何処まで行けば、楽になれるんだろう。 あと少し、あと少し……なんだよ。少しって、どんくらいなんだよ。 俺は立ち上がった。城間の顔面からとろとろと流れ出る何かが、運動靴に染み込んでいくのがわかる。それは、ほ んの少し前まで、命だったもの。城間亜紀だった、ものだ。 城間が、俺の中へと入り込んでくる。城間が、俺をじわじわと染め上げていく。 「うっ……うぁぁ!」 気がついたら、俺は呻き声をあげていた。何が起きたのか、起こした俺自体が認識していなかった。俺はいったい何 を仕出かした? 自分を好きだと言ってくれた女を、嘘だと罵った挙句に顔面をぶっ飛ばして殺した? はは、笑える じゃないか。なんて悲劇的な物語なんだ。 城間だった『もの』を、俺はつま先でつついてみる。つま先から染み込んだ城間の『それ』は、酷く俺に不快感を与え ていた。つま先でつついた『もの』は、抵抗することもなく裏返った。 「むむむ村田君っ! えっ? な、何? 何これぇ!」 状況を理解できないのはどうも中峰も同じらしく、尻餅をついたままその場から動こうとしていなかった。ただ、その淀 んだ瞳で、俺と城間だった『もの』のやり取りを見ているだけだった。 「城間……俺、中峰……!」 菅井を殺したときとはまた違う、感触だった。考えてみろ、これは自主防衛じゃないか。この女は、勝手に告白して、 勝手に無理心中を図ったんだぞ。俺は死にたくなかった。だから殺される前に殺した。立派な正当防衛じゃないか。 臆することはない、お前が正しかったんだ。『俺』が、そう体の奥底から叫んでいた。 さぁ、辞するな。お前は次なる獲物を仕留めなければならないんだろう? こんなところでくたばるようなタマじゃない だろう? だったら、早く目の前でわなわな震えている女を殺れ。あの女は何を持っている? お前が渡した、成海の 遺品を持っているんだろう? お前が蒔いた種だ。自分で摘め。 ステアーTMPが、中峰の右手にぐっと握られていた。俺がじっとそれを見ていると、中峰もようやく自分が武器を持っ ていることを認識したのだろう、その銃口を、こちらへと向けていた。 「中峰……」 「いやぁ! 来ないでぇっ!」 一歩前に近付こうとすると、それを思い切り振りかざして、再度銃口を突きつけられた。マシンガンを握るその眼は完 全に血走っていた。フーフーと、まるで興奮した猫のように、息を吐いている。髪はすっかり乱れていて、まるで山姥 かなにかだ。 「来るな……来るなこの人殺しが!」 なんだ、こいつは。何かが憑いたのか。急に人格が変わったかのようだった。 俺はようやく、ぼんやりとした空間から現実世界に戻ってきたような錯覚を覚えた。辺りはすっかりと日も落ちて、再 び冷え込み始めていた。その冷気が、俺を落ち着かせてくれた。 これまでの経緯がどうのこうのなんか言っていられない。俺が今やらなければならないことは唯一つ。目の前にいる この女を、殺すことだ。 「……中峰、話をする気にはならないか?」 「話? 何の話よ! 人殺しと話なんかする必要ないわ!」 「そうか、そしてお前もその大っ嫌いな人殺しの仲間入りになるってことか?」 「し、知らないわよっ! とにかくあたしはあんたを消す! 殺されてたまるかっ!」 ガタガタと震えている中峰。俺は、銃口を突きつけられているにもかかわらず、さして怖いとは思わなかった。まった く、慣れとは本当に恐ろしいものだ。次の瞬間には自分の命がなくなっているのかもしれないのに、妙に落ち着いて しまっている自分がいる。それが余計に、中峰を苛立たせているのだろう。 このままの状態が続けば、中峰は引き金を絞ることはないだろう。こちらがなんらかのアクションを起こさない限りは。 だが、そうするとやがてはここに萩野がやってくる。そしたら、間違いなく俺はジ・エンドだ。制限時間付きか、厄介だ な。俺は悠々と腕時計を見た。午後五時半。少なくとも放送前にはここには来るだろう。もってあと十分……いや、五 分と考えた方がいい。 「……そうか、わかった中峰。だとしたら、俺は全力で相手をしよう。お前には説明しても理解してもらえない気がする からな。まぁ話しても無駄だろうし」 言うや否や、俺は拳銃を構える。そして、呆けている中峰へ向けて間髪いれずに弾を撃ち込んだ。中峰が後ろの壁 へと吹っ飛ばされる。その間に、俺は一気に間合を詰めた。 「痛ぁあっ!」 どうやら弾は中峰の右肩に命中したらしく、その先に繋がった腕、そしてマシンガンは力なく垂れていた。最早それを 操る力も残されていないことを確認すると、俺は一気にそいつを奪い取る。そして、仰向けに倒れている中峰の上に 跨ると、銃口を頭へと突きつけた。 「い……いやぁぁ! やめてぇ、殺さないでぇぇっ!」 どうしようか。音を立てないように絞殺にしようか。などという考えも浮かんだが、今更こんなに銃声を轟かせておいて それもおかしな話だと思い、俺は暴れだす中峰の頭を、躊躇せず吹っ飛ばした。 銃声と共にガクンと頭が大きく揺れると、中峰も城間同様、再び動き出すことはなかった。 俺はすぐに死体の傍から離れた。また、靴の中に中峰が入り込んでくるんじゃないかと思って。そのあまりにもグロ テスクな二つの死体は、なかなかのものだった。せめて顔ではなく心臓を吹っ飛ばしてやればよかったとも思った。 俺は……いったい何をしているのだろうか。 ただ、生き残る為に。生き残って、栄一郎の仇を討つためだけに。それが、俺の本当の心なのか? その為に、何の 関係もないクラスメイトを、何人も殺してきて。それで……向こうで栄一郎は喜ぶのか? もしも天国と地獄があるとするならば、俺は確実に地獄行きだろう。あぁ、そういえば成海ともそんな話をしていたっけ な。あいつも人殺しだから、地獄行きだとか笑っていたような思い出もある。せめて、俺が万が一途中で死ぬことがあ っても、その続きをあの世から覗き見れたらな、と思う。俺を殺した奴の運命が見てみたかったし、せめて誰が生き残 ったかくらいは教えて欲しいものだ。まぁ、こんな欲望、どうでもよかったが。 腕時計を見ると、時刻は午後五時三十五分になっていた。あれから五分が経過して、ようやく、その男は現れた。ま さに目論みどおりだった。 俺は、そっとその後姿に銃口を向ける。 その男、萩野亮太(男子十番)は、黙って振り向いた。 そしてその右手には、グロッグ33が、握られていた。 女子九番 中峰 美加 死亡 【残り5人】
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