そもそも、俺がこの試合で生き残ろうとした理由。 それは……、それは…………。 マシンガンから吐き出された弾は、全てではないにしろ、いくつかは佐野の体に命中した感触があった。だが、それ でも佐野は走り続けた。まるで痛みを感じていないかのようだった。俺が異変に気がついたときには、既に佐野の姿 は小さくなってしまっていた。 冗談じゃない……このチャンスを逃すわけにはいかない……! 俺は、逃がしてなるものかと一気にスパートをかけた。荷物は全て八幡さんの境内に置いてきた。今自分が持ってい るのは、武器となるソーコムとマシンガンだけだ。荷物の中には城間亜紀から奪い取った手榴弾と、萩野亮太から奪 い取ったグロッグ33も含まれていたが、今更取りに戻る暇もないし、下手をしたら自爆してしまう可能性も捨てきれな い。とにかく今はあいつを追いかけることだけを考えればいい。 お世辞ではないにしろ、俺はクラスの中ではなかなかの俊足だったと思う。バスケ部だった菅井や萩野には劣るが、 女子の中でもトップクラスだった中峰や柏木とはタイをはれるくらいには早い自信があった。ましてやあいつは絶賛禁 断症状発令中のジャンキーだ。体力面でも俺より格段に下だろう。唯一気にしなければならないのは禁止エリアだっ たが、まだこの時間は、辺りは禁止エリアではない。せいぜい会場の外に出てしまわないように注意すればいいだ けだ。そんなことを考えているうちに、すぐにあいつの背中が見えてきた。それはぐんぐんと大きくなっていき、やがて 射程圏内に入ったと認識するや否や、俺は躊躇いもなく引き金を引いた。 リズミカルに発射される弾は、一直線に佐野のほうへと飛んでいく。その銃声で俺がすぐ背後にいることにようやく気 付いたのだろう、佐野が再び奇声を上げた。最早それが言葉なのかどうかもわからなかったが、少なくとも俺は認識 できなかった。 いくつかの弾が再び佐野の体へと命中する。それがきっかけとなり、佐野の体がよろけた。さらに追い討ちをかける ように俺は引き金を絞る。やがて、佐野は雪まみれの地面に倒れこんだ。それでも、佐野は這って逃げようとする。 俺は、そんな佐野に追いつくと、その腹部を蹴り上げた。 「ぐギャ!」 その衝撃で、佐野は吐血した。白い雪に、佐野のどす黒い血が染み込んでいく。その恰好を見て、俺は出発前に、 栄一郎の父親からも同じようなことをされていたっけな、と振り返っていた。 ピクピクと痙攣している佐野の体を見て、俺は首をかしげた。どう見てもおかしかった。あれだけの弾をこいつにぶち 込んでやったはずなのに、こいつの体からは血が流れ出ていない。小泉にしろ菅井にしろ、射殺した奴らの周囲に は、真っ赤に染まった雪が散らばっていた筈なのにだ。 まさか、こいつ……。 俺は確かめるように、ソーコムをズボンから抜き出すと、躊躇せずにその銃口を胸部に当てて引き金を引いた。ガクン と大きく佐野の体が揺れる。だが、それだけだった。相変わらず佐野は呻き続けているだけだったし、体から血が流 れ出ることもなかった。 俺は確信した。だからこそ、こいつの制服を剥いだ。そこから覗いたのはワイシャツなんかではなかった。グレーのご わごわしたものが、何箇所かに穴を空けた状態で存在していた。つまりは、そう。防弾チョッキ。映画化なんかでよく 見かけるそれが、佐野の支給武器だったのだ。 「……てこずらせやがって」 俺は、その衣服の上から佐野を踏みつけた。二度、三度、何度も何度も、全身の体重をかけた。その都度、佐野は 奇声を上げていた。最早こいつは人間ではない。奇声を上げる、ただの玩具だ。 あぁ、なんて無様な末路なんだろう。俺はそう思った。別に同情するわけじゃない。ただこいつは勝手に麻薬に手を染 めて、勝手に堕落して、勝手に人殺しをした。その弔いを今、されている。当然の報いだ。 「ヤ……めろ……!」 何度も繰り返していると、佐野が少しだけ言葉を発した。俺にもわかる言葉だ。 「あぁ? なんだって? よく聴こえねぇな」 「やメろ……ヤめるんダ……」 俺はソーコムの銃口を佐野の右手にあわせて、間髪いれずに撃った。再び銃声がすると同時に、佐野の奇声も辺り に響き渡る。 「やめてください、だろーが。なーに命令口調で喋ってんだ、オラ」 だが、その痛みが酷いのか、どうやら佐野には言葉が通じないらしい。蛇のようにのた打ち回っているだけだ。俺は その体をひっくり返すと、うつぶせにしたままその上に跨った。そして、首根っこを捕まえて捻じ伏せる。途端、佐野が 静かになった。全身が、不自然に震えていた。 「佐野ぉ……俺ぁ会いたかったぜ、お前に」 「頼む……お願イだ、殺サないでクレ……」 カタカタと音を出しながらも、佐野はようやく言葉を喋り始めた。痛みが、佐野を覚醒させでもしたのだろうか。禁断症 状発令中の身には、痛みも増幅されているのだろうか。 「駄目だ、俺はこれからお前を殺す。だが俺の質問に答えている間は殺さない。いいな」 いいなもなにもへったくれもないわけだが、佐野は俯いたまま、返事をしなかった。俺は首を掴む右手に力を入れる。 佐野がもがく。十秒ほどしてから、再び俺は指先に込めた力を抜いた。 「佐野。お前誰から麻薬を習った? 加藤か?」 俺は、本題に移った。佐野を殺さずに、今まで生かしていた理由。それは即ち、情報。唯一の生き残りとなった、それ も松本と並んで最もバイヤーである加藤に近かった存在である佐野から、情報を聴きださなくてはならなかった。きっ と、この会話かなにかも映像ごと本部に送られているのだろう。それは即ち、栄之助にも届いていることになる。別に あの父親に加担するのが目的ではないが、万が一の時のためにも、俺はこいつから、可能な限り聴きだしておかな ければならなかった。 「バイヤーは加藤だった……俺と松本は加藤からいつも手に入れてた」 観念したのか、佐野は喋り始めた。 基本的には覚醒剤を仕入れてくるのは加藤の役目。佐野と松本両名は、そいつを加藤から分けてもらい、学年の常 用者(つまりうちのクラスであれば藤田や北村)に売りさばいていた。単に加藤一人の手では全生徒に行き渡らせる のに煩わしいから、この二人を利用していただけなんだろうが、その仕事を引き受けることで、少しだけ割安で手に入 れることが出来た分、佐野も松本もやめられなかったのだろう。なんとも皮肉な話だ。そして、それを堂々と校舎内で 行っていたにもかかわらず、当人以外は全く知らなかったというのだからなにかがおかしい。こいつらがそこまで頭が いいとも思えない。あるいは、もしかすると教師側も何名かが手を染めていたのかもしれない。そうなると、もうどこま でを信じればいいのかがわからなくなってしまうではないか。 うちの学校が、まさかそこまで腐りきっていたとは。信じたくもないが、それが真実なのだろう。一瞬だけ、担任のア ズマの顔が思い浮かんだ。いや……あいつは違うだろう。だったら、栄一郎の葬式でのあの行動は変だ。 「加藤は暴力団と繋がっているんだ……あいつもただのコマに過ぎないんだよ」 そしてオレ自身もな、と佐野は付け加えた。麻薬を断ってから今日で何日目なのか、もう見当もつかなかったが、禁 断症状を表しているうちに佐野自身も気がついたのだろう、自分が加藤にとって、ただの便利な駒に過ぎないと。落 ち着いて考えれば、すぐにわかることなのに。自らを閉ざして、何も見えなくなってしまう、それが、闇だ。 加藤はつまり、暴力団から派遣されたバイヤーということだ。そしてまずは所属する中学を麻薬で染め上げ、あるい は近隣の小学校などにも広めていたのかもしれない。そう考えると、あいつが滅多に学校に来なかった理由もなんと なく頷ける。到底中学離れしている奴だ。きっとB組も、覚醒剤に手を染めている奴は何人もいるに違いない。それこ そ、A組とは比にならないくらいに。 「……そうか。佐野、お前は……加藤をどう思うよ」 「どうとも。まぁ、オレとしては楽しめたから、別にいいんだけどよぉ……どうせ死ぬんだからな」 おや、と俺は思った。先程までの佐野とは違う。さっきまでは死にたくないの一点張り。恐らくそれはこの試合が始ま ってからずっとそうだったろう。誰かと遭遇すれば、すぐに逃げる。無理だとわかったら、死に物狂いで襲い掛かる。ま さに菅井の証言そのものじゃないか。だが、今の佐野は、むしろ銃口を突きつけられていながら余裕を醸し出してい た。あまつさえ笑みをも浮かべている。 「もしプログラムに選ばれていなかったら……まずは俺は少年院に送られる。そして釈放されても、禁断症状はずっと 残る。ここまで依存していたんだから、きっと目の前に薬をちらつかせる存在がいたら、迷わず飛びつくだろうな。薬 なんて、その辺の路地裏に行けばいくらでも扱っているんだからよ」 麻薬を差し置いて、第三者の視点から純粋に眺めた『自分』への意見。それは、一種の『ペルソナ』なのかもしれな かった。こいつまでもが、仮面を被っていただなんて。なかなか面白いじゃないか。 「とにかく俺はそんなこんなで一生苦しみ続けるんだろうな。無駄に金も取られて、ろくな仕事にもつけず、結婚もしな い、子供も作らない、お先真っ暗だ。それよりは、その苦しみを味わう前に、このプログラムに巻き込まれたほうが いっそのことよかったんじゃねぇかってな。……なんだろうな、まさに死に掛けてるってのに、オレ、変だな」 「あぁ、充分変だ。だけど、そういうのも、面白いんじゃねぇか」 「……強いて言うなら、B組の連中も一緒にプログラムに巻き込まれりゃよかったんにな」 「校内の麻薬撲滅には、そいつが一番手っ取り早い、か……悔しいが同感だ」 その為に、麻薬に関係ない奴らまで巻き込まれて殺されるのは、たくさんだったが。プログラムに巻き込まれなけれ ば、俺は誰の本性を見ることもなく、卒業していたんだろう。本当に、何も知らないまま。今となっては、その方が恐ろ しく思えてしまうから不思議なものだ。 「……初めて意見が合致したな」 「俺も驚いてる」 こいつは殺すべき、親友の仇だ。だが、それでも。もう、いいんじゃないのか。俺がこいつを殺す。それで。こいつに対 する罪の償いは、死を以て、それでいいじゃないか。それで許してやろうぜ。栄一郎。 「今考えてみれば、木下を殺す必要なんかなかったんだよな。オレも松本も、そして加藤も。なに必死になってたんだ ろうな。なぁ、村田。オレが言うのもなんなんだけどさ」 「なんだ」 「優勝したら、加藤もついでに殺してやってくれねぇかな」 「……もとよりそのつもりだ」 俺は、笑った。佐野も、笑った。 引き金にかけた指に、力を込める。瞬間、今度こそ佐野の頭がガクンと揺れて、動かなくなった。 ふと、人の気配がして、俺は顔を上げた。 一部始終を見ていたのであろう転校生が、そこに……立っていた。 男子五番 佐野 進 死亡 【残り3人】
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