07.いつも通りの笑顔を


 すごーい、優花ちゃん! また1番だよ!

 香川優花(6番)は、顔を上げた。
 これはいったいなに? 走馬燈? まだあたしは死なないよ?

 優花は吹奏楽部所属、パートはトロンボーンだった。ただ、たまたま他の女の子より少し背が高い分腕も長くて、一番奥まで管をスライドできるからという理由だけで決まった楽器だから、もともと愛着なんてものはなかった。トロンボーンなんてごつい楽器、女の子らしくもない。それよりも、クラリネットやフルートみたいな、可愛らしい楽器をやりたいなとも思っていた。
このクラスには吹奏楽部が何人かいる。ちょっと男の子が苦手だけど、まぁ小さくてふわふわしていそうな雰囲気の明石真由(2番)はフルート。可愛い外見なのにわりと大雑把で口調が荒っぽい神崎聖美(7番)はクラリネット。その2人に比べたら可愛くないあたしはトロンボーン。なるほど、やっぱり女の子は外見がすべてじゃないか。胸の膨らみだけはあたしが一番だけどね。
ちなみに男の子って理由だけでパーカッションを担当している常田克紀(14番)は、たぶん一番優しい。重たい打楽器とかも軽々と持ち運ぶくせに、細かい気配りができるあたり、うちのクラスの他の男子にも見習ってもらいたいところは節々あるね。

あたしはそんな吹奏楽のメンツでも、肺活量だけは自信があった。トロンボーンは息がすべてだ。さすがに3年間もやっていたら愛着も湧くし、演奏技術では誰にも負けたくない。日課のジョギングは雨の日以外はきちんとやっていたこともあって、ロングトーンの練習では部内でもいつも一番だった。常田くんはパーカッションだから参加していなかったけど、彼と勝負しても、なかなかいい線行くんじゃないかなと思っていた。
そう、吹奏楽部はスポーツだ。身体を鍛えないと話にならない。短距離走は苦手だったけれど、長距離走なら得意競技だ。どんとこい。

 さすが優花ー、毎日走りこんでるだけあるねぇ。

まただ。真由の声に続いて、今度は聖美の声。褒められて、悪い気はしないね。

 戦闘実験という名の殺し合いに巻き込まれて、あたしは体育館棟の3階、柔道場で目覚めた。脇に置いてあったドラムバッグの中身を確認すると、文化包丁が一番上に置かれていた。おそらく、これが武器なのだろう。これはあれかな、調理場とか家庭科室とかから、数合わせで適当に持ってきたんじゃないのかな。
そして、開幕早々に、門前晃(22番)に襲われた。あの野郎、いきなり木刀を構えて部屋にあがりこんできて、なんて奴だ。覚悟は決めた。返り討ちにしてやると追いかけたものの、あっさりと撒かれてしまった。さすが向こうは純粋な運動部なだけあって、短距離は得意みたいだ。この狭い建物の中でいつまでも追いかけっこをするわけにもいくまい。あたしは、そのまま1階まで降りると、渡り廊下の脇の茂みに腰を下ろす。地面はここならコンクリートだから、スカートが汚れる心配もない。ここは練習後に少し校庭を走ったあとの、あたしだけの休憩所だった。もっとも、もう汚れるとかそういったことを気にしている状況ではなかったけれども。

 さて、どうしたもんか。

時計はそろそろ昼の1時を指そうとしている。まだ開始してから1時間しか経過していないのか。
これから、戦闘はどんどんと過酷になっていくだろう。もしこれがサバイバル前提だとしたら、まずは共闘する仲間を集めて生き残るべく取れるときに休息をとるべきなんだろうけれども。
今回の場合、生き残れるのはたった1人だけ。仲間を集めたところで、最終的には敵になってしまう。それを見越してでも信頼できる仲間となると、そうそういない。結局行きつく先は、吹奏楽部の面々ってことになりそうだ。

「お、優花ちゃん見っけ」

 突然背後から声をかけられて、驚いて振り向いた。同時に、右手に握りしめていた文化包丁を構える。
渡り廊下の腰壁に頬杖をついて、にこにこと笑っている木島雄太(8番)が、そこにいた。これが殺し合いの真っただ中でなければ、ちょっとした青春シーンのひとつだよ、まったく。

「木島」
「なんだよ、そんなに驚かなくたっていいじゃないか」

能天気に話しかけてくる木島に、少しだけ脱力する。たしかこいつ、いつもこんな感じでまったりと誰に対しても話しかけていたような気がした。なんだっけ、インターネットの界隈でもこんな語り口調でDJみたいなことしてるんだって、誰か言ってたな。真由あたりだっけか。

「なんだよもなにも、今のこの状況わかって話しかけてきてんの?」
「ん? あー、そうね。でもぶっちゃけ普段通り過ごしてていいと思うよ? 無理して試合に参加しようとしないでさ、あくまーで普段通りに。じゃないと、満足に力も出せないじゃん?」

ふっくらとした木島の巨体からまったりと語られるその言葉は、ひとつひとつが重たい。確かに、あたしは焦っていたのかもしれない。殺し合いという状況下であっても、心を乱すことなく動ける方が有利に決まってる。それは正論だ。

「ずいぶんと余裕そうね」
「まぁね。ほら、蓮がさ、さっき女の子を2人も撃ち殺しちゃったじゃん? なんかそれで、まー……吹っ切れたというか、なんかさ」

蓮。あぁ、波崎蓮(16番)か。そういえばこいつら、どっちも放送部で仲良しだった気がする。普段は全然交流ないからよく知らないけど。

「あれはデモンストレーションでしょ。波崎くんだって嫌々殺しを強要されたようなものじゃない」
「まぁね。でも、それで人ってのは撃たれたら簡単に死んじゃうんだなって学んだよ。目の前で人が、しかもクラスメイトが死ぬところなんて、今まで生きてきて初めて見たからね」

なにか、嫌な予感がした。
でも、まさか。だって、木島だぞ? あたしでも知ってる。あの誰に対してもまったりと穏和に話しかけていた、あの木島だぞ?
あたしは、構えたままの文化包丁をそのまま木島にロックオンしながら、ゆっくりと立ち上がった。

「なにを、考えているの」

そのあたしの行動が、どうやらトリガーだったらしい。腰壁の下、ちょうどあたしからは見えない位置から、黒くて大きな塊が、すっと出てきた。

「いや、べつに?」

 あたしは短距離が苦手だ。それなりのペースで、長く永く走る方が好きなんだ。
 でも今は違う。今は、とにかく早く走らなくちゃならないんだ。

踵を返す暇もなく、あたしは一気に渡り廊下から校舎棟へと逃げ込んだ。廊下は直線状に長い。どの部屋に逃げ込む? いや、こんなところで逃げたって、捕まるだけだ。今はただ、とにかく、遠くへ。いいから、遠くへ。

「なんにも、考えてないよ」

 ぱぱぱぱぱ。

 木島雄太の手元から、火花が飛び散る。
サブマシンガン、マイクロウージーから発射されたパラベラム弾は、確実に優花の背中を捉えていた。優花はそのまま体勢を崩し、冷たい廊下の床に倒れこんだ。

   *  *  *

 はやく、にげなくちゃ。
 とおくへ、とおくへ。

 ずきずきと背中が痛む。あたし、どうなった?

 木島雄太にはマシンガンが支給されたらしい。なんだよ、あれ。最強じゃないか。痛い。ものすごく痛い。たぶん、ものすごく血が出てる。立ち上がれない。だけど、逃げなくちゃ。とにかく、遠くへ。逃げなくちゃ。
あたしは、仲間を探すって決めたの。木島は危ない、あいつやる気になってるって、仲間に注意してあげなくちゃならないの。なに倒れてるの、立ち上がらなくちゃ。早くしないと。早く、立ち上がらないと。
あぁ、どうしてこうなっちゃったんだっけ。門前に襲われて慌てて逃げ出して、隠れてたら、木島に見つかって、なにもできないまま後ろから撃たれて、今ここで呑気に倒れこんでて。
結局、あたし、なにもできないまま終わっちゃうのかな。もう、大好きなトロンボーン、吹くことできないのかな。音楽室は3階にあるけど、もうそこまで這っていく元気、ないだろな。悔しいな。

寝てしまいたかったけれど、激痛は優花を寝かせてはくれなかった。木島雄太の放ったパラベラム弾は、悉く優花の急所を逸れて、だが内臓だけはしっかりと傷つけて、貫通していた。どのみち、放っておけば失血死してしまうのは、間違いないだろうけれども。
ふと、横を見る。ここは保健室だ。すでに、保健室でどうにかなるレベルの怪我ではないだろう、そんな気はした。でも、それでも希望が少しでもあるのなら。少しでも生きながらえて、仲間に忠告ができる時間が与えられるのなら。

 願いをこめて、扉を開ける。
 その結果。目の前に飛び込んできたのは、谷村昌也(13番)の死体。

「……っ!」

保健室なら、なんとかなると思っていたあたしは、もうダメだと悟った。
そういえば試合が始まってから何度も銃声は鳴り響いていたね。みんなもとっくにいろんな場所で、殺し合いを始めていたんだよね。あたしだけじゃ、なかったんだよね。目の前に死体が転がっているのだって、おかしくもなんともないよね。

「やぁ、香川さん」

死体があれば、当然それを生み出した張本人だって、いる。
その男、波崎蓮は、どういうわけだろうか、白衣を纏って、診察台の丸椅子に座っていた。その手に握られているのは、大振りのサバイバルナイフだ。

「見てたよ。さっき、撃たれてたよね。まだ、生きてたんだね」
「……うん」

木島とは違って、優しそうに語りかけてくる波崎。先程試合開始前に2人も殺したとは思えない、そんな雰囲気だった。

 普段通り過ごしてないと、いざという時全力は出せない。

木島はそんなことを言っていたっけな。うん、波崎は、波崎だ。いつも通りの、波崎だった。
普段通りの波崎なら、信頼できる。あたしは、思い切って、聞いてみた。

「波崎……さ。あたしって、もう……ムリ、かな?」

あたしも、木島の言う通り、平静を装ってみた。
声を出すだけで、もう今は全身が千切れそうなくらい、痛い。だけど、それでも、平気なふりして、声を出した。
波崎は、目を瞑って、ゆっくりと首を横に振る。その姿は、末期がんを患者に伝える名医のようだった。

「そっか。しょうがないなぁ」

 あたしは、ここで、死ぬ。
 そう思うと、なんだか、涙が止まらない。

「もっと、生きたかったなぁ」

 伝えなくちゃ、木島のこと。
 吹奏楽部の仲間たちには言えなくても、せめて目の前にいる波崎には、伝えなくちゃ。

「あのね、波崎。あたしを撃ったのはね」
「雄太でしょ」

 でも、その想いは、伝わらない。
波崎は、すべてをわかっていたかのように、あたしの背後を促した。直後、再びマシンガンの銃声があたしの耳にこだました。なんもかもが、ぐちゃぐちゃになるような激痛と共に、あたしの意識は、そこで途切れた。最期まで、なにが起きたのかは、よく、わからない。

 木島雄太は、マイクロウージーの構えを外す。
 足元に広がる血だまりは、雄太の上履きを赤く染めていく。

「よ、元気そうでなにより」
「お互いにね」

 木島雄太も。
 波崎蓮も。

 お互い『いつも通り』に挨拶を交わす。

 お互い、谷村昌也の死体も、香川優花の死体も、まるで眼中にはないかのように。

   *  *  *

 午後1時、保健室。

「まさか雄太がやる気になるとは思わなかったよ」
「まぁな。はじめてにしちゃ、なかなか上出来だろ?」

 波崎蓮は、級友との再会を素直に喜んでいた。今はただ、それが嬉しかった。

 話によると、木島雄太は体育教官室で目覚めたらしい。支給された武器はマイクロウージーという種類のサブマシンガン。20発入りのマガジンがたくさん入っていたとかで、ドラムバッグは相当重たいらしい。あとはなんかセミオートとかフルオートとか記載された、よくわからない説明書が入っていて、真面目な雄太は一通り読んで実戦で使ってみたのだとか。
ターゲットは、階段の上から喚きながら降りてきた香川優花。渡り廊下の陰に隠れたのがわかったから、のんびりと周りに人がいないのを確認して話しかけたんだとか。そんなことしてないで撃つならさっさと撃ってしまえばいいのに。

「まぁ、ほら。さすがにいきなり撃ち殺すのも、気が引けるじゃん?」

よくわからない説明をされて、とりあえずは納得する。自分も谷村昌也を殺したときは、とりあえず確認だけは取ったからだ。なにも自分たちは無差別殺人をしたいわけでもなければ、快楽のために人を殺すわけでもない。あくまで、ルールに則って殺し合いをしているだけなのだから。

「でも、雄太だって殺し合いを好んでしているわけじゃないんでしょ?」
「まぁな。とりあえずは、危なそうな奴だけでもって感じ」

そして、香川優花は包丁を振り回しながら階段を降りてきた。開始直後ではあったけれど、つまりは香川も誰かといきなりやりあったというわけだ。充分にこの試合に対して意気込みを見せている。なら、早めに消してしまうのも一手だと、雄太は言う。

「問題なさそうな奴らは、とりあえず残す。危なそうな奴は、とりあえず殺す。それを繰り返しながら、俺は麻衣子を探す。それが、俺の出した結論だよ」
「相変わらず麻衣子が好きなんだねぇ、雄太は」

平坂麻衣子(17番)。同じ放送部で、雄太が大好きな仲間。
生き残れるのは1人だけでも、最期の時くらいは一緒にいたい。姫を守る、騎士になりたい。それが、雄太の出した結論らしい。

「麻衣子は雄太のこと信用しないかもしれないぞ?」
「そンときゃそンときだ。やらないで後悔するよりは、最後まで全力で突っ走った方が絶対にイイだろ」

一理ある。自分も、生き残るつもりで行動はしている。だけど、放送部の仲間を手にかけるまでの覚悟は、まだない。思えば、今まで殺してきたのは誰かに指示されたり、介錯をしてやったりが中心だ。無抵抗な奴をいきなり殺すのとはわけが違う。

「なーんかさ、難しいよね。どうすりゃいいんだろ」
「どうすりゃって、おまえもおまえで好きにしたらいいだろ。どのみちおまえも俺ももうクラスメイトを殺してるんだから、今さら偽善者ぶったって無駄だと思うぜ?」
「あらら、冷たい」

 雄太も自分も、変わらないなと思う。こういったイレギュラーな環境下に置かれて、気が狂ってしまえればどれだけ楽だろうか。血生臭い香りにも、すっかり慣れっこになってしまった自分が悔しい。
麻衣子はどうしているだろうか。自分たちは合流できたからいいけれど、きっとまだどこかで隠れていたりして、泣いているんじゃないだろうか。

「雄太、そろそろ行けよ。麻衣子、探しに行くんだろ? 早い方がいい」
「なんだよ、おまえはついてこないのか? ここで保健室の先生でもしてたいか?」
「まぁ、一緒に行ってもいいけどさぁ。別行動で探した方が効率はいいんじゃないかなと。あれだ、見つけたら放送室まで連れて行くから」
「待ち合わせ場所はいつもの場所で、か。悪くないな、じゃあそれでいくか」

今自分が来ている白衣は、ロッカーにあったものを勝手に拝借したものだ。谷村昌也を殺してから、あまり返り血を浴びたくないなという理由から着ていたが、まぁこれもそのうち紅く染まってしまうのかもしれない。
自分から積極的にクラスメイトを殺さなくてはならない理由は、ある。でも、その姿は可能なら、雄太には見られたくはなかった。友の前では、友でいたかった。

「いろいろとおまえにも考えがあるんだろうな。ま、詮索はやめとくよ。お互いのためにね」
「ははは、そうしてもらえると助かります」

雄太が、重たそうなバッグを持ち上げようとする。

 本能的に、身体が動いた。

雄太に体当たりをして、転がす。直後に、銃声が響き、雄太のいた場所の延長線に置かれていた花瓶が、音を立ててはじけ飛んだ。

「な?!」
「雄太、さがれ!」

この保健室での戦闘は、もう何度繰り返されたことだろう。人の怪我を治すために作られた部屋で、何人もの生徒がけがをしている。こんな理不尽があってたまるか。
雄太は転がり起きると、マイクロウージーを手元に抱える。そして、入口に向けて掃射。さらなる連撃を加えようとしていた生徒、柴門秀樹(9番)に命中したかに思えた。

「柴門!」
「ちぃっ!」

しかし、柴門は倒れることなく、そのまま踵を返して玄関側へと駆け出す。さすが俊足の柴門、サッカー部で一番足が速いことだけはある。

「待てコラ!」

確かに弾は当たったように見えた。なら、すぐに追えば確実に始末できる。そう思ったのだろう、雄太は立ち上がるとすぐに部屋を飛び出した。どちらにせよこの短時間で何度も銃声が鳴り響いている保健室にこれ以上留まるメリットはない。一緒に外に飛び出すことに、抵抗はなかった。
自分にとっては初めての、銃撃戦だ。もっとも、自分は飛び道具は持ち合わせていないし、支給された武器は今はまだ使えない。そう、自分の武器は『まだ使えない』のだ。


「なぁ、おまえの武器って、なんだよ」
「これだよ」
「あぁ? なんだこりゃ? スマホか?」

 互いの武器を確認し合った時の話だ。放送室で目覚めた自分の傍に置いてあった支給武器。それは、どこにでもあるような手のひらタイプのタブレット端末だった。電源ボタンを入れると、アプリの起動まで残り12時間という数字が表示されていた。カウントダウンを続けるその液晶は、おそらく時限式のなにかの装置に間違いない。つまり、12時間後に、ようやくこの端末は起動して、使えるようになる。実質それまでは丸腰で頑張れという、当たりなのかはずれなのかよくわからない武器だ。いや、武器と言えるのかどうかもわからない。右下に表示された『INFO』のボタンも、今はグレー表示で押せない状態だ。そのうち取扱説明書みたいな感じで、使えるのだろう。

「ふーん、よくわかんねぇな」
「だろ。しかも、これスライドするとさ、酷い情報が出てくるんだぜ」

人差し指で、画面をスワイプする。そこに出てきたのは、同じくカウントダウンの画面だ。ただし、こちらは初期状態では24時間からのカウントダウンになっていた。
そして、その真上には『No.16 首輪爆破まで残り』という表記がある。16番、つまり自分自身の出席番号だ。

「これって……」
「そ。この武器は、開始から12時間後に使えるようになる代わり、支給者は24時間後に首輪を爆破されるってことさ。だから、僕はもし勝ち残りたいならそれまでに勝負を決めなくちゃならないってことかな」
「おまえ……」

これこそが、自分が積極的に試合に参加しなくてはならない理由だった。基本ルールとしては、誰かが死んでから24時間誰も死ななかった場合、もしくは会場すべてが禁止エリアとなった場合に、このゲームは強制的に終了することになっている。だが、自分だけは例外で、試合開始から24時間後、つまり明日の正午には強制的に死ぬことになっている。

「この様子だと、もしかすると他のクラスメイトにも似たような端末が支給されていてもおかしくないよね。武器をランダムに配ったとは思えない扱いだよ」
「……かもな」

生き残りさえすれば、12時間後にこの端末は雄太のサブマシンガンを超えるとんでもない武器に化ける可能性だってある。それは純粋に興味があったし、だからこそ死ぬのは悔しい、そんな気持ちもあった。


「おまえ、なんか飛び道具あっか?」
「谷村くんの持っていたナイフくらいかなぁ、香川さんの包丁は使い勝手悪そうだから持ってきてないよ」
「そっか……俺のマシンガンでなんとかするっきゃないか」

 雄太に支給されたマイクロウージーは、おそらく現時点で使える武器としては最強の類に属するだろう。拳銃ほどの精度は期待できないものの、掃射するという点ではあまり狙いを定めずに撃ってもいい気はする。
雄太は、そんな武器を支給されて、少しだけ慢心していたのかもしれない。

雄太は校庭に飛び出した。自分も、無謀ではあると思ったけれど一緒に飛び出す。単身で飛び出たらいい的になるだけだ。複数人で出れば、狙撃側も一瞬迷うだろう。ましてや校庭だ、隠れるところなんて、そうそうないのだから。

 そう、隠れる場所は。

 3発、銃声が鳴り響いた。
柴門秀樹の持つマグナム式の拳銃、ソーコム・ピストルから放たれた45ACP弾は、マイクロウージーを持つ雄太にだけ標的を絞っていた。横に大柄な雄太は、その分的も大きい。
柴門は、逃げも隠れもしていなかった。広い校庭から、入口に向かって、単純に銃を構えていた。まさかそんな堂々としていると誰が思う? あいつ、死ぬ気か?

雄太の反応が遅れる。真正面に突っ立っている柴門にマイクロウージーの照準を合わせる前に、弾は無慈悲にも彼の腹部を、貫いた。衝撃で、彼の体が後ろ側へと吹き飛んだ。その手からマイクロウージーが離れるのを、自分は見逃さなかった。

「雄太!」

奇襲は失敗だ。逆に手玉に取られてしまった。
あぁそうだよ雄太。おまえはいつもそうだ、詰めが甘いんだよ。まったくもう、雄太。おまえってやつは、本当にしょうがないなぁ。

咄嗟に体を屈めて、マイクロウージーへととびかかる。そのまま前回り受け身をとって、中央に立つ柴門へ向けて、マイクロウージーを構えた。そして、掃射。

 ぱぱぱぱぱ。

思った以上に、反動は強かった。身体目がけて掃射したつもりが、うまいこと狙いが定まらない。だが、それでも数発は柴門に命中したはずだ。
柴門は身体を仰け反らしたが、そのまますぐに再び走り始めた。さすがにおかしいと気が付いた。あいつ、今ので何発身体に弾を受けた? なのに、どうしてあんなに走れるんだ?
さすがに不利だと悟ったのだろう、柴門はそのまま校舎に再び逃げ込むと、もう登場することはなかった。とりあえず、自分は無傷で助かったらしい。
そんなことより、雄太だ。

 雄太は、自力で這ったのだろう。玄関脇の、水飲み場の方に移動していた。腹部に食らった弾は、完全には貫通しなかったのかも知れない。明るい太陽のもと、想像以上に腹部が気持ち悪いことになっていた。人間の血液は、陽の光によってこんなにも紅く照らされるのかと、なんとなく思った。

「雄太」
「……柴門は?」
「どっかに消えた。僕はあとを追うよ、あいつをこのままにはしておけないからね」
「そっか……」

 雄太の呼吸は、荒い。状況的には、さっき雄太が殺した香川優花と、大差ない。
 もしかすると、肺をやられたのかもしれない。

「なぁ……俺の体、どうなってる?」
「……だいぶ、ヤバそう」
「そっか……」

 たぶん、雄太はもう、助からない。
 突然、雄太は大声で笑い出した。

「あっははははは!! なーんだ、もうおしまいかー! 俺、結構いい武器もらったからガンガンやるぜって思ったのになぁー! ……もう、おしまいかぁ」
「……雄太」

 それは、雄太なりの強がりだったのかもしれない。
 雄太も気が付いているんだ。だからこそ、自身を誤魔化そうとしているんだ。

「なぁ、蓮。頼みがあるんだ」
「三行でお願いできるかな」
「……メンドくせーな。まずは、麻衣子に会ったら俺がよろしく言ってたって伝えてくれ」
「善処するよ」
「次に。俺……もう苦しいから、さっさと楽にしてくれると助かる」
「……うん」

 もとより、そのつもりだ。
すでにサバイバルナイフは、雄太の首筋に近づけていた。それを知ってか、雄太は。本当に、雄太は、いつも通りの笑顔を、見せてくれた。

「……上出来だ。じゃあ、最後」
「おぅ」

「おまえ、このまま優勝しちゃえよ」

「……っ!」

手元に、力を込めた。新調したばかりの白衣が、瞬く間に紅く染まる。案外、あっさりとしていた。
雄太は、首元から血を流しながらも、満足そうな笑顔を浮かべて、そのまま事切れた。最期まで、雄太は雄太だった。

マイクロウージーとサバイバルナイフを手に持って、立ち上がる。
物言わぬ雄太に向かって、言ってやった。


「善処するよ」



6番 香川 優花
8番 木島 雄太  死亡


【残り19人】

 next → 08. 実力者たち