14.終わりじゃない


「アキラ。そっち、どうだ?」
「ダメだ昭人。こっちも死んでる」

 見つかるのは、死体ばかりだ。しかも、その中のいくつかは、首元で切断されているかのような感じになっていて、直視できない状態だった。辛うじて、なんとなくこの生徒だろうということしか、わからない。なかには、銃殺されたあとに首を斬られたような生徒もいた。誰が、いったいなんのために。

「ひでぇ有様だな」
「あぁ、予想以上にペースが速い」

 門前晃(22番)は、3階に転がっていた死体を確認する。廊下に無造作に転がっていた身元不明の生徒に、合掌をする。これで、もう何人目だっけか。近くにも、相田澄香(1番)の死体が転がっているのは確認できた。
奥の部屋から、森澤昭人(21番)が出てきた。この先には誰もいなかったと、そう語る。自分たちが体育館棟を出てから、もう軽く6時間以上は経過しているのだ。

「たいして広くない校舎のはずなんだが……」
「そこに散らばる24人のクラスメイト。いや、始まったときは22人だっけか。ろくなやつに出会えてないな。見つかるのは死体ばかりってか」

仲間探しの旅は、順調ではなかった。きっと、すれ違いもたくさん起きているに違いない。生きている人間は、当然ながら動き回る。あちこちから銃声だって聞こえてくる。爆発音だって、聴こえてきた。誰かが、クラスメイトを殺しまわっているのは間違いないんだ。だけど、そいつに出会うことがない。あるのは、死体ばかりだった。
体育館棟から移動して、まずは屋外、校庭や裏庭、敷地の方をくまなく探したが、隠れている生徒は見つけ出せなかった。見つかったのは、大貝玲子(5番)と木島雄太(8番)の死体だけだ。
続いて、校舎棟を1階から順に最上階まで探すことにした。隠れている生徒は、仲間にしよう。そう思って、少しずつ少しずつ、慎重に探していった。だが、保健室には谷村昌也(13番)と香川優花(6番)の死体が、そして図書室のあたりで柴門秀樹(9番)の死体がそれぞれ見つかっているだけだった。いずれも、首元が斬られていた。
こんな感じで2階でも死体を見つけて、3階でも死体を見つけて。肝心の生存者は、見当たらない。

「なんだろう、敵はステルス迷彩でも装着しているのかな」
「それじゃあ完全にチートじゃねぇか」
「オレらに支給された武器はまったく使えねぇのにな」
「灰皿とピアノ線じゃあな」

お互いに、苦笑いをする。重たい雰囲気は嫌いだったし、静かな空気も嫌だった。なんとかして、2人で会話して、場を少しでも賑わせていないと、頭がおかしくなりそうだった。この試合が始まってからもう10時間以上が経過しているのに、結局生存者に会えているのはお互いだけなのだ。最初、隣の柔道場で対峙した香川優花は、保健室で死体となって再開したわけだし。

「なーんかさぁ」
「なんだよ、昭人」
「オレら、仲間を探すとかいって、結局なにもできてねぇんだなって思うと、悲しくなるよなぁ」

4階へと昇る階段の途中で、昭人がぼやきだす。

「……まぁな」
「隠れている生徒どころか、元気に殺しまわっている生徒も見当たらねぇ。マジで、この世界はオレらしかいねぇんじゃねぇかって気分なわけよ」
「そう思うと、寂しいな」

でも、まだ4階がある。この階にいなければ、また体育館棟に戻って下から順番にくまなく探すだけだ。実際、体育館棟はまだそこまで詳しく見ていない。まだまだ、できることはたくさんある。

「また、次の放送でも、たくさん名前が呼ばれるのかな」
「だろうな。相田の姐さんとかは、さっきは呼ばれてなかったもんな」

ふぅ、と重たいため息が昭人の口から洩れる。
そういえば、相田澄香のこと、好きとかそういう感情に近い方向で、憧れだったんだっけか。悪い話、ふっちゃったな。

「ほ、ほら昭人。4階もがんばろ、な。残り人数少ないけど、だからこそここに固まってるかもしんないし、な」
「……そだな。よっしゃ、やりますか!」

無理やりテンションをあげる。そうして、この重たい雰囲気に負けないようにする。ノリと勢いだけでどうにかなる状況ではないけれど、少なくともいつも通りに振舞おうとすれば、結果もついてきそうな気がした。

 その時だった。奥の部屋の、普段は立ち入らないような場所。いわゆる、機械室と呼ばれている扉が、静かな音を立てて開いた。

「……あれ? 開いた?」

機械室はどの階にも存在する。昔、一度だけ鍵が開いていたので忍び込んで中を見学したことがあるが、大きな空調機がゴウンゴウンと音をたてて動いていたのを確認した。あとは、銀色のテープで保温された配管が、所狭しと並べられていたのを覚えている。
なにやら大切な設備機器がたくさんある部屋で、自分たちには無関係だと思っていたし、当然普段は鍵もかかっているから、今回の調査では鍵がかかっているのを確認したらもう中は覗かなかったのだけれども。まさか。

「中に、誰かいるな。覗くか」
「慎重にいこう。この段階まで生き残っているんだ。どちら側か、わからない」
「そうだな」

だが、慎重に行くまでもなく、その時は訪れた。
開いた扉の陰から、ひょっこりと顔だけを覗かせたその姿は、どこか少し不安げだ。

「えっと、昭人くんと、晃くん……だよね?」
「あ、おまえ」

こちらにいるのが2人だけとわかると、向こうも同じように深く溜息をつく。
そこにいたのは、我らが野球部のマネージャー、物部昴(20番)だった。スバル、という普通なら男の子につける名前を持つ彼女は、まぁわりとその名の通り、男勝りだ。もともと親も男が生まれると医者に言われてて名前を考えたものの、いざ生まれてきたら女の子だった。そしてそのままスバルと名付けてしまったというある意味では伝説を持つ彼女は、野球部のおふくろ的ポジションとして、日々のオレらの練習を支えてくれていた。

「よかった。とりあえず、誰かに見つからないうちにさっさと入って」
「え? あ、おぅ」

言われるがままに、機械室に入れられる。採光もなく、非常照明だけ点灯している機械室は、あの時のようなベルトの回っている音はなく、静かに機械が鎮座しているだけだった。

 昴は、入口の鍵をしっかりと閉めると、スカートのポケットからなにやら小さな端末みたいなものを取り出した。そして、ボタンを操作する手つきをしている。あれは、スマホだろうか。でも、昴のスマホはあんな色じゃなかった気もするが。

「あー、こちら昴。もしもーし、聞こえるー?」
『はーいこちら俊明。どしたー?』
「4階で昭人くんと晃くん確保したよー」
『おー、マジかー! おめでとさん! こっちは1階の茂みで気を失ってた和光ちゃんを保護したよ。今おぶって体育館向かってる』
「おー、そっちもね。了解。とりあえず状況だけ2人に説明しまーす、オーケー?」
『いいよいいよ。こっちはこっちでうまいことやるから。じゃね』
「はーい、お大事に。じゃね」

昴がしているのは、通話だった。昭人が試みて、できなかった、通話だった。
それから、話し相手は俊明と名乗っていた。それはつまり、同じく野球部所属の長山俊明(15番)に他ならない。
えっと、それは、その、つまり。

「あのさ、昴。状況が、よくわからない」

 通話を終えた昴は、少しだけドヤ顔をすると、話し始めた。

「あたしに支給されたのはこの端末。おんなじのを、今お話ししてた長山くんにも支給されてたみたい。ま、簡単に言っちゃえばトランシーバーだね。普通の携帯は使えないけど、こいつを使えば、ペアになってる端末同士でお話ができるってわけ」
「へー、専用端末ねぇ」

 トランシーバー。なるほど、それで昴と俊明は連携を取っていたわけか。

「あ、なんか今の通話聞こえたんだけど、俊明が和光さんを保護したって」
「あーうん、なんか気絶してたとか言ってたね。生きてるなら大丈夫だと思うよ。体育館に持ってくとか言ってたね」
「保護って、なんだ。みんなを集めてるのか?」
「そうだよ」

 いともあっさりと、昴は認めた。
 そして、立ち上がって、両手を広げる。

「そう、あたしたちは、生き残ってるみんなを、体育館に集めてるんだ。みんなで、助かるんだ」

 そういって自信に満ちた顔で宣言する昴は。
 どこか、頼もしそうに見えた。

   *  *  *

 1日目、午後11時。
 校舎棟、1階。家庭科室。

 神崎聖美(7番)は、制服のポケットの中に入れてあったカロリーメイトを、もそもそと頬張る。食欲があるかと言われたら、正直言ってあまりない。だが、身体のお腹の虫は空腹を訴えていた。なにか食べないと、体力ゲージが色々な意味でピンチだ。ここは、無理やりにでも水を使って流し込まなければ。

 最後の晩餐がこれかぁ……。

どうせなら、もうちょっといいものが食べたかったな。そう思って、家庭科室に忍び込んだのはいいけれど、残念ながら米くらいしかなかったし、調理実習の時に使う炊飯器を使おうにも電気も水道も使えないこの状況ではどうしようもない。この非常灯だけの薄暗い環境の中で、たった一人ぼっちで、もそもそと食べるのが精一杯だった。

 視聴覚室で目覚めたのが、今からちょうど12時間くらい前。でも、自分にとっては、はるか昔のような気がしてならない。あの時は、まだみんな生きていた。生きていて当たり前だと思っていた。だけど、今はどうだ。この薄暗い校舎の中で、仲良かったクラスメイトが自分を殺すために彷徨っている。ひたすら逃げるだけの戦闘実験。見つかったら、死んでしまう。ゲームとは違う、リアルでだ。
恐らく、戦闘実験としては、これほどまでに情けない生徒もそうはいまい。逃げて、逃げて、逃げ続けて。自分から積極的に戦闘に関わることもなく。武器である催涙スプレーを利用することもなく。ただ、ひたすら逃げ続けて。自分が死んだら、戦闘実験の資料はきっとこうだ。神崎聖美、殺害数、ゼロ。試合開始から常に他者との接触を避けるものの、○時○分、遭遇した○○によって射殺される。あぁ、つまらない。

どうせ死ぬんだったら、こう、殺害者ゼロでも面白い感じの報告書にまとめてもらいたいな。少なくとも、結果は両親の元にも届けられるんだろうし、あぁ、うちの娘は殺害数ゼロだけどこんなにも頑張ったんだなって、そう思われるような報告書にしてもらいたいな。今から遺書でも書いて、加納さんに懇願しようか。うちの成績、少しでもいいから誤魔化して上げる方向でお願いします、とかさ。
そうなると、やっぱり今さらだけど積極的に誰か他人と関わっていく必要があるのかもしれない。もちろんやる気まんまんの奴に遭遇したらその時点で報告書の完成は不可避だから、そういう奴じゃないのはまず大前提として、だ。

 カロリーメイトを平らげて、あたしはそっと廊下の様子をうかがった。相変わらず、この1階は硝煙の臭いと血生臭さで満ちている。深呼吸するのも憚られる。
ふいに、体育館へと続く通路、ずいぶん前に山瀬陽太郎(23番)と遭遇した場所で、なにかが動いたような気がした。常田克紀(14番)が残した小鳥のさえずりを追っていったと思ったが、もう用事は済んだのだろうか。
じっと物陰から様子を見ていると、やがてひとつの物体が、姿を現した。目を凝らすと、あれは男子生徒だった。誰かをおぶっているらしい。……救出中か?
どちらにせよ、やる気なら誰かを助けるなんてことはしないだろう。あの人物は、信用できる。話しかけても、大丈夫だろう。勇気を出すんだ、あたし。

「あの」

 やや上ずった声が、廊下に響く。男子生徒は一瞬肩を震わせるが、すぐに落ち着いて振り向いた。長山俊明(15番)だった。スポーツ刈りに爽やかな笑顔。遠目にもわかる、健康的な青年だった。

「よぉ、神崎じゃねぇの。どした? こんなところで」
「あ、いや。別に、なんもしとらんけど。……その子は?」
「あー、こいつは和光さ。和光美月。そこの裏庭で気絶しとったから、とりあえず回収した。頭でも軽く打ったかもしれんね」
「そ、そうなんだ」

長山曰く、おぶっているのは和光美月(24番)。確か彼女は長山本人よりも背があったと思うが、そんな彼女を軽々と持ち上げているあたり、彼の筋力ってのはすごいのだろう。

「あれか。神崎もぼっちで行動していたクチか?」
「そうだよ。試合が始まってから、ずっとひとり。何人かとは、遭遇したんだけどね」
「ほー、誰と? 知っとったら情報だすよ」
「あ、うん。一応、克紀……常田くんと、あとは山瀬くん、かな」

長山の顔が、バツの悪そうなものになる。

「あー……神崎。あまり言いたくはないんだけどさ」
「わかってる。克紀のことだよね」
「知っとるなら話は早いわ。うちの別働隊から、常田の死体は確認取れてる。まぁ、恐らく常田だろうって死体なんだけどな。あと、山瀬はまだ報告きとらん。まだ生きてるんじゃないかな」

やっぱり、という気はしていた。あの状況で、克紀が生きているということは間違いなくゼロに等しかったのだから。ただ、こうして又聞きとはいえ彼の死亡を聴けたのは、大切なことだったのかもしれない。
それよりも、気になることがあった。

「別働隊って?」
「あー、実は野球部のみんなでチーム組んでてな。今生き残ってるやつらを、体育館に集めてんだ。ま、ちょっとしたお遊びみたいなもんだよ。和光もそこに連れて行こうって思ってる。よかったら、神崎も来るかい?」
「みんなで集めてるってこと?」
「そ。俺に支給されたのはトランシーバーでな。昴にもおんなじのが支給されたから、常にやり取りができるのよ。で、情報交換をしとるわけ。向こうは向こうでもう3人になってるみたいよ」

生き残っているクラスメイトを、手分けしてかき集めているわけか。
いったいなにを企画しているのかはわからないけれど、残り人数も少なくなってきているであろう今、もうほとんどの生徒は野球部のみんなによって集められているに違いない。なら、あたしもこの話に乗っかった方がいいんじゃないだろうか。

「みんなを集めて、なにをしようっての?」
「それはキャプテン次第だな。俺はまだなにも聞いてない」
「キャプテンって、達志くんのこと?」
「おう。なんかなるべく生き残っている奴らをかき集めてくれって指令があってよ。多ければ多いほどいいんだと。ま、今はあいつのこと、信用するしかないもんな」
「へー……」

 深堀達志(18番)。野球部の部長を務める、彼らのリーダーだ。とにかく、体力も人一倍勝るものの、頭の回転はもっとよい。智将と言われるだけのことは、あった。この戦闘実験でも、敵には回したくないタイプの1人だったけど、どうやら相変わらずよくわからないけどなにかを企んでいるらしいことはわかった。

 乗るも八卦、乗らぬも八卦、か。

「わかった。ついてく」
「お、やりぃ。じゃあこれ持って」

賛同を決めた瞬間に、担いでいたドラムバックを渡される。ずっしりと重たくて、思わず肩が抜けそうになった。こいつ、こんなに重たいものを持っていたのか。

「それ和光さんのバッグ。くっそ重たかったからさ。持っててよ。俺こいつで精一杯」

にやりと笑う長山の顔は、とても殺し合いの最中とは思えないような、笑顔だった。
そんな顔を見て、安心する。まだまだ、あたしの中では、人生終わってないなと、そう、思えた。

   *  *  *

 和光美月は、目覚めた。身体が、ひどく重たい。
 私はなにをしていた? いま、どうしてここにいる?

 記憶の糸を辿っていく。徐々に、思い出す。そうだ。私は、2階の生徒会室から爆発音を聞きつけて、現場に向かった。そしたら、明石真由(2番)がいた。そして同じく音を聞きつけた波崎蓮(16番)もやってきた。私は嫌な予感がしたから、そのまま生徒会室を突っ切って、テラスに出た。
テラスの先は逃げ場がなかったし、もうひとつの入口である多目的室は既に禁止エリアにされていた。そして、背後から聴こえてくる銃声。間違いなくこのまま素直に入口から2階の廊下に戻ったら、今度は私があの男によってハチの巣にされる。なら、もうこの2階から飛び降りるしかない。
たまたま、1年A組の近くには、少し大きめの木が植えられていた。張り出した枝に飛び移れば、木登りの逆の要領でうまいこと1階の裏庭に逃げられるかもしれない。そう思ったから、ろくに枝の太さも見ずに行動してしまったのがいけなかったのかもしれない。その小ぶりの枝は、私の長身の体を支えられるほど強くはなかったのだ。
思い出した。私はそれで2階程の高さの枝から落下して、下の茂みにたたきつけられたのだ。恐らく、気を失ったのはその直前か。身体がひどく重たいのは、きっとどこか背中あたりを打ち付けたからに違いない。幸い、茂みに落ちたからだろう、骨が折れているみたいなことはなさそうだった。

「ここは……?」
「あ、気が付いた。よかったー」
「……平坂、さん?」

 私を覗き込んでいるのは、平坂麻衣子(17番)だった。私がクラスの女子で一番背が高いとしたら、彼女は一番背が低い。そんな小動物みたいな彼女が、放送部で身についたのかわからない可愛らしい声を出して、私の心配をしてくれていたらしい。

「えっと。その、ここは?」
「ちょっと待って。いま、みんなを呼んでくるね」
「あ、ちょっと」

麻衣子は私に意識が戻ったことが嬉しかったのだろう。話もろくに聞かずに、その部屋から飛び出した。どうやら私は、その部屋の革張りのソファに横にされていたらしい。いったい、どれくらいの間意識を失っていたのだろう。そして、ここはどこなのだろう。
いや、待て。麻衣子は今、みんなを呼んでくると言っていた。つまり、他にもあと2、3人はいるということだ。そしてよく考えたら今は殺し合いの最中だ。思い出した。戦闘実験の最中じゃないか。なにを呑気に気絶してるんだ。早く起きて、逃げ出さないと。
……あれ? スカートに差し込んでおいた拳銃が、ニューナンブM60がない。落下した時にどこかに落としちゃったかな。どうしよう、あれがないと。あれ、そもそも荷物はどうした? あれ?? 九五式軍刀は??


「探し物は、こちらかな」

 アルミ製の簡素な造りの扉が、開く。そこからのっそりと顔を出したのは、長身の私よりもさらに長身の男、深堀達志だった。自信に溢れたその男が持っているのは、まぎれもなく、私の武器だった。

「あ……深堀くん……」
「まぁ、横になってなよ。気を失っていたところを、うちの長山が拾ってきたって言ってる。誰かから逃げていたのか、あるいは自分で下手でもうったか。事情はあとで聞くとして、今はゆっくりと休むといい」
「あ、助けてもらったのか。長山くんに。あとで、お礼、言わなくちゃ」

意識がないまま、勝手にこの部屋まできてソファに寝たわけではなかったらしい。恐らく茂みの中で気を失っていたところを、深堀の言葉を信じるなら、長山に見つかって、そのままこの拠点らしきところまで連れてこられた。そういうことなんだろう。

「深堀くん、いくつか聞きたいんだけど」
「ここは体育館棟の1階、体育教官室。ここにいる仲間は君を除けば、俺を入れて4人。別働隊が校舎棟に3人いる。君の持っていた武器は危ないから俺が一時的に預からせてもらっている。そのうち返すから心配しなくていい。俺がここに仲間を集めてなにをしようとしているかは、今メモ帳にまとめているからもう少し時間をくれ。そして君は俺達の仲間になってもらう。以上、その他に質問があれば受け付けるけど?」
「……。別に、ない」

時計を見る。あと10分程で、日付が変わりそうだった。波崎に襲われたのは、いったい何時頃だったっけか。でも、1時間以上は気を失っていたのだろう。ずっと緊張の糸が張ったままでろくに休めてもいなかったから、ちょうどいい休息になったと思えばいい。
しかし、まさかこんなところで捕獲されるとは思わなかった。いや、ここにいればある意味では命の心配は今のところ必要ないということだろうか。仲間だと言われても、いまいち実感は湧かない。

「じゃあ、和光さん。俺の方からも質問したいんだけど」
「どうぞ」

「君は、何人殺した?」

「……え?」

深堀からの質問は、確実に私の心を貫いていた。しまった、油断していた。冷静に考えたら、私が戦闘をしていたのは間違いないし、深堀側には聞くところによると少なくとも7人の仲間がいる。彼らが誰かは知らないけれど、目撃情報とかを合わせたら、そういう結論に辿り着くのも、不思議ではない。
だが、ここは。やはり、しらばっくれるのが一番だろう。

「あぁ、ごめんね。いきなりこんなこと聞いて。びっくりしちゃうよね」
「うん、びっくりした」
「実はさっき、ここに山瀬くんが来てさ。あぁ、山瀬くんは仲間にはなってくれなかったから、もうここにはいないんだけどね」

 山瀬陽太郎(23番)。その名前を聞いて、線は一本につながった。恐らく、山瀬も仲間にならなかったものの、情報はここに残していったのだろう。私が、ここで意識を失っていると知ったから。
山瀬陽太郎とは一度だけ遭遇している。その時にもらった情報は、校門の脇に大貝玲子(5番)がいることだ。そして、玲子は私が殺した。深堀が私から奪った軍刀は、もともとは玲子のものだ。となると、もしも玲子の武器を山瀬が知っていたとしたら、イコールその武器を持っている私は玲子を殺害した犯人と推測されるだろう。そもそも、玲子の死亡自体は6時間前の放送で明らかにされている。

「山瀬くんか。私もだいぶ前に会ったよ」
「だよね。その時の話を、情報としてくれたよ」

 あぁ、もうダメだ。この場は、開き直るしかない。

「頭のいい深堀くんだもの。もう知っているんでしょ? 私が、玲子を殺したことは」
「……まぁ、薄々は」

 深堀は、苦笑いを浮かべる。たいして気にも留めていない様子だった。

「でもね、あれは」
「知ってる。正当防衛でしょ? 山瀬くんから聞いたよ。大貝さん、なんか不安定だったみたいじゃない。襲い掛かられて、つい返り討ちにしちゃったってことにしようよ。和光さんは悪くなんかないよ。うん、誰も悪くない。悪いのは、この戦闘実験なんだから」

 思わず、息を呑んだ。
 予想外の返事をされた。人殺しをしたのを知っていて、悪くないと言われたのだ。

「でも、私! ……澄香も、殺した!」

 口が勝手に、動いた。言わなくてもいい情報を、喋ってしまった。

「……大丈夫。君は悪くない。君は、悪くなんかないよ」

 深堀は、優しい顔をして、そう言った。
 きっと、この情報も、なにかしらの形で知っていたのだろう。

「どうして? どうして、叱ってくれないの! 私、人殺しなんだよ!」
「叱る必要なんか、ないよ。君は後悔しているし、反省もしている。心のどこかでね。だったら、君に必要なのは叱る人じゃない。許す人なんだよ。だから、俺は君のことを許す。君がしてきたことを、許してあげる」
「バカじゃないの……!」

 私は、この男の言う通り、誰かに叱ってもらいたかったのだろうか。
 それとも、許しを請いていたのだろうか。

 でも、わかった。今の私の心が、徐々にすっきりとしていくことに。荒んでいた気持ちが、少しずつ、雪解け水のように、溶けていくことに。
つまりは、そういうことなのかもしれない。私は、改めて顔を上げる。別に、泣いてなんかいない。

「私を二度にわたって襲ってきたのは、波崎蓮。彼は、たぶんもう、私以上に何人ものクラスメイトを殺している」
「……だろうな。確証はなかったけど、消去法で考えると、もうあいつしか残っていない」
「いいよ、仲間になる。なにかできることはある?」

 深堀は、ニューナンブM60を、私へと放り投げる。私はそれをキャッチする。やはりというべきか、弾はすべて抜き取られていた。

「弾は体育館の更衣室に、君のバッグごと置いてある。みんなの元に、挨拶に行こう。君の役目は、もし波崎くんが攻めてきたら、その銃で応戦することだ」
「そんな役目をレディに押し付けるなんて、野蛮な人なのね」

 私は、笑った。
 深堀も、笑った。

 私はようやく、気が付いた。

 これはゲームじゃない。現実だ。人殺しなんて、つまらない。
 私は友を殺した。でも、まだやり直すことはできる。

 まだ、終わらせやしない。なにも、かも。


 【残り10人/process.3 終了】

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