第二章 天国と地獄 − 


08


 小島奈美(女子三番)は、極度に緊張していた。

 冗談じゃない。なんで、あたし達が、プログラムなんかに選ばれなきゃならないんだ。こんなの……こんなのって、あ
りかよ? 大体、一年間に50クラスが選ばれるとしても、全国に一体どれだけの中学三年生のクラスがあると思って
いるんだ。こんなのって、あり?

 大原祐介(男子二番)と栗田真帆(女子二番)が手をつないで扉の向こうに消えてから、既に二分以上経過してい
た。間違いなく、次はあたしが出発する番なのだ。それも、連動制度によって命を共にするペアは、なんとあの近藤
悠一(男子三番)ではないか。これほどまでに、小島っていう苗字を恨んだことはないよ、あたしは。
近藤といえば、クラスで一番背が低い天然パーマのガリ勉野郎というイメージしかない。自分自身が勉強が出来るの
をあからさまに(本人は否定しているのだけれども)自慢しまくる、いわゆる嫌味キャラだ。あたし達のグループとか、
なんか素行が大人達から悪いといわれているような生徒に対しては、蔑むような目つきで睨んできている。まるで自
分には関係のない世界だといわんばかりに、笑っていやがるんだ。ホント、なんであたしがこんな奴とペアを組まなき
ゃならないんだ。
そのくせ、こいつは喧嘩に滅法弱い。もともと軟弱なのだ。首輪を爆破されて死んだ町田宏(男子八番)にも、なんだ
か知らないけれどよく殴られたりしていたな。町田を味方するわけじゃあないけれど、大半はこいつの責任に違いな
い。こいつは、町田の家庭の事情を知っていたのだろうか? あんな不良のことなんか知りたくないよ、うへへ。って
思ってるんだろうな、こいつのことだから。
ああ、嫌だ。こんな奴と運命を共にするなんて、絶対嫌だ。

「よし、次。近藤と、小島ぁ。出発だぞ」

 そんなことを考えているうちに、どうやら三分が経過していたらしい。稲葉にいきなり名前を呼ばれて、咄嗟にあたし
は立ち上がった。近藤は……、と教室内を見回してみると、隅の方にうずくまっていた。だらしがない。
あたしは、近藤のそばまで歩いていって、その脇腹を思いっきり蹴飛ばした。ボフッという、布の音がする。

「ほらっ、行くよ」

近藤が咳き込んでいるところを、あたしは無理矢理立たせた。本来なら、こいつの体を触ることさえ嫌だったけれど、
仕方ない。あまり出発にもたついていると、稲葉の機嫌を損ねて殺されかねないからだ。

「うぅ……痛いよぉ、嫌だよぉ」

「うるせぇっ! めそめそするな、行くったら行くんだよ!」

駄々をこねる近藤を引きずって、あたし達二人は村崎とかいう兵士から、デイパックを受け取った。近藤も観念したら
しく、素直にあたしの後ろをついてくるようになった。
出口の前まで行くと、教室の中に居る八人の生徒全員が、あたしの方を見ていた。きっと今の一連の行動を見て、こ
のゲームに対して積極的になっていると思っているに違いない。

 だけど。

 誰がこんな殺し合いなんかに参加するもんか。確かに、あたしは結構普段の生活の中でも好き勝手にやってきてい
た。近藤みたいな生意気な後輩に対して、放課後校舎裏でかつ上げをしたのが教師にばれて、矢島依子(女子六
番)と共に停学処分を食らった事だってある。でも、殺し合いをするということがどんなにやってはいけないことかなん
て、小学生だってわかっているはずだ。人を殺してはいけません。こんなの、常識じゃないか。こんなゲームになん
か、乗るべきじゃないんだ。
そりゃあ、確かにこのゲームに乗らないってことは、ほぼ確実に死を意味するよ。だけど、普通は殺人への禁忌っても
んがあるもんだろ? それがない奴ってのは、ある意味あたし達よりも恐ろしいんだ。こういうときに限って、例えば優
等生の中野智樹(男子六番)あたりが簡単に殺し合いを始めたりするもんなんだ。
でも、ああ、嫌だ。あたし一人のミスで死んでしまうのならともかく、近藤のせいで死ぬのだけは御免だった。こんな
奴と死ぬまで一緒だなんて、考えただけで吐き気がする。げろげろ。

 教室を出ると、薄暗い廊下が続いていた。どうやら、ここは二階らしい。袖にあった階段を下に降りると、すぐ目の前
に下駄箱があった。よく考えれば、今の自分達は土足だったな。まぁ関係のないことだ。気にせずに、すたすたと開き
っぱなしになっている入り口を抜ける。そこには、広い大きな校庭が広がっていた。トラックの向こう側に昇降門が見
える。まずはあそこまで行かなければならないのか。

「ねぇ、小島さん」

歩き出そうとしたところ、突然後ろから近藤が声をかけてきた。ああもう、何だっていうんだ。

「何よ?」

「あのさ……。やっぱり、ここでみんなを待ったほうがいいんじゃないかな?」

その黒縁の眼鏡の奥に、なんとも情けない色をした目があった。何を考えているのだ、こいつは? 話にならないの
で、あたしは無視して校庭を突っ切ろうとしていた。そのまま歩いて、校門の前まで行くと、何だかんだ言って近藤も
ついてきていたらしく、再び声をかけられた。

「ねぇ、聞いてる? みんなを待とうよ」

その粘っこい言い方が気に入らない。無視しようとも考えたが、このままだとこいつは永遠に喋り続けそうな勢いだっ
たので、とりあえず振り向いた。

「あのさ。あんた、今のこの状況わかってんの?」

「わかってるつもりだよ。だけどさ、僕達だけでいるよりも、仲間を増やした方がいいと思うんだ」

何が、わかってるつもり、だ。あんたはただあたしと居るのが嫌なだけでしょ。あたしだってあんたと一緒に居るのは
嫌だ。連動制がなかったら、真っ先にあんたとは別れて行動しているよ。

「それは駄目。この状況で仲間を増やすのはとても危険だと思う」

「なんでだ?」

「考えてみなさいよ。これは普通のプログラムと違って、ペアバトルなんだよ。多分、それぞれのペアは協力してこの
ゲームに参加するだろうし、仲間なんか集めるわけがないじゃない。大体あんた、集める仲間なんて、いるの?」

 そういう自分にも、信用できる仲間はこのクラスには少ない。いつも一緒に行動していた矢島依子は、その性格を
考えれば自分が生き残るためにどんな手も使うだろうし(まぁ、ペアがあの中野だからどうにかなるかもしれないけれ
ど)、唯一信頼できるのは、吉村美香(女子七番)あたりだろう。いつも、吉村の顔が綺麗なのをあたしは羨ましがっ
ていたなぁ。あまりあたしの顔は可愛いとはいえなかったし、むしろ男勝りって感じだ。スカートをぎりぎりまで短くして
いるけれども、それは色気を出しているというより、ただの露出みたいに捉われている。でも、そうでもしないとあたし
は標準まで行けないんだ。せめて、標準並みの可愛さくらいは、持ちたいわけだし。

 まぁ、どちらにしろ、次に出発するはずの杉本高志(男子四番)と都築優子(女子四番)は、あまり親しくないから仲
間になるはずもないのだけれど。

「いや……、でも。やっぱりみんなといた方が、心強いと思うしさ。それに……二人でいるのは嫌なんだ」

「はぁ?」

「次、杉本君とか出てくるんだよね。僕、迎えに行って来るよ」

 そう言うや否や、いきなり近藤が走り始めた。踵を返して、逆方向に。ふざけるな、今は行っちゃ駄目なんだ。誰も
が、あたしみたいにやる気じゃないわけじゃない。行ったところで、拒否されるのがオチに決まっているじゃないか。

「ば、バカ! 待て!」

 あたしは、走り出した。肩にかけたデイパックが重たかったので、とりあえず走りながらジッパーを開けて、中身を確
認した。緑色の、丸い物体が一番上に置かれている。なんだ、これ?

 フリスビーだった。

ふざけるんじゃないよ、これが支給武器? 確かに稲葉は色々なものを武器として入れておいたとか言っていたけれ
ども、これがそれだってか。一体フリスビーで何が出来るというんだ。馬鹿な話も大概にして欲しい。あたしはデイパッ
クを丸ごと校庭の地面に投げ捨てると、差が開いているものの急いで近藤に追いつこうとした。短すぎるスカートは走
るのを妨害することなく、足が充分に広げられる。もしかしたら下着が見えているかもしれなかったけれど、そんなこと
はお構いなし。別に誰が見ているというわけでもないだろう。とにかく、あたしは走った。

「杉本くーん!」

 前の方で、そう近藤が叫んでいるのが聞こえた。太陽がだんだんと南中高度を目指して昇っている中、その近藤が
手を振っている姿は簡単に見つけることが出来た。視力がわりと高いあたしは、その奥、昇降口にツンツン頭の杉本
高志の姿をも発見することが出来た。
そして、見た。杉本の顔が、極度に強張っていた。そりゃあ、いきなり近藤が自分達の方に向かって走ってきたら、こ
の状況だったら驚くわな。そして、手に握っていた何かを、思いっきり振りかぶるのが見えた時、あたしの体に、警報
音が鳴り響いていた。
杉本が、両手で結構長めの鉄棒を振りかぶって、近藤に向かって振り落とした。ガッという鈍い音と共に、近藤が崩
れ落ちる。途端、これまで考えてきた理性が、小島奈美の理性が崩れ落ちた。


 アイツヲ、殺サナケレバ。


「わあぁぁっ!」

 小島奈美は、今まであった理性を全て捨てて、感情の赴くまま、本能に従って叫びだした。もう、自分が殺し合いを
しないなどという決意は、どこか遠く彼方へと消えていた。

 やっぱり! 杉本が、近藤を殺した。近藤を殺したんだ! 近藤が死んだ、あたしも死んじゃうんだ! 嫌だ、嫌だ、
嫌だ! 死にたくない、近藤のせいなんかで、あたしは死にたくない! 殺せ、殺せ、殺せ! 誰でもいい、そうだ、
杉本でもいい! とにかく殺さなきゃ! あたしが死んじゃうんだ! 殺すんだ、殺すんだ、さぁ!

「何するんだあぁぁっ!」

 無我夢中で、杉本目掛けて走るその姿は、まるで飢えた獣のように野蛮だった。腕を振り回しながら、小島奈美は
杉本に体当たりをかまそうとしたが、元バスケ部にそんな技が当たる筈もなく、目標を失ってたたらを踏んでいたとこ
ろに、後ろから鉄棒で背中をぶたれた。

「うがぁぁっ!」

激痛が、体内の神経を一斉に刺激していく。
杉本高志は、足をがくがくと震わせながら、後ずさりをしていた。

「お、お前らが悪いんだからな……急に襲ってきたりするからぁ!」

そんな声も聞こえたのかどうかはわからないが、目の前の野獣はのた打ち回っていた。

 痛い、痛い! なんだ、こいつは! 背中が……焼けるように痛い! 熱い、痛い! そんな、こんなことで、死んじ
ゃうの? 近藤のバカ! お前のせいであたしは死んじゃうんだ! この大バカ!

その痛みは致命傷ではなかったのだけれど、小島奈美を狂わせるのには充分な刺激だった。そして、もう一人。町
田宏に襲われたことによって、精神が不安定になっていた人物。


  パァン!


都築優子は、自分のデイパックに入っていたブローニング・ハイパワーの引き金を絞った。その小さな銃から吐き出さ
れた鉛の弾は、小島奈美の腹部を貫通し、校庭の地面に突き刺さった。

「あは……あははは!」

慌てて杉本と都築が足早に去る音を聞きながら、背中と御腹に激痛を感じていた小島奈美は、そのまま意識を失っ
た。




   【残り14人】







09


 それからすぐのこと。
近藤悠一は、目を覚ました。酷く頭が痛かったが、それもガンガンする程度。大して、支障はなかった。

 あいたたた……えーと、僕は今、何をしているんだ?

辺りを見回して、太陽が眩しい中、自分が校庭の地面に横になっているのがわかった途端、今までに自分の周りで
起きていた出来事が、瞬時に巡りまわって頭を刺激した。

 そうだ、今、プログラムの最中だったんだ。えーと……僕はなんでこんな所で寝ていたんだ? あ、杉本君を見つけ
て、名前を読んだ途端、殴られたんだっけ。

彼は、自分では気がついていなかったが、相当打たれ強かった。それは別に筋力トレーニングをしていたというわけ
ではない。彼が日頃から町田宏などから受けてきた暴力、それに慣れてしまったということだ。つまり、町田のストレ
ートくらいなら大したことではない、と脳が勝手に思い込んでしまっていたのだった。さらに、彼を鉄棒で殴った杉本高
志も、別に本気で殴ったわけではない。いきなり近藤悠一という生徒が自分に向かってきているという危険信号を、
咄嗟に襲ってきたのだと脳が勝手に勘違いし、それに対して防衛反応を行っただけに過ぎない。杉本自身も殺人へ
の禁忌というものは残っていたし、本人は気がついていないかもしれないが、精神的に殴る時に躊躇していたのだ。
手加減をしていたからこそ、彼の頭蓋骨は陥没もしなかったし、持ち前の打たれ強さで骨折もすることはなかった。た
だの、少し重たい打撲程度の怪我だったのだ。まぁ、そのせいで一瞬目の前が暗転し、一分ばかりの間気絶してい
たわけなのだが。

 そうだ、小島さんは……。

当然、悠一は小島奈美がその後どうなったのかなんて知る由もなかったに違いない。慌てて周りを見渡したものの、
見つかったのは自分のデイパックのみだ。そこで、悠一は重い腰を起こした。なんだか全体的に体が重たかった。さ
っきの殴られたときの衝撃が、まだ体内に残っているのかもしれない。その時だ。


  ピ……、ピ……。


「……え?」

 ふと、悠一の耳に、電子音が入った。それは、なんとなく聞き覚えのある音。紛れもなく、町田宏が死ぬ間際に聞こ
えていた、あの電子音だった。

 あれ? この音って……、首輪が、鳴ってるんだよね?

そう、誰かの首輪が電子音を発している。それは、頭がいい悠一にとっては、漢字の書き取り並に簡単なことだっ
た。問題は、誰の首輪が鳴っているのかという事だ。辺りには、自分以外には誰も見当たらない。そう、自分以外
は、誰もいないのだ。

 まさか。

「僕……?」

それだけは、信じたくなかった。だが、それ以外に答えは見当たらないのだ。それでも、必死にそれだけは違う、それ
だけは違うんだと、悠一は必死に思い込もうとしていた。

 そうだ、きっと誰かがこの近くにいるに違いない。

そう思って、今度は立ち上がった。そして、自分のデイパックの向こう側に、誰かが倒れているのが目に入った。それ
は、女子生徒だ。きっと、彼女の首輪が鳴っているのだと、悠一は思い込んだ。彼女は、一体誰だろうか。
だが、それが誰かを確認する前に、悠一は気がついた。その女子生徒の地面に、なんとなく紅い染みがあるのでは
ないかということに。恐る恐る近づいてみると、どうやらその女子生徒はぴくりとも動かない。最悪のケースが、悠一
の頭をよぎった。

 まさか、この女子は……。

うつ伏せになっている女子生徒を、裏返す。途端、むっとした血の匂いに加えて、顔が露わになった。紛れもなく、小
島奈美だった。自分の、ペア。連動する、ペアだ。

 嘘……でしょ? だって、小島さん死んでいるんだったら……。

その瞬間、彼は全てを悟った。小島奈美は、恐らく数分前に死亡した。それによって、自分の首輪が連動制の下、爆
破されようとしているのだと。もう、答えはそれしかなかった。

「ね……ねぇ、小島さん……! 死んでるの……?」

だが、それでも最後の希望をかけて、小島奈美の体を揺さぶった。その顔に傷はついていなかったものの、自分が
触れた頬は既に冷たくなっていたし、さらに左手で支えた腹部には、なにか得体の知れないものの感触が、そこには
あった。

 首輪の電子音の速度が、速くなった。

小島奈美は、死んでいる。そして、自分に残された時間も、あと少ししかなかった。それはもう、町田宏のおかげでわ
かりきっていることだ。

 そんな、嫌だ……嫌だ! こんなことで、自分が死ぬなんて、嫌だ! 畜生! 小島さん、なんで死んでるんだよ?
 なんで死んじゃったんだよ! 小島さんのバカ、バカ、バカァ!

当然、悠一は何故小島奈美が死んでいるのかなんてわからなかったし、まさか自分のせいで死んだなどということ
は、思いつきもしなかった。悠一は今、どうするべきか考えた。このままだと、確実に自分は死ぬ。一体どうすればい
いのか。
答えはあっという間に出た。誰かを、殺せばいいのだ。そう判断すると同時に、急いで悠一は自分に手渡されたデイ
パックのジッパーを開けた。水の入ったペットボトルが一番上においてあったが、今必要なものはそれではない。むん
ずと掴んで放り投げると、その下に、地図が書き込まれた用紙の上に安置されるような形で、その武器は置いてあっ
た。急いでそれを掴み上げ、そして、次の瞬間、彼の顔色はよりいっそう青ざめるものとなった。

 これは……スタンガン

電池は既に装着されている。脇にあるボタンを押すと、金属のような先端部分がバチバチと火花を立てた。

 こんな……こんなもので、人が殺せるか! バカァ!

その諦めを待っていたかのように、突如首輪の電子音が早まった。ピピピピと連続して鳴り響くそれは、ますます悠
一を混乱させた。

 くそっ、どうすればいいんだ? どうすれば僕は死ななくてすむんだ? どうすれば? どうすれば……どうすればい
いんだ!

今や彼の思考回路は、人生の中で一番フル回転していたが、どんなに頭のいい彼でも、その答えを見つけることは
出来なかった。


  ピ――― 。


「どうすればいいんだぁぁっ!」

 直後、彼の聴覚が、ドンというくもぐった爆発音を聴き取った。ただ、それだけだった。そこで、フル回転していた彼
の思考能力は、虚空の彼方へと吹き飛ばされたのだった。




  男子三番  近藤 悠一
  女子三番  小島 奈美    死亡



   【残り12人】







10


  パァン!


 突如、外で銃声が聞こえた。間違いなく、それは銃声だとわかった。耳がさえているというわけではない。ただ、稲
葉が発砲したときの音と、本当に似ていたから、そう断言できた。
昭平は、その音を聞いて、ペアの前田綾香と目を合わせた。杉本高志(男子四番)と都築優子(女子四番)が出発し
た直後、その銃声は聞こえたのだ。やらせだなんて思えなかった。信じたくないことだったが、恐らくもう、『殺し合い』
は始まっているのだ。

 どうする? どうする? どうする?

殺し合いをする気まんまんの生徒だとしたら、きっと、次に出発する自分達を狙うはずだ、間違いなく。なんてことだ、
出発した直後に死亡だなんて、冗談にもならないぞ。

 だが、出発の時間は無常にも過ぎてゆく。

「五番。高松、前田。出発だ」

稲葉がそう出発の合図を述べると、前田が勢いよく立ち上がった。そして、自分の方をまっすぐに見ている。心配ば
かりするなってことだろうか? とにかく、前田は既に兵士村崎からデイパックを受け取っていた。慌てて自分も立ち
上がり、同じようにデイパックを受け取る。てっきり重たいものだと思っていたそれは、思ったよりも軽かった。
前田が先頭に立ち、先に教室を出て行く。自分も後に続き、最後にふとまだ残っている四人を見やったものの、すぐ
に外に出た。

 廊下を横切り、道なりに階段を降りたところで、昭平は先を行く前田を呼び止めた。

「前田」

「……何?」

前田は、ゆっくりと振り返ると、デイパックを地面に落とした。ドスンと落ちたそれは、明らかに自分のものよりも重たそ
うだった。とにかく、昭平は用件を手早く述べた。

「ここで、武器を確認しよう。多分、丸腰のまま外に出たら、危ない」

 そう、それは、銃声が聞こえてから出発までの二分余りの間に考えた結論だった。次の中野智樹(男子六番)が出
発するまでに、ここから離れなくてはならないのはわかる。だが、うかうかと外に出たら、もしかすると先程、銃声を起
こした張本人に狙われるかもしれない。そう思って、言ったのだった。前田も納得したらしく、こくりと可愛らしく頷い
た。そして、急いでジッパーを開けたのだった。タイムリミットまで三分間、実質二分程度と考えてもいい。それまで
に、確認しなければ。
昭平もジッパーを開ける。すると、一番上に目的のものは置かれていた。小さな鞘。すかさず抜き出してみると、それ
は小型のナイフ。果物を剥くときに使うあの、果物ナイフだった。

 これで……政府の連中は自分達に殺し合いをさせるつもりなのか? 先程の銃声を聞いてもわかるとおり、支給武
器の中には銃器さえも含まれているというのに、こんな小さなナイフで、自分の身が守れるのだろうか。

考えても仕方なかった。今はこれしかないのだ。とにかくこれで、自分の身を守らなければならないのだ。

「前田」

「見ないで」

前田の武器は何だったのだろうか、と前田を呼ぶと、ぶっきらぼうに前田は答えた。言われたとおり、何故だかはわ
からないが見ないでいると、前田のブレザーが階段の床に置かれているのが目に入った。

 はぁ? こいつ、服なんか脱いでいるのか? 一体どういう神経をしているんだ?

「いいよ」

前田が同じ口調で言う。何だったのかわからないので聞こうとした瞬間、昭平は前田の体に違和感を感じた。ワイシ
ャツを着ている彼女が、なんとなくごわごわっとしている感じがしたからだ。

「前田、何してんだ?」

「……防弾チョッキ、着てた」

なんとなくわかったような気がした。防弾チョッキなんて聞いただけで見たこともないが、確かに支給武器の中に混じ
っていても不思議ではない。恐らく、ワイシャツの下に着たのだろう。今はブレザーまで着込んでいるせいか、とても
防弾チョッキをその下に着込んでいるようには思えなかった。

「俺の武器は、果物ナイフだった」

「ふぅん、とりあえず今の武器はそれだけ、か」

「……うるさい。いくぞ」

小馬鹿にしたような物言いに少しカチンときたが、今は怒っている場合ではない。とにかく、先を急ぐことにした。

 その時だ。誰かの叫び声が聞こえたような気がした途端、ドォンと突然爆発音がした。咄嗟に昭平と前田は身構え
たが、数秒経っても物音一つ聞こえない。昭平は果物ナイフを刃をむき出しにしたまま右手に持ち、恐る恐る玄関か
ら外に出た。前田も昭平のすぐ後ろに続き、こちらは後ろの方をじっと伺っている。
玄関を出ると、目の前に校庭が広がっていた。そこに、誰かが倒れているのが見える。太陽に照らされた地面に、紅
い染みがあるのが見えた。恐らく、死んでいる。前田の方を見ると、前田も覚悟を決めたのか、昭平をじっと見て、頷
いた。

 ひらけた校庭には誰の姿も見えない。油断は禁物だが、恐る恐るその生徒を、覗き込んだ。

 近藤悠一(男子三番)だった。近藤は、首が引き千切れそうなくらいバックリと開いていた。多分、首輪が爆発した
のだ。自分達と同じように平等に巻きつけられている銀色の首輪は全く原形をとどめていない。その顔が凄まじい形
相になっているのを見て、思わず顔をしかめる。さっきの爆発音は、きっと首輪が爆発した音だったのだ。

「高松君。何か、握ってるよ」

前田もその死体を見ていたらしく、だが顔は見なかったようで、別の方向を指差していた。それは、近藤の右手。なる
ほど、何か握られているようだ。昭平は、緊張しながらもその右手に握られている物を取ると、すぐに死体から離れ
た。嫌な感触だった、触れても、全く生きていることを感じさせない肌。嫌だった。
その物体は、デイパックと同じような色をしていた。手の平よりも少し大きめのサイズで、なんだかはわからない。後
ろを振り返ると、前田がデイパックを二つ持っている。次々と不思議なことが起きるのが、実におかしかった。

「前田……、それは」

「近藤のデイパック。何も手付かずの状態だった」

死人の所有物というのも嫌な感じだったが、別にこれはもともと近藤のものだったわけではない。そう考えると、少し、
楽だった。
とりあえず昭平はその物体を前田に手渡し、自分は近藤のデイパックを背負った。二つ分のデイパックは、少し、重た
かった。そろそろ次のペアが出発する時間だ。急いでここから離れた方がいい。

 ふと、あることに気がついた。近藤のペアであるはずの、小島奈美(女子三番)は何処にいるのだろうか。勿論、小
島が死んだから近藤の首輪も爆発したのだろうが、彼女が何処で死んだのかはわからなかった。その時、自分は焦
っていたのかもしれない。前田がすぐ傍に転がっている小島の死体を指差したときは、本当に気分が悪くなった。胃
酸が、喉のすぐそこまで逆流してきていた。

 これで、残り12人。それはまるでゲームのような感覚だったが、実際は全く違う、これは現実の話だ。ゲームオー
バーになる時は、即ち死んだ時。リセットボタンなんてないのだ。もう二度と、やり直しなんて効かないのだ。

「高松君、そろそろ行かないと」

 前田がそう呟くと、昭平は現実に戻された。そうだ、これは現実だ。一回しかない、現実だ。今は、走り続けるしか
ないんだ。

「うん、わかった。走ろう」

そう言うや否や、昭平は走り出した。両肩に背負ったデイパックが、肩に食い込んで痛かったが、そんなことは言って
いられなかった。既にこのデスゲームは始まっている。それは、近藤が、そして小島が教えてくれた。確実に、このゲ
ームに参加した奴がいるのだ。それが誰だかはわからない。容疑者は六人、三ペアだ。まさか早紀がやる気になる
わけがないし、祐介だって、絶対にこんなゲームに乗るような奴じゃない。杉本だって、一緒にバスケをした仲じゃな
いか。どいつもこいつも、怪しい奴なんかいない。一体、誰なんだ?
校庭を真っ直ぐ突っ切ると、道が二手に分かれていた。どちらに行くかもわからなかったが、気分的に体は右の方向
へと進んでいた。後ろから前田がついてきているのを確認すると、その調子で走り続けた。肩に食い込むデイパック
が、重たい。そういえば、小島の武器って何だったんだろう。小島のデイパックって、何処にあったんだろう。そんな場
違いなことを考えながら、昭平は走り続けた。目の前に丁字路があり、その奥には公園のような森林が広がってい
る。あそこまで行ってもよかったが、こっちは準備運動もなしでいきなりハードなスポーツをしているんだ。このままだ
とこれからの行動に支障をきたしかねない。そう考えた昭平は、その手前に建っている一軒家に入ることにした。

「前田、あの一軒家に入る。いいか?」

「いいよ」

前田は即答した。はっ、はっ、と息切れが聞こえる。前田も相当苦しいのだろう。前田だって、女の子なんだ。デイパ
ックは重たいだろうし、自分自身結構速いスピードで走っているはずなんだ。そう、自分だって元バスケ部なのだか
ら。

 昭平は、『橋本』と書かれた表札の家の門を開けて、中に入り込んだ。
不法侵入かもしれなかったが、そんなことを言っている場合ではない。まさかプログラムの会場に人が住んでいると
は考えられなかったし、稲葉は説明しなかったが、当然この会場には自分達生徒しかいない筈だ。
当然ながら、玄関の扉には鍵が掛かっていた。だが、どういうわけか、裏に廻った所、勝手口の扉は開いていた。な
んとも無用心だ。そこから土足で失礼ながらも橋本さんのお宅に侵入する。キッチンと一続きになっているフローリン
グ張りのリビングらしき部屋に辿り着くと、はぁぁと溜息をついて、昭平と前田は座り込んだ。

「とりあえず、ここにいよう。俺、疲れたよ」

「あたしも……、疲れた」

 はぁぁと溜息をつき、念の為その家に誰もいないことを確認する。と言っても、この家は一階建てで2LDKの大して
大きくない家だったので、調べるのにさほど時間は掛からなかった。ついでに、鍵もきちんと掛かっているかどうかを
調べておく。ベランダの窓も開きっぱなしだったので、慌てて閉めておいた。どうやらこの家の主人は随分と管理がず
さんらしい。
カーテンを閉めるのはよすことにした。他の家でもそうだったのだが、どの家も昼間にこの地域から追い出されたの
か、カーテンは掛かっていなかったのだ。となると、カーテンが閉まっている家には誰かが潜んでいると口外している
ようなもの。窓際にいると外にいる他のクラスメイトに見つかってしまう可能性があるが、事前に疑惑をもたれるより
は、マシだった。

 リビングに戻ると、前田はなにやら自分のデイパックに水入りのペットボトルなどを入れていた。

「何してるんだ?」

「それよりも、どうだったの?」

「え? あ、あぁ。他には誰もいなかった。鍵も確認してきた」

 そう言うと、前田は前に垂れた前髪を掻き揚げながら、ふぅと息をついて、言った。

「そう……。今ね、近藤の荷物を高松君のデイパックに入れてたの。ほら、二つも持っていると、結構邪魔でしょ。だ
から、別にいらない地図とかはここに置いて行くつもり」

そうか、流石は前田だ。気が利いている。考えてみれば、本来かさばる物は持たない方が有利なのだ。近藤のデイ
パックの中から取り出すべきものは、水と食料、そして武器のみ。武器は前田が持っているので、大して必要なもの
はないということだ。

 そう考えると、結構懐中電灯は迷ったものの、結論では持たなくていいとした。理由は、夜は多分動き回らないだろ
うし、それにまだ夜は遠いからだ。ペンライトの類ならよかったのだが、これは旧式で単一電池が二本も必要な型だ。
かさばるし、固いし、いいことはない。
昭平は少し重たくなったデイパックを担いでみたが、やはり一つだけだと持ちやすく、先程よりは楽になったので、納
得した。その間、前田は近藤のデイパックの中に入っていた紙片を眺めていた。

「前田、それは……」

昭平が声をかけると、前田はちらりと昭平を流し見して、そっと机の上に置いてある近藤の武器を促した。

「その武器、スタンガンっていうんだって。聞いたことあるでしょ?」

「スタンガンって……、映画とかに出てくるあの?」

「そう。その先端の金属から電気が放電されて、相手にショックを与えることが出来るの。あー、触らないで。感電す
るかもよ?」

いきなりそう言われて、昭平は慌ててその右手で握ったスタンガンを机の上に戻した。

「横のスイッチを押すと、電流が流れる仕組みになっているから」

さらに前田が続けて説明する。なるほど、確かに、スイッチがある。

「ねぇ。これ、あたしが持っててもいいかな?」

唐突に、前田は紙片に向けていた視線を、昭平の方に向けた。考えればそうだ、前田の武器は防弾チョッキ、その
他には武器になるようなものはない。持ちたいと言うのも、わかる。

「うん、いいよ」

だから、昭平はあっさりと頷いた。まだぼんやりとしか自覚はないのだが、このゲームでは前田が死んだら、自分も
ジ・エンドなのだ。自分の身を守るのが最優先だが、前田を守ることも、必要不可欠なことだった。

「それで、さ。前田、これから、どうしたい?」

 言葉を一つずつ探すように、昭平はゆっくりと言った。
 沈黙。その沈黙を破ったのは、前田だ。

「あたしは、早紀を探したいな」

「早紀って……、伊藤のことか?」

「そう。早紀と、一緒にいたいかな」

 前田綾香と伊藤早紀。中学校時代は、ほぼ毎日一緒に帰宅するほどの仲の良さ。確かに、こういう状況では、自
分なんかといるよりも、信頼できる親友と一緒にいたほうが安心できるだろう。

「そうか。俺も、祐介といたいな、だったら」

昭平は、続けていった。自分が最も信用できる唯一無二の親友、祐介がいるなら、自分は精神を安定させることが出
来る。祐介と一緒なら、きっとどんなに困難なことでも成し遂げることが出来る、そう考えていた。

「大原君……か。そうだよね、仲良いもんね」

「あのさ。伊藤のこと、探したいか……?」

昭平がそう投げかけると、前田はゆっくりと、小さく頷いたものの、すぐに首を横に振った。

「探したいけれど、今は駄目。あと一時間ちょいで、正午だから。そしたら、放送がなるんでしょ? それまでは、ここ
にいようよ」

 そう言われて、昭平は手首に付けた時計を見た。『AM 10 : 56』とデジタルで表示されている。あの教室で説明を受
けてから、既に一時間あまりの時間が経過していたのだ。

「正午……か。わかった、じゃあ、とりあえず放送聴いてから、な」

 なんとなく、すぐにでも探したい気持ちだったのだが、今は現状を知るべきだと、昭平は考え込んでいた。
前田も、きっと同じ気持ちなのだろうが、あえて今は現状を見据えていた。彼女もまた、昭平を気遣ってくれているの
かもしれない。


 とにかく、今は伊藤も、そして祐介も、みんなが無事でいてくれることを、祈る他なかった。




   【残り12人】






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