06.挑戦
俺は、あきらめない。
絶対に、あきらめたりしない。
門前晃(22番)は、ゆっくりと歩を進める。彼が試合開始の12時に目覚めたのは、体育館の3階、剣道場だった。試合のコートに沿って引かれたラインの中央、×印のある目立つような場所に、ご丁寧にも仰向けで転がされていた。起き上がるとき、節々が痛んだことから、どうやら適当に転がされたことだけは間違いない。おい、許さないぞ。
近くに同じように無造作に転がされていたドラムバッグの中には、一番上に無造作にワイヤーテグスが放り込まれていた。なるほど、これが支給武器というものにあたるらしい。たしかに、絞殺する分には申し分ない働きを見せてくれるだろう。側面のポケットには、その時に使えと言わんばかりに、皮手袋も突っ込んであった。これならテグスを握る手を傷つける心配もない。アホか。
視聴覚室での説明の時に、あの加納とかいう男は、俺に対して挑発をかましてきた。いくら相手がどんなに大人であれ、立場が上の人間であれ、バカにされることはとても腹が立ったし、ヘタに向こうの方が正論を言うもんだから、それが癪に障って仕方なかった。パンチやキックで叩きのめせたなら、どんだけ気持ちよかったことか。ちくしょうめ。
あの時、殺された副田紗耶香(11番)を守ろうとしたのは、別にあいつのことが好きだったとか、そういう気持ちはまったくといっていい程なかった。ただ、なんか違うなと思っただけだし、ただ、なんとなく反抗したかっただけだ。反抗したら間宮由佳里(19番)のようにあの男に撃たれる危険もあったのだけれど、なんというか本当にそういうことは考えていなかった。軽率だと言われるかもしれない。無謀だとバカにされるかもしれない。だけど、うまいこと制御ができないのは仕方ない。それが、若さってもんだろって言えるんだから、中学生って立場はいろいろとおいしい。
だから、試合が始まってからも、俺は端から殺し合いに加担する気はまったくなかったし、そんなことよりも、どちらかというとあの加納という男をぶっ飛ばすのを目標にしたいと思った。たとえその先に待ち受けているのが死だとしても、ぶっ飛ばせないまま死ぬくらいなら、好きなようにやっちまうのが後悔しないはずだと、そう考えた。そういえば加納は試合開始時点ではすでにこの学校から外に退避しているみたいなことを喋っていたような気もするが、どうせ近くにいるんだろうから、その時は外に向けて銃でも乱射すればいい。下手な鉄砲でも、数撃ちゃ当たんだろ。
となると、まずはこのワイヤーテグスなんていうものではなく、きちんとした銃が欲しかった。できれば遠距離用のライフルなんてものがあるといい。狙撃の経験はないけど、まぁそれもなんとかなるだろう。野球のボールを外野手が遠くにいるキャッチャーに向けて投げるのとおんなじようなもんだ、きっと。
そうと決まれば、まずは打倒加納メンバーをかき集めよう。そしてみんなで加納をぶちのめして、それでハッピーエンドを迎えるんだ。そうだ、そうしよう。プログラムに巻き込まれて生き残るなんてバッドエンドはいらない。どうせ死ぬなら、無謀に生きた方が絶対に楽しい。玉砕覚悟で、やってやる。俺は、やってやる。
剣道場で目覚めたのは、おそらく俺だけだ。このわりと広い学校で、試合開始を迎えたのは全部で22人。普通に考えたら各部屋に1人ずつランダムに配置されたと考えるのが自然だ。となると、面積から考えても体育館だけで5人くらいは目覚めたと考えていい。一番上の階から考えて、プール、柔道場、剣道場、体育館と、あとは体育教官室とかか。そんな単純に配置しているとは思えないが、まぁこの中でまだ殺し合いに参加するかどうか迷っているやつがいたら、その気になる前にさっさとこちら側に引きずり込んでしまった方があとあと楽だろう。となれば、善は急げだ。行動はさっさと始めてしまおう。
その時だった。
少し遠くの位置から、重たそうな銃撃音が、辺りに響き渡った。
「……はじまっちまったか」
嫌な予感がしていたかといえば、そうでもない。わりと、どうとでもなると楽観的には思っていた。でも、実際に銃声は轟いた。今度は、加納による強制力ではないだろう。おそらく、クラスメイトの誰かが、自発的に、誰かを、撃った。もしかすると、残り人数はもう22人ではないのかもしれない。おいおい、マジかよ。試合が始まってから、まだそう時間は経っていないだろう?
位置から考えて、この体育館棟ではないはずだ。おそらくは、校舎棟のどこか。あるいは校庭とかか? どちらにせよ、銃をぶっ放した奴はこの近くにはいないし、すぐにやってくることもない。だが、この銃声は本当に殺し合いが始まったことを知らせるいいサインになったと思う。迷っていたクラスメイトは、殺し合いに参加しないと次に殺されるのは自分かもしれない、そう考えるかもしれない。そうなるとどうなる? 結果は目に見えている、バッドエンドだ。余計なことを。
そう考えると、試合開始前に加納が間宮由佳里と副田紗耶香を殺したのは、実に効率のいい方法なのかもしれない。目の前でクラスメイトが殺されるのを目撃させる。そうすることによって、これが決してドッキリやそういった類のものではないと認識させる。あるいは、ショックを与える。そうなると、呼び水効果で死体はどんどん生まれてくるといったところか。クソが。
まぁいい。起きてしまったことは仕方ない。俺は俺にできることだけをやる。だけど、ちょっぴり怖くなったのも事実だ。事実上の丸腰で説得するのは、いざという時心もとない。俺は加納に一発お見舞いできたら死んでも構わないが、それまでは簡単に殺されるつもりもなかった。まずは自衛も大事だな、少しだけ目が覚めた気がする。
俺はとりあえず剣道場の隅に置かれた防具棚の隣の、大量に竹刀やら木刀が置かれている場所へと移動する。とりあえず、木刀の方が威力が高そうだ。一本だけ引き抜くと、軽く素振りをした。バットとは違う、この感覚。まぁ、剣道の授業で使い方は教わったから、なんとかなるだろ。
まずは、お隣の柔道場だ。剣道場を出て、すぐ隣の部屋へと急ぐ。大きな木製の引き戸を、ガラガラと音を立てて開ける。先程は銃声が響いたというのに、今は不気味なくらい静まり返っている。まるで、ホラーゲームかなにかだ。扉を開けたらいきなりゾンビが襲い掛かってくるんだろ? やめろ、シャレにならない。
「ひっ!」
扉の先には、ゾンビではなく生身の人間がいた。おそらく、柔道場にも1人いるだろうとは思っていたが、まだその場に留まっているということは積極的に殺し合いに参加しようというつもりもないのだろう。香川優花(6番)は、同じくコートの真ん中で、ぺたりと座っていた。
「なんだ、香川か」
後ろ手で、引き戸をしめる。退路は絶った。さぁ、おとなしく仲間になってもらうぞ。さてさて、どう説得したものか。バッターボックスに立った選手がホームランを予告する時のように、とりあえず木刀でも向けてみようか。
「他には誰もいないのか?」
「あ……あ……」
ずいぶんと怖がっているようだ。確かに、香川からすれば俺は一回りも二回りも大きいから、威圧感はあるだろう。まともに戦ったら、まず負けることはない。だけど、別に俺はやる気じゃないぞ?
「怖がるなって、怖くないからさ」
「うぅ……!」
普段は温厚そうな香川の顔が、みるみるうちに歪んでいく。ん? なんだ? その両手に握りしめているものは? それ、文化包丁か? あー、それが武器なのか。
大丈夫だって。怖くなんかないって。俺はやる気じゃないよ。だからそんな危ないもの向けるなって。ああ、ほら。立ち上がった。そうそう、話を聞いてくれ。鼻息荒いな、落ち着けって。ん? んんー? あれ? おいおい、マジかよ。
「ああああ!!」
香川優花が、奇声をあげながらこちらへと向かってきた。その姿は、副田紗耶香の最期と少しだけ重なった。
おかしい、どうしてこうなった。こいつは、混乱しているのか? 俺、なんかこいつを挑発するような行動、取ったか?
「おい、やめろって! アブねぇって!」
香川の突進は、正直に言ってしまえば怖くはなかった。速度も普段一緒に練習している野球部の面々に比べたらゆっくりだったし、なにより腰が引けているのだから力が込められてすらいない。横にさっと避けると、再び距離を取って、落ちつけのポーズをする。
そして気が付いた。俺、木刀握ったままだった。この落ちつけのポーズも、あいつからしたら俺が木刀で殺しにかかってきていると勘違いしているのかもしれない。まいったな。
「来ないで! 来るな、人殺し!」
「まだ誰も殺してねーよ!」
「まだ! まだって言った! あたしが最初に殺されるんだ!」
ああもう。こいつ、めんどくさい。妥当加納メンバーへの入団の誘いは、残念ながら失敗だ。というか、いらない。でも、このままだと襲われ続けてしまうし、俺自身がやる気だったと他のこいつの仲のいいやつらに言いふらされても困る。
仕方がないので、戦意はないんだよと言わんばかりに、握っていた木刀を香川の前に放り投げてやる。その瞬間、タイミングよく二度目の突撃をかましてきた香川。案の定、木刀は香川の右ひじを捉えた。
「痛い!」
「あ、わりぃ」
もうダメだ。これは誤解されても言い逃れはできないね。面倒なことからはさっさと逃げてしまおう。
俺は柔道場の引き戸を開けると、さっさと外に飛び出した。後ろから香川がなにやら物騒でかつ下品な言葉を投げかけてきていたけれど、今は気にしないでおこう。罵倒ってのは、素直に聞き入れると悲しくなるだけだから、スルーするに限る。
そのまま剣道場へと飛び込んで、器具庫の中へと吸い込まれるように隠れこむ。喚き声をあげる香川は、それ自身がいい発信器となっていた。やがて声は遠くなり、そのまま階段の下へと降りて行ったのだろう、あたりには再び静寂が訪れた。
俺は、両手で頭を抱える。
「……まいっちゃったな」
幸先、早くも不安になる展開となった。
もうしばらく、ここで頭が冷えるまで落ち着いていた方がいいだろうな。
ミッション、失敗だ。
* * *
剣道場に差し込む光は、少しだけ器具庫にも入ってきている。その微かな木漏れ日に近い柔らかな日光は、なんともぽかぽかと心地よくて、ついうとうとと眠ってしまいそうだった。
なにやってんだ俺。こんなとこで呑気に寝ている場合じゃないぞ。これ、一応殺し合いの真っただ中なんだぞ。しゃきっとしろよ。
剣道場に出る。眩しい。壁に掛けられた時計を見たら、時刻は12時30分を指していた。なんと、もうこんな時間か。もしかすると少し寝たような気がしているのは、あながち間違いではなく本当に寝ていたのかもしない。これはよろしくない。早く、打倒加納軍団の編成を進めなくては。
先程は香川優花の勧誘をしようとして、惜しくも失敗してしまったけれど、今度は二の鉄は踏まないぞ。笑顔で近づいて、加納をぶっ飛ばすことのメリットを存分に伝えて、その説得力で仲間を増やしていくんだ。でも、そもそもぶっ飛ばすメリットってなんだ? すっきりするだけ? まだまだ克服すべき課題は多そうだが、まずはそういうのは会ってから考えればいいか。
香川は体育館棟の1階に降りて行った。ということは4階の方に行けばとりあえずあいつとは会わなくて済むということだ。上にはプールと、更衣室がある。ここにも誰かしらは居るだろう。まずは、行ってみよう。
剣道場から、ゆっくりと顔だけ出す。あれから、特に銃声は響いてこない。あれが気のせいだったとかはさすがにないだろうが、その一発が聞こえてからはまだなにもない。誰かがうっかり誤射したとか、試し撃ちをしていたとか、そういう可能性もゼロではない。物事はやっぱり、ポジティブに考えた方がよっぽど楽しい。
ゆっくりと、階段をあがる。FPSのゲームだったら手元に見えているのはだいたい拳銃だけれど、今の俺には木刀しかない。木刀なら、剣道場でいくらでも補充できる。ただ少なくとも、説得する時は構えない方がいいということは学んだ。人間ってのは少しずつ成長していくものなんだ。
4階は体育館棟の最上階だ。ここには夏季限定で開放されるプールがある。やっぱり夏場はプールの授業が最高だ。泳ぐのは、嫌いじゃない。だけど、今はそうやって遊んでいる余裕がないことくらいは、知ってる。
4階に上がったものの、特に人の気配はない。だからこそ、緊張する。物陰から、突然ゾンビが飛び出してきたりはしないだろうか。今は木刀しかないぞ。そもそもゾンビに木刀なんて武器は効果があるのか?
手前の部屋から行こう。
まずは男子更衣室。鍵は……かかってはいない。恐る恐る扉を開けて、中を覗き込む。大丈夫、ゾンビはいない。中に入る。大丈夫、突然扉がしまって、閉じ込められるってこともない。そして、むき出しのロッカーはすべてが空になっていた。さすがに、アイテムも存在しなかった。ゲームなら、だいたいこういうところには武器や回復アイテムが置かれているものなんだけれどな。
続いて、隣の女子更衣室。入るのは憚られたが、今は有事だ。仕方ないよね。周りにはバカにしてくる男子や妙にキャーキャー騒ぎ出す女子もいない。俺は、自由だ。恐る恐る扉を開けて、同じく中を覗き込む。以下繰り返し。残念ながらこちらもなにもない。ただひとつわかったことは、男子更衣室は壁の色が青系なのに対し、女子更衣室はピンク系の壁紙で統一されているということだ。それがどうした。
となると、この先にはプールがあるんだが、こちらには誰かいるのだろうか。恐る恐る入口の引き戸を開ける。カラカラという軽い音がして、外の空気が一気に入ってくる。4月の今の時期は、わりと寒いぞ。
そして、わりとあっさり、そいつは見つかった。この寒空の下、呑気にプールサイドで日向ぼっこをしているようだった。俺は、わざと木刀を構える。
「昭人。なにしてんだ、そんなとこで」
そこに横たわっていたのは、同じ野球部の腐れ縁、森澤昭人(21番)だった。出席番号は1番違い、身長や体重も、そして名前までもほとんど一緒で、しかも同じ野球部だ。昭人は、寝っ転がった姿勢のまま、だるそうに首だけをこちらへと向ける。
「おぅ、アキラじゃねぇか」
「ずいぶんな様子だな」
「まぁな」
じっとしていると、プールサイドは正午の日差しでわりとぽかぽかと温かいことに気が付く。俺も、昭人の隣へと座りこんだ。
「オレよ、ホントにスマホ使えねーのかなって思って、ためしに電話かけてみたのよ」
「へぇ、やるじゃん。どこに?」
「117」
昭人は、いつも通りの気怠そうな感じで話す。まるで殺し合いの最中だという雰囲気が感じられない。
「117、時報か」
「そしたら、いきなりあの加納とかいう奴が出てさ。支給した腕時計は電波時計だからそれを見て時刻を確認するといい、だってさ。ありがたい話だよな、まったく」
「なんだ、加納に繋がるのか。いつでもお話できるって意味ではありがたいな」
「で、むかついたからスマホはプールに投げつけちまった。あーあ」
「は?」
よく見ると、昭人のスマホは悲しそうにプールの底に沈んでしまっている。オフシーズンだから、プールの底にはうっすらと藻が張っているのだが、それがまた悲しさを増長させている。まさに自然の神秘だ。
「昭人。おまえは前々からバカだバカだとは思っていたけど、まさかここまでとはなぁ……」
「……ほっとけよ」
「そりゃ日向ぼっこもしたくなるわ」
やがて、2人で大笑いをする。周りには誰もいない。思う存分、笑っていい。なに、殺し合いなんかする必要はない。俺たちはいつだって、好きなように遊んで、好きなようにやってきた。それは、この試合中だろうとなんだろうと、変わらない。
「そういえばさ、俺も加納に一泡吹かせたいなーと思ったんだけどさ」
「うん、その気持ちはすごくわかる」
「肝心の武器が、残念ながらこれでな」
俺は、昭人にドラムバッグから取り出したワイヤーテグスを見せる。
「なんだ、てっきりその木刀が武器なのかと」
「これは剣道場からパクッてきた」
「へぇ、俺もあとで貰うとするかな」
一方で、昭人はドラムバッグから、大振りのガラスでできた灰皿を取り出す。まさかとは思いたいが。
「オレのは、これさ」
「……へぇ。あれだな、探偵もののドラマとかでよく凶器として使われるアレだな。うん、まさにアレだ。よかったじゃん、当たりだよ」
「お互い様だな」
そして、再度2人で大笑い。互いに、あまり当たりとは言えない武器が支給される。なにもこんなところまで似なくとも。まぁ、らしいっちゃらしいけれども。
俺は昭人の隣に横になる。2人してこうやって日向ぼっこをするのは、いつ以来だろうか。
「なぁ、昭人」
「なんだよ」
俺は、あきらめない。
「俺たちで、こんな試合、ぼっこぼこの無効試合にしてやろうよ」
「そうだな」
絶対に、あきらめたりしない。
「やってやんよ」
「あぁ、付き合うぜ」
そして、俺たちの戦いは、ようやく始まったんだ。
【残り21人】
next → 07. いつも通りの笑顔を