空白の5時間。 その間に、俺がやってきた数々の出来事。 西野直希(男子5番)は、大胆な男だった。多分なんとかなる、それがモットーだった。 長い人生、色々な困難が待っているとはいえ、そう深刻になることは無いと考えていた。何故なら、大体の悩みは、 気が付けば忘れてしまっているから。気が付いたときには、いつの間にか解決しているものなのだから。だからその 為に、少し大胆でもよりプラスになる行動をするのが、大切だと考えていた。 だが、このプログラムは違う。なんとかなるなら、こんなに苦労なんかしない。なんとかならないからこそ、いつも以上 に頑張らなければならないのだ。 そこで俺が考えた大胆だけど生き残る確率があがる方法。それは、武器をかき集めてくることだった。流石に、いくら なんでもペアの吉田由美(女子5番)のフォールディングナイフや俺に支給された日本刀だけでは心許ない。 俺たちに襲い掛かってきた三島幸正(男子6番)は銃を持っていた。それが彼自身に支給されたものなのかどうかは わからない。もしかしたら殺した相手が持っていたものなのかもしれない。だけど、少なくともあの時は痛み分けで済 んだが、今度はそうもいかないだろう。実際、三島に撃たれた左肩は酷く痛かった。動かすのに支障は無く、またあ の出血にも拘らず比較的簡単に血が止まってしまったので、とりあえず持っていた絆創膏を貼って、雑菌が入らない ようにしておいた。 まずは吉田を探さなければならないとは思ったが、あの女のことだ。性格から考えれば、じっと何処かに隠れ潜むに 違いない。意外とすばしっこい一面もあるし、そう易々と死ぬことは無いだろう。一通り会場を歩き回ったら、別れたあ の場所へと戻ればいい。きっと、戻って来る筈だ。 そうと決まれば、早速俺は歩き始めた。まずは一番最初に禁止エリアに指定されたD=2だ。深い茂みの中では勿 論何も見つけることは出来ずに、結局禁止エリア指定10分前に脱出した。そのまま北へ進み続けて、今度は出発し て幾分経った後に聴こえた銃声の方へと進む。日本刀はいつでも抜けるようにしておいた。勿論出発地点は禁止エ リアになっていたので、ある程度考慮して会場の中心へと向かう。 そこに、探していたものがあった。 2つの死体があった。一つは顔面がつぶれていて確認できなかったが、その巨体から想像できる男子といえば熊田 健人(男子2番)くらいしかいない。近くにはデイパックが2つ転がっていた。中身を漁ったが、武器は出てこなかった ので、水や食料だけ移して、後は放置した。 もう一つは、その丘陵になっている地形の下の方に転がっていた。喉元がばっくりと裂けた死体。その凄まじい形相 は見るに耐えがたかったが、その顔から熊田のペアである高橋 恵(女子2番)だとわかった。つまり、連動制度だ。 熊田が死に、そして高橋の首輪も爆発した。誰が熊田を殺したのかはわからないが、あのマシンガンで熊田はやら れたのだろう。 と、高橋の死体は何かを握っていた。無理矢理拾い上げる、それはチーフススペシャルという拳銃だった。妙に出っ張 ったポケットを漁ると、その中には折り畳み式ナイフも入っていた。ふと気になったので、再び熊田の死体をよく調べる と、最初は気味悪がって調べもしなかった学生服のポケットに、予備マガジンが入っていた。さらに放置したデイパッ クを調べると、底の方にあって気が付かなかったが、弾も30発入りの箱が見つかった。 思わず笑みがこぼれ出る。やはりやってみるものだ。案の定、当たりに属する武器を難なく手に入れることが出来た のだ。これほどおいしいことはない、そう思った。 その後だ。展望台の方から、熊田の命を奪った物と同じ銃声が響いてきた。チャンスだ、もしかすると、また武器を回 収せずに何処かへ去るかもしれない。そう思って、またも大胆だが、俺は展望台へと向かった。勿論自分まで襲撃さ れるのを恐れて、充分に時間が経過してから中に入ったのだが。 中は悲惨な状況となっていた。喉元を切られた東雲泰史(男子4番)の痛々しい死体。アーミーナイフを持ったまま首 輪が爆発して死んでいた大沢尚子(女子1番)の哀れな死体。そして、全身に穴が空いていた加藤秀樹(男子1番) の無残な死体。 武器はアーミーナイフしか見つからなかった。もしかすると、犯人が持っていったのかもしれない。そう、犯人とは即ち 松岡圭子(女子4番)のこと。これでマイナス3人、残りは三島と松岡、そして俺達ペアだけ。 まぁいい。俺は勝つ。日本刀と銃で、三島と松岡の2人を始末する。そして、ゲーム終了だ。 もう後は探しても出てこないだろうと踏んで、元の始まりの地へと戻った。まだそこに吉田の姿は見えなかったが、わ ざわざ探しに行こうとも思わなかった。じっと待つ、それが安全策だった。勿論、まだ生き残っている2人のうちどちら かが現れたら、始末するつもりだったが、生憎そのような都合のいいことはなかった。 放送30分前だ。松岡のマシンガンが、再び火を吹いた。結構近い。襲われている人物が吉田である可能性は五分 五分。少しだけ、不安になったので、武器だけを持って移動を始めた。 数分後、再びマシンガンの音が響き渡った。嫌な予感は、確信へと変わった。もしも襲われているのが三島なら、別 の銃声も聴こえている筈だ。となると、襲われているのは。 舌打ちをして、銃声の下方向へと赴こうとしたときだ。ふいに、茂みの中から女子生徒が姿を現した。そして、背後を 気にしながら、きょろきょろと辺りを気にしている。そして、納得したように頷くと、再び歩き始めようとしていた。 「吉田」 名前を呼ぶ。辺りを警戒していたからか、そんな小さな声でも彼女はすぐに反応した。 そして、振り向いて俺の姿を確認するや否や、その場に崩れ落ちた。 「西野君……」 おいおい、勘弁してくれよ。ここからが正念場なんだぜ。 こんな所で疲れられたらたまらない。そう思いつつ、俺は近くの茂みへと彼女を連れ込んだ。 “午後6時でーす。それでは、2回目の放送をしまーす” 折り良く、とでも言えばいいのだろうか。道澤の声が、会場内に響き渡った。 慌てて地図を取り出す吉田。だが、俺は既に死者が誰だかわかっている。 “まずは死んだ友達の発表です。男子3番 東雲泰史君、1番 加藤秀樹君、女子1番 大沢尚子さん。以上の3名 です。これで残りは4人となりましたー” 「やっぱり……ケイちゃん、もう……」 吉田が傍らでそう呟いた。だが特に気に留めることもなく、ペンで地図に書いてある名簿に取り消し線を引いていく。 “続いて禁止エリアの発表です。7時からB=2、9時からC=3、11時からE=4がそれぞれ禁止エリアになります。 大分多くなってきたね。もうこの6時間で決める気で行って下さいよー” 元から禁止エリアだった部分を含めると、大分行動が制限される。会場は主に2つに別れ、ちょうどこのE=2は通り 道となる。なるほど、これで嫌でも戦闘を起こそうという寸法か。 “それでは、また6時間後。頑張って下さいねー” ブツッと放送が途切れる。 最初に口を開いたのは吉田だった。 「あたしね、ケイちゃん……松岡さんに襲われたの」 「松岡に? さっきの銃声か?」 黙って、吉田は頷いた。なるほど、よく生き延びてくれた。 少しだけ、吉田が偉いと思った。そう、あくまでも彼女は運命共同体。殺されたら、元も子もない。 「西野君は、ずっとここにいたの?」 「いや……会場を色々と探索していたんだ。それで、武器、かき集めてきた」 そういって、ズボンに差し込んでおいた折り畳み式ナイフと、腰に挿していた日本刀を彼女に渡す。 「使え。お前には、死なれたら困るんだ」 「西野君……わかった。あたしも、戦う。どんな手を使ってでも、生き残るって決めたんだ」 「死ぬのは……怖くないのか?」 深く深く、吉田は頷いた。その瞳は、本物だった。 なんだ、心配して損した。要するに、彼女も、こちら側の人間だったというわけだ。 「本当は、死ぬのが怖いんだろ? ……だから、生き残りたいんだろ?」 少しだけ申し訳なさげに、再び彼女は頷いた。結構、可愛い。 「俺も、そうだよ。死ぬのは、怖い。だから、戦うんだ。戦って、生き残るんだ」 「うん。みんな、敵。殺すべき、人間」 「そうだ。……じゃ、いきますか」 「……うん!」 目の前を歩くその人物は、真っ直ぐに自分達を見つめていた。 松岡圭子。脆く儚い、絆を破壊され、発狂した、女生徒。 戦いが、始まる。 【残り4人】 Prev / Next / Top |