11.死のさえずり


 常田克紀(14番)は、顔を上げた。

 また、銃声だ。

 音の感じから、おそらく外で誰かが発砲したのだろう。この試合が始まってから、もうすっかりと聴きなれてしまったこの音は、やはり耳が痛い。こうして、また少しずつ、生き残っている生徒もその命を散らしていくのだろう。その事実が、辛かった。

 常田克紀は吹奏楽部でパーカッションを担当していた。大太鼓、小太鼓、シンバル、マラカス、タンバリン、時にはドラム。数多くの打楽器を経験しては、器用貧乏みたいな感じで、常にリズムをその体に刻んできた。
自分の兄貴が高校でバンドを組んでライブをやっているのを見に行ったときに、後ろでドラムを叩いていた人物に圧倒されて、音楽に興味を持った。だから、部活動でもそれをやってみようと思った。単純にそれだけだった。打楽器がドラムだけではないことも知った。意外にも自分にはリズム感があったことも、経験して初めて知った。
中学を卒業したら、高校で自分もバンドを友達と組んで遊ぶのも悪くないと思った矢先の、プログラムだった。まぁ、人生そう簡単にはいかないよね。

 克紀は試合が始まってから、様々な場所に顔を出しては、奇跡的にも誰とも遭遇することなく、のんびりと休憩をとることができた。食堂では呑気にお茶を飲んでいたし、調理場では仕入れたばかりのクロワッサンをこっそり食べることもできた。普段ならできないことを、存分に楽しむことだけを考えてきた。そして、その行為をしている間にも、外からは何度も銃声が聞こえてきたし、今いる3階のAOルームで呑気に昼寝をしていたら流れてきた放送では、すでにクラスメイトの1/3が脱落しているという事実も知った。これまで好き勝手に試合放棄をして遊び呆けていた克紀からすれば、まさに他人事だった。

まぁ、実際には血の臭いがする方角には足を踏み入れなかったし、息を抜くのも必ず誰も周囲にいないことを確認してから足を伸ばしていたから、もともと五感が優れていた克紀にとっては、他のクラスメイトとの遭遇を避けることに関しては、人一倍優秀だったのかもしれない。
そして、先程の放送で、今自分がいるAOルームが23時から禁止エリアに指定されたのも知った。まだ慌てるような時間ではなかったが、いつまでもここでのんびりと呆ける気もなかった。次はなにをして遊ぼうか。それだけを考えていた。

 もとより、克紀にはこの戦いで生き残る気などは微塵もなかった。誰かを殺してまで生きるよりは、さっさと誰かに殺された方が楽だと思っていた。今まで自分が生き延びてこれたのは、本当にただ運がよかっただけだ。おそらく、日付が変わるまでに生き残っている可能性はそう高くはないだろう。そう思ったからこそ、今のうちに、残りの人生楽しんでやろう、そう思っただけだ。
改めて、配られた地図を見る。今いるのは校舎棟の3階だ。慣れ親しんだ校舎で殺し合いを強要される、そんな辛いことはまっぴらごめんだ。だけど、慣れ親しんだ校舎で死ねるのなら、どこか知らない土地でこっそり死ぬよりはよっぽどマシなのかもしれなかった。この階には、普段から部活動で練習していた音楽室もあった。よし、ならここに行こう。もしかすると、また新たな遊びを見つけることができるかもしれない。

扉を開ける。階下から、むわっとした嫌な感じの臭いが漂ってくる。もう、この校舎には死体だらけなのだ。おそらく下なら1年生の教室から、上には視聴覚室にまだ死体が転がっているはずだ。3階の教室ではまだそのような嫌なものは漂っていない。なら、まだ安心して遊ぶことができる。さて、なにをして遊ぼうかな。

音楽室までの長い廊下。辺りは、不思議なくらいに静まり返っていた。まだ、あの一回目の放送の時点では、この校舎には自分をいれて16人のクラスメイトが生き残っているはずだ。そのすべてが隠れているとは思えないし、少なくとも先程の拳銃の持ち主のように、何人かは積極的に殺す側に回っているのだろう。そいつらに遭遇さえしなければ、あるいは。
やがて音楽室へと辿り着く。道中、誰とも遭遇はしなかった。そして、音楽室の入口は、閉ざされていた。おや、と首をかしげる。普段からこの部屋はいかなる時も開放されているはずだ。しかし、それが今は内側から引き戸の鍵が閉められている。それはつまり、誰かがこの中に立てこもっているということだ。なるほど。
そのまま克紀はもう少し先へと進む。お隣の部屋、準備室。こちらの鍵は……こちらも閉まっている。なるほど、この2部屋が室内でつながっているのをきちんと把握しているクラスメイトというわけか。まだ、吹奏楽部のメンツは先程の放送で名前を読み上げられた香川優花(6番)以外は生き残っている。残りは、フルート担当の明石真由(2番)か、クラリネット担当の神崎聖美(7番)か。

克紀は、ニヤリと口元を笑みの形にした。
なめられたら困る。合鍵くらい、顧問がいなくて鍵が開けられない時のために用意してある。準備室の脇の、消火器ボックスの扉の裏。ここに、準備室の鍵だけきちんとしまってあるんだ。
探ると、案の定中から鍵が出てきた。それを使って、準備室の扉を開ける。中に誰かいるのはわかっている。神聖な音楽室を乱す奴は、誰だ。

「え? え? なんで??」

鍵を開けて、部屋の中に入ってこられたのが音でわかったのだろう。間の抜けた頭の悪そうな声が、お隣の音楽室から聞こえてきた。なるほど、この声は。
『神聖』という言葉を名前に持ちながらも、それとはまったく無縁に思えるような女子。

「なんだ、そっちにいるの、聖美か」
「え? あ? 克紀??」

幼馴染の、神崎聖美が、準備室と音楽室を繋ぐドアから、ひょっこりと顔を覗かせた。

「わー……克紀やん。はろー、元気してた?」
「ま、まだ辛うじて生き延びてますよ、と」

後ろ手で、引き戸の鍵をかける。まぁ、こうしておけば、少しはこれ以上ここに人が入ってくることもないだろう。
克紀は聖美のいる場所へ行くと、とりあえず椅子に座った。

「お前さ、消火器ンとこの合鍵、回収すんの忘れてただろ?」
「あー、あれわざと」
「わざと?」

聖美は、にひひとあどけない笑みを浮かべて、続ける。

「うん。あたしがこの部屋の鍵をかけたら、誰も入ってこれないじゃん? でも、そこの合鍵の存在を知ってたら、この部屋には入ってこれるわけさ。その入ってこれるのは、同じ吹奏楽部の仲間だけってことで」
「なるほど、要するに同じ部活の奴らは信じてるってことか」
「そりゃそーさー。真由に優花、克紀なら信じられるさー。まぁ、優花はさ、残念だったけどさ……」

香川優花は、先程の放送で死亡が伝えられた。いったいどこで死んだのかは知らない。だけど、自殺なんかするような性格ではなかったはずだ。やはり、誰かに殺されたのだろう。

「聖美は、この部屋で目覚めたのか?」
「いや? あたしはAOルーム。しばらくそこで待機してたんだけど、やっぱり慣れ親しんだ教室に行きたいなって思って。克紀こそ、どうして今頃ここに?」
「や、たいした理由はねぇよ。自分もさっきまでAOルームにいて、お前とおんなじような理由でこっち来た。それだけだ」
「似たモン同士やね」
「まったくな」

お互い、笑う。とにもかくにも、この場所は既に神崎聖美の居場所になっていたらしい。なら、あまり自分がここにいるのは、彼女にとって嬉しいことではないだろう。

「じゃ、聖美の姿も確認できたし、そろそろ行くわ」
「ありゃ、もう行っちゃうの?」
「特に行く場所はねぇけどさ。ここはお前の場所だ。一緒に居たらそれだけお前を危険に巻き込む確率もあがる。また別の場所でも探して潜り込むさ」
「へー、そういうもんなのか。ま、止めはしないけどさ」

聖美は、相変わらず聖美だった。こいつもこいつで、試合に参加する気は微塵もないのだろう。なら、伝えておかなければならないことが、あった。

「あ、そうだ聖美。これ、自分に支給されたやつなんだけどさ」
「お? 武器? なになにー? ……んぁ? なに、これ?」
「見ての通り、防犯ブザーみたい。小学生とかがランドセルによくつけてるだろ」
「うぇー……なんかイマイチだね」

自分に支給された武器は、防犯サイレン(小鳥)だった。紐を引っ張ると、大音量で小鳥のさえずりが流れるらしい。まぁ、誰かに襲われた時は、使い道がありそうだった。自分が殺された時も、その場所が危険だと、不特定多数の人間に教えるいい知らせになるだろう。

「あたしのはこれさ」

そういって聖美が取り出したのは、こちらも同じく防犯グッズ。手のひらサイズの催涙スプレーだった。まぁ、今のご時世、だいぶ児童への犯罪が増えているらしいから仕方ないよね。

「いいじゃん、誰かに襲われた時は有効活用しろよ」
「そううまくいくかねぇ」
「とにかく、襲われた時はこのブザー鳴らすから、聞こえてきたら絶対に近づくんじゃねぇぞ」
「はぁい」

克紀は、それだけ伝えると、再びドラムバッグを抱えて、元の入口から外へ出る。しっかりと施錠をして、再度消火器ボックスの扉の裏側へ、鍵を戻した。次に明石がここに来ても、これで大丈夫。
聖美には最後に会えた。それで、自分的には満足だった。あとはついでに明石にも会えたら、それはそれで嬉しいんだけどな。あいつ、男が苦手のくせに恋する乙女だからな。

 結局、自分の想いは、決心していない限りは、伝えられないんだな。
 やっぱり、人生ってのは、そううまくはいかないらしい。

   *  *  *

 生きている人間がいれば、死んでしまった人間もいる。
 ここは、そういう空間。そういう、世界。

 この国に昔存在していたサムライという職業の者たちは、つねに死に場所を探して旅をしていたらしい。死に場所を探すだなんて不思議な職業だと思ったけれど、つねに死と隣り合わせの危険な職って考えたら『どう死ぬか』もやっぱり重要になるらしい。
ここは原点に戻って、死に方について見つめなおすのも、悪くはないだろう。なんとなく、常田克紀はそう考えた。

 先程の放送の時点で、既に8人のクラスメイトが死んでいた。この会場には、少なくとも8体の死体がある。彼ら、もしくは彼女らがどのようにして死んだのか。興味がないわけではなかった。
先程から何度も続いている銃撃戦。当然、拳銃で撃ち殺された生徒が大半なのだろう。刃物に比べたら、その威力はケタ違いだ。弾さえ撃てたら、そこには男も女も関係ない。力比べも必要ない。あるのは、生か、死か。それだけだ。
銃弾をその身に受けたことなんか、今まで生きてて一度もない。ただ、弾は基本的には貫通するというし、肉を抉られて風穴が空くなんて、想像もできない痛みに違いない。普通に転んでできたすり傷や、間違って彫刻刀で自分の指を切ってしまった時だって、あんなにも痛かったのに。

死ぬとき、痛みは本当に感じるんだろうか。たとえば、いきなり頭をぶち抜かれて即死だったとしたら、痛いと思った瞬間にはもう死んでいるのだから、本当に一瞬だけなのかもしれない。逆に、窒息とか失血死とか、そういうのは苦しみながら死んでいくんだろうな。そういう死に方は、嫌だな。
死んでいったクラスメイトは、きちんと苦しまずに逝けたんだろうか。それとも、誰かと戦った末に、苦しみながら、まだ生きたいと願いながら、死んでいったのだろうか。そればかりは自分にはわからない。ただひとつ言えるのは、試合が始まる前に射殺された間宮由佳里(19番)や副田紗耶香(11番)の死に顔は、あまり美しいものではなかったということだ。

 小学生のころ、お隣に住むばあちゃんが死んだ。幼いころから色々とお隣同士でお世話になっていたらしいけど、その記憶はいまいちない。ただ、気が付いたら両親にお通夜に連れて行かれて、亡くなったばあちゃんの棺桶を覗いたら、そこにはいつも通りの寝ているばあちゃんがいた。本当に、今にも起きてきそうな感じだった。だけど、死んでた。
あんな穏やかな顔をして死ぬわけじゃないんだろうな。きっと、祭儀場のスタッフが、きれいに死化粧を施しただけなんだ。そんなことは、わかっていた。

自分が死んだら、死体はきっと両親のもとに届けられる。きっと、両親は悲しむし泣くだろう。もしかすると、死体は苦痛の表情を浮かべているかもしれない。そうはいくか。ここまで、試合ではずっと笑顔を貫き通してきたんだ。死ぬときまで、せいぜい笑顔でいてやる。笑って、死んでやる。


 克紀は、2階へ降りようと決めた。
2階から漂ってくる血の香り。間違いなく、そこには死体がある。まだ自分は誰の死体も見ていない。なら、早くみんなの死に顔を見届けてやろう。みんながどんな顔をして死んだのか、確認しなくちゃ。
階段を降りようとして、足を止めた。微かにだけど、足音がしている。当然、この学校にはまだ自分を入れて16人の生存者がいる。足音がすること自体はなんの不思議もない。
だが、それは出会ってよい人物なのか、そうでないのか。それだけが、問題だった。

 誰だ。

階段を降りる音は、近づいてくる。ドラムバッグを肩にかけているのだろう、重たそうな擦れる音も聞こえてきた。
その人物は、踊り場からひょっこりと顔を覗かせる。無表情なその表情は、自分の顔を確認した途端、笑顔へと変わった。

「お、克紀じゃん」
「……おう」

そこにいたのは、まさに試合前に命令で女子2人を射殺した生徒、波崎蓮(16番)だった。
身構えようとしたけれども、そもそも自分は武器を持っていないことに気が付く。

「なんだよ、身構えちゃってさ」
「はは、ついつい。まぁ気にすんな」
「ふーん。ねぇ、ひとり?」

波崎蓮は、笑顔で語りかけてくる。こちらを和ませようとしてくれているのか。

「今はひとりだ」
「そっか。とりあえずそっち行くよ」

踊り場をくるりと回って全身を晒した波崎は、白衣を纏っていた。問題点は2つ。まずは、その白衣に真っ赤な血がついていたこと。もう1つは、その肩から掛けていたのは支給されたドラムバッグではなく、ごつい小銃だったということ。
本当的に危険を察知し、克紀は慌てて元来た廊下を駆け出した。

「あ、待ってよ!」

波崎が、急いで階段を駆け下りる音が聞こえる。
そして、程なくして、小気味よい音が、克紀の耳に響き渡った。

 ぱらららら。

背中に、激痛が走った。すり傷や切り傷の比じゃない、とんでもない痛みだった。そのまま、克紀は足がもつれて床にヘッドスライディングをする形になる。

「……ったー……!」

背後から、ぱたぱたと走る音が聞こえる。追いかけてくる奴なんて、波崎しか考えられない。波崎、お前いったいなにを。

「あー、やっと止まった。ねぇ克紀、痛い思いさせてごめんね」
「波崎くん……きみは……!」
「あーうん。ごめん。すぐに楽にさせてあげるからさ」

波崎はそういうと、顔の横にしゃがみ込んで、頭をなでた。こいつ、いったいなにを考えてやがるんだ。

「実は、さっきまで4階を探してたんだけど。だーれも居なかったんだよね。せっかく全部の部屋の鍵まで開けて調べたってのに」
「鍵……?!」
「うん、鍵。ほら、職員室のキーボックスに入ってる、マスターキーだよ。加納さん言ってたじゃない、そのまま出て行ってもらったって。だから、試合が始まったらさっさとまずはマスターキーだけお借りしたの。あとでちゃんと返すよ」

なるほど、マスターキー。
そういえば職員室に、自分も何度か吹奏楽部の顧問に鍵を借りに行ったことは何度かあった。印刷室の手前の壁に、キーボックスがあった気がする。でも、そんなのって、ありかよ。

「克紀はさ、誰か他の人の居場所、知らない? もし知ってたら、情報共有しておきたいんだけども」

そんなこと、知ってても誰が教えるか。だいいち、自分が今倒れているすぐ横の音楽室には、大事な大事な仲間が今も隠れている。神崎聖美が、そこにいる。誰か、お前なんかに、彼女を殺させるか。
とっさに手に握りしめた、自分自身に支給された『武器』の存在を思い出した。痛みがすごいと、こんな感覚まで薄れてしまうものなのか。

「だれも、しらない」

それだけ、喉の奥から声を絞り出すと、克紀は一気に、その紐を引っ張った。

 きゅい! きゅい!
 きゅい! きゅい!

小鳥のさえずりが、大音響で静かな廊下に鳴り響いた。

 きゅい! きゅい!
 きゅい! きゅい!

「な?!」

 きゅい! きゅい!
 きゅい! きゅい!

 ぱらららら。

次の瞬間、再びマイクロウージーから掃射された弾が、今度こそ克紀の頭部に襲い掛かった。
したり顔をしていた克紀の頭部は、何度も何度もがくんと揺れ、やがて動かなくなる。気が付いたときには、克紀は痛みを感じなくなっていた。


 きゅい! きゅい!
 きゅい! きゅい!


 波崎蓮は、そのうるさい防犯サイレンを止めようと手に取ろうとして。

 やめた。


 波崎蓮は、なにもせずにその場から立ち去る。
残された常田克紀の死体は、けたたましく鳴り響く小鳥のさえずりだけが残る不思議な空間に、ただ一人、いた。

   *  *  *

 神崎聖美は、耳を塞いでいた。
 扉の向こう側から、小鳥のさえずりが聞こえてきている。

 誰も、その防犯ブザーを止めようとはしない。
 誰も、なにもしない。聞こえてきたのは、マシンガンが掃射された音だけだ。

「克紀……!」

 目を瞑り、胸元で手を組む。どんなに願ったところで、事実は変わらない。
常田克紀は、この扉の向こう側で、何者かに殺された。最後のメッセージとして、克紀は小鳥の、死のさえずりを残してくれた。

『聞こえてきたら絶対に近づくんじゃねぇぞ』

最期の彼の言葉が、頭の中で再生される。わかってる、わかってるよ。
絶対にこのブザーを止めにはいかない。絶対に、この約束は破らない。


 聖美は、ふらふらと立ち上がる。

 逃げなくちゃ。
 ここから、早く。
 どこか遠くへ、逃げなくちゃ。

「克紀ぃ……」

 朧気な足取りで、バルコニーへと出る扉を開ける。校舎棟の角に位置するこの場所には、階下に降りる避難ばしごがあることを聖美は知っていた。つい先日、防災訓練で避難ばしごを組み立てたばかりだ。すぐに、これを使って下に降りよう。このまま、一気に下まで降りてしまおう。
手元が震えながらも、なんとか避難ばしごを組み立てて階下に降ろす。まずは2階に降りる、真下は技術室のはずだ。扉が開いていることを願ったが、残念ながら侵入はできなかった。
もう一段、避難ばしごを取り出して組み立てる。今度は1階、ここはもう犬走りだ。このまま裏庭側へ逃げてしまおう。全身が冷たい。そういえば、荷物は全部音楽室に置いてきてしまった。だけど、今さら取りに戻ろうとも考えられなかった。もう、あの場所は汚されてしまったのだ。

 一気に1階へと聖美は降りた。そして、そのまま体育館棟に行こうとして、足を止めた。じっとこちらを見ている男がいた。
あれは、山瀬陽太郎(23番)だ。

「山瀬……くん?」

校舎棟と体育館棟をつなぐ渡り廊下。そういえば、ここは同じ吹奏楽部の香川優花がいつもジョギングのあとに休憩する場所だったはずだ。そこに、山瀬陽太郎が立っていた。

「えっと、神崎さんだっけか」
「そうだよ。神崎聖美」
「あはは、ごめんごめん。しばらくぶりだからあまり思い出せなくて」

口元は笑っていたけど、山瀬の眼は、笑ってなどいなかった。
彼は、いったい。

「なに考えてんだって顔してるね、神崎さん」
「あ、バレた?」

そんなにもわかりやすい顔をしていただろうか。とりあえず、強がっておく。

「そんなに慌ててどうしたんだい? なんかあったような顔してる」
「そんなこと聞いてどうすんの」
「んー? や、なに。情報収集だよ」

山瀬の眼は、真剣だった。だが、こちらに襲い掛かってくるような気配はない。この試合には積極的に参加するわけでもなさそうだった。

「なにが目的なん?」
「まずはこっちの質問に答えてよ」

山瀬の意図は、読めなかった。
仕方なしに、先程までの出来事を、簡潔に話す。常田克紀のこと、3階で防犯ブザーが鳴り響いたこと、ここまで避難ばしごで降りてきたこと。

「なるほどね。てことは、3階ではまだその小鳥のさえずりが大音量で流れているわけだ」
「……たぶん。でも、もう誰かが止めてるかもしれんよ」
「ところでさ。冷静に考えたら、常田くんを殺した奴がブザーを止めないのはおかしいと思わない?」
「え?」

 山瀬は口元に手をあてて、続ける。

「ほら、普通は防犯ブザーが鳴ったらさ、慌てて逃げ出すじゃない? 誰かに危険を知らせて呼ぶための装置だもの。それが、常田くんを殺した奴はきちんと常田くんにトドメをさして、なおかつブザーを止めずにその場を立ち去ったことになる。すると、どうなると思う?」
「まぁ……そりゃあ、誰かが音につられてってくるかなぁ」
「そこを、ズドンと」
「あ」

 心臓が、バクバクと唸る。
 声はさっきから、ずっと震えっぱなしだ。

 もし、あそこで克紀の言いつけを守らずにブザーを止めに行っていたら。
 あたしも、克紀と同じように殺されていたのかもしれない。

「命拾いしたじゃん」
「あたし……」

 克紀は、あたしのことを守ってくれたのだ。
 そう考えると、なんだか顔がものすごく熱くなってきた。

「そんじゃ、ちょっくら僕はブザーの様子でも見に行くとしますよ」
「え? なんで??」

 さっさとその場から動き出そうとする山瀬を、呼び止める。
 山瀬は、少しだけ眼を和らげて、つぶやいた。


「こんな性格の悪そうなことをするクラスメイトに、ちょっと心当たりがあってね」


 14番 常田 克紀  死亡


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