05



 落ちる、落ちる、落ちる。
 どこまでも……永遠に落ちてゆく。


 急に、浮上する感覚に捉われた。ぐぅ、と体を持ち上げられて、意識が覚醒していく。
 河原雄輝(男子二番)は、辺りを見回した。頭の中で、何が起きたのかを思い出してみる。

 そうだ、栄一郎の葬式に参列していて……急に母親が変な事を言い出して……気がついたらここにいた。いったい
ここは、どこなんだろう。
それは、慣れ親しんだ教室と非常に似ていた。だが、決定的に違うのは、この教室と思われる部屋には一切の机と
椅子がないことか。黒板があり、その前に教卓がおいてある。ただ、それだけだった。窓から一切の光は差し込んで
こない。きっと夜だからだろうと思ったが、よく見てみるとなにかが打ち付けられていた。夜目にはわからなかったが。
今、何時なのか。携帯を出してみた。ぽっ、と液晶に表示された時刻は、既に日付が変わっていて、午前二時を指し
ていた。となると、六時間あまり、僕は寝ていたわけだ。

「雄輝……目、覚めたか」

ふと隣を見ると、そこには陰があった。声で村田修平(男子十二番)だとわかった。だが、それだけではない。その隣
にも、その先にも、そして背後にも、陰は存在していた。恐らく、あの会場で一緒に眠らされたクラスメイト達なのだろ
う。そのうちの何人かも、既に起きているようだった。

「修平、あのさ」

「わかってる。俺も……よくわかんねぇんだ。だけど……わかるんだよ、この状況がなんなのか」

「……わかんの?」

「俺達が意識を失う前に、栄一郎の母親が言ってたことだ。息子が、ここで死んで……って言ってただろ。つまりさ、
 俺達も、いつでも死ぬ状況に立たされているわけだ。そんなもん、この国では一つしかねぇだろ」

 最悪の結論。真っ先にそれはないだろうと捨てていたその結論。
 だが、再びそれが、深海から引き上げられたということだ。つまり、それは。

「……プログラム?」


「その通りだ」


 低い声が、教室内に響き渡った。次の瞬間、電灯が点けられて、一瞬何も見えなくなった。
一気に明るくなった教室。先程まで同じように寝ていた生徒も、次々と起きだした。そして……教卓の前に立っている
その男。あの会場にもいた、その男。僕は、知っていた。その男が、誰かを。

「あなたは……」

「目覚めたようだな。おはよう。この中の何人かは、私を知っている者もいるだろうが、改めて自己紹介しておく」

 そういいながら、その男は僕達の方を見ていた。修平のほうを見る。修平も、唖然としていた。


「私の名前は、木下栄之助。栄一郎の、父だ」


 教室が、騒がしくなった。
そうだ。あの会場でも、木下文枝の隣に座っていた男なのだ。そして……何度も何度も、栄一郎の家に遊びに行った
ときに、僕や修平はあの男と会っているのだ。

「木下君の……お父さん、なんですか?」

教室の右前で、比較的栄之助に近い位置にいた中峰美加(女子九番)が、そう言った。
その顔は、とても微妙だった。状況自体を、よく呑み込めていない様だった。だが、栄之助は律儀に頷くと、改めて全
員の方向を向いた。

「栄一郎の葬式に来てくれて、ありがとう。礼を言っておくよ」

「それで、栄之助さん。ここはどこなんですか」

後の方から、女子の声が聴こえた。振り向くと、不機嫌そうな顔をして、山本真理(女子十二番)が教室後ろの棚の
上に座っていた。確かに、ここはいつもの学校ではない。

「ここは、埼玉県の北のほうの山にある中学校だ。今、外は雪が降っている。……なんだ、その……ホワイトクリスマ
 ス、だな」

はっとして、日付を見た。12月24日。今日はイヴじゃないか。
受験生だから関係ないだろうと思っていたけれど、その存在をすっかり忘れていた。

「この聖なる日に、わざわざ葬式の会場から君達をここまで連れてきたのは、理由がある」

「最後まで葬式をやってからでもよかったんじゃないのか?」

ぶっきらぼうに答えたのは、教室の左側前方にいる小泉正樹(男子四番)だ。今は下を向いている。

「……それもそうだな。わざわざ途中で連れてきたのは、本当はいけないことだったのかもしれない。だが、これでも
 譲歩した方なんだ。わかってくれないか」

「木下の父さんがいうなら仕方ねぇな。……で、どうしてここまで連れてきたんかな」

 小泉は、優しい奴だった。いつでもクラスメイトのことを気にかけていてくれて、いつでも親身になって相談に乗ってく
れた。それは栄一郎だって例外じゃない。だからこそ、小泉は最後まで葬儀に参加していたかったのだ。今だって…
…悔しくて、声がかすれているじゃないか。
そして、知っていた。彼が、クラスメイトの為に……しばしば喧嘩をしていたことも。


「……殺し合いをしてもらうためだ」


栄之助のその言葉に、小泉は立ち上がった。
小泉だってわかっていたのだ。このあまりにも不自然な状況が、何を示唆しているのかが。

「てめぇ……息子が死んですっげぇ悲しんでんじゃんかよ! なのに……それに俺たちを巻き込ませようってか?!」

「……静かにしてくれないか?」

「もしもだ……仮に木下が生きていたとしても、実の父親が息子を殺し合いに参加させるのかよ?!」


  ズダァンッ!!


「がぁぁっ!」

 一瞬の出来事だった。
 栄之助が胸元から銃を取り出したかと思うと、それを小泉に向けて撃ったのだ。

「小泉?!」

 近くにいた下城健太郎(男子六番)が駆け寄る。右肩に銃弾を受けたのか、おびただしい量の血がそこから流れ出
ていた。痛々しくて、見ていられなかった。小泉の利き腕だ。もう、あの素晴らしい卓球の才能も見れなくなるのか、
ふと、そう思った。
小泉は右肩を抑えながら、教室の床を這っていた。下城が、瞬時に応急処置を始めていた。持っていたハンカチで、
きゅっと縛っていく。万年サッカー部の補欠だった彼は、そういうのに敏感なのだと知っていた。その二人の様子を、
栄之助は淡々と見ているだけだった。銃を胸元に仕舞う。

「……わかったな。二度目は頭を撃つぞ」

「てめぇ……くそっ!」

「落ち着け、小泉。傷が……広がっちまう」

下城が、必死に抵抗しようとする小泉を制する。これ以上反抗したら、本当に命が危ない。下城の、素晴らしすぎるほ
どの機転だった。

「……プログラム、だって? 本当に?」

 山本真理が、再度発言する。
 栄之助は、それに対して……ただ頷いただけだった。

「そう、君達は、殺し合いをする。本年度第三十八号プログラムに、このクラスが選ばれたんだ」

 誰も、何も言わなかった。
 いや……何か言ったら、小泉のように撃たれる。そう思ったのだろう。

「もし栄一郎が生きていたとしても、私は栄一郎をこの戦闘実験に参加させていただろう。そして……父親として、最
 期まで見届けてやる、そう思っていた。だが……それさえも叶わなかった……」

 本当は、栄之助だって……一人の父親としては、息子を殺し合いの会場に運びたくは無かった筈だ。
 だが、今のこの立場では……そんなことは、決して言えないだろう。

 やっと、木下文枝の言葉の意味が、理解できた。

「……さて、今ここにいるのは二十一人だ。まだ、足りない奴がいるだろう」

 はっとして、気付いた。
 慌てて辺りを見回したが、あの松本孝宏(男子十一番)と、佐野 進(男子五番)がいなかった。

「あいつらは……どうしたんだよ」

 修平が、静かに言い放った。重く、深い……言葉だった。

「いいぞ」

 その時、教室の前の扉が開いた。そこに立っていたのは、長身の男。
 紛れも無く、佐野進だった。その顔は、恐怖で染まっていた。

「入れ」

 だが、佐野は動かない。この異常な光景に、怯えているのだ。
 クラスメイト全員が、佐野に冷たい視線を投げかけているのだ。

「こら、入らんかっ」

 隣にいた老兵士が、佐野の背中を蹴飛ばした。倒れこむように教室の中へ転がり込む。
 呻き声を上げながら、佐野が顔を上げると、目の前には栄之助の姿があった。

「よく来たな、佐野。歓迎しよう」

 刹那、栄之助が転がっている佐野の腹部を思い切り蹴り上げた。長身だが痩せ型の佐野は軽々と吹っ飛び、黒板
にぶち当たって悲鳴をあげた。そして、腹を押さえつつ、壁にもたれかかる。吐く息が荒い。
誰も、何も言わなかった。僕も、気の毒だともなんとも思わなかった。

 なぜなら、栄一郎を殺したのは―― 。

「松本はどうしたんだ」

 修平が、さらに続ける。
 その言葉を聞いて、栄之助はにやりと笑みを浮かべた。歪んだ、笑顔だった。

「よし、もってこい」

 再度扉が開く。そこに待っていたのは、担架だった。
 真っ白なシーツをかけられていて、まるでそこに横たわっている人間が。

 ……もってこい?

「おらよっ」

 先程の老兵士が、教室内に担架を運び入れる。
 それが栄之助の前に来たと同時に、栄之助は白いシーツを全て剥いだ。


 そこにいたのは。
 無残な姿に成り果てた、松本孝宏の死体だった。



  男子十一番 松本 孝宏  死亡


 【残り22人】





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