15.崩壊
―― 河田中学校解体計画。
河田中学校は、水沢市に建てられた地上3階建の鉄骨造の建物である。もともとは計画道路として予定されていた部分が、土地の権利の関係で市の所有物となり、長らく計画が延期された際に、学校、図書館などの公共建築物となり、市民へと提供された。
その後、計画道路のすべての用地が県によって買収され、戦後から計画されていた道路はようやく開発の兆しが見えた。それに伴い、市の所有物となっていた土地は、段階的に県へと返還されることとなり、同時に廃校、廃館等が市議会によって決議された。
もとより解体されるのが前提とされていた建物のため、施主は予め解体用の爆弾を建物の要所要所に組み込んで施工するよう命じた。その結果、解体にかかる時間的、経済的コストを最大限に節約することができるとし、またその技術を今後全国的に展開していくために、県を挙げてのアピールを続けていく方針。
なお、廃校は2013年度末で決定されているが、転校に掛かる費用等の捻出は市からは難しいとの声もあり、国の政策のひとつとなっている戦闘実験第68番プログラムに学校そのものを『資材』として献上することによって予算を補填してもらう方向性で、教育委員会とは折り合いがついた。
―― 端末の操作方法。
河田中学校は全部で20のエリアに区分されている。この端末は試合開始後12時間が経過してから、爆弾の起動が可能となる。合計で3ヶ所の起爆を行うことができる。場所は20のエリアから、任意で選ぶことができる。1ヶ所ずつ起爆することもできる。エリアを選択し、起爆ボタンを押したら、雷管に電波を飛ばし、約10秒後に起爆する。
なお、この端末を支給された者は、試合開始後24時間が経過すると、首輪を爆破する。
対象者は『No.16』。
波崎蓮(16番)は、2階の男子トイレで端末の説明画面をじっくりと読んでいた。間もなく、時刻は0時を指そうとしている。4月16日が、すぐそこまでやってきている。
上を向いて、はーっ、と大きく息を吐いた。隣の個室で死んだ高石遼(12番)による、血生臭い香りが、自分を不快な思いにさせる。
爆弾、か。
12時間経たないと使うことのできない端末だなんて、いったいどんな武器なんだろうとは思っていた。高石遼に支給されたロシアンルーレットだって、考え方によっては相当エグい武器だと思っていたが、これは予想を超えるエグさだった。学校の任意の場所を好き勝手に爆破できる? なんだよそれ、チートじゃないか。
だからこそ、24時間のタイムリミットがあるのだろう。この武器を使えるようになるまで生き延びてみせろ。そして、この武器を使って優勝してみせろ。できないのなら、死ね。なるほど、わかりやすい。
具体的に爆破できるのは3ヶ所。20のエリアとなっているから、単純に考えて1つの階につき5エリアとかなんだろう。まぁ、ちょっとズルいかもしれないけれど、素直に解体用の爆弾という性質を考えたら、1階を爆破して倒壊させてしまったら、そのまま2階から上も崩れ落ちてしまうだろう。そうなると、もうわけがわからない。校舎棟まるまる、もしくは体育館棟まるまる生き残って潜んでいる生徒をぺちゃんこにしてゲームセットだ。
それを考えたうえでの、爆破は3ヶ所までという制約は、なかなかに絶妙なのかもしれない。そうだ、だったら確実なのは、体育館棟の1階を爆破することだ。ここを潰せば、確実に上の階を支えきれなくなった体育館棟はまるまる崩壊する。問題はそこに残り少ない生き残りのうち何人が潜んでいるか、だが。
……考えたって、なにも始まらないか。
今は、このボーナス的な武器を、ちょっと一発かますだけでいい。時間はまだ12時間残っている。優勝するために、少しずつこれまで通り頑張れば、それでいい。
波崎蓮は、顔を上げる。
彼の持つ端末に表示された残り時間は、まもなく1分を切ろうとしていた。
* * *
山瀬陽太郎(23番)は、1階の職員室にいた。
誰かがやってくる気配は、ない。
今、この学校には何人の生徒が生き残っているのだろう。引きこもりだった自分には、友達と呼べる存在は、このクラスにはいない。ここで一緒に殺し合いをするクラスメイトは、全員が陽太郎にとって敵だった。
陽太郎は、この殺し合いに参加する気など、始めからなかった。ただ、2年生まで一緒に席を並べていた、自分とは無関係な生徒たちが、ただ加納という男に言われるがままに戦いはじめ、そして一人、また一人と姿を消していき、気が付いたら半分以下にまで減っていた。
それで、いい。一人で、いい。一人でいるのは、慣れている。さびしくなんか、ない。他人に干渉されるのは、嫌なんだ。あれこれ思われるのは、まっぴらごめんだ。他人なんて、なにを考えているのかわからない。わかりっこない、エスパーでもなんでもないんだから。
校舎のあちこちを歩き回り、大貝玲子(5番)や和光美月(24番)、そして神崎聖美(7番)のような生徒と遭遇しては、戦闘を回避して、のらりくらりと生き延びてきた。そして、神崎から聞いた小鳥のさえずりの話を頼りに、校舎棟の3階へと行こうとして、いきなり目的地から銃撃音が聞こえてきた。さすがにまともな武器もない状態で、そんな戦火の渦に飛び込んでいくような愚か者ではない。落ち着くまで待機し、頃合いを見て戦場見学へと勤しむと、案の定、死体がいくつも転がっていた。誰の死体かはわからなかったし、顔を見ても誰だか思い出すことはできなかった。だが、そこに転がっている防犯サイレンは、この戦闘の火付け役になったんだろうなと、そう感じた。
……酷い有様だ。この戦闘の黒幕は、間違いなく防犯サイレンが鳴ったまま放置した、最初の殺人鬼だ。性格が悪い奴は何人も思い浮かぶが、こういう悪知恵が働く奴というと、生き残っている中ではそうそういない。知ってる。どうせ、あいつなんだろ。
おまえってさ、なにが楽しくて生きてんの?
お前だよ、お前。楽しくなかったら、生きている意味なんてないとか思っている、そこのお前だよ。そういう考え、やめろよ。楽しく生きたいとか生きたくないとか、そういう問題以前の話なんだよ。なにが楽しいのか、それすらわからないんだよ。ただ、のんべんだらりと毎日を怠惰に過ごして、でもどうすればいいのかわからなくて、そして誰も手を差し伸べてくれないだけなんだよ。お前とは違うんだよ。お前の価値観、勝手に他人に押し付けんじゃねーよ。なんとでもいえ。自分は、そういう面倒くさい人間なんだ。
あいつは、まだ生き残っているんだろうか。……いや、生き残っているに違いない。あいつは、絶対に簡単には死なない。理不尽な方法で殺されない限りは、どんな手を使ってでも生き延びるだろう。でも、違う。自分には、武器がある。
この、端末がある。
この端末があれば、問答無用であいつを殺すことができる。あいつの優勝だけは、阻止できる。この、端末があれば。
陽太郎は、ポケットの中にある端末の感触を、もう一度、確かめる。
チャンスは、一度しかない。だけど、それで、必ずあいつを、仕留めるのだ。
そのために、自分はここまで生き延びてきたのだから。
そのために、自分は、いるのだから。
波崎蓮を、殺すために。
* * *
長山俊明(15番)は、更衣室に和光美月が姿を現したことに、ほっとする。
「よ、和光。ようやく目覚めたか、このねぼすけさんめ」
「お陰様ですっかり体力は回復したよ。長山君、私のこと拾ってくれたみたいね、感謝するし」
「まぁ、そんだけ歩けてたら問題ないだろ。ここはひとつ、よろしくな」
俊明に支給されたのは、スマホのような端末だった。起動すると、トランシーバーモードが立ち上がった。最初は通話相手が誰なのかもわからずに、ただひたすら呼びかけを続けていたら、そのうち擦れたような音と一緒に、女子の声が聞こえてきた。
『もしもーし、聞こえてるー?』
「あ、つながった。俺だよ、長山俊明。お前は、誰だ?」
『おぉ、長山くんじゃーん。あたし昴、物部昴だよ』
「え? 昴??」
お相手は、同じ野球部でマネージャーをやっている、物部昴(20番)だった。話を聞くと、どうやら昴にも同じ端末が支給されたらしく、このトランシーバーモードでは制限なく端末の電池が持つ限り、2人を繋ぐアイテムになるらしかった。武器がランダムに配られているのかどうかは知らないが、こうして接点がわりとある同士が繋がったのは非常に大きい。
昴と俊明の位置はかなり遠くだったため、とりあえずは互いに連携を取りつつ、情報交換をしつつ、少しずつ仲間を集めることを目標とした。やがて体育館の1階で部長の深堀達志(18番)と合流し、その流れで一緒に行動していたらしい平坂麻衣子(17番)とも合流した。達志の提案で、引き続き俊明と昴は単独行動で仲間を探し続けた。やがて、昴の方も同じ野球部の門前晃(22番)と森澤昭人(21番)との合流に成功し、俊明の方も気絶していた和光美月を回収し、神崎聖美とも合流を果たした。
もちろん、その間に何人もの死体を見たし、また生存者の目撃も行っている。それらの情報は2人で常に共有し、達志のいる本部へと逐一報告は入れていた。達志は合流する前からかなり慎重に行動していたらしいけれど、実際に体育館で一緒になってからも、調べごとがあるといって、そのままなにかの作業に没頭しているみたいだった。なにをしているのか聞こうと思ったけれど、口に手を当てるばかりでなにも教えてくれなかった。まぁ、達志は昔から考え事をするとうまくまとまるまでは決して誰にも相談しないような奴だったから、俊明は気にすることはなかった。
とにもかくにも、今、昴のところには3人、俊明のところには5人の仲間がいる。ちょうど男4の女4だ。平坂以外はみんな男勝りな部分があるから合コンを開いてもたいして盛り上がりそうにはなかったけれど、まぁみんなでパーティゲームをしたらさぞかし楽しいだろうなぁと思う程度にはこのメンツは頼もしい。
なんにせよ、試合が始まってからすでに12時間が経とうとしている。情報を共有しているからこそわかるが、残りの人数は多くても12人、クラスメイトの半分は既に死亡の確認が取れているのが現状だ。達志の話によると、なるべく多くの生存者、というよりは、自分たちのグループ以外の全滅というのが条件という話らしい。最初はなんだかものすごく物騒だと思ったけれど、よくよく考えたら敵もうまいこと取り込んでこちら側の仲間にしてしまえば良いのだという結論に至った。今は、自分たちにできることを、ひとつずつ進めていくしかなかった。
「私のバッグ、ここにあるって聞いたんだけど」
「お? 和光の? あぁ、弾のことね。うん、こっちで預かってるよ。その様子だと弾を預けた瞬間、俺の脳天にぶちかますなんてことはなさそうね」
いつも通り、能天気に喋る。神崎聖美が、隣から小突いた。
「ちょっと、長山くん」
「おぉ、悪い。ほら、弾。まぁ、俺が言うのもアレだけどさ。事情は知らねぇし聞く気もねぇけど、あんまり悪いことには使うんじゃねぇぞ」
「ごめんねぇ、和光さん。こいつこんなんだけど、本当になンも考えてないアホなだけだからさ」
和光は苦笑いを浮かべると、スカートに差し込んでいたニューナンブM60に手際よく弾を詰めていく。別にそれをこちらに向けてぶっ放すなんていう裏切り行為は、ない。そりゃそうだ。少しでもその気があるんだったら、間違いなくうちのキャプテンは和光をこちらにはよこさないだろう。
「そういえば和光さん。平坂さんは?」
「平坂さんなら、今は深堀くんと話し合いしてる。さっき教官室に来てね。ちょっと席外してくれって言われちゃった。だからとりあえず、お二方に挨拶と、それから弾を返してもらいに来たの」
神崎の問いに対して、和光は淡々と答える。
平坂麻衣子は先程までなにやら手元でこそこそとしていたが、小さな声で「できた」とだけつぶやくと、そのまま部屋の外に出て行ってしまった。一応、この更衣室を荷物置き場にしていたから、荷物番として神崎と二人で残っていた感じだ。
「平坂さん、深堀くんとなにかやってるの?」
「さぁ、知らんな。でもあまりあの二人が絡んでいるところは見たことなかったから、ちょっと新鮮だったな」
「確かに、あの二人が並ぶと、身長差でなんか平坂さんがやけに可愛く見えるよねぇ? あ、和光さんも女の子の中ではおっきくてかっこいいからアリだと思うんよ?」
「神崎も十分ちっちゃい方に分類されると思うけどな」
俊明が達志と合流した時、すでに達志と平坂麻衣子は合流していた。思えばあの時から、二人はこそこそとなにかをしていたような気がする。仲間探しも引き続き自分にまかせたままだったし、なにかしているなとは思ったけれど、やはりある程度まで形がまとまらないことには、彼の口から聞くのは難しそうだった。
でも、こうして二人でまたすり合わせをしているということは、その悪巧みも間もなく完成と言ってもいいのかもしれない。
「よ、お待たせ」
などと考え事をしていたら、案の定その二人組が、更衣室の入口に佇んでいた。
「おせーぞ達志。なにこそこそやってたんだよ」
「一応仕上がったは仕上がったけど、説明は放送のあとにするな」
放送? あぁ、そういえばそろそろ日付が変わるんだっけか。
俊明は手首に付けた腕時計を見る。ちょうど、秒針が0を刻んだ。
キーンコーンカーンコーン。
真夜中だというのに、学校のチャイムが鳴り響く。
学校の怪談みたいだなと、少しだけ苦笑いをする。新鮮な気持ちだった。
『みんな、ご苦労。これから2回目の定時放送を始める。筆記用具と地図の準備をするように』
6時間前と同様、少しノイズがかった声が、体育館と更衣室のスピーカーから流れてきた。加納の声だ。
俊明は地図と筆記具を取り出す。既に、前の放送から何人かの名前には、新規に取り消し線が追加されていた。
『では先程の放送からこれまでの6時間で、新たに死亡した生徒の名前を読み上げる。まずは1番 相田澄香。続いて2番 明石真由、4番 伊藤敦、10番 境啓輔、12番、高石遼、14番 常田克紀。以上6人だ』
先程の放送では8人、この放送では6人。合計で、14人。つまり、残りは。
「あと、10人か」
俊明たちのグループが8人。そして残りは、波崎蓮と、山瀬陽太郎だけだ。そして、山瀬陽太郎は先程遭遇したものの、メンバー入りを拒否されてしまった。自分は波崎蓮を殺すために行動している。それが終わるまでは、待っていて欲しい。それだけを、言い残して。
『これで残りは10人になった。戦闘開始から12時間でこれはなかなかにいいペースだ。これから先は夜中ということもあり、体力的な問題も出てくると思うが、引き続き頑張っていただきたい。それでは次に、禁止エリアを発表する』
もう、消去法でわかりきっていることだ。今回この戦闘実験では、波崎蓮が主なジェノサイダーとしてクラスメイトを殺し回っている。ここにいる和光美月もクラスメイトを手にかけてはいるが、波崎蓮はさらに明確な意志をもって、行動している。
『このあと1時 校舎棟4階、2時 体育館3階、3時 2年A組,B組,C組,D組の4教室、4時 家庭科室,家庭科準備室、5時 体育館1,2階、つまり全棟、6時 校舎棟3階。以上の箇所だ。指定箇所に設定時刻以降に残っていた者や、新たに侵入した者は、首輪の爆破措置を行うので、気を付けること』
「おいおい、体育館終了のお知らせかよ」
「校舎棟も半分が禁止エリアになるみたいね。いよいよ大詰めって気分?」
『次の放送はまた6時間後、朝の6時にお知らせする。それでは』
ブツッという音と共に、再び静寂が訪れた。相変わらず、おしまいは唐突な放送だ。
「達志、どうする? この6時間で、この拠点が使えなくなるけど。あと、このあと1時からは校舎棟4階が禁止エリアになる。あそこにはまだ昴たちがいる」
「あいつらは3人で4階の機械室にいるんだっけか」
『あーあー、長山くーん。聞こえるー?』
噂をすれば、さっそくその昴組からの連絡が入った。
「はーい、こちら長山。昴、そっち禁止エリアになっちまうな」
『そうなのー。とりあえずそっちに向かってもいいけど、どうしよっか?』
「そうだな、とりあえずこっちはまだ明け方までは禁止エリアにはならないし、まずは来てくれるかな。仲間もだいたい揃ったし、次の指示は合流してから出すよ。それでいいよな、達志」
「構わない」
「達志もそれでオッケーだって。じゃ、昴。気を付けてこっちおいでな」
『昴、りょうかーい』
通話を切る。
直後、近くで警告音のような、ブザー音が鳴り響いた。
「な、なんだ?」
最初は、端末の調子が悪いのかと思った。だが、端末は相変わらずの待機モードだ。特に変わりはない。そして、どうやら音は部屋の隅の、壁のあたりから鳴動しているような、そんな気がした。
達志が、顔色を変えて叫ぶ。
「……今すぐここを離れるんだ!」
「へ?」
直後。
激しい轟音と共に、辺りは滅茶苦茶に、吹き飛んだ。
* * *
神崎聖美は、目を覚ます。
なにが起きたのか、よくわからなかった。
「ゲホッゲホッオホッ!」
2回目の放送が終わった。隣にいた長山くんが、トランシーバーで校舎棟にいる物部さんと話をした。その通話が終わった。その直後だ。
突然、ブザーが壁の中から鳴り響いて、轟音と共に辺りが粉々に吹き飛んだ。あたしはその爆風に巻き込まれて、それからどうなったのかはよくわからない。ただ、体を動かそうと思っても、なにか背中から重たいものが圧し掛かっているのか、まったく動かないような気がした。なにかの下敷きになっているのかもしれない。
「長山くん! 深堀くん……! 和光さん……平坂さん……!」
辺りは薄暗い。だけど、かなりの埃が舞い上がっているのはわかる。空気が、悪い。爆弾で、恐らく体育館そのものが吹き飛ばされたに違いない。仲間内にはこんな爆弾を支給された人はいなかったはずだ。そして、先程顔を出した山瀬陽太郎だって、持ってはいなかった。そうなると、この爆弾の犯人は。
『どうしたの?! なにがあったの! 応答して!! 返事してよ!!』
長山俊明の所持していたトランシーバーの光が、青く点灯している。通話中のサインだ。恐らく轟音を聞いた校舎棟の物部昴が、心配して話しかけてくれたのだろう。身体は動かないが、腕だけは辛うじて動かせた。下半身の感覚がない。きっと、倒れてきた壁かなにかに押し潰されてしまったのだろう。
あたしはなんとかトランシーバーを手に取ると、話しかけた。
「こちら、神崎です……物部さん?」
『神崎さん! 今のはなんの音? みんなは無事なの?!』
先程までのおちゃらけた昴ではなく、緊迫した口調が伝わってきた。
そして、あたしは見てはいけないものを見てしまった気がした。トランシーバーのあったあたり。その瓦礫の下に、広がる、血だまり。そして、長山俊明と思われる、身体の残骸を。
「長、山…くんは……今の爆発で、建物の下敷きになって……」
落ち着いて喋ろうと思っても、うまく呂律が回らない。
状況があまりにもショッキングすぎて、うまく飲み込めない。先程まであんなに楽しげに喋っていた男が、瓦礫の下でぐちゃぐちゃになっている姿を、どう昴に実況すればいい?そんなの、あたしには無理だ。
「あたしも、なんか身体の下の部分が挟まれちゃって、動けないの……」
『そんな……爆発があったのね? 教えて、あとの3人は?』
辺りには、生きている人間の様子は見受けられない。だが、確認できる死体は、長山俊明のものだけだった。そして、遠くない未来、そのリストにはあたしも加わるのだろう。更衣室の奥に引っ込んでいたあたしと長山くんが瓦礫に飲み込まれた。そういうことだ。他の3人は入口付近にいたし、深堀くんが咄嗟に離れるよう叫んでいたから、もしかしたらまだ、生きているのかもしれない。
だけど、それを確認する術は、あたしには残されていなかった。
「……死体を確認できたのは、長山くんだけ」
『わかった。とりあえずこちらは今すぐそっちに向かって、残りの生存者の確認と、神崎さんの救出に向かう。それでいいね』
昴の行動は、的確だった。こんな状況下でも、すぐにこうして考えをまとめられるのは、さすが野球部のマネージャーでいるだけはあるな、と、少しだけ感じた。
昴たちが、助けに来てくれる。そうすれば、あたしもまだ助かる可能性がある。
「うん、ありがとう。あたし、待ってるね……」
全身が、急速に冷え込んでいくのがわかった。
下半身がどうなっているのかを、確認するのが怖かった。
トランシーバーの電源を入れる。
「物部さん……もう少しだけ、お話に付き合ってもらえないかな」
『神崎さん、頑張って! まだ、生きてる!』
「ううん、なんかちょっと、ヤバいかもしんない。でも、物部さんのおかげで、一人じゃない。さみしくなんか、ない」
ミシミシと、亀裂がどこかに入る音がした。
「ひとりじゃない……ひとりじゃないから……」
『神崎さん!』
ピシッ、と。大きな音がした。
そして。
『神崎さん!!』
再び、激しい轟音と共に、体育館は今度こそ。
1階部分が上階の重みに耐えきれなくなり、すべて、倒壊した。
トランシーバーから声は、もう、聴こえない。
7番 神崎 聖美
15番 長山 俊明 死亡
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