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 これで僕が遭遇した死体は三体になった。
 そのどれもが銃殺で、どれも直視できないものばかりだった(尤も、そのうちの一体は僕が作ったものだが)。

「工藤に……榎本、か」

「どっちも撃ち殺されてるね。あの転校生がやったとみて、間違いないだろうね」

「あぁ、だろな」

 亮太はそう言うと、小屋の中へと足を踏み入れる。度胸があるのは確かだ。決して、精神がいかれているわけでは
ないと、信じたかった。
亮太が手にしたのは、二つの死体とは別に部屋の隅に無造作に置かれていたデイパック。開かれたままのジッパー
を見て、亮太はさらに中身を物色し始めた。

「……ちっ、武器は持ってかれてる」

「まぁ、そりゃあね。あっちも戦闘慣れしているみたいだし、そういうのは逃さないでしょ」

とりあえず、殺された榎本か工藤のどちらかが銃器類を持っていたのは確かだ。転校生が二丁の銃を交互に撃ち分
けるというのは考えにくい。同じ単発式の拳銃なのだから、わざわざ手間をかける必要性が感じられない。やはり、
二人……恐らく榎本だろう。榎本が襲撃者に対して銃で応戦した、というのが妥当だろう。

「駄目だ佑也。こいつらのポケットとかも探したけど、なんも入ってねぇ」

亮太は死体の衣服まで調べたらしい。だが、結局収穫はゼロのようだ。
気になることは、二人とも武器を奪われたということだ。つまりそれは、あの転校生にとって二人に支給された武器は
“あたり”だった。いや、少なくとも“はずれ”ではないということになる。となると、転校生の所持している武器のランク
はかなり上にあると見て間違いない。こちらもマシンガンと銃を一丁ずつ所持してはいるが、決して安心は出来ない、
そういったレベルにはなっているはずだ。
もしも本気で生き残ろうと考えるのならば、出来る限り早めのうちに転校生は潰しておいた方がいいに違いない。だ
けど、その役目が自分に務まるとは、考えられなかった。

「とりあえず水と食料だけでも持っていくか。ないよりはあった方がいいだろ」

「そうだね。早いところ美加のところに戻らないと、また誰かに襲われていたら洒落にならないよ」

榎本達也が、そして工藤聡美がここで一緒に死んでいた。つまりそれは二人がここで死ぬ直前まで行動を共にして
いたということだ。少なくとも僕は、あの榎本が工藤と付き合っていたという事実は知らない。まぁ、恐らく会場内で偶
然にも遭遇して、そのまま合流したと考えるのが妥当だといえるが……最早そんなことはどうでもいい。既に二人は
死んでいるのだから。
そういう風に割り切れてしまう自分が悲しかった。この状況に慣れてしまっているのだと判断できてしまう、その事実
に落胆した。最期まで自分で在り続けるという目標。それに、徐々に亀裂が入っていく。

「……さぁ、さっさと戻ろう」

だけど、それは決して亮太や美加には感付かれてはならないことだ。だから僕は、平静を装って、声のトーンを変える
ことなく言った。まるで、道化師であるかのように。


「あんた達……そこでなにしてんの?」


 はっとして、振り向いた。そこに立っていたのは、一人の少女。
気がつけばその少女は山小屋の玄関に突っ立っていて、その中で繰り広げられた惨劇の中にいる僕達に向かって、
カタカタと震える手で出刃包丁を握っていた。

「なに……してんのよ、なる……み……!」

ガチガチと、歯を震わせているその少女の名は、新海優希(女子七番)。僕と同じく、水泳部に所属していた生徒だ。

「新海、僕は……」

シンカイ、と。僕はいつも彼女を呼び捨てしていた。それは、彼女の下の名前が『ユウキ』で、同じクラスメイトだった
原雄輝(男子二番)と被ってしまうから、というのもあったし、彼女自身が僕の事を『ナルミ』と呼び捨てにしていること
もあった。ナルミか……まるで女の子の名前みたいな苗字だ。
彼女とは三年間、ずっと同じ水泳部だったけれども、そんなに深い交流関係は持たなかった。いつまでも互いに互い
を苗字で呼び合う関係。それ以上でもそれ以下でもなかった。ただ、僕の中では彼女はただの『シンカイ』であって、
別にそれ以上は知らない。彼女がどんな人間で、好みの男性がどんなタイプなのかなんてことは、全く知らなかった
のだ。
そんな彼女が、今まさに、僕に向けて(精確には僕と亮太の両方にだろうけれど)包丁を突きつけていた。理由なん
て簡単にわかる。つまりそれは、誤解。この惨劇の場に僕と亮太がいた。たったそれだけの情報で、彼女は誇大な
妄想の末、僕達に殺されないように自己を防衛しているのだ。

「話を、聞いてくれないか」

「う……うるさい! 黙れ! 私、騙されないんだからね!」

「誰も騙してなんかいないよ、新海。とにかく、話を聞いてくれ」

「嘘だ! あんた達が……この人たちを殺したんでしょ?! そうなんでしょ!!」

いったいどうすれば、彼女は僕達の話を聞いてくれるのだろう。口で説明するのなら簡単な話だ。ただ、伝えればい
いだけなのだから。だけど、彼女は聞く耳を持ち合わせていないのだ。疑心暗鬼に駆られて、誰も信じられなくなって
しまっているのだ。そんな相手に対して、僕はいったいどうすればいい?

「あぁ……撃ち殺されてる……成海がその銃で撃ち殺したんだ! どうしてそんなことを!」

「佑也はここの誰も殺しちゃいないよ、新海」

「じゃあ萩野! お前が殺したんだ! そうだろう!」

「てめぇ……うぜぇな」

背後で、亮太が腕を持ち上げるのが見えた。瞬間、僕は左手を上げて制止する。

「亮太、駄目だ。殺しちゃ駄目だ」

「だけどこいつ、言ってもわかんねぇぜ? だったらよ……」

「駄目ったら駄目なんだ!」

僕は叫んだ。これ以上の犠牲者が出ることを恐れて。なによりも、亮太が殺人を犯すことを恐れて。
どうして彼女を殺す必要がある? どうして彼女の命を奪う必要がある? 悪いのは彼女ではない、そんなことはわ
かりきっているじゃないか。

「……なんだよ、佑也」

「駄目なんだよ……こんなことで殺しちゃ。そんなに簡単に殺していいもんじゃないだろ……な」

「……あー、わかったわかった。殺さねぇよ、こんな奴。ほら、新海。邪魔だ、さっさと失せろ」

亮太が玄関の近くまで歩くと、ひっ、と声を上げて、新海は踵を返して走り始めた。目の前でマグナム銃を構えられた
ら、誰だって逃げてしまうだろう。脱兎の如く、新海が駆け出した。
まさにそのときだった。


  パァンッ!!


 突如、辺りに銃声が響き渡った。瞬間、新海の右即頭部が真っ赤に弾けて、半ば吹っ飛ばされるように新海がぶっ
倒れるのを見た。僕が、そして亮太が、この眼を疑った。

「なっ?!」

眼前で、今まさに人が殺された。いったい、誰が。……そんなのは、わかりきっているじゃないか。
僕は瞬時に新海の吹き飛ばされた方向とは逆の方面へと顔を向ける。そこ、軽い丘陵の形になっている場所から、
僅かに顔を覗かせていた見慣れない青年の姿。まさしくあれは。

「……伏せろ!」

同時に身を屈めて、山小屋の柱の陰に身を潜める。刹那、頭上を風が駆け抜け、チュンと木材が撥ねていた。もしも
あのままの姿勢でいたら、確実に僕は今頃はあの世逝きだったろう。そう考えると、ぞっとした。

 あの一瞬、僕が確認した転校生の眼は、とても凍てついていて。

「厄介なことになっちまったな、佑也」

「あぁ、まったくだ。さて、どうしようか……」


 どうやら僕は、とんでもないことに首を突っ込んでしまったらしい。



  女子七番  新海 優希  死亡



 【残り9人】





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