06



 松本孝宏(男子十一番)の死体は、酷い有様だった。

 全身が真っ赤に染まり、四肢が不自然な方向へ曲がっていた。
 顔は右半分が吹き飛ばされていて、辛うじて黒縁眼鏡の片側だけが引っ掛かっているような状態だ。
 そして……むわっとむせかえるような死臭。胃の中から、何かが戻って来るのを感じた。

「あぁぁ……いや……いやぁぁ……」

 教室の片隅で、北村晴香(女子二番)が頭を抱えてうずくまった。それを筆頭に、声を洩らすクラスメイトが半分。唖
然として、何も言えないクラスメイトが半分だった。僕は、後者だった。修平も、佐野も、何も言わない。
だが、その死臭に圧倒されたのか、担架の近くに座っていた生徒は後退を始めていた。その最早人と呼べるのかど
うかわからない死体から、少しでも遠ざかりたかったのだろう。

「松本はな、プログラムに参加したくないって言うこと聞かなかったんだよ。しゃーねぇ奴だよなぁ」

 淡々と、目の前に死体があるその状況で、栄之助はそう言った。
 その瞳が、笑っている。ぞわっと、背筋を何かが走った。

「その点、佐野は聞きわけがよかったなぁー。進んで参加してくれたよ。みんな、こいつやる気だから。遭遇したら迷
 わずに殺して構わないからなぁー」

「いや……そんな、俺は……」

 口を挟もうとした佐野を、再度栄之助は蹴り飛ばした。避ける術も無く、佐野は壁に再度叩き込まれる形となる。悲
鳴をあげて、床に突っ伏した。顔だけを上げて、歯を食いしばっている。
誰も、何も言えない。ただ、目の前で起こっている出来事を、眺めることしか出来なかった。

「どうして俺がこんな目に……そんな顔してるなぁ」

「……ぐぅぅ…………」

 栄之助が佐野の前に屈みこむ。

「お前と松本、それからB組の加藤か。俺の息子を歩道橋から投げ落としたのは」

「……違う。落としたのは……松本だ……」

 瞬間、鉄拳が佐野の頬をぶち飛ばした。
 鈍い音がした。あごの骨が折れたのかもしれない。

「同じだろが! ぁあ? 歩道橋まで追い詰めて、もみ合った挙句に松本が最終的には突き落としたかも知れねぇけ
 どよぉ?! 全く関与してねぇってわけじゃねぇだろうが!!」

 佐野の短い髪を掴んで、栄之助は顔を持ち上げた。
 その形相が怖かったのだろう。佐野の顔は、引きつっていた。

「どうして栄一郎を追いかけたんだ。正直に言えよ」

「……先に、手を出したのはあっちだ。あっちが悪い」

「そうだな。たしかにうちの栄一郎は、お前達の大切なものを奪った。だからお前達は、必死になって取り返そうとした
 んだ。そうだろ?」

「……あぁ、そうだよ」

「で、その『大切なもの』ってなんなんだ」

 教室内が、さらに静まり返る。
 佐野は、黙っているだけだ。何の音も聴こえない。完全なる、虚無の空間。

「……素直に言えばいいじゃねぇか。自分が麻薬常用者だって」

 何分の時が流れたのだろう。痺れを切らして、栄之助がそう洩らした。
 とても静かで……だが、重く冷たい、一言。

「麻薬常用者……だって?」

 成海佑也(男子九番)が、つい声が洩れてしまったのだろう。そんなに大きな声ではなかったが、静まり返っている
この状況が、かえって大きく聞こえさせてしまっていた。
だが、それに反応するかのように、栄之助は続けた。

「正確には覚醒剤だ。佐野と松本、それから加藤は放課後、後者裏で覚醒剤の売買をしていた。それを発見したうち
 の栄一郎が、証拠物件として没収。そうはさせまいと、3人は栄一郎を追った。……そして」

「この……人殺しが!!」

 中峰美加(女子九番)が、そう叫ぶ。そして、立ち上がって、前に出ようとした。慌てて、隣にいた城間亜紀(女子六
番)菅井高志(男子七番)が美加を押さえ込む。

「放して! 放してよ!! ちくしょうめ、そんな理由で木下くんを……人殺し! 人殺しぃぃ!!」

「落ち着け、落ち着くんだ中峰! お前が出ていったって……なんもなんねぇぞ!」

 身長180cmを越える長身にかかれば、女子の中で最も背の高い美加でもそう簡単には振りほどけない。同じバス
ケ部のマネージャーをしている城間が、美加をなだめる。首を振って、諭している。しばらく揉み合っていた三人も、数
分で落ち着いて、元の通りに座った。
そんな興奮している美加に、栄之助はゆっくりと話しかける。

「憎むべき相手は佐野と松本だけじゃないよ、中峰さん」

「え……?」


「まだ……いるんだ。このクラスには」


 しん……と静まり返る教室。
 簡単な言葉しか使っていない。なのに……その言葉の真意が、僕にはわからない。

「自分から名乗り出れば、考えてやろう。だが、そうでなかった場合は……容赦しない」

 つまり、それは。
 まだこのクラスには、常用者が……いるわけで。

 とても仲が良いクラスだと思っていた。毎日が楽しくて、少年犯罪みたいなものとは無縁の生活だと思っていた。
 だが、蓋を開けてみれば、そこに広がるのは深い闇。すぐそこに、魔の手は伸びていたのだ。

「北村」

「は……はい……」


  ズダァンッ!!


「あぅぁあ!!」

 それは唐突に起きた。
 栄之助が、突然北村晴香を呼んだ。瞬間、懐から拳銃を取り出して、小泉と同じように、右肩を撃ち抜いたのだ。

「どうして素直に白状しねぇんだ!!」

 栄之助が怒鳴る。だが、北村は床をのた打ち回っていて、聴こえていないようだった。
 しかし……これでわかったのだ。

 北村晴香が、常用者だと。

 彼女に関して、僕はあまりよくは知らなかった。特に部活に所属していたわけでもないし、休み時間も教室で一人
で文庫本を読んでいたイメージしかない。そういえば、図書委員だったっけ。
文学少女、簡単に言ってしまえばそれだけで済んでしまう彼女が、常用者。一体、なぜ、どうして?

「ご……ごめんなさい!!」

 クラス中が混乱している中、突然その声が後方から聴こえた。
 その主を見ると、両手で頭を抱えている。部屋の隅で震えているのは、音楽部の藤田 恵(女子十番)だった。

「恵? どうしたの……?」

 親友の真木沙織(女子十一番)が、ゆっくりと話し掛け……そしてはっとして、栄之助を見た。
 栄之助は、標準を藤田に向けていた。

「ごめんなさいごめんなさい……すいませんでした、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


  ズダァンッ!!


「きゃぁ!」

「……だったら最初からきちんと白状しろや、このクズが」

 震えていた藤田を、栄之助は躊躇せずに撃った。
 右肩を抑えて、だが呻き声も上げずに耐えている藤田を、真木が目を丸くして見ていた。

「嘘でしょ、恵……」

「沙織……ごめん…………」

「そんな、どうして?!」

 襟を掴んで、真木が藤田に詰め寄る。
……昔からそうだった。いつもあの二人は、家が近いからと一緒に帰っていた。幼馴染で、幼稚園も小学校も一緒
で、そして……一緒のクラスになっていて。
その真木が、親友を責めていた。数分間まくし立てて……だが藤田は何も答えず、やがて真木も黙った。

「覚醒剤なんかに手を出しやがって……この、クズどもが」

 栄之助が、銃を懐に仕舞う。つまり、これで制裁は終わりなのだ。
 松本孝宏、佐野進、北村晴香、藤田恵。この四人が、クラス内の麻薬常用者。

「……さて、私用で随分時間をとっちまったな。とっとと進めるか」

 ショックだった。このクラスに、麻薬なんかに手を染めている奴がいたことが。
 そして、栄一郎がそのせいで……死んでしまったことが。

 悔しくて、どうにも怒りが静まらなくて。奥歯をかみ締める。拳を握り締める。
 どうして栄一郎なんだ。なんで、麻薬なんかのために栄一郎が死ななくちゃならなかったんだ。

 畜生、畜生……。


 お前らこそ、死んでしまえ―― 。


「あー……んーとな。今回は、特別参加者がいるんだ」

 死んでしまえ、心臓発作でも起こして、すぐに死ね。
 死んであの世で、栄一郎に詫びろ。一万回、謝って来い。

「えーと、こちらの男子生徒。名前は三鷹明弘くん。みんなわかってると思うけど、こいつ要注意な」

 僕が殺してやる。これはプログラムなんだ、殺しだって許されるんだ。
 一人残らず、麻薬なんかに手を染めた奴は、全員僕が殺してやる。

「自己紹介は……あぁ、うん。いらないのね。じゃ、適当にその辺にでも座ってて」

 そう、僕がやらなきゃならないんだ。
 みんなの、ために。

 そして……栄一郎の、ために。



 【残り23人】





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