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 庄司早苗。

 あたしと同じくテニス部に所属していた。だけど、同じ部活だったからといって、そんなに特別親しいわけでもなかっ
た。あたしが組んでいたダブルスのペアは霜月直子(女子四番)で、直子とは親友関係なのだが。早苗とはそこまで
の付き合いもなかったというわけだ。B組にはテニス部の他の友人もいたけれど、A組では残念ながらテニス部はそ
の三人しかいない。だけど、決して疎遠という関係でもないのに。

 なんなんだ、今のこの状況は。

沙織と同様に、あたしには早苗を殺害する理由はない。なのに早苗は、その手に拳銃を握って、あたしを撃ち殺そう
としている。しかも、そこには大きな誤解があるというのにだ。

「早苗、あたしが人殺しだって?」

「だって……だってそうじゃない! そこに転がってんの、死体でしょ? あんたが殺したんでしょ?!」

眼をぎんと見開いて、唾を飛ばす勢いで早苗は喚き続けた。それであたしはようやく理解したのだ。早苗は、この劣
悪な環境に押し潰されてしまったのだと。最早、精確な判断が出来ないということに。だから言っていることは支離滅
裂で、自身の状況を把握していないのだ。
誰もが自分を殺しにくる。そういう疑念に駆られ、やがて精神を蝕まれ、そして自我は崩壊する。

「だからあんたを殺す……殺される前に殺してやるんだ!」

はい、決定。
この瞬間、目の前にいる生徒はあたしの対象者となった。あたしを殺そうとする者、それ即ちあたしの目的を邪魔する
者。生かしておくわけにはいかない。
なんだか冷静に構えている自分がとてもおかしく思えてきた。彼女が放った銃弾が運悪く当たろうものなら、それは
それはとても痛いことだろうし、下手をしたら即死だ。なのに、あたしは冷静に考えている。目の前にいる錯乱した獣
とは対照的に、ひどく落ち着いているのだ。
銃を突きつけられるのは二回目。今回は手元に催涙スプレーはない。代わりに藤田恵に支給されたブッシュナイフ
スカートに差し込まれている。しかしそれでも状況は違う。榎本達也に襲われたときは至近距離だったが、今回はそ
れなりに距離がある。だいたい十メートルくらいだろうか。彼女も人殺しには近付きたくないのだろう。少しだけ、厄介
だった。
勿論あたしが動けば彼女は躊躇せずに撃ってくるだろう。その拳銃は見たところマグナム式だ。リボルバーなら六発
避ければおしまいだが、マグナムだと何発入っているのかは把握できない。とりあえず二発マイナスだが、油断でき
る状況でないのは変わりない。最後の一発が出るまで、安心なんて出来ないのだから。

「ねぇ、早苗。あたしはこいつを殺してない、と言ったら?」

「な……よくもそんな嘘がつけるわね! この状況を見たら明らかじゃない! そうやって油断させて、みんな殺すつ
 もりなんでしょ?!」

駄目だ、もう何を言っても聞き入れる余地は残されていない。もしも話を聞いてくれるのなら、少しだけ考えてやっても
良かったのに。
あたしは早苗の顔が強張るのを見て、咄嗟に左へと跳んだ。


  ズダァンッ! ズダァンッ!


これでマイナス二発。あたしがいたと思われる位置に着弾していたので、そういうところだけはしっかりしていることに
なる。おまけに地面は雪が気持ち固まっていて、そんなに踏ん張れるような地形でもない。
本当にこんな調子で、あたしは全弾避けることができるのだろうか。

「このっ、ちょこまかと動き回って……!」

早苗はどうやら足を狙っているらしい。なるほど、動きを止めてからじっくりと止めを刺すつもりなのか。錯乱している
割にはまともな考えを持っている。だが、その下への銃口の動きのお陰で、弾がどちらへ飛んでくるのかは簡単に把
握できた。
しかし、あくまでもそれは把握に過ぎない。反射神経はいい方だと自負していたけれど、それでも迫り来る銃弾を
次々と避けられるだけの能力でもないのだ。四発目を避けたところで、あたしは雪に足を取られてぶざまにずっこけて
しまった。瞬間、寝転んだ眼と鼻の先の地面に、五発目が着弾する。さっ、と血の気が引くのがわかった。

 殺される。

死を覚悟した瞬間だった。

「ま……待つんだ!」

突然、明後日の方向から声が聴こえた。まだ声変わりの来ていない、男の子の声。
予想外の来訪者の出現に、早苗は驚いたのだろう。ひぃと悲鳴をあげて、一発空に向けて無駄弾を撃った。

「と、とりあえず落ち着け……な?」

あたしはゆっくりと立ち上がると、早苗の向こう側におずおずと立っている男―― 下城健太郎(男子六番)を見た。そ
の手には何も握られていない。なんて無防備なんだと思った。

「なにがあったのかよくわからんけどさ……殺し合いっつーのは間違ってるよ」

下城はとても優しい奴だ。サッカー部に所属しているらしいけど試合には一度も出たことがないと誰かが言っていた
記憶がある。確かベンチで負傷者の手当てをよくさせられていたんだっけか。そういえば、出発前にも撃たれた小泉
に対して応急処置をしていたっけ(同じく負傷した麻薬常習者の北村と藤田には一切手を貸さなかったあたり、下城
もあたしと同じような考えを持っていたのかもしれないが)。
そんな彼だからこそ、目の前で誰かが傷つけられようとしているこの状況が耐えられないのだろう。だから、危険を冒
してまでもあたし達の戦い(というよりは一方的な弱い者いじめだな、こりゃ)を止めようと制止をかけてくれたのだ。
しかし……それももう少し考えてからの方が良かったのかもしれない。

「そんなこと言って……下城くんまであたしを油断させるつもりなんだ! あぁもう! 消えてなくなれ!」

「待て! やめろ、やめるんだ!」


  ズダァンッ!  ズダァンッ!


これで七発目。新たに放たれた二発は、確実に下城を捉えていた。下城は体をくの字にして折り曲げられ、そして吹
き飛ばされた。その光景を見て、早苗はカタカタと震えている。
そりゃそうだ。あたしも、そうだった。初めて人を殺してしまったと思った瞬間は、どうしようもない恐怖に襲われて、し
ばらく体の自由が利かなくなってしまう。
……だが、それも昔の話だ。あたしはもう、いい加減この状況に慣れてしまっていた。

「うそっ……下城くん……!」

「……撃ってから後悔してるんじゃねーよ」

あたしは鞘からナイフを抜き出して、自分でも驚くほど滑らかな動きで早苗の背後に廻っていた。
そして……首筋にナイフを当てると、シュッとマッチを擦るように一気に早苗の喉を掻っ切った。

「あぁ……ぁぁあああっ!」

断末魔をあげながら、早苗は地面をのた打ち回った。喉を必死に押さえて悶えたものの、やがて数十秒でピクリとも
動かなくなる。死体が出来るたびに、真っ白な地面には紅い花が咲いて。なんて幻想的なんだろうか。
あたしは物言わぬ早苗の手から、グロッグ33を奪った。そして、ゆっくりとそう遠くないところに倒れている下城の傍
に立った。まだ軽く息をしている下城。だが、それも絶え絶えだった。

「あ……かっ……柏木さん……」

「下城くん。助けてくれてありがとう、嬉しかった」

「柏っ……がはっ! ごほっ!」

突然、下城は吐血した。肺に穴が空いているのかもしれない、そう思った。もしかしたら、もうまともに呼吸も出来ない
状態なのかもしれない。見る見るうちに下城の顔は白く染まっていく。まるで雪のようだった。

「……ねぇ、苦しい?」

はっはっ、と苦しそうに息を吸っている下城。その様子を見れば、苦しいかどうかなんて、音だけでわかる。
だから、あたしはそっとグロッグの銃口を彼の心臓へと向けた。

「楽に……してあげるね」

相変わらず苦しそうにしている彼。
しかしあたしには見えた。今にも死にそうなくらい弱っている彼が、一瞬だけ笑ったのを。

「…………っ!」


 覚悟しろ。
 これ以上彼を苦しませたくないんだ。


 ……望まない殺人というものは、やはり決して慣れるものではないらしい。


  ズダァンッ!


 だって、ほら。
 あたし……こんなに手が震えてる。


 そして、あたしは。また、二つの紅い花を咲かせたんだ。



  女子五番  庄司 早苗
  男子六番  下城 健太郎  死亡



 【残り15人】





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