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 峰村厚志(男子32番)は、へとへとになりながらもまだ歩き続けていた。
 まだ、拭いきれない恐怖感から必死に逃げ続けていた。



 なんで、元道はやる気になってしまったんだ。

 いや、元道だけではない。元道の話からすると、多分牛尾もやる気になったんだ。



みんな、みんなどんどんプロクラムのルールを理解し始めている。そして、殺し合いを始めていくんだ。この状況にみ
んなは耐えられなくなって、だんだんと壊れ始めてしまうんだ。



 そして、いつか俺自身も。



いやだいやだ! 壊れてたまるか!

こんな緊張状態なんて、いつも味わっていたじゃないか。サックスのソロ演奏の時だって、あれだけ緊張していたにも
かかわらず、俺はきちんと演奏しこなして見せたじゃないか。
だから、緊張には慣れているはずだ。慣れてなきゃいけないはずなんだ。



 なのに、なんでこんなに早く疲れてしまったんだ?



 友部元道(男子20番)に襲われてから、そろそろ6時間が経つ。
その間に厚志の体力は、極限まで磨り減っていた。
あの時は、なんとか支給された発炎筒を発動させることが出来たため、上手く逃げおおせることが出来たものの、今
はまったくの丸腰の状態だ。もし、今度やる気になってしまったと思われる牛尾 悠(男子4番)にでも会おうものな
ら、今度こそ命はない。
厚志はそれこそ自らクラスメイトを殺そうとは考えていないものの、好んで死のうとも思わなかった。なんとかこの状況
から脱したい。でもどうやって? 答えは見つからない。いや、答えはもうあるのかもしれない。

 脳裏に『無理』や『不可能』の文字が浮かぶ。

駄目だ、あきらめちゃ。何とか、生き延びる方法を考えなきゃ。勿論、最後の1人になるという大前提以外で。
考えてみると、おかしいものだ。そんな簡単にこの場から逃げ出すことが出来るのなら、もうこの国はとっくに滅んで
いるはずだ。ましてやこの68人という大所帯の1クラス。頑張れば出発地点を襲撃することも出来たんじゃないのか
と思ったが、出発地点に坂本理沙(女子7番)の死体があったのを思い出して、その考えは捨てた。大体過去のこと
を後悔するなんて、似合わない。今は先、先のことを考えなきゃならないんだ。


 ふらふらと歩き続けて、厚志はまず武器の確保が必要だと考えた。
多分、親友である元道でさえも躊躇せずに襲ってきたのだから、他のやる気になった奴も多分容赦はないはずだ。そ
いつらに対抗するためには、まず武器が必要だ。
昼飯はまだ食っていない。体力的にも危ない。どこか、安心して体を休められる場所が必要だ。近くに建物はないの
かと、舗装された道を歩き続ける。もう、見渡しがいいほうが精神的に楽だった。周りが見えない森の中よりも、見通
しの利く街中の方が安全だ。障害物も色々とある。
しばらく歩き続けると、十字路が見えてきた。その脇に位置している噴水。
地図には噴水なんて描かれていなかった筈だ。まぁ、このあたりに公園か何かがあるのかもしれない。


ふと、噴水に何かがあるのを見つけた。
それは、なんだか水を飲んでいるような姿勢で、まったく動いていない。



 見てはいけない。



頭の中でそう警告する何かがある。でも、体はその何かに従わず、噴水へと近づいていってしまう。一体それが何な
のか、もうおそらく、間違いない。近づくにつれて、それが人間の体であることは一目瞭然だ。ふっくらとした体、真っ
白な生足。

 溺死しているのを確認して、あらためてそれが死体であることがわかった。

別に驚くことではない。既にこの島には7体の死体が転がっているのだ。長い髪の毛が藻の浮いている水溜りに漂っ
ている。多分、最初の放送時に名前を呼ばれた、橋本康子(女子17番)だ。別に確認する気はなかったが、彼女の
デイパックが何処にあるのかが気になった。と、すぐ傍らに潰れてあるのを見つける。
 もしかすると武器が入っているかもしれない。多分彼女を殺した犯人が持っていってしまったのだろうけれども、ある
いは。
底の方に、大工道具などでメジャーなハンマーがしまいこまれているのを見つけた。食料は何も入っていなかった
が。多分、犯人はハンマーなんていらなかったのだ。となると、元道みたいに銃を持っていたのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいい。今、自分はとりあえず武器らしいものは手に入れた。あとは、安息の地を探すだけ
だ。この近くで、広くて襲撃されても簡単に逃げられそうな場所といえば、何処だ?
自分のデイパックを開けるのが面倒で、思わず橋本の開きっ放しのデイパックから地図を取り出した。
このまま道なりに北へ行けば、矢代港がA=5にある。そこへ行こう。

 再び、重い腰を上げて、厚志はふらふらと歩き出した。




 一度だけ振り返って、まだ水の中に沈み続けている橋本を見やったが、すぐに踵を返して歩き出した。





 ―― 橋本。ちょっと、武器、借りるな。返せるかどうかなんて、わからないけれども。







   【残り60人】



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