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 転校生、三鷹明弘。RENZOKU企画の主人公。
 彼の正体を知っているのは、本部の中でも私と的場、そして豪徳だけだった。

 あぁ、恐らく大先輩が今回の仕事に加わったのもこれが主な要因の一つなのだろう、私はそう信じて疑わなかっ
た。息子がプログラムに巻き込まれるから、というのは出来れば二の次であってほしかった。
彼の本名にはまったくもって興味はなかったのだが、一応偽名で参加させよ、という通達は来ていたので、私は適当
にそれぞれの漢字を入れ替えるだけにしておいた。そう、『高見広秋』を『三鷹明弘』へと。彼が他の生徒と同じくらい
に会場に運ばれてきた際に、私は改めて彼の今回の偽名を伝えた。彼が政府からどのような指示を受けているのか
はわからなかったが、大体の事は伝えられているのだろう、簡単な説明を面倒くさそうに聞き流しながら、その淀んだ
眼を私に対して向けるだけだった。
なんて死んだ眼をしているんだ、と私は思った。この、まだ自分の半分も生きていないような幼い生徒が、これまでに
どのようにしてプログラムで優勝し続けてきたというのか。プログラムで優勝する生徒は平均換算で四人は殺してい
るとの統計が出ている。勿論、その中には最後まで誰も殺さずに隠れ続けていた結果、他の生徒が全員同士討ちで
死んでしまったという例もあるし、あるいは中には大半のクラスメイトを皆殺し、そのまま優勝まで駆け上がった生徒も
いる。この少年がこれまで、三十回以上のプログラムでそれぞれどのような経験を、そして殺人を行ってきたのかは
私の知る限りではないが、単純に計算しただけでも、少なくとも彼は五十人以上、もしかしたら既に三桁もの命を奪っ
ているのかもしれない。そう考えると、ぞっとした。そんなに大量の人間を殺していたら、余程精神が鍛えられた軍人
でも壊れるだろう。ましてや齢十五の少年なんかには、とてもじゃないが耐え切れないものに違いない。そして、今目
の前に立っているこの少年の眼を見る限りだと、どうにも私には理解しがたかった。この少年は、こんな状態で、どう
やってここまで勝ちあがってきたのだろうか。

「おぅ、木下。そろそろお前さんは生徒達に説明を始めんと。こいつは儂らが連れて行くからの」

その少年は、結局頷くだけで一言も発しないまま、的場に連れられて奥へと引っ込んだ。その様子を見ながら、私は
教室へと赴いた。生徒達に、地獄の開催を告げに。
説明中に佐野が蹴りこまれてきて、松本の死体が的場によって運ばれてきた。肝心の転校生はというと、豪徳に連
れてこられた。だが、特に自己紹介をすることもなく、そのまま黙って壁に寄りかかっていた。転校生を扱ったのは別
に今回が初めてではなかったが、ここまで何も喋らないのは珍しいと思った。こいつはもしかしたらショックで一時的
に失語症なんじゃないかとも思ったが、どうやらそれとは違うらしい。
私が生徒を殴り飛ばしたりしても、特に転校生は反応を示さなかった。自分には関係ないことだと、割り切っているか
のように、表情一つ変えず。私は次々に出発する生徒を見送りながらも、じっと転校生の様子を窺っていた。結局、最
後に彼の名を呼び、彼が出発するその時まで、私は彼の表情の変化を読み取ることは出来なかったのだが。

 彼の動きは、素晴らしかった。といっても、生徒達の動向はモニタ上でしか判別できなかったし、それぞれがどのよ
うな動作をしているかなどは、首輪に搭載された盗聴機能を駆使するしかなかったのだが、全く喋らない転校生の動
きは、私の目に鮮明に映し出されていた。無表情のまま、冷酷に殺人を繰り返していく転校生。彼の目の前にいた
生徒は、少しでも逃げ遅れたらあっという間に仕留められてしまっていた。勿論彼も万能ではなかったし、生徒達もお
世辞ではなく大半の人間がやる気になっていたみたいに、相当な反撃をしてはいた。だが、それでも転校生を止めら
れるものは居ず、結局は命からがらの逃走という結末に至ってしまうことが大半だった。それは柏木杏奈にしろ、成
海佑也にしろ、萩野亮太にしろ、菅井高志にしろ、そして村田修平にしても全てが同じことだった。彼に立ち向かおう
としたものは、進藤絵里子にしろ、榎本達也にしろ、工藤聡美にしろ、同じく村田修平にしても結果は変わらなかっ
た。無駄な抵抗をした上での、死。そこまで転校生の能力が高かったわけではない。だが、それまでの絶対的な経
験量の差が、顕著に現れていた、それだけのことだ。
私はようやく、転校生の強さに気がついたのだ。それは、経験。人殺しをしたことがあるかないかの、それだけの差。
大抵の生徒はプログラムに巻き込まれて初めて、殺人を行う。それはこの転校生も、例外ではなかっただろう。だ
が、この企画に選抜された以上、避けようのない殺人の連鎖。それは転校生の精神をとにかく鍛え上げ、揺るがない
不動のものになったに違いない。だからこそ、この転校生は生きようと必死になって、ただ淡々と目の前に起こる出
来事に対して『処理』をしているだけなのだ。
そう、だから。だからこそ、私は転校生が何故生徒と接触をとるのかがわからなかった。前半戦こそは協力という名
の下、彼は着実に任務を遂行していった。だが、後半は……恐らく工藤聡美を殺害した後、彼が探知機を手に入れ
てからは、それも不要になったはずだ。それでも彼は……それだけが解せなかった。彼がどのような術を使ったのか
は知らない。興味も大してない。私には関係のないことだ。ただ、疑問に思った、それだけのことだ。

 村田は死んだ。もう、これで実質転校生を止められる人員は消えた。
 恐らくこの転校生は優勝するだろう。そう、開始から一日も経たないうちに、あっさりと。
 決してこのクラスの攻略は簡単ではなかっただろう。少なくとも私はそう思っていた。

 ……だからこそ、私はこの転校生の持つ潜在的な力が恐ろしくなったのだ。

「……さて、そろそろ決まりそうじゃな」

隣に座っていた的場が、茶を啜りながらそう洩らした。
私が本年度受け持ったプログラムはこれが初めてだった。多いときには一年に二回は受け持ったことがあるが、大抵
は一回、時にはない年もあった。そして思った。恐らく今年は、同じ教官がダブって行うことはないのだろうと。誰がこ
んな企画を持ち出したのかはわからないが、なかなか酷いことをやるものだと、私はふとそう思った。

「そうですね……探知機を手に入れてから、彼は本格的に動き出しましたからね」

そして、恐らく転校生の持つ探知機にも、まだ生き残っている最後の一人の存在が表示されているのだろう。死者は
赤色で表示され、生存者は青色で表示される。それが誰かまではわからないが、最早この会場で生き残っている生
徒は一人しかいないのだ。そんなことは転校生には関係ない。尤も、転校生がどれだけ生徒の名前を覚えていたの
かは私の知る限りではなかったのだが。

「……終わったようだな」

豪徳が、傍に来ていた。専ら転校生の盗聴役をしていたのは彼であり、また教室に連れてきたのも彼であるから、今
号では転校生のメイン担当は彼であるらしかった。
突如、何度も銃声が鳴り響いた。それは連続していて、また違う音も紛れていたから、恐らくは銃撃戦を繰り広げて
いるのだろう。その状態が三十秒ほど続いた後、二つ存在していた生存者を示すマークの片方が、死者を表す赤い
マークへと変化した。その瞬間、私はマイクを握ると、放送電源をオンにして、喋り始めた。


「えー……お疲れ様でした。おめでとうございます、優勝です。貴方は最後の一人になりました。それでは、今から禁
 止エリアを全て解除するので、落ち着いたら本部まで戻ってきてください。以上」


それだけ述べると、私は電源をオフにした。
的場と豪徳は、黙ってその様子を見ていた。やがて、的場が声を発した。

「あやつは……どっちを選んだかの」

「まぁ、自身の境遇を考えると、おのずと結論は出るんじゃないですかね」

「やはりな。人生そんなに甘くはないて」

それに対して答えた豪徳。的場はニヤリと笑みを浮かべると、再び茶を啜った。
豪徳は立ち上がる。

「よーし、お前らお疲れ! それでは直ちに撤収準備!」

そういいながら、豪徳はがやがやと早速準備を始めだした若手兵士の元へ、自身も赴いていた。そんな様子を見て
いると、私は突然的場に肩をたたかれた。

「木下の希望通り、優勝者は村田ということにしておこうな。村田は優勝、だけど病院へ搬送する途中で死亡した。そ
 れが公式見解とする。……いいな」

「……わかりました」

RENZOKU企画は、世間には公表されていない。それは考えてみれば当然のことだったが、そうなると必要となる
のは架空の優勝者の丁稚上げだ。私の希望としては村田を推したかったのだが、その意図をどうやら的場は読んで
くれたらしい。感謝すると同時に、私は電話の受話器を持ち上げると、非常用回線から外部へと番号を発信する。手
元には、家においてあったクラス用連絡網があった。

 三回のコール音の後に、もしもしと応対する女性の声がした。

「もしもし。私は、プログラムの担当を務めさせていただいたものですが。……はい、お宅には、先に結果を連絡して
 おこうと思いまして。……はい、はい。……そうです、お宅の息子さんは確かに優勝しました。最後の一人になりま
 した、おめでとうございます。……ですが、残念なことに、先程病院へ搬送する途中に、出血多量による死亡が確
 認されました。……はい、申し訳ありません。ですが、こちらの記録には優勝とされていますので……はい、実名報
 道はなしで。……はい、はい。そうですね、わかりました。ではそのようにお伝えしておきます。はい、お疲れ様でし
 た。……では失礼致します。……はい」

 受話器を置く。歓びとも悲しみとも思えるその声が、虚しかった。
わが子が優勝したとしても、それは殺人を起こした上での結果だ。親としては複雑な心境だろうし、ましてやその挙
句に死んでしまったとなると、それはそれは辛いものとなるのだろう。
私もそうだ。家に帰ったって、待っているのは妻の文枝だけだ。息子の栄一郎は、何処にもいない。プログラムで失っ
たわけではないにしろ、それは虚しかった。もしも息子が生きていたら、息子は果たしてやる気になったろうか。そし
てやる気になったところで、あの転校生には打ち勝てただろうか。


 私はなにをする気力も起きず、ただコンピュータ類を片付けている兵士達を、黙って見ることしか出来なかった。






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