「あー、それからな。そちらの二人、的場将吉さんと豪徳正高さん。どちらも先輩だけれど、今回のプログラムで補佐 をしていただけることになった。こちらも紹介しておくな」 続けて教室の中へ入ってきたのは、どちらも壮年期も終盤であろう老兵士だった。一人は、佐野進を部屋の中へ蹴 り飛ばし、松本孝宏の死体を乗せた担架を運んできた白髪で皺の深い男。もう一人は、たった今転校生をここへ連れ てきた、スキンヘッドで三白眼の男だ。温和そうな男と、厳しそうな男。まるで正反対だ。 「的場だ。まぁ……友達が死んで辛いとは思うが、しっかりと戦うんだよ」 「というわけで俺が豪徳だが、悔いのない戦いをするように。以上」 簡単に一言で済ませると、二人は教室の外へ出て行った。 なるほど、あの二人が中心となって、プログラム中の管理をするわけだ。 「じゃ、全員揃ったところで、早速説明を始めたいと思うが―― 」 栄之助がぐるりと教室を見回した。そして、扉の脇の壁に寄りかかっている転校生に視線が止まる。眼が合ったの だろうか。数秒間その姿勢でいた後、再び視線をクラス全体に向けて、話し出した。 「まずは今全員がいるこの場所。ここは埼玉県の北部に位置する山村だ。勿論住人には全員立ち退いてもらってい る。危ないからな。それから、電気・水道・ガスは使用出来ない。携帯電話も使えないからな。一切の外部との接触 は出来ない状態になっていると考えてもらいたい」 栄之助が、教卓の下から模造紙を取り出した。そして、黒板に四隅をマグネットで止めると、再び前を向いた。 「で、これがその会場地図だ。見ての通り、ゆるい盆地のような感じになっている。広さは大体5キロメートル四方だ な。この中で、最後の一人になるまで戦ってもらう。それから、次に禁止エリアの説明だが、今みんなには首輪が つけられていると思うが、あるかな」 首輪。 そっと、僕は右手を首元に添えた。そこに、確かに金属の感触はあった。 「その首輪は絶対に外れない。故障もしない。常に脈を測っていて、その装着している生徒の生死を判別してくれる。 勿論データは本部であるここに送信されている。そして、もうひとつ。その首輪には、爆弾が仕掛けられている」 爆弾……? 教室内が、少しだけどよめいた。 「心配するな。突然意味も無く爆発するわけじゃない。いわばこれは脱出防止装置みたいなものだよ。この会場から 逃げ出そうとして、そうだね……この地図の範囲外に出たら、首輪は警告音を発する。それでも従わなかった場合 は、残念だがこちらから電波を送信して爆破処分とする」 要するに、逃げるなということだ。 確かにこれなら、手軽に脱出防止が図れるだろう。 「それから、禁止エリアに関する説明もまだだったね。いつまでも一箇所に留まり続けて戦闘に参加する意思のない 生徒に対しての措置だけれど、試合が始まってから二時間毎に、一エリアずつ指定されるのが、禁止エリアだ。ま ずはエリアに関する説明だけれど、これはこの地図にも描いてあるとおり、AからG、数字の1から7まで碁盤上に 規則正しく並べられた四十九エリアを指す。指定されたエリアに時間になっても留まっていた場合は、やはりこちら から電波を送信して首輪を爆破する」 つまり、試合が進めば進むほど、会場は狭まっていくのだ。必然的にそれは他の生徒との遭遇率を高めることにな るだろうし、試合を円滑に進めるためには恰好のルールとなるわけだ。 「さらにもう一つ。もしも丸一日誰も死ななかった場合は、その時点でゲームセットだ。その場合は全員の首輪を爆破 する。まぁ……このクラスなら断言できるな。それは絶対にない……って」 強制終了までのタイムリミット。 だが、それは誰もこの殺し合いに積極的でなかった場合だ。勿論、そんなことがあるわけがない。何故なら、このクラ スには既に人殺しがいる。それも日常の中で、だ。それから覚醒剤常用者、正体不明の転校生、それから……僕の ように、栄一郎の仇という名の復讐もあるのだから。 今まで気がつかなかったけれど……どうして気がつかなかったんだろうな。 このクラスは、腐っていたんだ。 「禁止エリアの発表は、毎日零時と六時の四回定時放送を流す。その時にその時間までの死亡者と共に三箇所ず つ禁止エリアを発表していくので、聞き漏らさないように。また、最初だけは例外で、この学校のあるエリアF=5だ けは、全員が出発してから二十分後に禁止エリアになるから注意すること。よし、それじゃあ、出発してもらおうか」 栄之助が手をパンと叩くと、再び教室の扉が開いた。そこには、大量のドラムバッグを積み重ねたカートが二台、安 置されていた。それぞれに、的場、豪徳の老兵士がついている。 「出発するときに、あのバッグを一人一つずつ持っていってもらう。中には地図とコンパス、筆記用具、懐中電灯、あと は水と食料、そして武器が入っている。武器は完全にランダムだ。まぁ、開けてからのお楽しみだな。じゃ、最後に なんか質問はあるか?」 栄之助がぐるりと教室内を見渡す。 後方で、手が上がっていた。山本真理(女子十二番)だった。 「なんだい?」 「あの、会場内にある備品は勝手に使って構わないんですよね」 栄之助はニヤリと笑った。なるほどなるほど、と。感心しているようだった。 「構わないよ。消火器を振り回したっていいし、本のカドで殴ったって問題ない。屋根の上から花瓶を落とすのもあり かもしれないね。あ、でもコンビニのパンとかはもう腐っていると思うからよしたほうがいいだろうな」 あまり役に立たないような戦術だったが、簡単に言ってしまえば、民家に潜入して包丁を奪ってもいいわけだ。武器 が武器と呼べないようなものであっても、そうやって武器を調達することも出来るわけだ。食料だってなくなってしまっ たら非常食があるかもしれないのだ。 その考えは完全に抜け落ちていた。山本に感謝しなければならないのだろうが、同時に山本真理という存在が謎に 思えてきた。どうして、こんな有利となる情報をわざわざ洩らしたのだろうか。あるいは、それも彼女なりの考えがある ということなのだろうか。彼女が例えばやる気になっていたとする。生き残りたいと思っていて、コンビニに隠れるとし よう。そしたら、今の情報を頼りにコンビニへとのこのこやってきた間抜けな生徒を簡単に仕留めることが出来る。そこ まで考えていたらホンモノだ。 山本真理。 僕は、そっと彼女を、危険人物とした。 「他に質問は……あぁ、村田君」 隣にいた修平が、手を上げていた。 修平も、栄之助とは何度か顔を合わせたことがあった。 「殺し合いは、どこからはじまるんですか」 「殺し合い? あぁ、一応ね、この校舎を出たら始まり、てことにはなってる。まぁね、本部の中で爆弾を爆破させられ ても困るからさ。まぁ、その辺は各自で判断しろな。こちらに危害が及ぶようなら、とりあえず首輪に電波送るから、 よく考えろな」 村田修平。 きっと彼も、僕と同じように佐野たちを殺そうと考えているのだろう。となるとこの質問は、噛み砕けば出発してくる生 徒を次々と殺して構わないのか、ということになる。勿論その逆として、そういった可能性を思慮させて、その危険性 を回避させようという魂胆があるのかもしれなかったが。 いったい……修平は果たして、『どちら』にまわったのだろうか。 「もう質問はないみたいだな。それじゃ、最初に出発する生徒の名前を発表する」 いつの間にか手に持っていた茶封筒を、栄之助は開けた。 そして、そこに書かれている名前を見て。 「お前だ、藤田」 そっと、撃たれた肩を押さえ続けている藤田 恵(女子十番)に、栄之助は言い放った。 【残り23人】
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