松本孝宏(男子十一番)の死体は、酷い有様だった。 全身が真っ赤に染まり、四肢が不自然な方向へ曲がっていた。 顔は右半分が吹き飛ばされていて、辛うじて黒縁眼鏡の片側だけが引っ掛かっているような状態だ。 そして……むわっとむせかえるような死臭。胃の中から、何かが戻って来るのを感じた。 「あぁぁ……いや……いやぁぁ……」 教室の片隅で、北村晴香(女子二番)が頭を抱えてうずくまった。それを筆頭に、声を洩らすクラスメイトが半分。唖 然として、何も言えないクラスメイトが半分だった。僕は、後者だった。修平も、佐野も、何も言わない。 だが、その死臭に圧倒されたのか、担架の近くに座っていた生徒は後退を始めていた。その最早人と呼べるのかど うかわからない死体から、少しでも遠ざかりたかったのだろう。 「松本はな、プログラムに参加したくないって言うこと聞かなかったんだよ。しゃーねぇ奴だよなぁ」 淡々と、目の前に死体があるその状況で、栄之助はそう言った。 その瞳が、笑っている。ぞわっと、背筋を何かが走った。 「その点、佐野は聞きわけがよかったなぁー。進んで参加してくれたよ。みんな、こいつやる気だから。遭遇したら迷 わずに殺して構わないからなぁー」 「いや……そんな、俺は……」 口を挟もうとした佐野を、再度栄之助は蹴り飛ばした。避ける術も無く、佐野は壁に再度叩き込まれる形となる。悲 鳴をあげて、床に突っ伏した。顔だけを上げて、歯を食いしばっている。 誰も、何も言えない。ただ、目の前で起こっている出来事を、眺めることしか出来なかった。 「どうして俺がこんな目に……そんな顔してるなぁ」 「……ぐぅぅ…………」 栄之助が佐野の前に屈みこむ。 「お前と松本、それからB組の加藤か。俺の息子を歩道橋から投げ落としたのは」 「……違う。落としたのは……松本だ……」 瞬間、鉄拳が佐野の頬をぶち飛ばした。 鈍い音がした。あごの骨が折れたのかもしれない。 「同じだろが! ぁあ? 歩道橋まで追い詰めて、もみ合った挙句に松本が最終的には突き落としたかも知れねぇけ どよぉ?! 全く関与してねぇってわけじゃねぇだろうが!!」 佐野の短い髪を掴んで、栄之助は顔を持ち上げた。 その形相が怖かったのだろう。佐野の顔は、引きつっていた。 「どうして栄一郎を追いかけたんだ。正直に言えよ」 「……先に、手を出したのはあっちだ。あっちが悪い」 「そうだな。たしかにうちの栄一郎は、お前達の大切なものを奪った。だからお前達は、必死になって取り返そうとした んだ。そうだろ?」 「……あぁ、そうだよ」 「で、その『大切なもの』ってなんなんだ」 教室内が、さらに静まり返る。 佐野は、黙っているだけだ。何の音も聴こえない。完全なる、虚無の空間。 「……素直に言えばいいじゃねぇか。自分が麻薬常用者だって」 何分の時が流れたのだろう。痺れを切らして、栄之助がそう洩らした。 とても静かで……だが、重く冷たい、一言。 「麻薬常用者……だって?」 成海佑也(男子九番)が、つい声が洩れてしまったのだろう。そんなに大きな声ではなかったが、静まり返っている この状況が、かえって大きく聞こえさせてしまっていた。 だが、それに反応するかのように、栄之助は続けた。 「正確には覚醒剤だ。佐野と松本、それから加藤は放課後、後者裏で覚醒剤の売買をしていた。それを発見したうち の栄一郎が、証拠物件として没収。そうはさせまいと、3人は栄一郎を追った。……そして」 「この……人殺しが!!」 中峰美加(女子九番)が、そう叫ぶ。そして、立ち上がって、前に出ようとした。慌てて、隣にいた城間亜紀(女子六 番)と菅井高志(男子七番)が美加を押さえ込む。 「放して! 放してよ!! ちくしょうめ、そんな理由で木下くんを……人殺し! 人殺しぃぃ!!」 「落ち着け、落ち着くんだ中峰! お前が出ていったって……なんもなんねぇぞ!」 身長180cmを越える長身にかかれば、女子の中で最も背の高い美加でもそう簡単には振りほどけない。同じバス ケ部のマネージャーをしている城間が、美加をなだめる。首を振って、諭している。しばらく揉み合っていた三人も、数 分で落ち着いて、元の通りに座った。 そんな興奮している美加に、栄之助はゆっくりと話しかける。 「憎むべき相手は佐野と松本だけじゃないよ、中峰さん」 「え……?」 「まだ……いるんだ。このクラスには」 しん……と静まり返る教室。 簡単な言葉しか使っていない。なのに……その言葉の真意が、僕にはわからない。 「自分から名乗り出れば、考えてやろう。だが、そうでなかった場合は……容赦しない」 つまり、それは。 まだこのクラスには、常用者が……いるわけで。 とても仲が良いクラスだと思っていた。毎日が楽しくて、少年犯罪みたいなものとは無縁の生活だと思っていた。 だが、蓋を開けてみれば、そこに広がるのは深い闇。すぐそこに、魔の手は伸びていたのだ。 「北村」 「は……はい……」 ズダァンッ!! 「あぅぁあ!!」 それは唐突に起きた。 栄之助が、突然北村晴香を呼んだ。瞬間、懐から拳銃を取り出して、小泉と同じように、右肩を撃ち抜いたのだ。 「どうして素直に白状しねぇんだ!!」 栄之助が怒鳴る。だが、北村は床をのた打ち回っていて、聴こえていないようだった。 しかし……これでわかったのだ。 北村晴香が、常用者だと。 彼女に関して、僕はあまりよくは知らなかった。特に部活に所属していたわけでもないし、休み時間も教室で一人 で文庫本を読んでいたイメージしかない。そういえば、図書委員だったっけ。 文学少女、簡単に言ってしまえばそれだけで済んでしまう彼女が、常用者。一体、なぜ、どうして? 「ご……ごめんなさい!!」 クラス中が混乱している中、突然その声が後方から聴こえた。 その主を見ると、両手で頭を抱えている。部屋の隅で震えているのは、音楽部の藤田 恵(女子十番)だった。 「恵? どうしたの……?」 親友の真木沙織(女子十一番)が、ゆっくりと話し掛け……そしてはっとして、栄之助を見た。 栄之助は、標準を藤田に向けていた。 「ごめんなさいごめんなさい……すいませんでした、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」 ズダァンッ!! 「きゃぁ!」 「……だったら最初からきちんと白状しろや、このクズが」 震えていた藤田を、栄之助は躊躇せずに撃った。 右肩を抑えて、だが呻き声も上げずに耐えている藤田を、真木が目を丸くして見ていた。 「嘘でしょ、恵……」 「沙織……ごめん…………」 「そんな、どうして?!」 襟を掴んで、真木が藤田に詰め寄る。 ……昔からそうだった。いつもあの二人は、家が近いからと一緒に帰っていた。幼馴染で、幼稚園も小学校も一緒 で、そして……一緒のクラスになっていて。 その真木が、親友を責めていた。数分間まくし立てて……だが藤田は何も答えず、やがて真木も黙った。 「覚醒剤なんかに手を出しやがって……この、クズどもが」 栄之助が、銃を懐に仕舞う。つまり、これで制裁は終わりなのだ。 松本孝宏、佐野進、北村晴香、藤田恵。この四人が、クラス内の麻薬常用者。 「……さて、私用で随分時間をとっちまったな。とっとと進めるか」 ショックだった。このクラスに、麻薬なんかに手を染めている奴がいたことが。 そして、栄一郎がそのせいで……死んでしまったことが。 悔しくて、どうにも怒りが静まらなくて。奥歯をかみ締める。拳を握り締める。 どうして栄一郎なんだ。なんで、麻薬なんかのために栄一郎が死ななくちゃならなかったんだ。 畜生、畜生……。 お前らこそ、死んでしまえ―― 。 「あー……んーとな。今回は、特別参加者がいるんだ」 死んでしまえ、心臓発作でも起こして、すぐに死ね。 死んであの世で、栄一郎に詫びろ。一万回、謝って来い。 「えーと、こちらの男子生徒。名前は三鷹明弘くん。みんなわかってると思うけど、こいつ要注意な」 僕が殺してやる。これはプログラムなんだ、殺しだって許されるんだ。 一人残らず、麻薬なんかに手を染めた奴は、全員僕が殺してやる。 「自己紹介は……あぁ、うん。いらないのね。じゃ、適当にその辺にでも座ってて」 そう、僕がやらなきゃならないんだ。 みんなの、ために。 そして……栄一郎の、ために。 【残り23人】
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