“……死亡者は以上。続いて禁止エリアを発表する” 午後六時。三回目となる放送が会場内に響き渡っていた。 俺は、八幡の裏手で、堂々と地図に印刷された名簿にチェックを入れていた。 結局二回目の放送以降で死んだのは俺が殺した五人だけらしかった。即ち、成海佑也(男子九番)、菅井高志(男 子七番)、城間亜紀(女子六番)、中峰美加(女子九番)、萩野亮太(男子十番)だ。女子は全滅し、男子も残すところ 四人だけ。そして、まだあの転校生も生き残っている。 “午後七時からE=2、九時からB=7、十一時からC=6がそれぞれ禁止エリアになる。対象エリア内にいる者は引 っ掛からないように留意すること” 俺は地図に書き込むと、溜息をついた。この八幡は紛れもなくB=7に属している。もともと会場の隅であるし、さらに 二時間後には隣接するC=6も禁止エリア入りしてしまうらしい。つまり、この辺りはほぼ立ち入り禁止区域になった も同然だった。 なるほどな、そうやって本部側はプログラムを遂行させていくわけか。 俺は妙に納得して、再び溜息をついた。まぁ、もう少しくらいなら、ここで休んでいても大丈夫だろう。 “さて、いよいよ残りは四人だ。遭遇すること自体が少なくなってくるかもしれないが、各々予断を許さないように。そ れでは健闘を祈る” ブンッ、と放送が途切れる。確かに、大分禁止エリアが増えたとはいえ、まだまだ会場は広い。その中をたった四人 で殺しあうというのだから、遭遇すること自体が難しくなってくるのだろう。だからこそ、本部側は禁止エリアをうまく操 作しているに違いない。尤も、誰もが俺みたいに建物のような目印に潜んでいれば見つけやすいのだろうが。 俺はそっと無造作に横に置いているステアーTMPを眺めた。恐らく今プログラムで最強の支給武器だ。萩野のグロッ グ33はデイパックに突っ込んであるし、相棒のソーコム・ピストルは相変わらずズボンの定位置だ。恐らく装備武器 だけで比較するならば、俺が頂点のような気はする。キルスコアだって中々のものだろう。だが、それでもあの転校 生には敵わないような気がしてならなかった。 いったい俺には何が足りない? 経験? それとも精神的余裕か? 俺にはなくて、転校生にはあるもの。それを知る為には、あの転校生を知らなくてはならないだろう。一回だけ対峙し て、感じたこと。それは、命を懸けているということ。いや、それだけならプログラムに参加している誰しもが命懸けな んだ。そんな浅いものではない。もっともっと、まるで海溝のように深いなにかがある。 ただ生き残りたいだけではない。あいつには、生きなければならない『なにか』がある。わざわざ転校生としてプログ ラムに参加した理由がそもそも見当たらない。だが逆に考えてみればいい。 もしもあいつが、強制的に参加させられたのだとしたら。 この国ではそんなことはよくある話だ。少しでも政府を批判するような言動をすれば、すぐに強制キャンプにでも送り 出されてしまう、といった風潮が世間には漂っている。尤も、そんなことが実際に行われていたのは今は昔なのだろ うが、それでもまだそういう風に言われているということは、やはりそれだけ政府の圧力が甚大だということだ。 もしも、政府に反抗する団体を取り締まるとしたら。手っ取り早く年頃の子供はプログラムに巻き込んで殺してしまえ ばいい。簡単な話だ。 もしもこの仮定が真実だとしたら、あの転校生がやけに戦闘慣れしているのも頷ける。一日そこらで力をつけたって、 到底敵う相手ではないだろう。そして、奴にも奴なりの生き残る理由がある。尤も、それで生き延びたとしても、また 適当な理由でプログラムに巻き込まれてしまうだろうが。 あるいはあいつは……もう何度もプログラムに巻き込まれているのかもしれない。 ははっ、と。俺は誰もいない空間で笑った。 冗談じゃない。もしもそんなことが現実に行われていたら、確実にこの国は狂っている。ファシズムだかなんだか知ら ないけれど、そんなことはありえない。いや、あっては困るんだ。もしも仮に今までにも何度か彼がプログラムに巻き 込まれているとしたら、それは即ちその全てにおいて彼は優勝しているということだ。そんな相手に、俺一人が立ち 向かったところで敵う筈がないじゃないか。そもそも同い年なのかどうかさえ怪しいんだ。そんなこと、あってはならな いんだ、絶対に。 ……だけど、いずれはあいつとも決着をつけなければならないときが来るのだろう。その時は、そんなことは四の五 の言ってはいられない。俺は、全力で戦って、そして勝ってみせる。あいつがこれまでに何人殺していたかなんて関 係ない。俺は俺なりに、頑張らなければならないのだから。諦めたくだけは、なかった。 俺は立ち上がる。こんなところで、悠長になんかしていられない。 もっと強くならないといけない。もっと戦わなければ、もっと武器を手に入れなければならない。それこそ、あいつにも 手出しが出来なくなるその時まで。やるだけの事はやらなければならない。それが、俺の在り方だ。 その時だ。八幡の境内の茂みが、ガサガサと揺れていた。やや乱暴にかき分けられているそれは、とてもじゃない が慎重な行為とは程遠かった。 猫や犬があんな動きをするわけがない。しかし今の時期、熊が出没するということもない。第一冬眠中だ。となると、 考えられるのは、生身の人間だけだ。 俺はマシンガンを持ち上げる。そして、ゆっくりと標準をその茂みの中へとあわせる。 ガササッ! 突然、茂みが多く揺れて中から影が現れた。 萩野や菅井にもひけをとらない長身、くしゃくしゃになった髪、扱けた頬、とても健康体には見えないその男は、こちら の構えた銃口を見るや否や、奇声を上げて駆け出した。 「あひゃあアあっ! イヤだっ! イヤだっ! ……助けてくれェェ!」 俺は、その姿を確認すると同時に、口元が釣りあがるのを自分でも認識した。 なるほどな、萩野。お前が笑った気持ちが、よーくわかる気がするよ。 「会いたかったぜ……佐野」 俺は、逃げ狂う佐野 進(男子五番)の背中に向けて、マシンガンを乱射した。 【残り4人】
|