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 砂田利哉(男子14番)は、成田玲子(女子13番)が出発するのを見届け、心臓が高鳴ってゆくのを感じた。


 次が、自分の番なのだ。
 これから、殺し合いをさせられるのだ。


だが、利哉は決して殺し合いなどしようとは思えなかった。自分には、守るべき人物がいるのだから。そう、その人物
は既に出発していたけれども、きっと自分を探しているはずだ。


 なんたって、兄妹なのだから。


その人物、砂田利子(女子8番)は、泣きながら教室を出発していった。多分、今頃も何をしていいかわからずに泣い
ていることだろう。一刻も早く、見つけたかった。あるいはなんだ、もしかすると出発地点で自分を待っているかもしれ
ない。
だが、利哉はそれはないだろうと、軽く頭を振った。なんせ、同じ名字にもかかわらず、出席番号が離れすぎている。
その間に出てくる生徒は丁度10人、そのうちの誰かが、利子に気付いてしまうに違いない。そう、例えば今さっき出
発した成田玲子、彼女は危険だ。万引きの常習犯で補導された事は勿論知っていたし、スリに関してはこと素晴らし
い腕を持っている事を知っている。それだけ彼女は有名だったのだが、それを利子はわかっているのだろうか?

年子の関係。自分の誕生日は4月8日、妹の利子は3月26日だ。よって、同じ学年になって、また同じクラスにもな
ったのだが、まさか同時にプログラムに巻き込まれる事になるとは流石の両親も考えてはいなかっただろう。



 両親は無事だろうか?
 自分達がプログラムに選出された事に対して、政府に反抗して殺されたりはしていないだろうか?



自分が死ぬ事よりも、そっちの方が大事だった。もし自分達が死ぬ事になっても(いや、この状況から考えたら、間違
いなく死ぬのだ、多分)、両親にはまた新たな命を育んでもらわなければならないのだ。
とにかく、今、自分の役目は妹である利子を守り通す事。それまでは、死ぬわけにはいかないのだ。

「男子14番、砂田利哉君」

利哉はまっすぐそのまま立つと、もう周りを見る事はせずに、ただまっすぐにデイパックを受け取って、教室を出て行っ
た。始めが肝心だ。自分が動揺していてはなんにもならない。

目的がはっきりとしている以上、意外にも平静を保つ事が出来たので驚いた。そりゃあ……玄関に横たわっている坂
本理沙の死体を見たらたじろいだけれど。
その顔にはがっちりと斧が食い込んでいて、ちょっとやそっとじゃはずれそうになかった。まぁ……正常な人間なら絶
対にそれをとろうとは思わないはずだけれどさ。

「お…兄ちゃん……」

ふと、聞き覚えのある声が聴こえた。
はっ。利哉は笑った。そんなことあるはずがない。

「お兄…ちゃん。こっち……」

今度ははっきりと聴こえた。





 まさか……でもなんで?





「利子……か?」

玄関のすぐ傍の茂みが揺れて、その自分の言葉を肯定しているのだと思えた。
そちらの方に意識を集中させると、微かにその奥に、瞳が光っていた。そう……見慣れている。利子の眼だ。

「お兄ちゃん……!!」

「利子。なんで逃げなかったんだ?」

ああ……ここにいたら、目立つよな。とりあえず、ここから離れたほうがいいよな。

「まぁ、いいや。とりあえずここから離れよう」

利子は黙って頷いた。利哉はふっと笑うと、手を引いて走り始めた。



 数分ほど走った後、突然利子を引いていた手がぐいっと引っ張られた。

「どうした?」

振り向くと、利子が首を振って立ち止まっていた。そして、無言で手に持っていた何かをすいっと持ち上げた。それは
何かの端末みたいな物で、暗くてよくは見えなかったが、それ自身が光を発光していた。

「これが……私の支給武器なの。来た道に戻ろう?」

とにかく、こんな道路の真中に突っ立っていてはいけない。利哉はとりあえず、近くに茂っていた林の中へ少し入っ
て、座った。丁度見渡しのいい場所になっていて、隠れるには絶好だった。

「それが……支給武器なのか?」

「うん。これで……みんなの位置がわかるんだって」

「じゃぁ……誰かがいたってことなのか? だから戻ろうって……」

利子はこくんと可愛らしく頷き、再びその探知機(正式名称ファジタムル7号探知機Ver.1.60)を自分に渡してくれた。
その画面を見ると、中央に青丸と赤丸が、近くにはM−14、F−08と赤い文字で小さく表示されていて、さらに画面
の端には赤丸が表示されていた。F−13だった。

「Mは男子、Fは女子よ」

となると、成田玲子になるのだろう。彼女は危険だと自分で思っていた。なるべくなら、遭遇したくはない。
それに、もし合流しても、自分のしたいことを言ったら、絶対に嫌だと反対するだろう。



 でも、利子なら……。



「お前はさ……クラスメイトを殺すことなんて嫌だろ?」

そう言うと、利子は大きく頷いた。

「俺も嫌だよ。誰がこんなクソゲームに参加してやるものか。俺は絶対にこんなゲームには参加しない。そう……でき
ることなら……脱出したい。そう考えているんだ」

「脱出? できるの?」

「わからない。でも、そうするしか生きる術はないと思うんだ。なんとか……脱出できないかな」

そう言うと、利子は黙ってしまった。
大方無理な話だ。脱出なんてそう簡単にできるものなら、とっくにこの国は滅んでいるはずだ。

だが、利子は希望を捨てなかった。

「とりあえず、無理な話でも……やるしかないよね」




   【残り67人】



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