人を殺す理由って、いったいなんだろう。 きっと、どんな理由にせよ、人を殺すに足りうるだけの理由には違いない。 それはたとえば金が関係しているのかもしれない。時間は、時には人命よりも重視されるという。 それはたとえば罪が関係しているのかもしれない。復讐心は、誰にも止めることはできないという。 それはたとえば愛が関係しているのかもしれない。実らぬ愛は、やがては憎悪に変わるという。 俺は、どうして人を殺したのだろうか。 一人目は、自身の命を守るため。二人目もまた然り。三人目だって、優勝する為には邪魔な存在だったから。四人目 も同じように、邪魔な存在だったから。 究極的に言ってしまえば、自分の命を秤にかけられていたら、誰だって人を殺すことは出来るのかもしれない。 だから殺した。そして、これからも。 俺は集合場所の八幡さんの前に立っていた。地図によると、それなりの面積があるみたいだったが、本殿とされる 建物は一つしかない。集合場所にするとしたら、ここ以外には考えられなかった。 石段を一段ずつ、しっかりと踏みしめて進む。その右手には山本の支給武器であるソーコム・ピストルが握り締められ ている。出発地点から、片時も手放さなかった大切な武器だ。今回も頼むぜ、相棒。 石段を登りきると、そこには村役場と同じくらいの大きさの建物が構えてあった。中は丸見えで、誰でも入れるように なっている。賽銭箱の脇をすり抜けて、悪いと思いつつも土足で上がりこむ。祟りだけは勘弁して欲しいものだが。正 面にはなにかの像が祭られていた。その前に広がる板目の広い床。きっと、参拝客はここに全員集まって祈りでもさ さげるのだろう。神聖な場所なのだ。 ここにいると、外の物音が全くと言っていいほど聴こえなかった。礼拝に集中させる為に、なんらかの防音処理でも施 しているのだろうか。俺は少しだけ不安になって、半ばその無音状態を解消するかのように、声を発した。 「おい、誰かいないのか? 俺だ、村田だ。いるなら出てきてくれ」 まさか誰も来ていないなんてことはないだろう。ここにやってくるであろう仲間は三人。わざわざ遠回りをしていくと言 って出発した萩野亮太(男子十番)、最短距離を駆け足で出発した城間亜紀(女子六番)、そして同じ経路をゆっくり と慎重に行ったと思われる中峰美加(女子九番)だ。俺自身は決して最短距離ではないにしろ、比較的早く到着した 方だと思っていたが、時計を確認すると既に時刻は五時をとっくに廻っていた。先程まで茜に染まっていた夕空も、今 ではすっかり暮れてしまっている。雪が再び固まって、今晩も冷え込むのだろう。 やれやれ、とんでもないクリスマスイヴだな。今頃は全国中のカップルがいちゃいちゃしているだろうに。まぁ、彼女が いない自分には関係のない話だ。誰かが自分を好いているということも知らない。 そこまで考えたところで、何故か脳裏に栄一郎の笑顔が浮かんだ。なんだよ、まだお前の迎えはいらねぇぞ。 中峰美加が栄一郎のことを好いているのは見ただけでわかる。だから彼女は栄一郎と同じ学級委員に立候補した し、普段から振り向いてもらおうと積極的に話しかけていたのだ。まぁ、栄一郎は鈍感だから恐らく気付かなかったの かもしれないが。 中峰は栄一郎の復讐とか、そういうのは考えなかったのだろうか。最初の説明の時に突然暴れだして、菅井や城間 に止められていたのは記憶には新しいが、少なくともあの役場前で合流したときはそのような覇気は微塵にも感じら れなかった。どういうことなんだろうか。 「……誰もいねぇのかな。おーい」 あまりにも静か過ぎた。雪は防音効果を高めるというが、それにしても効果がありすぎじゃないのか。誰も居ないとい う状況、それは自身の安全にも繋がるが、そうも言っていられないだろう。 その時だ。微かだが、像の陰が僅かに動いたような気がした。なんだ、そんなところにいたのか、そこだと俺の声も届 かなかったのかもしれないな。 「おい、心配したんだぞ、誰も居ないんじゃないかと思ってよ」 「ひっ!」 ひょいと顔を覗かせると、そこにはなんともまぁ蒼白な顔をした城間亜紀が、うずくまって隠れていた。 「な、なんだ……村田君か。脅かさないでよ、もう」 「どしたん? お前、そんなとこに隠れていて、俺のほうが驚いたぞ。他はまだか?」 「うん……、まだ来てないみたい」 「そんなとこに隠れててわかるのか? 俺だってわからなかったんだろ? どうしてそんなとこにいたんだよ?」 そう聞くと、城間はさらに体を震わせた。確かにこの建物は寒いが、なにも今に始まったことではない。流石にそれは 震えすぎだろうと思っていると、城間は口を開いた。 「あああのね、見ちゃったんだ。死体……そう、死体!」 「死体……? 誰の?」 むしろ俺は死体の生産者の方だ。これまでにも、何人もの死体を俺は見てきている。 「あのね……小泉君と、下城君。それから庄司さんも。みんな一箇所で死んでたんだ」 「……そうか。もうわかっている奴だったんだな」 俺は、おや? と思った。 確かに俺は、試合が始まってからそう経っていない頃に、小泉正樹(男子四番)を殺した。腕を撃たれたショックでい かれたのかどうかは知らないが、突然俺に対して襲い掛かってきたのは事実だ。だから俺は相棒のソーコムで射殺 した。そして、思った以上にその銃声が響いたことに驚いて、その場からは急いで逃げた筈だ。 となると、その近くに転がっていた下城健太郎(男子五番)と庄司早苗(女子五番)の死体は、恐らくその銃声を聴き つけて集まってきた奴らなのだろう。事実、それから数分後に別の銃声が何度か鳴り響いたのを知っている。誰だか 知らないが、むざむざと集まってきたそいつらを恰好の獲物と踏んで仕留めたと言うのがオチだろう。時間的にはまだ 転校生は出発していない筈。つまりそれは、クラスメイトの犯行ということになる。誰だかわからないが、まだ生きてい るのだとしたらそれは要注意人物だといえよう。既に死んでいることを、切に祈ってはおくが。 そこまで考えて、俺は改めてこの無音の状態を思い直した。ここで銃を発砲したら、間違いなく響く。それは恐らくここ に集うであろう他の仲間に警戒心を与える。仕留めるのは一段と難しくなるだろう。面子の中で一番厄介な萩野は、 恐らく最後の到着となるのは予想できるのだから。 「死体を見るのは、初めてだったのか?」 「……やめて、思い出したくもない」 「……そうか。すまなかったな」 像の周りに、薄汚いロープが落ちていた。なにかをくくりつけていたのだろうか。長年使われた形跡のないそれは耐 久面に不安があったが、実際に触ってみるとゴワゴワとした感触がして、大丈夫だろうと踏んだ。 「ところで、村田君。その……菅井君は?」 俺は古びたロープを持ち上げる。丁度いい長さだ。 俺は城間の背後から、そっと声を出す。 「会いたいかい……?」 次の瞬間、城間の目が見開かれた。その首元には、古びたロープががっちりと食い込んでいる。俺は、渾身の力を 込めて、その手に握る力を強めた。 「あっ……がっ……がは!」 「そんなに会いたいなら会わせてやるよ。向こうでな」 城間は両手で必死にロープを引き剥がそうとしていた。だが、所詮は運動神経に優れているとはいえか弱い華奢な 女子の体だ。そんなものでは、俺は止められないよ。 「お前もあいつの下に行けたら満足だろう? 菅井のことが大好きだったもんなぁ!」 「……ちっ、違う……!」 違う。その言葉に、俺は一瞬だけ反応した。少しだけ、ロープを絞める力が緩む。城間は激しく咳き込むと、苦しそう な顔をしながら悶えていた。その目には、涙が浮かんでいた。 「違う……違うんだ。菅井君じゃない……」 「ほぉ? じゃ、誰だよ? 伝言しておいてやろう。誰だ? 萩野か?」 「違う! ……キミだよ。村田君だよ!」 「嘘付けぇっ!!」 嘘だ。俺は力を込めた。再び城間の首が絞まり、ジタバタと暴れだす。俺はどうしてか力が入れられなくて、歯を食い しばってその抵抗を抑えるだけで精一杯だった。 どうしてだ? どうしてこいつ、今頃になってこんなマジ告白なんかしてんだよ! あれか? 今日がイヴだからか? 笑わせるんじゃねぇよ! うるさい……黙れ黙れ黙れ! 「どう……して……! 嘘じゃっないっっ……」 彼女の涙がロープを濡らす。俺は思わず、ロープを放してしまった。途端、城間が床に倒れる。再び激しく咳き込む。 最早逃げる体力も残されていないらしい。今なら、素手でもこいつを殺すことが出来そうだった。 「嘘だ……、お前がどうして俺なんかを好きになれるんだ! 嘘も大概にしろ!」 信じたくなかった。中峰が栄一郎のことを好いていることを俺は知っていた。じゃあ、どうして俺はこいつが俺の事を好 いているのかわかってやれなかったんだ? おかしいだろう! 「うっ……違うんだ……村田君、キミが……」 「違う! 俺はお前に好かれる理由がない! そうだ、城間。俺が菅井を殺した。成海も殺した。山本とか小泉だっ て、殺したのは俺なんだぞ! 俺だ、俺だぞ? そんな俺が好きになるわけないだろう!」 俺は最早、自分がなにを言っているのかわからなかった。こんなにも必死に、自分を否定するのは初めてだ。こいつ がどうして俺なんかを好きになっているのか、それがわからなかった。全くそういうのとは、無縁だと思っていたのだ から。 全ての真相を知らされて、城間はさらに泣き顔になっていた。その顔は、今にも萎んで消えてしまいそうなほどに弱 弱しい。 「そんな……村田君、どうして? どうしてそんな……!」 「わかったろ? 俺は優勝を狙ってる殺人鬼だ。お前のリーダーだって俺が殺したんだ。最低最悪な奴だ。お前が好 きになるような奴じゃないんだ!」 口をわなわなと震わせる城間。そうだ、これでいいんだ。俺はこいつなんかに好かれる資格なんかないんだ。俺は最 低、最悪、それでいい。だから。だから……。 ……せめて、殺すのに戸惑わせないでくれ。悩ませないでくれよ、な? 「村田君……もう、いいんだよ」 気がつけば、俺の頬にも何かが伝っていた。それが涙だとわかったときには。 「もう……疲れたんだよね、なにもかも。だからさ」 俺は、目を見開いた。 次の瞬間、全てが弾けて、俺はソーコムを抜き出した。 「一緒に……逝こう?」 城間が、支給武器である手榴弾を取り出した瞬間。 俺は、反射的に、本能的にその引き金を引いていた。 銃声が、響き渡る。そして、目の前で声を震わせていた城間の泣き顔は、見るも無残に潰されていた。 まただ。また俺は、人を殺したんだ。 「いやぁっ!」 はっとして、振り返る。 滲んだ視界に映ったのは、腰を抜かして後退りをしている、中峰美加だった。 女子六番 城間 亜紀 死亡 【残り6人】
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