午前十時半。陽の光が、木漏れ日に降り注いでいく。 薄っすらと積もった雪は、じんわりと静かに崩れていく。 「くそ、いったいどうやって切り抜けりゃいいんだよ!」 「……ここは待ちが肝心だよ、亮太」 亮太が、焦れている。どうにかしてこの山小屋から脱出しなければならない。いつまでもこの中に潜んでいるわけに もいかないのだ。だが、外には獲物をじっと待ち構えている転校生がいる。小屋から逃げるように駆け出した新海優 希をあっさりと射殺し、次なる獲物が出てくるのをじっと待っているのだ。 このままのこのこと飛び出したら、確実に殺される。かといって、このままここに居座るわけにもいかない。僕たちが 帰ってこないことを心配して、美加が様子を見に来るかもしれないからだ。あるいは、言いつけをきちんと守って会場 の南東端に移動するか。それでも、途中で転校生に感付かれてしまう可能性がある。動かない、というのが最大の 安全策なのだが、美加の性格を考える限り、彼女がじっと待つことが出来るかと問われたら、素直には頷けないのも 事実だ。 幸いにもこちらはまだ転校生に銃器類を持っていることは悟られてはいないだろう。一瞬だけ転校生と眼が合ったと きも、僕はマシンガンは構えていなかったし(今考えると敵がいるのに準備もしないで対峙するのはとてつもなく無謀 だったのかもしれないが、まぁ結果オーライだ)、亮太ものっそりと顔だけを覗かせたに過ぎない。あの一瞬で瞬時に こちらの武器を認識されていたのなら、それはもうこちらには勝ち目がないと見て間違いないだろう。そんな超人的能 力があの転校生に備わっていないことを願うというのも、おかしな話ではあったけれど。 「……あの転校生は、僕達の武器を把握出来ていない。だからあそこからは極力動かない」 「だったらどうするってんだ」 「……だから落ち着こうよ。ここにいる限り、少しの間だけは安全が保障される。その間に作戦を練ろう」 しかし、それも長くは持たないだろう。 転校生はまず、無防備な状態だった新海優希を射殺した。これは完全に奇襲だ。こちらが隙を見せていた以上、避 けようのない、決して覆せない事象だ。だが、彼女の死のおかげで、僕達はむざむざと殺される事態だけは避けるこ とが出来た。転校生が外で待ち構えているという事実を、認識することが出来た。 だから転校生は考える筈だ。僕たちが牙をむく……いや、そこまではいかないにしても殺されないように注意して対 策を練ってくるということにどう対処するかを。そのためにはまず、僕たちがなんの武器を持っているのかが気になる のは自明。もしもそれが殺傷能力の高い、いわば自らの命を脅かす存在だった場合、痺れを切らして無鉄砲にもこの 小屋を単身で襲撃するという選択は出来ない。幸いにもこちらが所持している武器はマシンガンとマグナム銃だ。そ のような襲撃があった場合、こちら側も深刻な痛手を負うだろうが、転校生だって致命傷は負うはずだ。あの転校生 が優勝を本気で狙っているとするならば(というより、確実に狙っているとしか思えない。なんせこの短時間に、既に 向こうは三人もの生徒を殺しているのだから。これがどうして、やる気でないといえようか)、少しでも傷を負うことは避 けたいはず。ましてや無鉄砲な真似をするはずがない。こちらが銃器類を所持していることがわかれば、それ相応の 対応をしてくるはずなのだ。だからこそ、こちらの武器を判断で来ていない(と思える)今、僕たちは少しの間だけ、安 全を保障されているといえるのだ。 落ち着け……落ち着くんだ。冷静になれ、慌てずにいつも通り考えろ。自分で在り続けろ……そうすれば、きっと打開 策だって見えてくるはずなんだ。 「……ちくしょう。あいつ、じっとこっちに向けて銃構えてんじゃねぇのか?」 「まぁ、そうだろうね。向こうだってバカじゃあない。僕たちが痺れを切らしてここから出てくるその瞬間を狙っているの さ」 「なめやがって……!」 「落ち着くんだ。そうやって挑発に乗って、飛び出したらむこうの術中にまんまとはまるだけだよ、亮太。でもまぁ…… かといって、いつまでもここにいるわけにもいかないよね」 「だな。美加の奴、銃声が止まったから俺達が死んだとか思ってるんじゃねぇの?」 「それは問題だね。早いとこケリつけとかないと」 実質、チャンスは一回だけだ。転校生が僕たちが銃を所持しているという事実を知ってしまった場合は、本当に純粋 な銃撃戦になってしまうだろう。そうなると、流石に二対一だからこちらに分があるとは思うけれど、転校生だって相 当銃の扱いには慣れている感がある。もしかしたら、本当に撃ち負けてしまうかもしれない。僕たちだって、榎本と工 藤の武器がなんだったのかを把握出来ていないのだから。 だとすると、やっぱり銃を転校生に向けて乱射しながら一気にこの小屋から逃げるのが得策だろうか。しかし、転校 生に背中を向けるという行為はやりたくはなかった。 「この際仕方ないな……、よし」 どうしようかと模索していると、突然亮太が小屋の奥へと身を潜めた。 「亮太、何を―― !」 そして、僕は眼を疑った。 亮太が片手で、工藤聡美の死体を持ち上げていたのを見てしまったから。 「悪い、工藤。体……借りるぞ」 工藤聡美はクラス内の女子の中でも最も背が低い生徒だった。小柄なその体は本当に軽々としていて、そのくりく りした眼は可愛らしく、クラスのマスコットのような存在だったのだ。その華奢な体を、巨体の亮太がひょいと持ち上げ ていた。既に死体となっているその身だ。抵抗のしようもない。 「え? え? 亮太?」 「正面突破しか、ねぇんじゃねぇのか……よ!」 僕は眼を見開いた。 亮太が片手で、工藤聡美の死体を扉の外へ放り投げたのを見てしまったから。 「佑也ぁっ! 俺に一気に続けぇぇっ!」 パァンッ! 亮太の怒号と、転校生の放った銃声が、見事なステレオとなって辺りに響き渡る。 瞬間、亮太によって放り投げられた工藤の死体が、真っ赤な血を撒き散らせつつ破裂した。いったいこれはなんのス プラッタ映画だ、げろげろ。 「そいつぁダミーだよ、このバカめが!」 ズダァンッ! ズダァンッ! 亮太がグロッグ33を二発続けてぶっ放す。瞬間、茂みが激しく揺れて、転校生が姿を現した。その顔は本当に冷 徹で、まるでこちらが銃で応戦しているのをなんとも感じていないかのような振る舞いだった。そしてその転校生が、 亮太に向けて慣れた手つきで拳銃を構えるのを見る。 ―― もう、誰かが目の前で死ぬのを見るのは嫌なんだ。 「うわぁぁぁぁああっっ!」 ぱぱぱぱぱ。 僕は咄嗟に、ステアーTMPを転校生に向けて乱射する。一瞬だけ、転校生の顔が曇り、ふっと傍の木の幹に姿を隠 した。流石に体を晒した状態で銃弾の雨を受ける気にはなれないようだ。 「いいぞ佑也! よっしゃ、このまま殺っちまうか!」 「駄目だ亮太! ここは一旦退くんだ!」 ズダァンッ! ズダァンッ! 間髪いれずに、亮太がグロッグの引き金を絞り続ける。こうも連射されたら、転校生だってそう易々とは出てこれない 筈だ。だとしたら、今のうちに今は退くべきだ。今のこの状況では、明らかに土地の相性が悪すぎる。向こうの方が足 場は高いのだ。それだけ、向こうの方が有利ということ。わざわざ不利なまま戦うよりは、今は保守的にいったほうが いいに決まっている。 「……あぁ、そうだったな。よし、佑也! いくぞ!」 「了解ー、頼んだよ!」 ぱぱぱ。ぱぱぱぱ。 僕は亮太が後方に一気に駆け出すのを見届けると、一気に引き金を絞った。 一人消えたのをいち早く悟ったのだろう、転校生はさっと姿を現すと、単身残された僕に向けて銃を構える。僕はそれ を目視すると、瞬時に隣の木の幹へと跳んだ。全て、計算のうちだ。こんな状況でも、冷静に対応できている自分に は、少しだけ自身でも驚いていた。 パァンッ! 銃声を確認すると、僕は即座に後方へと走り出した。あとは運任せだ。転校生が僕も逃げたというその事実に感付い て、再び隠れたであろう木の幹から姿を現して照準を合わせて引き金を絞るまでのその僅かな間に、射程圏外まで 逃げ切ることが出来たら僕の勝ちだ。 その僅かな間が、とてつもなく長く感じられた。次の瞬間には自分の命の華が散っているのかもしれない。そう思う と、次の銃声が鳴るまでの間が、とてつもなく永く感じられた。 そして。 パァンッ! 銃声。 瞬間、僕は右脇腹に熱した鉄棒が妬き付けられるような錯覚に捉われた。撃たれたのだと判断するまでは、さほど 時間はかからなかった。それでも僕は倒れることなく、ただひたすらに走り続けた。 そして、その後も何度も銃声が鳴り響いたけれど、やがてそれも聴こえなくなり、僕は走る足を止めた。転校生が追っ てきているのかもしれない、そんなことも考えたが、それはないだろうと、冷静な自分が囁いた。 そうだ、僕はマシンガンを持っているんだ。もし万が一が起ころうものなら、必ず相打ちにまで持っていってやるのだ、 そう決心した。 既に、僕は僕でないのかもしれなかったけれど。 最早そんなことは、どうでもよくなってしまっている自分が、確かに、そこにはいた。 【残り9人】
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