。 彼女は悲鳴とも取れぬ奇声を上げ、さらに滅茶苦茶にマシンガンを振り回した。あたしは素早く避けたのだが、弁慶 の傷が痛み体制が崩れた。だが力を振り絞り、更なる一撃を叩き込もうと一歩踏み出した。その時だ。 ピピピピピピピ。 首輪の音が一掃甲高い音へと変わった。その瞬間、あたしは僅かだが躊躇してしまった。 次の瞬間。中途半端に一歩踏み出していたあたしの頭を、彼女が錯乱しながら振り回していたマシンガンが直撃し た。重く深く、そして鈍い一撃だった。 飛びかけた意識を、無理矢理現実の世界へと引き戻す。 駄目だ駄目だ、早くしとめろ。余計なことを考えるな、早くしとめるんだ。 早く、早く、早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!!! ピ――――。 爆発するのが先か、それともこのナイフが彼女の喉笛を切り裂くのが先か。 それだけを考えて、最後の一撃に、全てを託した。 その一撃は、マシンガンによって弾き飛ばされた。 アーミーナイフが半ばから折れて、柄ごと何処かへと飛んでいった。 駄目だ、間に合わない。 あたしの脳裏に過ぎる、『死』の一文字。 怖い。 あたしの理性が、そう叫ぶ。 消えていた感情が、虚空で喚いている。 怖い。 ドバァァァァンッッ!! 女子1番 大沢 尚子 死亡 【残り4人】 Prev / Next / Top |