ただ、あたしは怖くて。 見えない未来が、恐ろしくて。 松岡圭子(女子4番)は、もともとは大人しい性分だった。クラスのみんなが騒いだりしていても、いつもそれを静か に眺めているだけの、おしとやかな少女だった。いじめもなく、差別もなく、ごくごく普通の平和なクラス。そんな中で、 いつの間にか圭子はちょっとお堅いイメージが出来上がってしまっていた。 まぁ、確かに原田真奈(女子3番)や吉田由美(女子5番)は授業中もお喋りをしてうるさかったし、高橋 恵(女子2 番)も同じような感じだった。男子も女子も関係なく話している加藤秀樹(男子1番)や西野直希(男子5番)もクラスを 盛り上げる役割を果たしていたし、必然的に浮いてしまうのは仕方が無かった。 幼馴染に、東雲泰史(男子4番)という生徒がいた。家が近く、また誕生日も近かったので、なにかといつも2人は一 緒だった。家族間の付き合いも多かったので、頻繁に会うことが普通だった。 中学生の始めの頃だろうか。自分が、男の子と女の子という分け方について認識し始めたのは。そして、気が付いた とき、もうすっかり泰史のことが好きだったということが。初めて出会ったときは、泰史の名前さえ読めなかったという のに。今では、すっかり大切な存在。 泰史も、よく加藤や西野と遊んでいたが、比較的大人しい性格だった。誰に対しても優しくて、そして思いやりがあっ て、どんなことがあっても信用し続けて、そして最期には。 「ヤス君……」 だから、信じられなかった。信じたくなかった。 プログラムに巻き込まれたという事実。悪いことなんか何もしていないのに、クラスのみんなが自分達を殺しに来ると いうなんとも非現実的なこの世界で、泰史は徐々に傷ついていった。 原田真奈の首輪が爆発したときに負った右足の痛々しい傷。熊田健人(男子2番)に銃撃された際に出来た右腕の 生々しい傷。そして、親友であるはずの加藤に突き刺された喉笛。 嘘だ。ヤス君が死んだなんて、嘘だ。あってはならないこと。信じてはならないこと。そう、これは嘘なんだ。きっと今 でもその辺からヤス君が笑いながら出てきて、自分に向かって笑いかけてくれるんだ。やぁ、驚いたかい、と。 嫌だ。死んだなんて、考えたくもない。さっきの放送で確かにヤス君の名前は呼ばれた。だけど、あれは聞き間違い だ。死んでなんかいない。死んでなんかいない。ヤス君は、死んでなんかいないんだ。 ああ、ヤス君。会いたいよ、ヤス君。今すぐにでも会いたい。ねぇ、何処にいるの、ヤス君? 目の前に、突然人影が現れた。 顔を良く見る。違う、ヤス君じゃない。貴方達は……誰? ねぇ、ヤス君を何処にやったの? 貴方達は知ってるんでしょう? ヤス君は何処にいるの? ねぇ、教えてよ。何処 にいるの? ねぇ、何処にいるの? 教えてよ。教えてってば。ほら、早く言いなさい。早く言いなさい。ほら、早く。 ……わかった。言いたくないのね。なら、こっちにだって考えがある。言いたくないなら、力尽くでも聞き出してやる。 殺してやる。泣け、喚け、言わないのが悪いんだ。ヤス君を隠すから悪いんだ。 死ね、死ね、死んでしまえ。ヤス君を出せ。早く、出せ。 ぱぱぱぱぱ……。 支給武器のウージー9ミリ・サブマシンガンが心地よい音を立てる。これは、ヤス君を傷つけた愚か者達を悉く始末し てくれる。ああ、気持ちいい。快感だ。 弾がなくなっても、まだ代わりがある。だから、撃てるんだ。バックに入っていた予備マガジンに、あらかじめ全ての弾 は装着されていた。これが、最後のマガジン。だけど、大丈夫。これで、ヤス君を探し出す。 弾は、真っ直ぐに2人の元へと向かった。だが、もう2人は気付いていた。松岡圭子が間違いなくやる気であるとい うことに。だから、こちらに銃を構えた瞬間に、攻撃に移るべく回避し始めていたのだ。結果、弾は2人がいた場所の 後ろの巨木にぶち当たった。 圭子は二手に分かれた男と女のどちらを狙うかを瞬時に判断した。今、彼女は恋人の泰史の為に戦っている。泰史 を救うために、己を鬼として。ただ、目の前の敵を倒すことに集中した。狙うべきは、男の方。 ダァァンッッ!! その男が走った方向から、別の銃声が響いた。そう、それは彼氏の右腕を傷つけた、忌々しき銃声。 チーフススペシャルの弾は圭子の右脇腹を掠った。直前に気付き体を反転させていたのだが、避け切れなかったよう だ。だが、それでも圭子はトリガーを引き続けた。恐らく敵が隠れているであろう茂みの中に、銃を乱射した。 その時だ。今度は背後から咆哮が聞こえた。だが、手元で起きている連続した爆発音で、その咆哮は微かにしか聞 こえなかった。当然、反応が遅れた。 はっと気が付いて振り向いたときには、その女は既に近くにいた。慌ててウージーをそちらに向けて構えなおし、引き 金を引こうとする。だがそれよりも早く。 ザシュッ! 女の持つ日本刀が、圭子の右腕を半ばから断ち切った。突然の激痛に、思わずウージーを落としそうになった。だが それでも堪えて、神経のない『右手』をトリガーから引き剥がして、左手で乱射する。片手のみでの乱射にしては相当 無理な体勢だったが、それでも急いで茂みに隠れようとしていた女に、何発か弾は当たった。 失った右手。だがその痛みも関係なかった。全ては、泰史を救うため。それは、決して終わらない戦いだというのに。 女が喚いている。そちらの方向に更なる乱射をしようとした時だ。 ダァァンッッ!! 再び背後からあの銃声がする。泰史を傷つけられたという感情が、本能に働きかけた。ウージーの銃口を、背後の茂 みに掃射する。見えない、敵に向けて。 ぱぱぱぱ……カラン。。。 はっ、と気付いたときには、既に銃声は鳴り止んでいた。弾が、出なくなった。 別の女、大沢尚子(女子1番)に襲われたときの記憶が甦る。ただ、恐怖にのた打ち回っていたあれを。 慌てて引き金を引きなおす。だが、あの時と同じように、ウージーの返答はカランという、悲しげな金属音だった。 「あああぁぁぁあああっっっ!!!」 大変だ! ヤス君を守る弾が無くなった! どうしよう、これじゃあヤス君を助けられない! どうしよう!! ダァァンッッ!! 三発目のその銃声は、圭子の腹部を貫通した。続いて四発目、五発目と鳴り響く単発の銃。それは太股に辺り、圭 子を転げさせ、さらに左手に命中し、ウージーを左手ごと弾き飛ばした。 痛い、痛い、痛い!! 助けて、ヤス君!! 出てきてよ、ヤス君!! お願い……ヤス君!! そして、六発目。音の違うそれは、肺に命中した。息が詰まり、呼吸が出来なくなる。 苦しい、ただそれだけだった。 「ヤス君…………」 玉粒となって、涙がこぼれてきた。 ただ純粋に痛いのと、彼を助けることが出来なかったことの悔しさが。 「ごめんね、ヤス君…………」 全く、予想もしていなかった場所、目の前から、男が現れた。 それは、傍観者。今、この場に来た者。 三島幸正(男子6番)が、笑いながらベレッタM92Fを圭子に向けて構えていた。 「……ヤス君」 かすれ声で、圭子は声を出す。 生き残っている全員からなぶり殺しにされる。それは、一番辛いことだった。 圭子は悟った。最後の最期に、悟った。 「今、会いに行くよ…………」 タァン……!! もう、泰史は、死んでいたんだと。 自分はずっと、無意味な戦いをしていたのだと。 女子4番 松岡 圭子 死亡 【残り3人】 Prev / Next / Top |