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 D=5にある、名もない公園。
 いや、恐らく名前はあるのだろう。きっと誰かの私有地なだけで、名前は出ていない、それだけだ。

 その空き地とも取れるような公園に転がっている土管に、菅井は腰掛けた。

「いや……マジ助かったよ、菅井。ありがとう」

 俺は菅井に向けて、そう言う。確かに、あのまま闇雲に突っ走っていたら確実に俺は禁止エリアに突入して、この
首輪を吹き飛ばされていただろう。そのすっかり忘れていた存在を改めて思い直し、少しだけ緊張が走った。
爆弾だ。俺の首元には……いや、俺だけじゃない。このプログラムに参加している生徒全員の首元には、爆弾がぶ
ら下がっているのだ。よく考えたらこれ、とんでもないことだぞ?

「なぁに、俺だって感謝しなきゃならんよ。村田がいなかったら、俺はあいつから逃れられなかったと思う」

この首輪を爆破されて死亡した生徒はいるのだろうか、などと思いふけっていたら、唐突に菅井も頭を垂れた。突然
のそれに、俺は思わず後退りをする。

「……な、なにやってんだ菅井」

「いや、純粋にお前のその決断力、判断力が羨ましくてな」

「はぁ?」

「俺さ、本番は弱いんだよ。バスケの試合の時もそうだった。どうも緊張してさ、肩が硬くなっちまうんだ。変に力むせ
 いで、普段何気なくやっていることでも成功できなくなるんだよ」

 こいつはいきなり何の話をしているのだろうか。
 ついに緊張の連続で頭がいかれてしまったとでもいうのか。

「お前が羨ましい。どんな時だって、お前はいつだって自由奔放に試合をやってた。多分……お前は心の奥底から野
 球を楽しんでいたんだな。だからあんなにも伸び伸びとプレイできていたんだと思う」

「……お前は楽しんでいなかったのか、バスケ?」

 菅井は空を仰ぐ。紅く染まった夕焼け、明日は晴れるだろうか。
 それとも……俺に『明日』は来るのだろうか。

「どうなんだろうな。自分では楽しんでいたつもりなんだけど……同時にプレッシャーだった。キャプテンとして、俺は
 全員を見なくてはならなかった。勿論自分のことだってしっかりとしていなければならなかったんだ。俺が駄目にな
 ったら、みんなが不安に思う。試合に集中できなくなる、なんて思ってな。なんてうぬぼれだろうな」

「菅井……」

「怖いんだよ、試合をするのが。俺は、絶対に諦めることを許されないんだ。俺に自由なんかないんだ。だから俺は俺
 のプレイが出来なくなったんだ。最悪だよ……」

 普段からあんなにやりあっていた男の、こんなにも情けない姿。
 俺は少しだけ、わびしくなった。どうしてこいつは、こんなにも弱くなってしまったのだろう。

「今も……そうなのか?」

「……あの出発地点を出たら、城間が立ってた。一緒に行こうって、誘ってくれた。俺は嬉しかったんだけど……それ
 と同時に怖かったんだ。あぁ、また俺に頼ってるって。本当は……俺だって全てを丸投げしたかったんだ。だけど、
 それも叶わなかったんだ。そしたら……流れに身を任せていたら、いつの間にかこんなことに……」

 あぁ、なるほど。俺はようやく理解できた。
この男の、異常なまでの気の入り方。常に全力投球で、些細なことにも気付くその観察力。それらは全て……こいつ
なりの演技だったんだ。こいつは一生懸命『菅井高志』を演じていただけなんだ。俺たちの知る『菅井高志』は本当の
『菅井高志』が演じていただけなんだ。そして、今目の前でその真の姿を曝け出しているのが、本心をこんなにも俺に
向けて語っている『菅井高志』なんだ。
こいつも……成海と同じように、ペルソナを被っていたんだな。

「それで……菅井さんよ。お前はいったいどうしたいんだ? 仲間全員にあんな大胆な作戦を告げておいて、今更投
 げ出したいっていうのかい?」

俺は、ソーコムをそっとズボンから抜き出した。だが、今のこいつには、そんなことにも気付くことはできなかった。
なにがこいつを……仮面を剥いでしまった? 転校生の襲撃か? それとも、プログラムに巻き込まれた時点で、
徐々にそのメッキが剥がれてきていたのか? それとも……バスケ部のキャプテンに選ばれたときには、もう。
菅井は頭を抱えて、土管の上で唸っていた。もう、なにがなんだかわからないのだろう。

 俺は理解した。もう、『菅井高志』は死んだのだと。
 直接的な引き金は、あの転校生に。間接的に、クラスメイト全員に。

「村田……俺、死にたくないんだ。だけどそれ以上に……もう、演技はやめたいんだ」

「バカだな、お前」

「え?」

 菅井は顔を上げる。その瞳に映っているのは、銃を構えた俺の姿。
 菅井が目を見開いた。瞬間、辺りには銃声が響き渡り、再び空き地に積もった白い雪を紅く染め上げる。

「もう……そんなもん、とっくにやめてただろが」

 菅井は、結局最期まで何が起きたのかわからなかっただろう。仲間と思っていた男に銃を向けられた。それが恐ら
く、彼の最期の知覚だったに違いない。
俺は奴の腰に挿し込んであるジェリコを抜き取ると、同時にポケットに入っている予備マガジンも奪い取る。そういえ
ばあの騒動のせいで食料は全部村役場に置いてきてしまっていたが、今更スタート地点に戻るのもばかげている。
それに、今の銃声を聴きつけて、再度奴が襲い掛かってくるかもしれない。それだけはゴメンだ。一人では、あいつに
は敵いそうにもないから。

 尤も、この『菅井高志』が仲間だったとしても、敵わないのは目に見えてはいたが。

 俺はソーコムを片手に持ち、全員が集まる八幡へ、駆け出した。


  男子七番  菅井 高志  死亡



 【残り7人】





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