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 エリアG=4、民家。


「それじゃあ、入るとするか」

快斗はそう言うと、そっと扉に手をかけた。
もしかすると中に誰かが居るかもしれない。そんな不安感が彼の頭の中を巡っていたが、どうやらその心配は必要な
かったようだ。なにしろ鍵が掛かっていなかったのだ。誰かが中に居るのだとしたら、多分鍵は掛かっているはず。そ
れがないということは、まぁまず中に人はいない。

「誰もいない、か。じゃ、恵美。いくぞ」

そう、安心しきっていた。
中には誰も居ない。そう思い込んでいた。

 だが。



 ひゅん。



それは突然の出来事だった。
扉を開けた瞬間、眼前に迫ってきた何か。反射的に危険物だとわかり、手で払いのけた。硬い感触と共にその物体
は玄関脇の靴箱に当たり、ばらばらと中身がこぼれ落ちている音が聞こえた。
その物体が何なのか確認しようと少しだけ見たところ、円筒の容器に収められている爪楊枝のようなものだった。

 だが、その物体など実際はどうでもよかった。
 いや、爪楊枝なんかのんきに見ている場合じゃなかったというのが正しいか。

「恵美……どっか、隠れてろ」

快斗はつぶやいた。
そこに立っていた女子生徒。福本五月(女子19番)は玄関に震えながら立っていた。

そして、その手にはしっかりと、包丁が握られていた。

「く、くるな……きたら殺すよ……!」

「福本、落ち着くんだ。俺達は、やる気じゃない」

「ウソつけっ!! そんなの…そんなのはハッタリよ! みんな自分のことしか考えてないんでしょ?! 他人なんて
どうなったっていいって思ってんでしょ?!」

「違う!!」

思わず、快斗は叫んだ。
なにか、こう。もう、彼女が壊れてしまいそうな気がしたから。

「俺は、こんなクソゲームに参加する意思はこれっぽっちもない。大体、こんなゲームに参加すること自体、間違いだ
と思ってる。だから、ほら。……福本もさ、武器を捨てろよ、な?」

そうさ。福本はきっと怖いだけなんだ。誰かに癒して欲しいだけなんだ。
本当は、こんなゲームなんかしたくないに決まっているんだ。そう、どんなに面識のない奴だって、話したことのない
不良だって、だれもこんなゲームに乗る気なんかないって言ってた。
彼女も同じだ。日高成二(男子28番)と同じように、やる気なんてないんだ、きっと。

 でも、それでも福本は包丁を手放さなかった。

「無理に決まってるよ、そんなの。ゲームに乗らなかったら生き残ることなんて出来ない。誰かが乗らないと……この
首輪、爆発するんだよ?」

そう、究極の枷となるこの首輪。この首輪のせいで、生徒達は殺し合いを強要される。
誰も、死にたくなんかないのだから。

「そんな野垂れ死ぬのなんて、あたしは嫌……もう、やるしかないんだ」

「……間違ってる。そんなの間違ってる! きっと何か方法があるはずなんだ! 俺達が殺し合いなんかしなくていい
ような、究極の脱出方法が!! 一緒に探さないか?!」

「で、脱出してどうするのよ?」

「そ、それは……」

脱出。出来るものならしたいものだ。だが実際に(もっともプログラム自体が破壊されない限り)そのようなケースは限
りなく無いに等しいし、第一方法なんて知らない。ましてや、脱出後の事なんか考えてもいなかった。
でも、少なくとも。

「そんなことはどうだっていいじゃないか。この最悪の状況を覆して無事逃げ遂せる。今はそれだけで、十分だと思う」

「そんなことしても、一生あたし達は国家反逆罪になって、逃亡生活を続けるのよ。ずっと隠れて生活しなくちゃならな
い、満足に生きることも出来ない。あたしは、そんなの、嫌なの」

だらりと垂らした右手を再び前に構えて、ふらふらと身構えた。
包丁の切先は、快斗の方へまっすぐに伸びている。

「あたしは生き残る。たとえこの68人のクラスメイトの大半を殺してでも、生き残る。そして生き残って家に帰って、一
生平凡な暮らしを続けていくんだ! 誰にも邪魔なんかさせない! あたしはこれまでずっと目立たなかったけれど
も、これからは大手を振って街中を歩く! 生き残って、立派な高校行って、いい大学行って、結婚して、満足した人
生を送るんだ!! 誰にも、誰にも邪魔なんかさせるもんかぁっっ!!」

わぁぁっ、と喚きながら唐突に福本が突っ込んできた。

仕方が無い。彼女は今説得出来る状態じゃない。それなら、今は気絶させて、あとで交渉しよう。
話は、それからだ。



 ガチャリ。



「どうしたの? なにかあったの、快斗?」

はっと気がついて、後ろを振り向いた。玄関の扉から、恵美が顔を覗かせている。
そして、その顔に恐怖が浮かび上がっていたときには、既に福本の気配がすぐ後ろまで迫っていた。



 しまった!!



あわてて振り向いて、迫ってくる福本の体を抑えようとしたが、本人はその動きがわかっていたかのように、するりと
体をひねってかわしてしまった。
おかしい。自分を襲ってくるはずなら、何故自分をよける?


 はっとした。
 福本が向かう先には、突然のことで驚いて、腰を抜かしている恵美。







 プチン。







何かが、弾けた。

「福本ぉぉぉおおおおっっっっ!!!」

背後から、快斗は思いっきり飛びついた。無我夢中で、後ろから押さえつけた。
くはぁ、という福本の声も気づかず、快斗はただ福本にのしかかり、動きを押さえつけた。



 すべては、恵美を守るため。
 愛すべき者を、守るため。



人がその友のために命を投げ捨てること、これより大きな愛はない。 ―― ヨハネによる福音書






気がつけば、すべては終わっていた。
ぐったりと力を失っている福本。その体から広がる血溜まり。


何故気がつかなかったのだろうか。彼女の右手に握られていた包丁は、彼女自身が覆いかぶさり、ことごとく心臓を
貫いていたのだった。




 手が、紅い。
 見事に染まっている。


「あ……」

「五月……!!」




 一人の少女の決断は、こうして幕を閉じたのだった。







 女子19番 福本 五月  死亡







   【残り62人】



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