18.リベンジ


 1階、校長室。
 波崎蓮(16番)は、部屋の中央に安置されている応接ソファに、深々と腰かけていた。

 倒壊させた体育館は、ようやく粉塵も落ち着いてきた頃だろうか。
また、倒壊させた放送室、自分の所属していた放送部の根城は、ぽっかりと穴が空いたかのように、構造体だけ残してあとは消し飛んでいた。残されていた肉片は、狂ったような演説をしていた物部昴(20番)だけでなく、もう2人分の男女の死体も見受けられた。男子生徒の方は誰か不明だったが、女子生徒の方は恐らく平坂麻衣子(17番)のものと思われた。

結局、親友の木島雄太(8番)の願い、麻衣子によろしく言うという願いは叶えてやることができなかった。麻衣子、お前いったいどこにいたんだよ。放送室には何度か足を運んだけど、お前、いなかったじゃないか。せっかく、マスターキーで部屋の鍵も開けておいてやったのに。いつの間に、忍び込んでいたんだよ。

 日付が変わった頃のあの惨事は、今はすっかり大人しくなっている。単純計算で、あの時生き残っていた人数が10人。そこから自分が直接手にかけたのが、ざっと数えて4人。その他に爆発に巻き込まれて死んだ人間と、麻衣子を合わせて、はたして今は何人が生き残っているのだろうか。ぼんやりと、職員室の溝部先生の机の引き出しに入っていた名簿を眺める。
溝部先生は、最初からわかっていたのだろうか。誰がこの戦闘実験で優勝して、自分の元へと帰ってくるか、予想はついていたのだろうか。この資料を引き出しに入れておいたのは、あまりにも軽率すぎるのではないだろうか。
ふと、まだ名前の横にチェックが入っていない、まだ死亡が確認できていない生徒に目がいった。こいつの武器も、なかなかに厄介だ。そのために、さらに自分は自らの手を汚すことになってしまった。だけど、自分が生き残るためには、やらなければならないことだったのだろう。ここまで来たら、あとは最後まで、突っ走るしかない。

 さて、時刻は午前5時。
 間もなく、朝日が昇る時間だ。

   *  *  *

 山瀬陽太郎(23番)は、ふと目を覚ました。
 ポケットから、すっかり電波がなくて役立たずとなったスマホを取り出す。

 そろそろ、6時か。起きなくちゃ。

 食堂の椅子を器用に並び替えて作ったベッドは、固いながらもなかなかに寝心地がよかった。これで朝食が出てくれば完璧だったが、残念ながら今朝も支給されたカロリーメイトと水だけだ。それでも、腹になにかを入れておかないと、ただでさえ動くのが面倒なのに、いよいよなにもしたくなくなる。
支給された地図に、新たにマーカーでエリアを塗りつぶす。禁止エリアもだいぶ加速度的に増えてきた。今現在動き回れるのは、校舎棟の下半分と、外構だけだ。しかし、このペースだと、恐らく昼の12時までには、すべてのエリアが禁止エリアになるのは間違いない。

 深夜に巨大な爆音が鳴り響き、それに比べたら可愛いくらいの銃声音があちこちから聞こえてきた。また、自分の知らないどこかで戦闘が起きている。最初の轟音は、体育館の方からだったかな。その前に深堀達志(18番)率いる野球部の面々と遭遇したけれど、結局団体行動するのが億劫で逃げてきてしまったのは、正解だったらしい。あの場に居たら、自分ももしかすると爆発に巻き込まれていたのかもしれない。


 キーンコーンカーンコーン。

 すっかり耳に馴染んだ学校の予鈴が、朝日に照らされた校舎に轟いていく。

 今日は、4月16日の火曜日。
 この日を無事に迎えられたことに、感謝。

『みんな、ご苦労。これから3回目の定時放送を始める。筆記用具と地図の準備をするように』

 加納の声が、無線で飛ばされてくる。
 毎回おんなじような文言で放送を始めるあたりは、すっかりベテラン教官といったところか。

『では先程の放送からこれまでの6時間で、新たに死亡した生徒の名前を読み上げる。まずは7番 神崎聖美。続いて15番 長山俊明、17番 平坂麻衣子、18番 深堀達志、20番、物部昴、21番 森澤昭人、22番 門前晃、24番 和光美月。以上8人だ』

 地図の横に印刷されていた名簿に取り消し線を入れ続けて、そして、気が付く。
深堀をはじめとする生き残っていた野球部の面々が、全員死亡していること。それから、生き残りが、自分ともう一人だけとなっていることに。
いよいよ、か。

『戦闘開始から18時間が経過、深夜から明け方にかけてはペースが落ちると思われたが、なかなかに侮れないペースだ。そして現在生き残っているのは残り2名。最期まで、気を引き締めて戦闘実験に参加していただきたい。それでは次に、禁止エリアを発表する』

この6時間で、いったいなにがあったのかは知らない。
ただ、事実として、自分と波崎蓮が生き残っている。つまり、自分が誰も殺していない以上は、波崎蓮が相応数クラスメイトを殺していると考えて良いのだろう。

『このあと7時 外構、8時 校舎棟2階、9時 校舎棟1階玄関より西エリア、10時 校舎棟1階職員室より東エリア、11時 保健室、12時 校長室。以上の箇所だ。指定箇所に設定時刻以降に残っていた者や、新たに侵入した者は、首輪の爆破措置を行うので、気を付けること』

こちらも予想通り、一気に畳み掛けてきた。
12時ですべてのエリアが立ち入り禁止になり、実質そこがタイムアップと考えてよいのだろう。

『以上、最後に指定された校長室をもって、すべてのエリアが禁止エリアに指定される。生き残った2名は、この最後の6時間を、全力で勝ち抜いてもらいたい。次の放送は優勝者が決定した後に行う。健闘を祈る、それでは』

 ブツッという音と共に、恐らく最期の静寂が訪れた。

 状況を整理する。現在生き残っているのは、自分と波崎蓮の2人だけ。そして、波崎蓮はこういう時、決して自分からは動き出さずに、じっと辛抱強く待つ男だ。ここから先は、自分が動かない限りは、話は進展しないだろう。
待て待て、考えてもみろ。最終的には、校長室で戦闘になるに決まっている。波崎蓮が待ちまえるのは、ここ以外には考えられない。あるいは、既に校長室は陣取られている可能性が高い。恐らくは、この放送が始まる前から。

 そっと、ポケットの上から感触だけを確かめる。
 自分のスマホではない、もうひとつの端末。自分に支給された、最初で最期の切り札。

 決着をつけよう、波崎蓮と。
 そして、終わらせよう、この試合を。


 リベンジだ。


   *  *  *

 ―― 自爆機能。

 この自爆機能は、使用者本人と、使用者から一番近い位置にある首輪を強制的に爆破させるものである。一度作動させるとキャンセルはできないので、使用の際は十分に注意すること。
対象者は『No.23』。


 自分に支給されたこの端末は、まさに道連れ機能がついた自爆装置だった。この武器を名指しで指名されたということは、端から運営側は自分の優勝なんて考えていないということの証明に他ならなかったし、せいぜい試合進行のいいスパイスになればという安易な考えでこの端末を用意したに違いない。
ただ、結果的にろくな武器もなにもない状態の中、幸運にも自分は最期の2人になるまで生き残ることができた。それも、自分が最も忌み嫌う相手とだ。

そういえば、どうして自分は波崎蓮のことがここまで嫌いになってしまったんだっけ。きっかけはあれだけだし、それから不登校になってしまったのだから継続してなにか嫌がらせを受けているわけでもない。ただただ、生理的に受け付けないように、積もり積もったものを一人で勝手に肥大化させて、そしてわかりあおうとしないまま、ここまで憎むべき存在になってしまっただけだろう。
でも、もう今さらどうすることだってできない。自分の使命は、波崎蓮を殺すこと。自らの命と引き換えに、彼を殺すことなのだから。

黙っていたって、禁止エリアに殺されるか、波崎本人に殺されるかのどちらかだ。なら、さっさと波崎本人の前に立って、この自爆装置を起動させるだけだ。
そしたら、この長いような短いような、あっという間にクラスひとつが壊滅させられた戦闘実験も、すべてが終わる。優勝者はなし。そういう終わりでも、構わないよね。


 リベンジ。
 あの時、土足で人の心を踏みにじった、お前に、リベンジ。

 やられたら、やり返す。負の連鎖は、どこまでも続く。
 でも、それが世界だし、それが摂理だ。

 僕は、お前を許さない。
 お前のことは嫌いじゃない。だけど、決して、許さない。


 校長室の扉を開けると、中央のソファには、波崎蓮が深々と座っていた。なんとも優雅そうに全身を預けている姿は、なんとも手厚くもてなされている客人そのものだ。

「やぁ、いらっしゃい、山瀬くん」
「……ご無沙汰しておりますこと」

普段と変わらないのであろう、波崎蓮のトーン。それに対して、皮肉たっぷりにお返しをする。
こいつは既に何人も殺している。試合開始前にも加納の指示とはいえ2人も殺しておきながら、きっとこのいつものトーンで何人も騙しては、容赦なくクラスメイトを殺してきたのだろう。そして、そのたくさんのクラスメイトに、これから山瀬陽太郎という存在も追加する予定なのだろう。

「なんか、久しぶりだね。去年の秋ぶりだっけか」
「まぁ、盲腸で入院したのは、そのくらいの時期だったかな」
「そのあとも、君は学校に来なくなった」
「学校に行きたくなくなっただけだよ。よくある話だろ?」
「でも、このプログラムには、出てきた」
「……なかば強引に、だけどね。本意じゃない」

 会話は、そこで途切れた。
 重たい空気が、流れていた。

 そうだ、波崎蓮にとっても、自分にとっても、これはお互いに最後のクラスメイト。そしてこの戦闘実験が終わったら、その時は本当に、ひとりぼっちになってしまうのだ。波崎としては、今のうちに、その最後とやらを、堪能しておきたいのだろう。

「山瀬くん。あとは、僕たちだけらしい」
「らしいね。波崎は、これまでにもずいぶんと元気に殺しまわったらしいじゃない」
「……まぁね。いっぱい、殺した」
「あれだろ? 今喋っている目の前にいる奴も、殺すつもりなんだろ?」
「そうさせてもらえると、個人的にはありがたいんだけどね」

 波崎が、苦笑いを見せる。その表情は、悲しそうだ。
 てっきり快楽犯とばかり思っていたが、どうやら違うらしい。

「ねぇ、聞かせてよ。どうしてそこまでして、生き残ろうとするのさ」
「どうしてと言われても。殺しあうのがルールだし、死にたくもない。だったら、殺すしかないだろう?」
「人道に反することだとしてもか。お上がやれといったらお前は犯罪もするのか。お役所仕事か」
「そう言うなよ。ただのムチャ言うクレーマーにしか聞こえないよ」

 クレーマーか、確かにそうだ。
 企業では、団体行動を意識しろ。個人の感情は押し殺せ。そんな標語を掲げるブラック企業もあったっけ。

「生憎だけど、僕は生き残るつもりはさらさらなかったんだ」
「なのに、山瀬くんはまだ生きてる。不思議だね」
「そして、僕は波崎を優勝させる気も、別にないんだ」
「……ほう、どうするのさ」
「これさ」

自爆装置を起動するボタンは、既に表示させている。あとは、この画面をタップしたら、それで、ジエンドだ。
波崎蓮は、眉をひそめている。その手には、なにも握られていない。拳銃は、まだ応接机に置かれたままだ。

「これはね、僕に支給された武器だよ。自爆装置って呼ばれているらしい。これを起動したら、僕と、それから一番近くにいる人の首輪が爆発するんだ。つまり、波崎、お前さ」
「……なるほど、そんな武器を支給されながら、今まで使わずに温存していたのか」
「使うならお前だけだと思っていたからね」
「まいったな、そんなに恨みを買うようなこと、した覚えはないんだけども」
「……覚えてないなら、それでもいいよ。たいしたことじゃないからね」


 おまえってさ、なにが楽しくて生きてんの?


あの時のあの言葉は、やはりもう記憶にはないらしい。やっぱり、お前にとって言葉はその程度でしかなかったんだな。言葉は魔力だ。言葉は人をへこませ、時には命をも奪う。自覚のない言霊ほど、厄介なものはないよね。

「今さら余裕こいてもダメだよ。さぁ、波崎。一緒に逝こう」

波崎蓮には失望した。もう、この世には未練はない。もともとない。そもそも、あの時点で自分はとっくにこいつに殺されていたのかもしれない。
なら、今逝ったって、いつ逝ったって、結果は同じことなんだ。

「山瀬くん、悪いんだけど」
「なんだよ? 今さら命乞いかい?」

 波崎蓮は、ゆっくりと首を横に振る。
 そして、少しだけ苦笑いを浮かべて、言った。


「その武器は、もう、使えないよ」


 ……は? こいつ、何を言って。
 だが、はったりには聞こえない。波崎の眼は、真剣そのものだ。

「山瀬くん。その武器の説明書はちゃんと読んだかい? その自爆装置は、山瀬くん本人の首輪と、それからそこから一番近いところにある 首 輪 が爆発するって説明があっただろ?」
「そうだけど」
「……君から一番近いところにある首輪は、どれだい?」
「それは当然、お前の首元にある……っ?!」

 そして、気が付いた。ソファに深々と腰かける波崎の姿しか見えていなかったが、よくよく部屋を見渡すと、そこら中に、飾られていた。クラスメイトに等しく配られた、首輪たちが。応接机の上、コート掛け、棚の上、校旗の頭、いったい、何個あるんだ?!

「波崎、お前……!」

 波崎は、苦笑いを浮かべながら、溜息をついた。

「職員室の溝部先生の机の中からね、支給武器一覧表を見つけたんだよ。先生がきっと、加納さんあたりから資料として貰い受けていたんだろうね。それを引き出しにしまって、そのまま学校をあとにしたんだと思う。資料には、それぞれ誰にどんな武器が支給されたのかが記載されてたよ。もちろん、山瀬くんのものも、ね」

 そんな、ウソだ。
 自分の武器は、切り札のはずだ。

「最初から、誰になにが配られるのかは決まっていたみたい。それなら、色々と納得できる部分も多いんだよ。この試合は、ある程度早めに勝敗がつくように仕組まれていたのかもしれない。そんな、武器の配り方をしてるなぁって、思ったよ」

 自分の自爆措置も、最初からばれていたのだとしたら。
 そして、自分にはそのほかに有効打がないことも、波崎が知っていたのだとしたら。

「波崎、この首輪たちは……」
「当然、山瀬くんのその自爆装置は一番ネックな存在だった。だから、みんなから掻き集めた。死体を損壊するわけだからものすごい罪悪感あったけど、それでも頑張ってみんなの首を切断してね。首輪だけきれいに回収させてもらったよ。ちなみにそっちが谷村くん、そっちが香川さん、あとはそれが柴門くん、それと」
「やめてくれ!!」

 やめてくれ。聞きたくない。
 お前はクラスメイトを殺すばかりか、あまつさえ。

「君がその自爆装置を作動させても、この中のどれかが無意味に爆発するだけだ。君は、無駄死にするだけなんだよ」
「あ……あぁぁ……」
「あれ、押さないの? だったら、仕方ないから僕が殺してあげるよ。もともと、生き残るつもりもなかったんだもんね。お手伝いしてあげる」
「うそだ……嘘だぁぁ……」

 なにが間違ってた? どこで間違えた?
 確実に波崎を殺せるはずだったのに。どうして、なんで? どうしてなの?

 波崎が、応接机の上にある拳銃、ソーコム・ピストルを手に取った。
 銃口がこちらを向くのを確認。それが、スタートの合図になるはずだった。

「あ、がっ……」

 情けないことに、足が竦んで動かない。上半身だけがねじれて、なにもないのに床に転がり込んでしまった。
それでもなおも逃げようとして、這ってでも部屋の外へ出ようとしている自分がいた。傍目から見ても、その姿はなんともみっともないことだろう。

 助けて。誰か、助けて。
 こんな形では、死にたくない。こんな風には、終わりたくなんかない。

「山瀬くん、こんな状況でいうのもアレなんだけどさ」
「た、助け……」
「理由はわからないけど、僕は知らない間に君を傷つけてしまったらしい。悪かった、ごめん。許してもらえるかはわからないけど……ごめん」

 ふざけるな! いまさら謝るな! 謝るくらいなら……殺すんじゃない!
 僕はお前を殺すためだけに生き残ってきた! それなのに……じゃあなんで僕は!!


 乾いた銃声が、一発。
 一度だけ山瀬陽太郎の体が、びくんと跳ねる。だが、やがてそれも止まった。

 無様な男の、無様な最期だった。


「……ジエンド」

 波崎蓮は、一言だけぽつりとつぶやいた。
 これで、すべては終わったのだ。


 キーンコーンカーンコーン。

 その様子を見ていたかのように、校舎内にチャイムが響きわたる。
 終礼の、合図だ。


 4月16日の火曜日、戦闘実験開始から、約18時間30分。
 この物語は、幕を、静かに閉じた。


 23番 山瀬 陽太郎  死亡

【残り1人/ゲーム終了・以上河田中学校3年A組プログラム実施本部選手確認モニタより】

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