この大人数の中、誰か1人くらいプログラムを知らない生徒はいるだろうと思ったが、流石に全員知っているようだっ
た。それだけ、全国の中学三年生はそれを恐れていたのだ。
プログラム、それは全国の中学三年生の中から任意に50クラスを選出し、最後の1人になるまで殺し合わせ、その
戦闘結果を参照するもの。正式名称は共和国戦闘実験第68番プログラム……だったか。


 だが……これだけの大人数の中で、やはり1人しか生還できないのだろうか?


「そうね、みんなが考えている通り、確かにこんな大人数だと生き残る事は難しいかもしれません。なんせ68人もい
るんだもの。簡単にルールを説明するとね、まずは基本的なルールは皆さんで殺し合いをしてもらいます。そして、最
後の1人になるまで闘い続けてもらう、それは大丈夫だよね」

司はその言葉を聞きながらも、その教室(というか大広間)を見まわした。
女子達は困った顔をしながらも、まぁ安心しているようだった。大方まだドッキリか何かだと思っているのだろう。そう
やって驚かせて視聴者を楽しませるバラエティー番組が、1回だけの打ち切りだったが(多分政府に規制されたの
だ)放映された為、その可能性は0ではなかった。


 しかし。


「なによ、そのどうせドッキリなんだろって顔は? 言っておきますけれどね、これは冗談ではありません。それじゃ、
証拠を見せてあげましょうか。入ってきなさい」

見抜かれたことに驚いたのか、女子達の顔が一斉に強張った。
台詞が終わると、再び広間の引き戸式の扉が開き、白い大きな布を被せた担架が運び込まれてきた。途端、鼻を劈
く匂いがそこから発せられている事がわかった。前のほうの席ではもっと匂いが酷いのだろう。


 なんだ? あれは?


「あのね、ここの担任だった中村先生はね、ほら。この戦闘実験に随分と反対されたんですよ。だから」

そう言うと、道澤は一気にその白いベールを剥ぎ取った。



「死んで貰いました」



女子達の叫び声が広間中に響き渡った。

その白いベールの中には、窪んだ目を虚ろな方向に漂わせていたミヤビ先生が、右手をだらりと垂らして横たわって
いた。凄まじい死臭が広間を駆け巡る。誰かが吐く音がした。

「中村ちゃん……!」



 ガタン!



椅子から立ち上がる音を立て、隣に座っていた理沙が立ち上がった。
そして、まっすぐ前に駆け寄ろうとした。きっと何かの冗談だと思っているのか、はたまたそうせずにはいられなかった
のか。その真意は誰にもわからなかっただろう。
だが、そんな理沙を見て道澤は右手に何かを握り、そしてそれを理沙に向けた。

 そして。




 タァン…!!




「あぁ、くぁああああ……!」

それは、無骨なリボルバー拳銃だった。道澤は空になった薬莢を取り出すと、再びジャキン! と弾を込めなおした。
一方理沙は肩甲骨を撃ち抜かれたらしく、その場に転げ落ちていた。

「勝手に席を立ってはいけませんよ、えっと……女子7番 坂本理沙さん」

「ちょっと待てよ!!」

今度は右の方向で誰かが立ち上がる音がした。司がそちらの方を向くと、『野良犬』のリーダー、望月道弘(男子32
番)が拳を握り締めて立ち上がっていた。

「なんなんだよ……これは! なんでお前は簡単に人を撃つんだよ!」

「男子32番の望月君ね。少しは言動に気をつけなさい」

「うるせぇよ! こんな立ち歩いただけで銃で撃ち抜く奴があるか?! 俺だって立ったぞ! 撃ってみやがれ!!」

だが道澤は、その銃を道弘には向けもせずに、逆に銃をしまってしまった。
すぐそこではまだ理沙がうめいていたというのに。

「何の真似だ? 何で俺は撃たない?!」

「貴方は撃てません。大事な大事な戦闘員ですから」



 撃てない?
 あの女、理沙は簡単に撃ったのに、望月が撃てないだと?



「戦闘員って……なんだよ、俺はお前等のコマなのか?!」

「貴方はトトカルチョで上位の生徒なんです。貴方を殺したら、色々と上の方がうるさいんですよ」

「なんだ、そのトロカルチョって?」



 馬鹿だ。



「トトカルチョね。つまり、誰が生き残るかみんなで賭け合うの。ようは賭博ね、私はみんなが生死をかけて頑張って
いるのに楽しんでいる政府の役人と違って、そういうの好きじゃないからやってないけどね」

「そんな……俺達はそんな奴等の為に戦うって訳なのかよ? 冗談だろ?」

「あくまでもこの戦闘実験は実験です。付録と思っていただければ構いません。でもね、そういう人たちも実際いる
の。だったら、優勝してそいつらを見返してあげなさいよ、望月君。貴方が優勝すると役人達も大喜びよ」

そう言いながら、道澤は再び銃を取り出して構えていた。望月に向けて。



 弾を浪費したくないんだろ?
 ならそれを出す事もないんじゃないかな?



見ると、どうも早くことを進めたいらしい。さっさと席につけということだろうか。

「……くそったれが」

そう言って、望月は乱暴に座った。確かに彼が生き残るといえば、納得できない事もない。彼は『野良犬』のリーダー
だから、政府の役人にとっては有名なのだろう。
……てことは、理沙には誰も賭けている人間がいなかったということか。唐津はやっぱりいい線いってるんだろうな。



 ええい、どうにでもなれ。



「あの」

司は歯を食いしばって(そして内心緊張しながら)手をあげて立ち上がった。
道澤はそちら(といってもほぼ隣の席だった為あまり変化はなかったが)をみて、銃を下げた。

「えっと、男子7番の粕谷君かな? なに?」

「あの……坂本さん、足竦んでるみたいだから……席に戻すの手伝っていいですか?」

その言葉を聞いて、道澤はほぉっと眼鏡をあげると、頷きながら言った。

「いいわよ、無駄に殺したくないからね、生徒達を」

ミヤビ先生は殺したくせに、とは口が裂けても言えない。
司はゆっくりと歩いていって、理沙を持ち上げた。その時理沙は息を重く吐いたが、ここでもたもたすると自分まで撃
たれてしまうかもしれない。気にせずに席に座らせた。
理沙の撃たれた傷は出血が酷かった。多分、まだ弾が骨に残ってる。制服は真っ赤に染まり、左右で鮮やかな紅白
を演出していた。そして、生温かかった。

「それでは、説明を始めたいと思います」

その凛とした響きの声を聞きながら、司は、命が助かったと、安心した。









 とりあえず。





 今の、ところは。













   【残り68人】



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