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 菅井が、ごくりと息を呑んだ。
 俺は黙ってその瞳を抉るように、覗き込んだ。

「協力……?」

 これは一種の賭けだ。ここで考える暇を与えていたら、賢い菅井のことだ、恐らくまた矛盾点を指摘して、俺の命を
脅かす存在になるのは間違いない。だから、そうなる前に必要なのは提携、契約だ。菅井が二度と俺に対して牙を
むくことのないように、その為の協定。

「そうだ。お前が俺の話を信じる。そうすりゃ俺はさっきの行動は気にしねぇ、チャラにしてやるよ。そして、二人であの
 転校生と戦う。どうだ? 悪くない話だろ? 俺は誤解が解けて、お前はあの転校生を倒す戦力を得るんだ」

菅井は黙り込む。それは、菅井にとってはプライドを捨てろということ。自分の犯した過ちを(まぁ本当は正しいのだけ
れども、そんなことは今は関係ない)この俺に詫びることだからだ。

「時間ねぇぞ。向こうだってこっちが何もしてこないとわかったら一気に畳み掛けてくるだろうしな」

「……わ、わかった。村田、すまなかった……俺が間違ってたよ……」

俺が急かした途端、菅井は慌てて謝罪する。それにしても凄く悔しそうな顔をしている。こんな些細なことでも、菅井
のプライドに傷がつけられたのだ。それは本人にとっては、最大級の屈辱に他ならない。
まぁ、今はそんなことをとやかく言ったって何も始まらない。とにかく俺は、この転校生に襲われているという状況を打
開しなければならなかったのだから。それに、菅井が戦力を得るのではない。俺が、菅井を仲間にしたのと同じことな
のだ。

「まぁ間違いは誰にでもあることだ。俺を殺す前に気付いてもらったようでなにより。さぁて、それじゃあとりあえずあの
 転校生を片付けるとしましょうかね」

「いや……待て。俺たちはまず、ここであいつを足止めするのが先決だ」

「……と申しますと?」

「多分、あいつは最初は成海と村田の二人しか確認出来ていないはずだ。そして、仲間に俺がいたことを今知った。
 普通はどう考える?」

「……まぁ、三人一緒に居たんだ。もしかしたら、それ以上にも仲間がいるかもしれない、そう考えるだろうな」

「最悪なのは、先に出て行ったあいつらの存在がバレることだ。だったら、俺たちであの転校生を足止めする。少しで
 も早く、遠くに逃げてもらうのが正しい判断だとは思わないかい?」

「なるほど、あんたも随分仲間思いなんだな」

「当たり前だ。村田も一応仲間なんだからな、協力してもらうぞ」

仲間、か。仲間同士は殺しあわない、確かにそれは正しいのかもしれない。現に萩野や中峰は完全にお互いを信じ
きっていた。城間だって例外ではないだろう、元々同じバスケ部だったのだから。だが、俺や成海はどうだったのだろ
うか。別段菅井とは親しい仲であったわけではないし、敵対していたわけでもない。それでも、互いの命を預けられる
仲間と断言できるのだろうか。少なくとも俺はそれを破棄した。だからそれを拒絶する為に、成海佑也を殺したのだ。
……そして、恐らく成海自身も、菅井を心の奥底から仲間だとは思っていなかったのだろう。さらに、あろうことかいつ
も一緒に行動してきた萩野たちをも疑っていた。それでは、仲間とはいえない。
俺にとって、そして成海にとって、仲間とは……ただの道具に過ぎなかったのだ。自己を確立させるため、自身の保
全のために利用できる、ただの道具。それ以上でもそれ以下でもない。卒業すればそのまま散り散りになり、また同
窓会かなんかで思い出を語り合うだけの存在。それだけだ。
だから、俺もせいぜい利用させてもらうよ。お前の戦力、お前の全てを。

「……よし、乗った」

俺は少しだけ笑みを浮かべた。それは、決して作ったものではなく、純粋な気持ちから出てきた笑み。成海の最期の
言葉が蘇る。どうやって生き残るつもりなのか、と。面白い、やって見せようじゃないか。この、ろくでもない喜劇を、最
期まで。

 俺はソーコムを構える。垣根から姿を現すと、そこに待ち構えていた人物に向けて銃弾を放つ。それは相手側にとっ
ては、丁度嫌なタイミングだっただろう。こちらが動きを見せないから、少しだけ間合を詰めようとしていた、まさにその
瞬間だったのだから。
今度こそ、その顔をはっきりと捉えた。鋭い眼光、まるで何かに飢えたかのような野獣全開の転校生。最初の銃弾こ
そ外したものの、今度は外さない。その顔面に、鉛の弾をぶち込んでやる。

「おらぁぁっ!」

お前なんかこのクラスにはいらない。お前はこのクラスには、このプログラムには必要とされていない。これは俺たち
の……いや、俺の戦いなんだ。水を注すなんて、絶対に許さねぇ。
俺は弾を二発吐き出した。だけど、まるでその転校生は俺の放つ銃弾の弾道がわかるかのように、上半身を屈めて
鮮やかにそれをかわしたのだ。そして、滑らかな動きと共に、今度はその構えた銃口を、俺の体へと向けていた。な
んなんだこいつは? およそ常人離れしてやがる……!

「村田、どけ!」

完全に動きの止まっていた俺ごと、菅井がタックルして押し倒した。刹那、銃声があたりに轟き、背後のガラスが派
手な音をたてて割れた。菅井は転がりながらも体制を整えて、自身の持つ銃、ジェリコを全身を晒している転校生に
向けて放つ。


  ダァン、ダァァンッ!!


転校生は即座に踵を返すと、背中を向けて走り出した。その足元のアスファルトがはじける。転校生は続けざまに横
に跳ぶと、今度は道路脇の電柱に身を潜め、今度は手だけを出して銃弾を放ってきた。
俺は若干早く転倒体制からスタートを切っていた。一気に垣根を乗り越えて、同じく転校生から遠ざかり、十字路の
塀へと身を潜める。銃撃戦なんて初めてだ。なにをどうすればいいのかもわからねぇ。敵に背中を見せたら危ないと
かなんとか、そんなことを気にしている場合じゃねぇんだ。たった一発で、命を持っていかれるんだ。慎重になんかな
ってられっか!

「……くそっ! 菅井!」

俺はさらに銃を撃った。二発撃とうと思ったが、二発目はガチンという音がして、弾が出てこなかった。
くそっ、不発弾かよ! 俺は急いでポケットの中の予備マガジンを取り出す。予め弾を入れておいて助かった。使用
済みのマガジンをポケットの中に突っ込んで、新しいのを入れる。

「おぅ! ここにいるぞ!」

見ると、菅井は十字路の反対側に身を潜めていた。どうやら俺と同じようにこちらまで突っ走ってきたらしい。

「俺たちはいつまでここにいりゃあいいんだ?! どう考えたって向こうの方が強いぞ!」

「……やばいよな。実は俺も銃撃ったの、初めてなんだ。どうもうまく使いこなせない。あいつの方が使い慣れてるか
 ら厄介なんだが」

どうにかして、殺せないか。先程からずっと考えているのだが、どうにもいい案が浮かばない。こういうときこそ、成海
がいればな、と思ってしまう。あいつなら、どうやって殺す方法を考えただろうか。それとも、あいつでも、あの転校生
からは逃げる方法しか考え付かなかったというのか。
そう思いつつ、塀から顔を覗かせる。その瞬間、俺は信じられないものを見た。転校生が、こちらに向かって突っ込ん
できていたのだ。全力で駆けているそれを見て、俺は咄嗟に銃口を向けて構える。そして、撃ち殺したと思った瞬間
には、既に近くに聳え立っていた電柱の陰に隠れていたのだ。
危ない、あいつはこちらが攻撃してこなかったら、容赦なく前に突っ込んでくる方針の持ち主なのだ。少しの油断も出
来ない。次の瞬間には、だるまさんよろしく俺たちは鬼の手に掴まってしまうのだ。それは即ち、死。あっては、ならな
いこと。あいつは間違いなく銃の扱いに慣れている。まるでサイボーグかなにかだ。こちらの銃弾を、素人のものとは
いえ易々とかわし続けて、そして殺しに来るのだ。恐らくそうやって、これまでにも何人もの生徒を屠っているに違い
ない。
だとしたら、俺はこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。そう判断した瞬間、俺は十字路を横切った。待
ってましたとばかり、転校生が銃を放つ。俺は前へと飛び込みながら、二発撃った。その瞬間だけは、向こうは守りに
徹してくれる。それが幸いだった。向こうだって決して死にたいわけではない。間違いなく優勝を狙っているのだ。攻
撃は最大の防御というけれどそれでもただ闇雲に攻撃してきたのならそれはただの無鉄砲だ。あいつは戦闘に長け
ている。それが、経験の差。埋めることの出来ない、差だ。

「よしっ……菅井、逃げるぞ」

「え?」

「いいから走れ!」

反対サイドの菅井に接触すると、俺はそのまま体を休めることなく駆け続けた。さすが菅井、咄嗟の判断ですぐに俺
の後ろについてきた。俺は振り向いて、今まさに塀から顔を覗かせた転校生に向けて振り向き様に銃弾を放つ。それ
は手前の壁に当たったが、まぁ大分銃の精度も上がってきたんじゃないだろうか。素人にしては上出来だ。
転校生が顔を引っ込める間に、俺は次の交差点を曲がる。そして、次の交差点も曲がり、さらにその次も曲がり……
およそ五分ほど走り続けただろうか。急に菅井が俺の肩を掴んだ。こちらも全力で駆けていたというのに、それにあっ
さりと追いつくなんて、流石はバスケ部元キャプテン。

「村田……もう充分だ。あいつは撒けた」

「わからねぇぞ? もしかしたら、まだ探しているかも……」

「とりあえず落ち着け、このまま突き進んだら、俺の計算では間違いなく禁止エリアに突入する羽目になるんだぞ。首
 輪を吹き飛ばされたいか」

言われて、はっとした。確か役場の近くのエリアは、禁止エリアになっていた場所がひとつあったはずだ。足が震え
る。俺は何も考えていなかったのだ、この戦いから生き延びることだけを考えていて、ルールのことを全く視野に入れ
ていなかったのだ。

「大丈夫だ、向こうの交差点はアウトだが、少し戻って公園を突っ切れば八幡さんへの近道にはなる。首輪を吹き飛
 ばされることもない」

菅井はすかさずポケットから地図を取り出すと、手早く現在位置を割り出した。なるほど、本当に禁止エリアは目と鼻
の先だったわけだ。危なかった。その手前に位置する小さな市民公園は、どうも二つの道路に跨っているらしい。そこ
を突き抜ければなんとかなるということか。

「……わかった。助かったよ、菅井。とりあえず、その公園で一休みしようじゃないか」

踵を返して、俺は歩き出す。
そっと耳を澄ましてみたが、俺と菅井以外には、辺りに人気は感じられなかった。どうやら、転校生を撒けたのは本当
らしかった。こうして二人して無傷でいられたのも、奇跡としか言えないだろう。

「よし、わかった。とりあえず安全性が確認できるまで、一旦そこで落ち着こう」

 いつの間にか時刻は四時をまわっていた。
 冬の陽が落ちるのは早い。夕暮れが、近かった。



 【残り8人】





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