39



 午後1時30分。A=5、矢代港。


峰村厚志(男子31番)は、ゴール直前にいた。
目の前にある港は、簡素なつくりになっている。東京で見た巨大なコンビナートのようなものは一切なく、ただ埠頭が
2つ海に突き出ていて、そしてそれになにか土産物屋のような建物がしがみついているといった感じの、あまりにも
都会っ子には寂しすぎる風景だった。

海の潮風に乗って、海鳥が空を飛んでいる。
ああ、あの鳥のように自由に空を飛べるのなら、どんなに楽なことだろうか。


 つい先ほど、同じ島の北側で銃声が連続して鳴り響いていた。だが、それも10分ほどしたら全く聞こえなくなってし
まっている。これが示すものとはなんだろうか。戦いの中断か、あるいは決着、すなわち誰かの死か。
それは考えても仕方のないことだったし、迂闊にその場に近づいたときの危険度を考えてみても、今は矢代港にさっ
さといくべきである。そして、今、目の前に目標だった建物がある。
あたりは静けさに満ちていて、波の音と海鳥の鳴く声しか聞こえない。でもそれは嵐の前の静けさといった感じでは
ない。ごくごく普通の、平和な光景だ。そう、まるで今プログラムの真っ只中であることを忘れてしまいうなくらいに。

厚志は右手にハンマーをしっかりと握り、そっと埠頭の方へ近づいた。

寂しい筈だ。埠頭には本来ならばそこにあるべきもの、船が1席も停泊していなかったのだ。野ざらしにされたロープ
が微々だが風化されている。まだ風は冷たい。
きっと政府の連中が脱出されないように全ての船をかっさらっていってしまったのだろう。律儀にも程があると思った
が、それでもしないと、それでも脱出を試みる生徒がいるせいかもしれない。
とりあえず、埠頭は障害物がなく目立つので、土産屋に入ることにした。もう一つ小さな漁業組合本部という看板の
掛かっている建物もあったが、そちらはなんだか古くて寒そうだったので、やめておくことにした。
気をつけなければならないのは、中に他の生徒が隠れているかもしれないということだ。万が一遭遇でもしようものな
ら、戦闘になってしまう可能性が高い。なんたって、これはプログラムなのだから。

そっと引き戸式の扉を開ける。すると中の湿った空気がむっと体内に入り込んできた。きな臭い匂い、おそらく干物の
匂いだ。商品が腐っているのかもしれない。
ハンカチを取り出して口と鼻を押さえる。慣れればそんなに我慢できないほどでもない。
さて、武器となるものは果たしてこの建物の中にあるのかどうか。商品棚の中には惣菜や干物が並んでいるだけ。と
りあえずまだ常温保存の効く乾物をデイパックに入れた。味はともかく、これで食料に困ることはないだろう。勿論、イ
カの塩辛などといういかにも水が必要そうなものはやめておいたが。
レジ裏に回ってみると、板チョコが置いてあった。確かチョコは体力の源になるとかいっていたっけ。というわけで、箱
に入っていた中身全てを抜き取った。これだと水が足りなくなるかもしれなかったが、まぁなんとかなるだろうと高をく
くる。他にも色々とあさってみたが、肝心の武器はどこにもなかった。あったものといえばチャッカマンくらいか。

どうも武器が心細いので、奥の部屋の扉を開ける。商品が保管されているところなら、もしかすると何かしら刃物の類
もあるかもしれない。そう思っての行動だった。
薄暗くてよく見えなかったので、デイパックの中に入っていた懐中電灯をつける。昼間なのに暗いのは、多分暗室の
役割をしているのだろう。そういえば店の前に『写真現像承ります』なんて看板も出ていたっけ。
左右を見回して誰もいないことを確認すると、そっと中に忍び込んだ。薄暗い部屋にいることは、なんとなく嫌な気分
だったからだ。

 ところが。


「今だぁ!」

突然の声。なんだ? と思ったときには時既に遅し。

「うわっ?!」

体の上に魚くさい網が(おそらく漁業網だ)降ってきて、いきなり床に押さえつけられた。



 畜生、罠か!



敵は頭上に潜んでいたのだ。一生懸命網を解こうともがいたが、全身に絡まって抜けることは出来なかった。

「やったぜ、獲物ゲット。さぁて、正体を現すんだ」

誰かがそう声を発した。最初の怒号とは違う人物のようだ。
となると、2人組か?

「俺だよ、峰村だよ。やる気じゃないからさ、この網、解いてくれないか?」

「え、なぁんだ。峰村だったのかぁ。何しにここに来たんだ?」

「武器の代わりになるようなもの、探しに来ただけだ。……ああ、変な意味に取らないでくれ。俺はこの殺し合いに参
加する意思はないし、だからお前達を殺す意思もない、安心してくれ。で、お前達は誰だ?」

よく考えれば説得力のない台詞だ。だが、そうとしかいいようがない。

「俺だよ、オレオレ。ってわからないな。原だよ」

「それから僕は優治。声でわからなかったかなぁ、いつも話してんじゃん」

「あ、なんだ。原と優治だったのか。じゃ、こっちも安心だ」

やはり2人組のようだ。一人は体重65キロ、ガキ大将というイメージがぴったりの大柄な体格の持ち主、原 尚貴
(男子27番)で、もう一人は小柄でリスのようなイメージがぴったりの永野優治(男子22番)だ。どちらとも厚志とは
交流が深い。何かと話す話題が似ていて、馬が合ったのだ。
ごめんな、とあやまられながら網を解いていく尚貴。一方の優治は念のために、とデイパックをあさっていた。

「なにこれ? チョコだらけじゃん。死ぬ前に虫歯になるつもり?」

「あ、いや、それはこの店のレジ裏にあったものだ。食料調達もついでにと思ってね。武器は今は右手にハンマーを
握っている。もともとの支給武器は発炎筒だったんだけれどもね、使っちゃったんだ」

やっと解けた。すっかり体が魚くさくなってしまった。
誤解を招くといけないと思って、厚志はそのハンマーを床にそっと置いた。

「なんで使ったの?」

「工場地の跡で元道に会った時、元道に銃で襲われたんだ。だから、逃げるときに使った」

「え?! 元道……って、友部のこと? マジっかよ、あいつ殺す気満々なのか?」

「……多分そうだ。牛尾もその気になって元道を襲ったらしい。牛尾も上手く逃げ果せたらしいけれどもな。これで、俺
のそっち方面の友人は信じられないってことがわかった」

「牛尾……君もかぁ。話したことあまりないからわかんないけど、乗ったのか。で、このハンマーはどうしたの?」

「ハンマーはあれだ。その……噴水があったところで、多分橋本だと思うんだけれども、死体があった。そこの傍らに
デイパックがあったから、丸腰なのもなんだと思って、ちょっと失敬してきたんだ」

「橋本さんの死体、か。お前はもうプログラムの実態を確認してきたわけだ」

「嫌なくらいにね」

「よし、わかった。一緒に行動しよう。一人でいるよりも、マシでしょ? あんなひどいことしてなんなんだけれども、僕
達を信用してもらえるのなら……駄目かな?」

こいつらは、『こっち』の友達は、信用していいのか?
だが、信用せずにここからまた1人で歩き出していくのもかなり危険なことだろう。

 となれば。


「うん、俺でよかったら、いいよ」



 肯定しよう。





 さて、いい加減、昼飯でも食うか。







   【残り59人】



 Prev / Next / Top