13.博打


 波崎蓮(16番)は、顔をあげた。

 音が、やんだ。
 それは、つまり。

 程なくして、小鳥のさえずりの音の代わりに、銃声が響いてきた。どうやら、予想通りに事は進んだらしい。誰かがあのさえずりに導かれて、鉢合わせする。そうなったら、もう、戦闘しか起こらない。あとは、あの常田克紀(14番)の死体の傍に、また新たな死体が仕上がるだけだ。自ら手を下さなくとも、こうして間接的に、そして着実に、クラスメイトを消していくことができる。
自分の行いによって誰かが死ぬ。もし、自分があそこで素直にさえずりを止めていたら、また新たなパラレルワールドが展開されていたのかもしれない。だけど、今現在の世界では、これが現実として繰り広げられている。なんて哲学的に考えたら、また中二病とか笑われるんだろうなと、思わず苦笑いをした。

 雄太、そして麻衣子。僕は、どうすればよかったんだと思う?

木島雄太(8番)には、このまま勢いに乗って優勝してしまえと言われた。平坂麻衣子(17番)は、そんな自分を見てなんと言うだろうか。軽蔑、するだろうか。それとも一気に突き抜けて、ドン引きするだろうか。
試合が始まってから24時間後には自分は死ぬ。どう足掻いても、死ぬ。そういうルールなんだ。まだ、死にたくはない。なら、殺して回るしかない。それを教えてくれたのは、既にやる気になっていて自分に襲い掛かってきて、そして反撃されて死んでいったクラスメイトのみんななんだ。
みんなだって、死にたくはなかったはずだ。だから、殺そうとして襲い掛かってきたし、その度に自分も危険な目にあった。なら、自分だって、生きるために、殺す。この時間制限があるなかで、自分に支給された武器の詳細もわからないままに、殺す。既に試合が始まってから8時間。クラスメイトは10人近くが死んでいる。残りは、だいたい半分くらい。悪くないペースだ。このまま、一気に決めてやる。

 映画だったら、きっと自分は悪役になっているんだろう。
悪役は最後に死ぬ。正義にやられて、視聴者からは清々した眼で死にざまを見届けられるんだ。でも、これは映画ではない。映画みたいに、わかりやすくはいかない。たまにはいいじゃないか、みんなを殺しまわる悪役が、そのまま盛大にすぱぱーんと勝ち残る物語だって、ナシじゃあないだろう?
生き残らなくちゃならない理由なんてものは、あとからいくらでもつけられる。いまだに意識の戻らない父を看病するためでもいい。残された母を一人にしたくないからでもいい。まだ続きが気になる週間雑誌を読みたいからみたいな理由でもいい。
とにかく、自分は今まで当たり前のように生きてきた。そして、その当たり前を、これからも続けていきたい。だから、当たり前を勝ち取るために、当たり前を当たり前にするために、戦うし、殺す。それで、いい。余計なことは考えずに、ただ生きたいという気持ちだけで戦えば、いい。

 職員室で、マスターキーを手に入れた。担任の溝部先生の机の中からは、回収し忘れたのだろうか、これまた大事そうな書類を手に入れた。そして、今自分の手元には、木島雄太に支給されたマイクロウージーと、柴門秀樹(9番)が所持していたソーコム・ピストルを持っている。おまけに、あと4時間程で能力が解禁される端末もある。
これだけお膳立てを受けている。なら、それに見合うだけの結果を残したい。少しくらい、主人公補正がかかってもいい。やれるところまでは、やりたい。
この学校は、今や自分の庭と言ってもいい。基本的には、マスターキーさえあればどんな場所でも自由に入れる。入れないのは、南京錠がかかっている倉庫や、トイレの個室くらいなものだ。しかし、わざわざ南京錠を外から掛けている場所に、中に人がいるとは考えられない。いたとしたらおそらく監禁されているかなにかだ。トイレの個室も、中に人がいなければ扉は常に開けられているはずだ。つまり、個室が閉まっている、つまり使用中になっているということは、中に誰かが隠れている可能性は非常に高い。

 3階の探索は、今はパスをすることにした。例のさえずりの後の件もあるし、誰かが音に導かれて戦闘を行ったのだとしたら、当然誰かが誰かを殺したことになる。自分以外にも、クラスメイトを殺している奴がいるのは、先の放送を聞いた限りでは間違いなくいるのだ。まぁ、自分と木島が殺した奴らが大半だったから、いたところでそこまで脅威には思えなかったが。でも、そいつもきっと残り人数を減らすという意味では、とても役に立ってくれることだろう。これは総当たり戦ではない。最小限の戦闘で済めば、それでいい。

 2階に降りてくる。ここには、天野祐一(3番)を撃ち殺した1年A組がある。その他の教室は未使用なので施錠されていたけれども、念のためマスターキーで中を開ける。注意深く散策するも、誰も見当たらなかった。当然か。他のみんなは、この教室を開ける術を知らないのだから。
そのまま引き続いて、女子便所と男子便所を見回りする。

 ……おや。

非常灯だけが点灯した、薄暗いトイレ。きっともう少し暑い夏場だったら、立派な肝試しスポットになったろうに。その個室の一番奥が、施錠されているように見えた。あそこは、大便器のある個室だ。掃除用具入れは確か、女子便所側にあったはずだ。
誰かいるのだとしたら、本当に用を足しているのか、あるいは呑気に隠れて休んでいるかのどちらかだろう。怖いのは、あれが罠で、目の前に立って話しかけた途端、いきなり扉越しに拳銃で撃たれるとか、実は開放してある手前の個室に隠れていて、背後から急襲されるとか、そういったパターンだが。

 仕方ない。

 コンコン。男子便所の入口の壁を、軽くノックする。誰かいますか。お邪魔しても、いいですか。
奥の個室から、バタバタと慌てて動くような音が聞こえてきた。確かに、この静寂の中で、しかも夜の学校のトイレという怪談話に出てきそうなエピソードの舞台になりそうな場所で、いきなり外からノックする音が聞こえてきたら、そりゃあどんなに図太い神経の持ち主でもびっくりするだろう。
これでわかったのは、殺すべき相手は間違いなく一番奥の個室にいるという事実だ。

「だれか、いるの?」

思い切って、声を出してみる。声だけは、普段通りの自分を装う。
こうやって、声に出せば。まだ自分が、狂っていないし、いつも通りだと、認識できる。いつも通り、落ち着いているとわかる。
返事は、ない。ただ、奥の部屋から、鼻を詰まらせているのだろうか、すぴーすぴーという荒い息遣いだけが、聞こえてくる。それだけ大きな音を出して、隠れているつもりなんだろうか。

「僕だよ、波崎だよ。だれかいるんでしょ?」

さらに、続ける。
自分自身のクラスでの立ち位置は、あまり知らない。というよりは、信じてなんかいない。よく頼られることはあるけれど、都合のいい人間だって思われているだけかもしれないし、裏では陰口でも叩かれているかもしれない。ただ、そういう事実を誰かから聞いたことはないし、所詮は憶測でしかないのだけれども。でも、そう思われているんだと思っていれば、いざ悪口を聞いた時も、きっと諦められる。やっぱりなって、思える。そういう考えって、やっぱりおかしいのかな。

 キィ、と扉の開く音が、響き渡った。中から人が出てくる気配は、ない。ただ、扉の鍵をあけて、そのまま開けただけらしい。

「誰だい?」
「お、おれだよ。高石だよ」

高石遼(12番)。図体はでかいが気の小さな男子生徒だ。
大方、試合が始まってからは特に戦闘することもなく、この個室便所にずっと引きこもっていたのだろう。

「高石くんか。こんなとこに隠れてたのね」
「あ、あぁ。ちょっと、こういうのは、苦手でさ」
「そっか」

運動部に所属しているとは聞いていたけれども、なにをしていたんだっけか。体育でも球技がからっきしで、走るのもそこまで早くなくて、なんというか、ドン臭い印象が強い。本人は一生懸命やっているのはわかっているから、責めることもできないのだけれど。

「あのさ、波崎くん。ひとつ聞いてもいいかな」
「なに?」
「お、おれさ。どうすれば、いいと思う?」

 いきなり、主語もなにもなしにそんなことを言われても困る。
 話は続くみたいだ。

「あの、その。殺し合い。やっぱり、こういうの、よくないかなって」
「殺し合いをするかどうかの話?」
「う、うん」

 殺し合いがルールの試合中に、そのルールそのものに疑問を持つ。悪いことではない。きっと、他にも回答はあったのかもしれない。自分だって、最初の方ではそういう考えもあったと思う。ただ、試合開始前に女子生徒を2人射殺してからは、いつの間にかそんな考えも消え去ってしまった。
なるほど、うまいな、加納さん。こうやって、僕を戦闘実験に参加するように仕向けたのかもしれない。まんまと、乗っかっちゃった気がする。

「それは、まぁ人それぞれだと思うけれど」
「そ、そうかな」
「高石くんは、まだ踏ん切りがつかないんだね、誰かを殺すことに」

要するに、人を殺すということに慣れていないだけだ。自分と同じ種族、同じ意思を持つ人間を殺す。それだって、きっと慣れてしまったら、なにも感じなくなる。

「なら、手助けしてあげる」

だから、手を差し伸べた。個室の前に歩いていく。右手にはソーコム・ピストル。撃鉄を既に起こしてあるそれを、高石遼の身体に向ける。便器に座る巨体は、どう見ても外しようのない、立派な的だった。
眼を見開く高石。間髪入れずに、3発。引き金を引いた。とてつもない激痛が、彼を襲っているのだろう、彼は口から血を垂れ流しながら蹲り、だが、顔だけはこちらを見上げていた。挑戦的な目ではなく、なんとも穏やかな目だった。

「……これで、もう、悩まない」
「高石くん」
「……ありがとう、波崎くん。ありがとう……」

それだけ言い残すと、その巨体はゆっくりと便所の床に転がり、そして動かなくなる。一方的に殺されたくせに、殺した相手に向かって感謝の言葉を述べるだなんて、変わった奴だ。少しだけ、良心が痛む。まだ、自分にもそんなものはあったらしい。

「……どういたしまして」

 後味? そんなの、悪いに決まっているだろう。

   *  *  *

 境啓輔(10番)は生徒会室に戻ると、急いで明石真由(2番)に状況を説明した。さすがに非常事態になったと聞けば、少しは慌ててくれるかとも思ったが、相変わらず彼女の眼は虚ろなままだ。

「明石さん、ここは危険だ。和光さんが今すぐにでも追ってくるかも知れないんだ」

先程、和光美月(24番)に襲われた時の状況を、改めて説明する。音に誘われたら相田澄香(1番)と遭遇し、正体不明の死体を見つけたこと。同じく音に誘われた和光美月に襲われたこと。そして、恐らく相田澄香がその手に掛かってしまったこと。和光がやる気になっているとしたら、次に狙われるのは自分たちだということ。
すべてを、簡潔に説明した。しかし、明石が動く気配はなかった。どうしてだか、わからなかった。

「明石さん。君は……ここで死ぬ気なのかい?」

 しびれを切らして、ついそんなことを言ってしまった。なんというか、面倒だなと思ってしまう自分が情けない。女の子ってのはそういう生き物なんだ。男とは違う、徒党を組みたがる面倒くさい生き物なんだ。それを理解してやれないから、いつまで経っても彼女のひとつもできやしないんだ。

「ねぇ、明石さん」
「境くん」

焦りのあまり、さらに追及しようとしたところで、明石真由は虚ろな瞳のまま、人差し指を前に突き出した。思わず、その威圧感に仰け反る。
こいつ、こんなんだっけか。

「落ち着いてください。焦って動いたところで、的にされるだけです。……この部屋で待ち受けて、入ってきたところを、その拳銃で撃ち殺しましょう」
「撃ち……殺す?」
「……和光さんは危険なんでしょ? 殺さなくちゃダメなんでしょ??」

口元だけ、笑みの形にして、明石真由は両手で自分の両腕を掴んでくる。そのまま揺さぶりをかけられて、少しだけ動揺する。

 え? なに? 殺す?

「ちょっと待って、明石さん。俺はなにもそこまで」
「だって、殺さないと。殺さないと、殺されちゃうんだよ」
「いや、でも」
「でもじゃない。殺すの。境くんが殺せないなら、私が殺す。それでいいですよね」

困ったような顔をして、明石真由はそう呟いた。それはまるで、自分自身に言い聞かせているような、そんな素振りだった。そういえば、放送直後に伊藤敦(4番)を刺し殺した時も、何度も何度もなにかを反芻しながら、滅多刺しにしていた気がする。今の状況は、まさしくそれに近い。

 俺は、どうするべきなんだ。

確かに、和光美月は危険因子であることには変わりない。同じバレー部の相田澄香を殺したのは、間違いないだろう。だけど、たとえば和光美月が殺したかったのは相田澄香だけであって、自分はターゲットに含まれていなかったとしたら、どうだろう。最初に二人が対峙していた時も、なんとなく自分は蚊帳の外という雰囲気を感じていたし。
でも、もしも和光美月がこの戦闘実験での優勝を目標にしていたとしたら、次に狙うのは間違いなく自分だ。そして自分が狙われるということは、同じく行動を共にしている明石真由も狙われてしまうだろう。少なくとも、自分は明石真由を守り抜くという誓いを立ててしまった。立てた以上は、最後まで面倒を見るのが筋ってもんだ。

「……わかったよ。とりあえずここから動かないってのには賛成だ。わりぃ、ちょっと俺も焦ってた」

とりあえず、動かないことには同意する。明石の目が、少しだけ嬉しそうだ。相変わらずハイライトの見えなさそうな色をしていたが。

「だが、問答無用で和光さんを撃ち殺すのは反対だ。事情も聴かないまま殺すのは、なんというか、嫌なんだよ」
「……殺すのに、理由が欲しいですか?」
「いや、なんつーかさ。殺すとか殺されるとか、ルールとはいえそこまで安直に考えたら負けだと思うんだよね。やっぱりさ、おれら人間じゃん? なら、ドラマくらいはあったっていいと思うんだけど」
「……なにいってるか、よくわかんないです」
「俺だってわかんねーよ。とにかく、嫌なの。殺してから後悔はしたくないの」

 我ながら、むちゃくちゃな理論だと思う。なんて自分にとって都合のいい考えだと思う。だけど、そうと考えでもしないと、自分自身が目の前にいる明石真由と同じことになってしまいそうで、怖かった。自分が、誰かを殺した瞬間、明石と同じように虚ろな状態になってしまうのだけは、避けたかった。なんというか、目の前にいる女の子は、もうすべてにおいて達観して、感情だけ殺して理論で動くサイボーグみたいな存在になってしまったと、ふとそう思った。


 ピ。。。ピ。。。


 ふと、電子音が静まり返った生徒会室に鳴り響く。突然のことに、思わずびっくりしてしまった。等間隔で鳴り響くそれは、なにか目覚まし時計のような感じがした。

「なんだこの音?」


 ピ。ピ。ピ。ピ。


電子音が早まる。
目の前にいる明石が、少しだけ狼狽した表情で、そして光の差し込んだ目で、自分を見ていた。なんだ、そんな表情、まだできるんじゃねぇか。


 ピ、ピ、ピ、ピ、


「境くん、首輪が……!」

明石が自分の首元を指さしていた。首輪? あぁ、そういえばそんなものもつけていたっけか。すっかりなじんでいて、存在を忘れていたよ。
生徒会室の棚の上に放置されていた、立て鏡を見る。自分の首元が、赤く明滅していた。明滅の感覚と共に、首元から電子音が発せられているのがわかった。


 ピピピピピピピピ


「……! な、なんだよこれ?!」
「知らない! 私、なにもしてない!」

首輪がなにかしらの信号を受信して、電子音を放っている。自分たちがこの首輪の機能について加納から教わったのはひとつしかない。でも、どうして。
禁止エリア? 違う。ここはまだ指定されていない。なにより、目の前にいる明石真由の首輪はなんの反応もしていない。なら、いったい、どうして。

「明石!」
「いや……嫌ぁ……!」

明石が、自分から少しずつ遠ざかる。おいおい、まぁ、そうなるよな。
でも、にわかには信じられなかった。自分はなにをした? 規約違反? そんなことをした覚えは、なにもないぞ。


 ピ―――――。


 なんで? どうして?!
 俺は、いったい!


 ボンッ、という、くぐもった音を最期に、境啓輔の意識は途絶えた。
 爆発した首輪は、彼の頭部と胴体を分断し、その役目を終える。

 結局、彼も、そして目の前で鮮血を浴び続ける明石真由にも、彼が死んだ原因は、わからないままだった。

   *  *  *

 明石真由は、悲鳴をあげた。
試合が始まってから、ずっと一緒にいてくれた境啓輔が死んだからではない。首元から噴水のように吹き出す真っ赤に染まった血を、全身に浴びているからでもない。
ただ、目の前にある純粋な「死」という事実に、恐怖し、叫んだのだ。

 真っ先に死ぬのは自分だと思っていた。だが、一度目に襲われた時は、別のクラスメイトに助けられて助かった。二度目に襲われた時は、自らの手を汚して生き延びた。こうして少しずつ、命が長らえていく度に、真由の心の中には、少しでも永く生きたいという願望が、徐々に生まれていった。
始めのうちは、誰かを殺してまで本当に生き残りたいのかという戸惑いがあった。だが、今となっては。正確には、伊藤敦をその手にかけてからは、単純に感情をすべて押し殺して、ただただ理論的にしたがって行動するようになった。だから、上の階でいかにもな罠である小鳥のさえずりを確認しに行くようなこともしなかったし、境啓輔の愚策とも言える提案には一切乗る気はなかった。

 そこに、境啓輔の突然の死が現れた。
彼自身にも、なぜ自分が死ななければならなかったのかは、最期までわからなかったに違いない。別に撃たれたわけではない、刺されたわけでもない。ただ単純に、首輪が電子音を発して、そして突然爆発した。それだけだった。
その理由のない死に、真由は恐怖を感じていた。正体の掴めない死。これは、恐らく自分にも降りかかる可能性が非常に高い。理由もわからないまま死ぬだなんて、冗談じゃない。そんな風に死んでしまったら、それこそ死んでも死にきれない。

 ねぇ、どうして? どうして、境くんは死んだの?
 それとも……誰かに、殺されたの? いったいどうやって??

「……っ!」

 突然、生徒会室の扉が開く。首輪の爆発音は、それなりの音を出した。おそらく、その音を頼りにやってきたのだろう。一体誰が? そんなの、わかりきっている。死んだ境啓輔の言葉を信じるのなら、相田澄香を殺し後を追いかけてきた、和光美月に他ならない。

「うぇ、なにこれ……?」

顔を出した美月は、その凄惨な光景を目の当たりにし、そして顔をしかめた。それもそのはずだ。当事者でなければ、自分だって同じような顔をしたと思う。
荒らされた部屋、横たわる首なしの死体、そして、部屋中にぶちまけられた血飛沫、その中央に立つ、血まみれの女子生徒。なんだこれは。ホラーか。

「真由……?? て、ことは、そいつは……」
「なに、しらばっくれてんの……!」
「は?」

惚ける和光。その手には、ニューナンブM60が握られていたが、こちらも境啓輔の死体からブローニングM1910を既に奪い取って握っていた。

「あなたじゃないの? 境くんの首輪を吹き飛ばしたのは!」
「……境? あぁ、やっぱりその首なしは」
「境くんだよ! いきなり首輪が吹っ飛んで、死んだの!」

ブローニングを、和光に向けて構える。意外だったのかもしれない、出遅れた和光は銃を構えることもなく、両手をあげてそのまま後ずさりした。

「ずいぶんと物騒なもん、持ってるじゃない」
「答えて。境くんになにをしたの」
「なにって……私はなんもしてないよ? ただ爆発音がしたから、部屋の中を覗いただけさ」

やれやれ、といった感じで和光は溜息をついた。ウソをついているようには思えない。純粋に、先程の小鳥のさえずりのように、音に導かれてここまでやってきただけなのかもしれない。

「……じゃあ、誰が?!」
「そんなん知らんよ。首輪を爆破されたってことは、なんか運営の逆鱗にでも触れたんじゃないの? ルール違反でもしちゃったとかさぁ」
「そんなことは……」

 ありえない。でも、他に理由が思いつかない。
 そんな中、和光が視線を少しだけ廊下側にずらして、苦笑いを浮かべた。

「……おっと、やばいのが来たわ。私はさっさとフけるね」

 突然、和光が部屋の中へと飛び込んでくる。咄嗟に構えたブローニングを撃とうとしたけれども、照準が定まらない。あぁ、なるほど。境くんが伊藤敦に向けて放った弾は、そう簡単には当たらないわけだ。
和光は自分に向かって駆けてきたのではなく、そのまま背後の窓から、テラスへと飛び出した。この生徒会室を素通りしたわけだ。いったい、なぜ。

 入口側から、足音がする。また、来客か。今日は音に誘われてたくさんの人間がやってくる日だ。
その入口から顔を覗かせたのは、白衣を纏った波崎蓮だった。

「波崎くん……?」

刹那、これまでの記憶が、走馬燈のようにフラッシュバックする。
男子生徒に苦手意識を持っていた自分が、初めて気さくに声を掛けられたあの日。日直の黒板消しの時に、背が足りなくて一番上まで消せなかった自分の代わりに、きれいに消してくれた波崎蓮の姿。
彼は誰にでも優しくて、気兼ねなく話しかけていた。ああいう人間になりたいなと、ずっと憧れていた。放送部では基本裏方に徹していて、滅多にしゃべることはなかったけれど、彼の優しい声はいつ聞いても、爽やかだった。唯一苦手意識を感じない男子生徒と言っても過言ではなかった。

 私は、波崎蓮が、好きだった。

両手に握られたブローニングは、波崎蓮に向けられていた。
違う、違うの波崎くん。これは、あなたを撃とうとして構えているんじゃないの。ただ、突然目の前に現れて、境くんも死んじゃったし、和光さんは逃げ出すし、ああもうわけわかんない。とにかく、違うの。だって、私。私は。

 直後、波崎蓮の握る小銃から、ぱぱぱぱ、と弾が吐き出された。
 次の瞬間には、真由は掃射を浴びて強制的に体を後ろに吹き飛ばされていた。

そうだよね。仕方ないよね。だって私、大好きな波崎くんに向けて拳銃なんて構えていたもんね。これ、波崎くんからしたら正当防衛だよね。波崎くんは、別に悪くなんかないよね。
でもね、これだけは信じてほしいの。私、別に波崎くんのことを撃とうと思っていたわけじゃないんだよ。波崎くんのこと、私が撃つわけないじゃない。だって、私はね。

 叫び声は、もう、出なかった。
 全身が引きちぎられるように痛かった。ただ、それだけだった。

私、死ぬのが怖かった。だけど、波崎くんにだったら、別に殺されてもいいかなって思えるの。だって、好きな人に殺されるのなら、本望でしょ? これ以上の幸せって、ないでしょ?
まさに死ぬ瞬間、あなたのそのいつもの表情を見ていられるだなんて。それって、つまり。


 永遠、だよね。


 最期に、一発。
 もう一度だけ明石真由の身体がびくんと揺れて、そして、動かなくなる。

 その死に顔は。
 これ以上ないくらい、幸せに満ちていたように見えた。

   *  *  *

 波崎蓮は、明石真由の死体を見下ろす。
なんだかずいぶんと幸せそうな顔で事切れたその死体は、なにか悪い憑き物でも落ちたかのような、そんな感じだった。

 ……明石さん。

今朝までは、普通に朝の教室で一人のクラスメイトとして会話してきた仲間を、今、こうして自分が次々と手にかけている。人生、なにが起こるかわからないものだなと、ふと、そう思った。
残念ながら和光美月は既にこの部屋から逃げ出してしまったらしい。今さら追いかけたところで、追い付くことは不可能に近いだろう。なに、まだいくらでもチャンスはある。自分に残されたタイムリミットまでは、まだ折り返し地点にも来ていない。

 そして、明石真由の死体の傍には、もうひとつの死体があった。首から先がなくなっているその死体、少し周りを見渡すと、部屋の隅の方に、いわゆる『生首』が転がっていた。その顔はだいぶひしゃげていたが、見覚えはある。サッカー部の、境啓輔だ。確か、彼の出席番号は。

 あぁ、やっぱり。


 高石遼を殺害した直後の話だ。
便器の裏側に、彼に支給されたのであろう、チャックのタグに「12」と印字されたドラムバッグがあった。それを掴み取って、開ける。その一番上には自分に支給された端末と同じようなものが、置かれていた。これが、彼に支給された武器だ。
念のため、端末のスイッチを入れてみる。もともとこの端末にも自分と同じように、起動までの時間と支給者本人へのタイムリミットがあったのかどうかは知らない。ただ、既にソフト自体は起動できるようになっていた。画面には、簡素な文字で『ロシアンルーレット』という文字と、なにやら円盤のようなものが表示されているだけだった。
ロシアンルーレット、この言葉を素直に信用するなら、つまりアプリを起動したら、誰かが死ぬってことだ。右下に使い方のボタンがあったので、そちらをタップする。画面が切り替わって、説明文が表示された。
要約すると、このアプリはルーレットを回すことで、誰かをランダムに指定し、その者の首輪を爆破させるものらしい。任意での指定はできないし、また死者はルーレットのマスからは除外されているとのことだ。恐らく、本部で管理している生存者のリストと、常に通信かなにかで連携しているのだろう。ちなみに使用回数は全部で3回まで。それ以上使用することはできないらしい。つまり、このアプリは最大3名まで、生存者の首輪をランダムで爆破できるものだったのだ。
その他の画面表示はないことから、純粋にこの端末はこれだけの機能なのだろう。持ち主である高石遼が死亡した今、もしかすると彼のタイムリミットの表示もなくなっただけかもしれない。そして、このアプリでルーレットを回した形跡も、ない。

 少しだけ、ぞっとした。もしも彼が悩むことなくこのアプリを起動し、たまたま自分が指名されたとしたら。知らない間に、いつの間にか自分の首輪が爆破されていたとしたら。自分たちの命は、こんなにも簡単に、ゲーム感覚で消されていたのかもしれないと思ったら。

 ……ためしに、1回だけ回してみようか。
 物は試しだ。その効果とやらを、自分で確認してやらなくては。

アプリを起動画面に戻す。そして、ルーレットをタップし、そのまま、スワイプする。
小さな効果音が、連続で鳴り響く。生存者であろう生徒の出席番号が、小さいものから大きいものへ、効果音と共に切り替わっていく。当然ながら、高石遼の12番は表示されなかったし、自分の出席番号である16番は表示されていた。なるほど、つまり、使用者本人の番号が指名される可能性もあるということだ。
あ、もしかするとこれ、やばいかもしれない。自分が指名されたら、首輪が爆発して終わる。なんか、ものすごく今、ヤバい状況な気がしてきた。今現在生き残っている生徒は、だいたい自分を入れて12人くらい。出席番号が後半の生徒はわりと生き残っているが、前半の生徒はほとんど死亡している状態だ。今も画面の切り替わりは、2番の次が7番、10番、そして15番、16番、17番といった具合だ。どの生徒も等しく、約10%の確率で死ぬ。後半になればなるほど、こいつは自分が指名される確率の上がる、博打な武器となる。いざという時の、最期の切り札として使用してもいいが、だいたいそういう時に指名されるのは自分だということは、マーフィーの法則から明らかだ。
やがて、効果音と共に数字が切り替わる感覚は長くなり、ついには止まる。指名されたのは、10番。名簿を確認すると、境啓輔ということが判明した。この瞬間、この結果は本部のサーバに伝えられ、そのまま首輪を爆破する信号が彼の元へと行ったに違いない。
実感こそ湧かないが、そういうことなんだろう。

 程なくして、少し離れた位置から、軽い爆発音みたいなものが響いてきた。そう遠くない位置に、彼はいたのだろう。本当にこの音が、境啓輔の首輪が爆発した音なのかどうかを、確かめる必要があった。そして、その道中で、和光美月を見かけた。一度は逃がした彼女だが、今回もあっさりと逃げられてしまった。相変わらず、逃げ足だけは早い。
部屋の中には、拳銃をこちらに向けていた明石真由がいた。彼女が誰かを殺すということは考えられなかったが、もしかすると勢いで撃たれてしまう可能性もあったので、可愛そうだが正当防衛ということで射殺した。それだけだった。
そして、その近くにあったもうひとつの死体。首なし死体の、境啓輔。つまり、首輪が爆発したら、こうなるってことだ。こんなちっぽけな端末操作で、これだけのことが起きてしまったのだ。
残念ながら、これ以上の使用はNGだ。次にルーレットを回したら、こうなるのは自分かもしれない。こんな危険なもの、使えない。電源を切って、そのまま自分の所持していたドラムバッグの底に、しまう。もう、二度と使うことはないだろうけれども、念のためだ。同じ型番の、自分に支給されたもうひとつの端末は、まだ、アプリの起動時間が来ていない為、使えない。念のため、自分のものも確認してみる。

 ……おや?

端末の電源を入れたら、起動時間まではまだ時間があったが、右下部分には使い方を表示するボタンが追加されていた。
前もって、きっと使い方を参照できるように、こちらにもこっそり時限式のなにかが仕掛けられていたのだろう。さっそく、ボタンをタッチしてみる。そこに表示された機器の名称は。

河田中学校解体計画』と、表示されていた。


  2番 明石 真由
 10番 境  啓輔
 12番 高石 遼   死亡


【残り10人】

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