59



 タァン!




 G=3に、再び一発の銃声が鳴り響いた。

咄嗟の判断で快斗は恵美の右手を思い切り引っ張っていた。友部の銃口が、なんとなく恵美の方を向いているよう
な気がしたから。
それはいい判断だったのかもしれない。幸いにも銃弾はどちらにも命中することはなく、ただそばにあった木の幹から
ぷすぷすと白い煙が出ていたのだから。
だが、それだけで安心できる状況じゃなかった。

「恵美、走れ! 精一杯でいいから、逃げるんだ!」

右手を掴んだまま、快斗は走り出した。後ろに引っ張られるように、もどかしい気持ちで、だが一生懸命走った。森の
中を、木と木の間を潜り抜けるようにしてジグザグ走行をする。
相当なスピードの筈だったが、恵美は必死についてきていた。だが、やはり2人で走っているのには弊害がある。ち
らりと後ろを見ると、銃を構えたままの友部が追いかけてきている光景が目に写った。その瞬間、再びその銃が、火
を吹いた。





 タァン!





途端、快斗の左肩に激痛が走った。無理矢理肉を抉られるような凄まじい衝撃に、思わず声を上げる。

「快斗?!」

「痛ぇ……畜生、俺がいると足手まといだ。恵美、手ぇ放すからここからは恵美だけで行け」

痛いからといって歩みを止めるわけにはいかない。止めたら、その時点でジ・エンド。早くも自分の名前が放送されて
しまう。
次々と流れ出てくる血を見つめながら、快斗は続けた。

「俺もすぐに追いかける。こっち方面はまだ禁止エリアがない筈だから、先に行ってくれ」

その方面。即ち、自分達が来た方向。東の方面、会場の中心部分だ。

「待ってるからね。死んだら許さないんだから」

恵美はそう言うと、優しい笑みを顔に浮かべた。信用しているとでも言いたいように。
快斗はそれに右腕を突き上げて答えた。そして、すぐに手を放すと、減速していった。そのまま走り続け、恵美がきち
んと遠くに逃げたことを確認すると、怪我を負って逃げにくいのだと思ってあえて自分を追ってきた友部の方を見る。

「よぉ、友部。お久しぶり」

「なんだよ、その対外的な言い方は。お前達なら最期まで一緒だと思ってたんだけどな。どうして別れたりするのさ?
 おかげで湾条さんに逃げられちゃったじゃないか」

「ふん、バカ言ってんじゃねぇよ。俺はどんなことがあっても恵美を守る、って決めたから……な!」

木の幹に背を預けながら、快斗は喋った。銃口がこちらを向いている以上、下手に動くとすぐにやられてしまうだろう
が、このまま喋っている限り、そういう事態にはならないだろう。その間に、少しでも恵美に遠くに逃げてもらいたかっ
た。そして、今、反撃のチャンスが、来たのだ。
木の幹に引っ掛かっていた小石。快斗はそれを掴み取ると、瞬時に体を屈めた。途端、一発の銃声。
簡単なことだ。こちらが何かをすれば、向こうは引き金を引く。一回引き金を引いたら、もう一度撃つのに少しは時間
がかかる。それだけの時間があれば。

「うらぁっ!」

掴んでいた小石は地面に捨てた。本当に欲しかったのは、足元に落ちている拳大の石。屈む動作の時に拾い上げた
ものだ。その拳大の石を、思いっきり友部に向けて投げつけた。
その石は綺麗に一直線に突き進んでいった。撃鉄を構えなおしている友部がそれに気がついたときは、もう遅かっ
た。そして次の瞬間。




 ゴッ!




鈍い音がして、友部の目元。目には直撃しなかったものの、顔には当たったのだ。相当なダメージには違いない。案
の定、目元から血を流している友部が、その左目を閉じているのが確認できた。
こうなればしめたものだ。片目では遠近感を掴むことは至難の業だ。


 逃げるなら、今しかなかった。


快斗は振り向くと、一気に加速した。木々の間を凄まじい速度で駆け抜ける。後方で何度か銃声がしていたが、勿論
一発も当たらなかった。誰かが喚いている声が聴こえる。
数分間走り終えて、後ろに誰もいないことを確認すると、ようやく快斗は足を止めた。

「恵美……何処だ? 何処行ったんだ?」

そして、彼女の名を呼んだ。
だが、返事は来ない。一体、何処まで走っていってしまったのだろうか。

急に、左肩の撃たれた傷が痛みを増してきた。集中力が途切れてしまったのだろう。
恵美を探す前に、まずは止血が必要なようだ。



 ついさっきまで傍にいたのに、今、恵美はここにいない。

 それが、とても悲しくて。







   【残り48人】



 Prev / Next / Top