終 章 エピローグ − 17


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『お疲れ様でした、高松君。貴方の優勝です』

 後方で爆発音がしてからも昭平は走り続けた。だが、既に精神的にも肉体的にも疲労は極限まで溜まっていた
為、結局20秒程走っただけでもう疲れきってしまった。ゼェゼェと俯いて息を吐く。酷く、胸が締め付けられるように苦
しかった。


 優……勝…………?

 俺が、優勝したのか?


『それでは、早速禁止エリアを解除したので、出発点の中学校、エリアE=4まで帰ってきてくださいね』

水島と名乗る女性の声は、ひどく遠くに感じられた。周りの世界が全て無音になっていて、まるでそれは現実とは程
遠い、何処か異空間の彼方にいるような雰囲気だった。

 体が、重い。鉛のように、ずっしりとくる。
 生き残ってしまった。自分一人だけが、取り残されてしまった。

 昭平はどうすればいいのかわからなかった。わからなかったから、指示されるままに中学校へと赴いた。

 残り、一人。つまり、それは自分以外の全員が死んでしまったということ。祐介も、前田も、そして早紀も。みんな、
もういない。
なんだか真っ直ぐ帰る気になれなくて、昭平は遠回りをした。明け方に禁止エリアに指定されたエリアC=5の方を廻
って、中学校へ行くことにした。
前方右手に自分達が出発した中学校が見える。全ては、あそこから始まったのだ。昭平はそのまま道なりに進みか
けて、そして止まった。


   サワ……チャパチャパ……。


前方には、湖が広がっていた。林に囲まれるようにして、その湖はひっそりと存在していた。その湖の名は沢田湖。
自然動物が沢山訪れることで有名な、県内の隠れた観光名所だった。
寄せては返す波の音を聞いて、昭平は暫く立ち止まっていた。


   サワ……チャパチャパ……。


動物の姿は見えない。それどころか、鳥のさえずりも今では聴こえない。それは、自分に対する罰なのか、それとも。
十分程して、昭平は再び歩き始めた。

 中学校の校庭には、まだ小島奈美と近藤悠一の死体があった。どうやらあのまま放置されていたらしく、淀んだ眼
をして小島奈美の死体が自分の方を向いているような気がしてならなかった。

 貴方が、優勝したのね? この、人殺し。

そんな声が、聴こえたような気がした。いよいよ気が参っているらしい。そんな声、聴こえる筈がないのに。

 玄関に入ると、そこには、一人の女性が立っていた。紺色のブレザーとタイトスカートで決めている。確か、彼女が
水島といった筈だ。昭平は立ち止まって、水島と向かい合った。
一分程そうしていたであろうか、水島が、肩を竦めて言った。

「優勝、おめでとう」

「…………」

 昭平は黙っていた。憎かった。自分達を殺し合わせた政府が、そしてそれを楽しんで傍観していた稲葉が。多分、
目の前に立っているこの女性も。

「最初に一つだけ言っておくね。あの男……稲葉康之を殺したのは、まぎれもなく私達よ」

「……何だって?」

 唐突に、水島はそんなことを言い出した。その意図がわからなかったし、別にどうでもよかった。確かにあの放送の
時、少しは驚いたけれども、詳細なんて知っても知らなくても同じだ。気にしてない。

「あの男は、本当に貴方達全員が嫌いだったみたい。誰かが死ぬ度に、手を叩いて子供みたいに無邪気に喜んでい
たわ」

唇をかみ締める。命を掛けて戦っている自分達を高みの見物であざ笑っていただなんて、信じられなかった。まぁ、あ
の男なら、やってもおかしくはなかったが。

「悔しかったでしょう。本当は、私が貴方達を出発させる予定だったのよ? だけどあの男は、どうしても自分が教官
をやりたいって聞かなかった。だから特別に認めてやっていたのだけれど……目的はやっぱりこれだったのよ」

「…………」

「もし教官があの男じゃなかったら、もし私が普通にやっていたなら。多分、若本さんは死ななかったし、町田君だっ
てあんな行動には走らなかった。都築さんが壊れる要因はなくなっていたし、平山君がああいう結論に至ることもな
かった。たった一つの食い違いで、こんなにも未来は変わってしまうの」

つまり、稲葉ではなくてこの水島という女性が教官をしていたら、多分自分は生き残ってはいなかったのだろう。なん
とも、不思議な気分だった。

「貴方は、そういった偶然を潜り抜けて生き残った。だから、自殺なんてしないで欲しい。他の死んでいった生徒達の
分まで、強く生きて欲しいの。他のクラスメイトがどんな人達だったのか、決して忘れては駄目。いつまでも、心に残し
ておくの」

 その言葉の一つひとつが、ズシン、と重みとなって、昭平に圧し掛かった。心が、痛かった。

「……あの」

 聞かなければ、ならなかった。

「俺……一人だけ取り残されて。どうやって、生きていけば良いんですか?」

 水島は、淡く微笑み、そして言った。

「それは、貴方自身が決めて下さい。私はアドバイスすることは出来ますが、決定権までは持ちませんから。普通に
学業に励んで、いい大学に行って、一流企業に入社しても構いません。あるいは、全てを投げ出して、自暴自棄に陥
ったっていいんですよ」

「…………」

「さぁ、ここでの立ち話はやめましょう。まずは、職員室に来て下さい。その、首輪を外します」

 そう言って、水島は振り返って歩き始めた。何も言えず、だが立ち止まっていたらどんどん先に行ってしまいそうな
ので、とりあえず後に付いていった。
構内に入り、職員室の前まで来ると、再び水島は止まった。そして振り返ると、近付いてきた。そして、両手を前に差
し出す。

「じゃ、ボディチェックね」

慣れた手つきで自分の体に触れてくる水島。瞬く間に、上着のポケット、胸、腹、そしてすねまで、自分のあらゆる所
がチェックされていく。ズボンのベルトに差し込んでいた果物ナイフは、栗田真帆を殺した際にそこに置いてきていた
ので、武器は何も出てこなかった。

「……何もなし、か。珍しいわね」

そう言うと、暇になった両手をブラブラさせながら、職員室の扉を開けた。そこには、いくつものモニターが並んでい
て、そしてほぼ全てがその電源をシャットダウンしていた。今は兵士が片付けている。もう、プログラムが終わったか
らその役割を果たしたのだろうか。

「じゃ、村崎君。この子の首輪を解除してあげて」

「わかりました」

 水島が言うと、村崎という兵士が唯一電源が付いているパソコンの前に座って、キーボードを鳴らし始めた。カタカ
タ、カタカタと素早いタッチで画面に文字が入力されていく。それはどうやら不規則な数字の列になっていて、何か、
暗証番号のような感じだった。

 昭平はその画面を見て、あっ、と思った。

沢山の文字が横書きで列になって並んでいる。その大半が赤文字で埋まっていて、今村崎が入力している欄の数
字のみが、白く表示されていた。その列の始めには、『M‐5』と表示されている。すなわち、男子五番、自分だ。とな
ると。
予想は的中した。他の列の頭にも、そのような文字が表示されていたのだ。そして、赤く表示されているということ
は、既に死亡しているということだろう。改めて、その死者の数の多さに慄いた。

「解除できました」

「わかった。じゃ、高松君。こっち来て座って?」

村崎がそう言うと、水島は手招きした。そこには木製の椅子が置かれている。大人しくそこに向かい座ると、水島が
目の前に来た。その手には、なにやらリモコンのような物が握られている。

「じゃ、うーんして。首輪が見えるように」

言われるがままに、頭を上に向けて、首を露わにする。すると、水島はリモコンのスイッチのひとつを押した。


   カチッ。


何か、ロックが解除されるような音がして、次の瞬間には、首の圧迫感が消えていた。カランカランと音を立てて、床
に首輪が落ちた。それを拾い上げて、水島は村崎ではない、もう片方の兵士に手渡した。
不思議な気分だった。自分達を拘束し、そして無理矢理殺し合わせるように仕向けたこの首輪が、なくなっている。す
っかり体に馴染んでいたそれは、何かぽっかりと穴が空いたようになっていた。
こんな、ちっぽけな首輪のせいで、町田は、近藤は、そして祐介は死んだのだと思うと、やるせなかった。

「じゃあ、後はビデオ撮影だけね」

「ビデオ……撮影?」

「そう。高松君は、プログラムのニュースを見たことあるでしょ?」

 その一言で、全てがわかった。あの、半年に一度くらいのペースで報道される、特別ニュースだ。

 ええ、臨時ニュースです。先程午後二時七分、栃木県は本年度二回目ですが、戦闘実験第68番プログラム、第4
0号が終了したとの事です。詳細はまだわかっていませんが、後程追って報道します。どうかチャンネルはそのまま
―― 。
その僅か五分後、緊急速報として、ニュースが流れ始める。当時中学二年生だった昭平は、その一連の流れをじっ
と見ていた。
ええ、先程も申し上げましたとおり、本年度のプログラムで、栃木県立原田中学校三年二組の生徒24名による戦闘
実験が、午後二時七分に終了しました。秘密にされていた会場は、栃木県川治岳付近との事です。死亡した生徒2
3名の死因の分類ですが、銃火気類によるものが12名、刃物によるもの、6名、窒息死、2名―― 。
その時、ブラウン管には、一人の男子生徒が映っていた。両脇を兵士二人に抱えられて、左頬から血が流れ出てい
たような気がした。その目には、生気など感じられなかった。全てに対して、放心状態だったその男子生徒。今思え
ば、現状の自分もそのような感じなのだろう。

 気が付けば昭平は、外に出ていた。太陽が南中高度へと昇っていく。それを背景に、ビデオが自分を待ち構えてい
た。そして、村崎と呼ばれていた兵士が、小銃を構えながら近付いてきて、ここに立つように促した。言われるままに
立ち、そして、言われた。

「笑うんだ」


 多分、既に自分は精神的におかしくなっていたのだろう。
 何故か、笑えたんだ。


「これから……どうするんですか?」

 ビデオ撮影が終わってから、昭平は水島に尋ねた。

「これから、とりあえずあの町に戻るわ。そして、色々と手続きを済ませる。貴方達家族には気の毒だけど、引っ越し
てもらうわよ。もう、あの町に住みたいなんて思わないでしょうから」

「高校は……どうなるんですか? 留年ですか?」

「高校は、東高校にはもう連絡が付いている筈よ。特別措置として、引っ越した先の同じ偏差値の共学高校に入学し
てもらうつもり」

「そうですか……」


 なんだか、これからの人生全てが、変わってしまいそうな気がして。昭平はこの晩、全く眠れなかった。






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