15



 時刻は四時半を過ぎた。
 こんこんと降り続いていた雪は、なんとなくだが、大分落ち着いてきたような気がする。

「……へくちっ」

 あたしは小さなくしゃみをひとつする。コートもなにも着ていない、制服しか身に着けていないこの状態でかなり激し
い運動をしたのだ。汗をかいてもそれを拭くこともない。そりゃ風邪っぽくもなる。
これで、六人。あたしはクラスメイトを殺した。自ら進んで犯した殺人、望まなかった殺人、楽にしてあげる為だけに行
った殺人。殺人と一口に言っても、これだけの数がある。
つい六時間前までは、自分がこんなことになるなんて考えることもなかっただろう。果たしていったいどれだけの人間
が、今から六時間以内に六人もの人間を殺害するなどということを信じられようか。そう考えると、本当に自分はおか
しくなってしまったのかもしれない。そういった考えまで出てきてしまう。

 下城健太郎のデイパックからは、合金ばさみが出てきた。他には特に変わったものは入っていなかったから、おそ
らくこれが彼に支給された武器なのだろう。別に持っていく理由などはなかったから、結局あたしは庄司早苗の持っ
ていたグロッグ33をスカートに差し込むと、彼女の持っていたバッグから弾などを全て自分の荷物の中へと入れた。
ずっしりとしたその重さが、あたしに安心感を与えてくれる。重たければ重たいほど、あたしが強くなっていっているの
だという錯覚にとらわれそうになる。
だけどあたしは知っている。どんなに強力な武器を持っていたって、結局隙を突かれたらおしまいだということを。あの
時、榎本達也(男子一番)によって思い知らされたそれを。
榎本。そういえばあの男は今頃何処で何をしているのだろうか。あたしにまんまと逃げられて、それからどうしたのだ
ろうか。もしかしたら、工藤聡美(女子三番)と合流でもしたのかもしれない。しかし、聡美の次に出てくる小泉正樹
(男子四番)が単独で殺されていたから、後続とは合流しなかったのか。あるいはそもそも、榎本はあのまま聡美を
つい勢いで殺してしまったのかもしれない……いや、さすがにそれはないか。

 とにかく、今はこの寒い雪からなんとかして逃れなければならない。むしろ、もうこんな寒い外にいたくない、という
のが本音だ。だからあたしは先程からずっと歩き続けて、浄水場を抜けて、やがて大通りに辿り着いた。この地図で
確認したところ、この通りは山村と他の都市を結んでいる主要道路らしい。信号も暗いままになっていて、本当に一
切の電気系統が遮断されているのだと知った。当然のことながら、車も全く走っていない。大通りの横断歩道じゃな
いところを渡っている。普段では決して出来ることのないそれは、少しだけ不思議な感覚をもたらしていた。
この通りには、他の生徒はもう来ているのだろうか。道なりに進んできたら恐らく大半の生徒がこの場所に出るだろ
う。そして、ここから様々な場所へと散っていくのだろう。だとしたら、あたしはなるべくこの環となるところにいなけれ
ばならない。会場地図的にも丁度ど真ん中に位置しているこの通りを見通せる場所にいたのなら、それは即ち大半
の生徒の動きをつかめるということになるに違いない。だから迷わずに、あたしは丁度その通りに出た場所から丸見
えな建物、“金成図書館”へと足を踏み入れた。
どうやって中に入ろうかと考えていたら、自動ドアの隣にある非常用の扉の鍵があっさりと開いていた。そういえば、
停電などで中に閉じ込められることのないように、非常時には自動的に鍵が開くとかいう仕組みになっているんだっ
たっけ。曖昧な記憶だからわからないけれども。
問題は、それを解除する方法がないのか、中に入ってもその扉を閉めることができないということだ。つまり、いつ誰
がここに入っていてもおかしくないということになる。そんな魔窟に、あたしは入ってしまったのだ。今まさにこの瞬間、
何処かから狙撃されてもおかしくないとわかった瞬間、なんともいえない恐怖があたしの体内を駆け巡る。
落ち着け、案外その可能性は低いじゃないか。あたしがやる気だったら、こんなの入ってきた瞬間に撃つよ。それが
ないんだから、今この建物には誰もいないってことになるだろう。落ち着くんだ、落ち着いて考えろ。
大きく深呼吸をして、あたしは激しく鼓動する心臓を落ち着かせようとする。だが、所詮はそれも憶測だ。どうにも不安
が拭えずに、だけど今更外の寒い雪を浴びに出ることも出来ず、仕方無しにあたしはその中へと足を踏み入れた。
ロビーの案内所を見ると、どうやらこの図書館は二階建てになっているらしい。一階部分は受付と貸し出し用の本棚
がある。二階部分は休憩所と自習室があるとのこと。まぁ、大方地下も存在していて、そこには書庫などがあるのだ
ろうが、そこまで調べる必要もあるまい。そこにこの状況だとしても入れるかどうかさえ、微妙なのだから。
あたしはまず、一階部分をざっくばらんに調べた。誰もいないかを確かめる為に、本棚と本棚の間を適当に散策する。
たまに立ち止まって何か物音が聞こえないかどうかだけを確認する。それだけでも、大分安心には繋がる。結局案外
そう広い図書館でもなかったので、十分ほどで調べあがった。一階には人の気配は感じられなかった。
続けて二階に上がる。自習室は鍵が掛かっていて中を確認することが出来なかったが、オープンスペースになってい
る簡易休憩所は誰もいないことが一目でわかった。あたしはどうやら誰もいないことに安心しようとして、誰もいない
その場所に腰掛けようとした、その時だ。


  キィィ……パタン。


一階の方から、扉を開けるような音がした。この図書館は完全な無音だったから、たとえそのような小さな音でもかな
り反響したのだろう。とにかく、その音源は間違いなく入口の非常ドアだ。鍵が掛かっていないからと、誰かが侵入し
てきた音なのだ。

「……ったく、すげぇ雪だったなぁ」

「あー、うん……そうだね。寒かったね」

警戒心がまったくないというわけではないのだろうが、思わず出てしまった言葉、というものだろう。
その声は、男と女のもの。二人組だ。一瞬だけ、榎本と工藤の姿が脳裏を過ぎる。

「しっかし城間。これからどうするよ」

「そうだねぇ、まずはなんとかしてこの状況から逃げ出すことを考えないと……」

だが、それは違った。ロビーに現れたその二人は、元バスケ部のキャプテンである菅井高志(男子七番)とそのマネ
ージャーの城間亜紀(女子七番)だった。菅井は同じくバスケ部だった萩野亮太(男子十番)と並んで180センチを越
える長身だったし、城間だって同じくマネージャーの中峰美加(女子九番)に次いでクラスの女子の中で背が高い。
当然のことながら体力もあたしなんかと比べてもかなり上だ。このクラスのトップと言っても過言ではないだろう。より
によって、どうしてそういうのが来ちゃうかなぁ。

「まぁ、そうしたいのはやまやまだけどな。脱出するにしてもまずは信頼できる奴らがいねぇと厳しいと思うぜ」

「それもそうだね。佐野とかあの転校生とかを仲間に入れるのはちょっと……難しいなぁ」

話を聞く限りだと、どうやらあの二人、そうそうやる気でもないらしい。今まで出会ってきた生徒には、あまりないタイプ
のようだった。
さて、どうするべきか。害もなさそうだから、あたしには殺す理由がない。だからといって、あたしは既に六人も殺して
いる。そう簡単に仲間に入れてもらえるとも思えない。何故なら、今のあたしは多少なりともクラスメイトの血で汚れて
しまっているのだから。こればかりは隠しようがない。

「それは勿論さ。あとは、その他にもやる気になっている奴はいるよ。玄関に転がっていた山本や河原、あとは北村
 の死体か。全員殺されていただろ」

「……そうだよね。誰かが、やっぱり殺しているんだよね」

「そ。つまり俺たちは、絶対にこいつなら信頼できるって奴としか仲間にはなれない」

絶対に信頼できる仲間。
……その中に、あたしが入っているとは考えられなかった。

「じゃあ、まずはバスケ部の美加と聡美、あとは萩野君と……」

「佑也も平気だろう。あとは下城に……んー、村田は難しいかもしれないなぁ」

「……だね。村田君、かなり木下君の件でキレちゃってるから……」

「正直言うとな、死んでなくても河原は俺も迷っていたと思う。木下の件がやっぱりあるからな」

予想通り、あたしの名前はない。まぁ、当然といえば当然だ。あたしはテニス部。バスケ部とはあまり縁がなかった
し、同じ部活でもう生き残っているのは親友の霜月直子(女子四番)しか残っていないのだから。

「それでも、結構な数になるね」

「まぁ……全員が生き残っていれば、の話だけどな。あ、そうそう」

「どしたの?」


「今更言うのもあれだけどさ、もしこの会話、誰かに聞かれてたらやばくね?」


 ドクン。
 心臓が高鳴る。


「え? あ、そっか……ここ広いから、誰かいるかも知れないよね。ほんと今更じゃん、もう」

「あー……すっかり油断しちまったなぁ。まぁいーや、ちと他のを探すとしますかね」

「ま、そだね。じゃ、探すとしますか」

 じょ、冗談じゃない。
 仲間の候補にも入らなかったあたしなんかが見つけられてたまるか。

 信頼できる仲間だけで脱出しようと考えているんでしょ?
 なら、信頼されないあたしはいったいどうなるの? 殺すの?

 冗談じゃないわ。

 ロビーの奥の本棚へと消えていった二人を見つめて、あたしはどうしようか迷った。
 どうしようか、どうしようか。頭はすっかりパニックに陥って、どうすればいいのか何もわからない。

 その時だ。


  カシャンッ、パリンッ!


 二人が奥へと進んだその方向から、ガラスの割れるような音を、聞いた。
 そう、まさかそれが、崩壊への一途を辿るとも、知らずに。



 【残り15人】





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