10.何度も、何度も。


 2階、多目的室A。
 1日目、午後6時少し前。

 明石真由(2番)は、目を覚ました。いけない、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。屋内とはいえ、空調のかかっていない4月の空気はそこまで温かくもない。少しだけ、寒気がした。

「あ、明石さんおはよ。よく眠れた?」
「……あまり気分は、よくないです」
「ははっ、まぁこんな状況だしね」

声の主は、境啓輔(10番)。入口近くの椅子に座って、彼もうつらうつらとしていたのだろう。体力は、温存するに限る。

 今から6時間前に、この戦闘実験は開始した。開幕直後、私は不注意から谷村昌也(13番)に襲われた。もうダメだと思った瞬間、たまたま近くで目覚めた境くんに、助け出された。谷村くんは境くんに一発撃たれたけど、そのあとどうなったかは知らない。ただ、あれから2階のこの部屋に逃げ込んだ後、下の階から何度も何度も拳銃やマシンガンらしい発砲音が連続して続いたことから、なんとなく谷村くんはもう殺されたんじゃないかなと、そう思った。つい先ほども、外の方から拳銃の発砲音が、響いてきたばかりだ。

「そろそろ、加納さんの言ってた放送の時間だね」

境くんが、そんなことをつぶやく。
支給された時計を確認する。確かに、この電波時計が正確なら、間もなく定時放送が流れるはずだった。いよいよ、このあとから禁止エリア制度がスタートするのだ。禁止エリアに残っていた生徒は、問答無用でこの首輪を爆破される。すなわち、退場だ。自分の首元に爆弾がぶら下っているのかと思うと、今思っても、ぞっとする。


 キーンコーンカーンコーン。

 6時になると同時に、いつもの慣れ親しんだ、チャイムが鳴り響いた。少しして、ノイズと共にスピーカーから声が聞こえてきた。そういえば、加納たち運営チームは、少し離れた場所から試合を遠隔で進行させているんだっけか。

『みんな、ご苦労。これから1回目の定時放送を始める。筆記用具と地図の準備をするように』

加納に言われるがままに、私は会議用の机に、地図を広げた。
隅に印刷されたクラス名簿が、悲しい。

『では、これよりこれまでに死亡した生徒の名前を読み上げる。地図と一緒にプリントアウトされている名簿を、うまく活用してもらいたい』

試合開始から6時間。何度も、銃声は聞いてきた。
きっと、何人も、死んでいる。境くんも、少しだけ緊張した顔をしていた。

『まずは3番 天野祐一、続いて5番 大貝玲子、6番 香川優花、8番 木島雄太、9番 柴門秀樹、11番 副田紗耶香、13番 谷村昌也、19番 間宮由佳里。以上8人だ』

言われるがままに、名前の隣に小さくチェックを入れていく。
その数が増えれば増えるほど、手が小刻みに震えてきた。ここで読み上げられたクラスメイトは、もう、死んだのだ。

『この6時間でクラスの1/3が死んだ。非常にいいペースだ。引き続き、戦闘実験への参加をみんなにも頑張ってもらいたい。では、次は禁止エリアの発表をする。1時間につき数箇所ずつ指定していくので、くれぐれも気を付けるように』

感傷に浸る余裕なんか、ない。今は、とにかく無心で加納の放送をメモらなければならないのだ。

『このあと19時 多目的室A,B、20時 体育館4階、21時 3年A組,B組,C組,D組の4教室、22時 図書室、23時 AOルーム、24時 技術室,技術準備室。以上の箇所だ。指定箇所に設定時刻以降に残っていた者や、新たに侵入した者は、首輪の爆破措置を行うので、気を付けること』

……多い。
私たちがいる多目的室Aも、このあと1時間後に、禁止エリアに指定されてしまった。

『次の放送はまた6時間後、日付が変わる0時にお知らせする。それでは』

ブツッという音がして、その後はなにも聞こえなくなった。これで、定時放送は終わりらしい。
辺りには、再び静けさだけが戻ってきた。この放送の時間だけは、きっとどの場所でも戦闘は起きていなかったと、信じたい。

「結構……死んでたな」

境くんが、ポツリとつぶやいた。私は、黙って、頷く。

「谷村くんも、やっぱりでしたね」

谷村昌也だけではない。境くんのサッカー部の仲間は、彼一人を除いて全員、死んでしまった。柴門秀樹と天野祐一は、もしかすると一緒に行動していたのかもしれないなと、ふとそんなことを思った。
あとは、私サイドだと、同じ吹奏楽部でトロンボーンを担当していた香川優花の死亡が告げられた。大切な仲間だ。もうお話ができないのかと思うと、さびしい。仲間を全員失ってしまった境くんは、私の比ではないだろう。

「やっぱり……実感、湧かないな。もう、あいつらがこの世にいないだなんて」
「うん」

ただ、加納が放送で名前を読み上げただけだ。私たちはあれからずっとこの部屋にいたのだから、銃声こそ聞こえてきても、肝心の本人たちの死体は見ていない。唯一、出発前に殺害された間宮由佳里と副田紗耶香くらいなもんだ。そういえば、まだ波崎蓮(16番)も生き残っている。元気で、やっているのかな。

「明石さん、移動するなら早めにしよう。この部屋、すぐ禁止エリアになっちゃう」
「そうですね」

 荷物の整理をしつつ。
 私は、境くんに、ひとつだけ、質問をする。

「ねぇ、境くん」
「なんだい?」
「……辛くは、ないの? クラスメイト、たくさん死んじゃったのに」

 境くんの手が、少しだけ、止まる。

「そりゃあ……辛くないって言ったら、ウソだよ。本音を言うと、泣きたくて仕方ない」
「やっぱり」
「苦痛でしかないよ。でも、それでも。今は前に進まなくちゃいけない。じゃないと、今度はおれらが殺されちゃう。少しでも長く、もがかなきゃ」

 境くんは、強かった。
私も境くんがいるから、泣かずに済んでいる。きっと一人だったら、今頃めそめそと泣いて、使い物にならなくなったかもしれない。いや、そもそもこの放送を聞く前に、殺されていただろう。開幕直後に、あの谷村昌也によって。
共依存とまではいかなくとも、今はお互いにお互いがいるからこそのこの状況がある、そう考えた方が、よっぽど楽だ。

「じゃあ、どこへ行こうか。とりあえず、またひとつ上の階にでも行く?」
「今回禁止エリアに区分されたところも、3階は少ないからね」
「決まりだな、行こうか」

 そうと決まれば行動は早めに行わなければ。境くんは、扉を開けた。
 そして、固まった。

「……どうしました?」

 私は、彼の後ろから、顔を覗かせた。そして、同様に固まる。


「……あ」

 タイミングが悪い神様ってのは、存在するのだろうか。
反対側にも、多目的室Bという部屋がある。そして、そちらも1時間後には禁止エリアに指定されている。当然、そこに人がいれば、その人もさっさと移動しようと考えるのは、当たり前の話だ。

 今、目の前には、多目的室Bからまさに出ようとしたばかりの、伊藤敦(4番)がいる。
 その右手には、しっかりと手斧が握られていた。

   *  *  *

 伊藤敦は、柔道部に所属していた。
 境啓輔と比べても、身長こそ大差ないものの、体格は一回り違う。

 彼も、きっと試合が始まってからいろんな場所をまわり、いろんなものを見てきたのだろう。そして、精神をすっかりとやられてしまい、この多目的室Bに引きこもっていたのかもしれない。
彼は、ひどくおびえた様子で、私たちを見ていたのだ。まるで、人を極端に怖がる虐待されていた捨て犬みたいな、そんな雰囲気を感じ取れた。

 私は、知っている。前にも、こんな状況があったことを。
 そして、知っている。この先に待ち構えている、悲劇を。

「伊藤……」

 境くんのその言葉が、合図となったのだろう。音に反応した野生動物の如く、伊藤はいきなり雄叫びをあげた。そして、手斧を振りかざす。
とっさの判断で、境くんは後ろにさがり、多目的室Aの扉を閉めた。だが、スライド式のドアは鍵がどこにあるかいまいちわからない。手元が焦り、なかなか鍵が閉められなかった。

「ダメだ、下がろう」

二人で後退した瞬間、扉はものすごい勢いで柔道部の体当たりを受けた。扉のきしむ重たい音が、静寂の空間をぶち壊した。
扉は鍵がかかっていないので、あっさりと開いた。そこから、腕が伸びる。

「テラスに出るぞ」

2階は、1階の食堂の上側がテラスになっている。階段脇にテラスへの出入口があるが、多目的室Aからも窓越しに出ることができた。境くんは素早く窓を開けると、ひらりと外へ飛び出す。

「さ、明石さんも急いで!」

私も椅子を踏み台に、一気に外へと飛び出した。辺りはすっかり夜だ。遠くにはちらほらと街灯もつき始めている。薄暗いテラス、陽はすっかりと落ちて、ひんやりしていた。
一気にテラスの中央までかける。わりと広めに設計されたテラスは、遮蔽物こそないものの、追いつめられるような場所ではない。ましてや、伊藤の武器は近接しないと使えない。対してこちらは境くんがブローニングM1910という遠距離用の武器を持っている。その点は、こちらの方に分がある。

 伊藤は、多少もたつきながらも窓を乗り越えてやってきた。そこまで無理をしなくとも、諦めて別の場所に移動すればいいのに。どうしても私たちを殺さなければならない理由がないのなら、なおさらだ。
しかし、この試合のルールは殺し合いをすること。今の彼には、もうそれしか考えられないのかもしれない。

「境くん、どうしよう……」

境くんも、歯を食いしばってなにかを考えているみたいだった。

「仕方ない。明石さんは僕から少し離れて。僕は伊藤の右腕を撃って、とりあえず武器を持てなくさせる。それから、なんとか説得してお引き取り願えたらいいんだけども」
「やっぱり、殺したくはないもんね。いいよ、それに従う」

私は、少しずつ境くんから距離を取った。ここなら、境くんが間違って私を撃つようなことはないだろう。
境くんが、伊藤に向けて銃を構えた。

「伊藤! 話を聞け! おれたちはお前と戦いたいわけじゃない!」
「ふ、ふざけんな! そんな都合のいい話があるか!! だいたい、さっきも放送であったろ! もう何人も死んでる! そんな時に悠長に仲良しごっこなんて、言ってらんねぇんだよ!!」
「それは……」
「もうたくさんなんだよ! なにが殺し合いだよ!! なにがクラスメイトだよ!! 結局みんなそうだ! 自分のことしか考えてねぇじゃねぇか!! 境! お前だってそうだよ! 戦いたいわけじゃないとか言いながら、どうしてそんな拳銃俺に向けてんだよ! あれだろ?! どうせ、さっき名前呼ばれた奴らだって、お前が何人かそうやって騙して撃ち殺したんじゃないのか? あぁ?!」
「違うよっ!」

 私は、つい声を出してしまった。
 伊藤の視線が、私へとうつる。

「違うの……境くんは、私を助けてくれた! 彼はそんな人じゃない!」
「なんだよ、明石さん……あんたまで。境はもしかしたら、お前に恩を売っといて、あとでうまいこと盾にでも使おうとしてるだけじゃねぇのか? どうして疑わないんだ! これは殺し合い、最後の1人になるまで終わらねぇんだぞ!」
「そうだとしても!」

 私は、叫んだ。

「私は……彼を信じたい!」
「そっか、わかったよ。明石さん。今から境が俺にすること、よーく見てろよ?」
「……!」

 突然、伊藤は私の方に向かって、駆けてきた。
 当然戦うとしたら男同士だと思っていたから、この展開は意外だった。

 ズダァンッ!!

 案の定、境くんは打ち合わせ通りブローニングを撃った。しかし、距離があるのと的が思いきり動いているからか、弾は掠りもしない。伊藤が、その勢いのまま手斧を振りかぶった。

「明石さん!!」

境くんの声で、ようやく私は足が動き始めた。咄嗟に右側に飛ぶ。大振りの斧は、見事なまでにスカッた。
しかし、伊藤はそのまま手斧を投げ捨てると、柔道の組手のように、私をテラスの床に抑え付けた。ものすごい圧力が、身体にのしかかってくる。そのまま、伊藤は両手で私の首を締め上げてきた。息が、できなくなる。

「……っ!」
「な、明石さん。あいつ、戦いたくないとかいいながら、撃ったろ? そういうこった。人を殺すことに、抵抗なんかないんだよ。あんただって、遅かれ早かれ、あいつに殺されるんだ。いいように使われていただけなんだよ」

 ギリギリと、首が閉まる。嫌だ、このまま死にたくなんかない。

「伊藤!」
「おっと、境。撃てるなら撃ってみろよ。だが少しでも照準を間違えたら、明石さんに当たっちまうぞ? 俺が殺すか、お前が殺すかの違いなだけだ」
「伊藤……!」

 ダメ。境くんは、優しいから。この状況じゃ、撃てない。
 苦しい、苦しいよ。私、このまま、死んじゃうのかな。

 伊藤の両手は私の力なんかじゃ、ビクともしなかった。
 なら、私にできることは。

 私は、ポケットに忍ばせておいた、それを、手に掴んだ。伊藤は、境に気を取られて、私の方なんて、見てすらいなかった。
だから、私は。保健室で手に入れた合金ばさみを。

 思いきり。
 伊藤の、左胸へ。

 突き刺した。

「ぐぁ……!!」

 彼の両手の力が、急速に抜ける。
 続いて、はさみを引き抜いて、もう一度同じ場所へ。突き立てる。

「な……!」

 両手を振りほどく。一気に、空気が肺へと入り込んでくる。
 私は解放され、自由になった。まだ息苦しいものの、動ける。

「私は……させない!」

 何度も、何度も。伊藤の心臓目がけて。はさみを、振り落す。

「境くんに、殺させやしない!!」
「おまっ……やめ……!」

 何度も、何度も。
 何度も、何度も。
 何度も、何度も。何度も、何度も。
 何度も、何度も。何度も、何度も。

「明石さん!」

 やがて。
 気が付いたら、目の前にいた男は、とっくに動かなくなっていた。
 私が殺したのだと気が付くまでには、少しだけ時間がかかった。

「明石さん……!」
「あ、うぁ……!」


 私が、殺したのだ。


「あああああああああああああああああああああっ!!!」


 私は、無意識のうちに悲鳴をあげ。
 そして、意識を失った。


 4番 伊藤 敦  死亡

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