友部元道は、激痛を伴っている左目をそっと押さえた。
　手を放すと、その手にはべっとりと血がついているのが、右目でわかった。


それにしても痛かったものの、辛うじて視力は残っているようだ。一部分が紅く染まっているが、なんとか左目を開け
ると、再び光が舞い降りるのが確認できた。
突然現れて、そして自分が殺そうと思って追いかけていた筈の２人。湾条恵美（女子３４番）は共に行動していたらし
い秋吉快斗（男子１番）の策略により逃げられてしまい、そして秋吉にまでも出し抜かれて、怪我を負わされた挙句
に逃げられた。そして、この場には誰もいない。

悔しかったものの、同時に怒りの方が凄まじかった。
また、逃げられてしまったのだと。また、仕留めそこなったのだと。


　なんだ、結局殺せたのは弥生だけじゃないか。ふざけるな。


「畜生……」

ターゲットを見失ってしまった以上、今の自分に出来ることは何もない。あるとすれば、この左目の傷。だが、この傷
は鏡を見なくてもその酷さはわかった。未だに流れ続ける血。恐らく、縫合が必要なはずだ。
とりあえず、雑菌が入らないようにしなくてはならない。どうしようか、薬なんて持ってないぞ。

ブローニング・ハイパワーをベルトに差し込んで、元道はもといた場所、増永弥生（女子２７番）の死体の元へ行こうと
した。無性にもう一度、彼女に会いたくなったのだ。それはもしかすると、未練だったのかもしれない。
歩き始めて１分近くが経過したが、弥生の死体はなかなか見つけられなかった。確かに自分はこちらの方向から来
た筈なのに、その姿がないことから、自分は秋吉達を追いかけて相当な距離を走ったに違いない。もしかすると、ここ
はエリアＧ＝４なのかもしれない。


　左目がずきずきと痛む。体力がどんどん失われていくのがわかる。
　これは感じたことのない痛み。生まれてはじめての、痛み。





　パァン！





銃声がした。自分のものではない、違う音だ。一体誰が、放っているのだろうか。
そんなことを考えた瞬間、左目よりも凄まじい痛みが元道を襲った。腹部を一直線に突き抜けた銃弾を、なんとなく見
たような気がした。
そして、狙われているのが自分なのだということも悟った。

元道は即座に振り返り、銃弾が飛んできた方向を見据えた。そして、そこに一人の生徒がいるのを確認した。夜だけ
にその人物が誰なのかまではわからない。だが、男子であることは確かだ。

「くそっ……！」





　タァン！





素早い動作でブローニングを抜き出して、元道は撃った。衝撃で撃たれた腹部が千切れるほど痛かったものの、最
早痛みなどどうでもよかった。ただ、相手を仕留められれば充分だった。
その相手はこちらが銃を構えたことに気がついたのだろう、すぐに木の陰に身を潜め、銃弾をかわした。



　負けるものか。





　タァン、タァン！





相手に引き金を引かせないように、元道は何発も撃った。
その成果はあったのだろうか。相手は何もしてこなかったし、姿を現しもしなかった。だが、その時点でおかしいと気
付けなかったのは、元道の傷の痛みと、そして焦りが原因であったのだろう。





　パァン！





それは元道が予想もしなかった方向からの銃声だった。
そして気がついたのだ。相手は、こちらが銃を乱射しているうちに左右に回り込んでいたのだと。

幸い銃弾が命中することはなかったが、元道を錯乱させるには充分な効果があった。



　畜生、何処だ！　相手は何処にいるんだ？！



さて、この場合。

森を盾にしながら、影からターゲットを狙う者。
全身を隠すこともなく曝け出していて、ただひたすらに銃を乱射する者。

どちらが有利であろうか。





　パァン！





３発目の銃弾は、元道の右腕を捕らえた。その激痛に耐えられず、元道はブローニングを落としてしまった。それを相
手が確認したのだろう。立て続けに、銃弾が彼を襲った。
左腕、右肩、右脇腹にさらに追い討ちをかけるように銃弾は彼を襲った。その時には、最早痛みなどなかった。恐怖
の二文字が、彼を襲っていた。



　嫌だ、痛い！　痛い、嫌だ！　……死にたくない！



相手は弾切れを起こしたのだろうか。立て続けに撃ってきた筈が、今は静かだ。
元道は逃げた。これまでも何度も逃げてきた彼であったが、とにかく逃げた。体が揺れるたびに激痛を伴っていたも
のの、そんなことはどうでもよかった。ただ、生きたかった。生き延びたかった。
そして開けた森の中の広場に差し掛かったとき、元道は一つの物体を見つけた。それは、自分が殺してしまった弥生
の死体。やっと、見つけられたのだ。





　パァン！





再び、銃声がした。その銃弾は元道の左太股を貫通し、無理矢理元道を地面に押し倒した。
再度の激痛。そのまま元道は、弥生の死体の上に覆いかぶさった。

「うぅ……うあぁ、弥生……やよいぃ……！」

物言わぬ死体となった弥生を、元道は抱きしめた。その目には、うっすら涙が浮かび上がっている。
どうして殺してしまったのか。どうして無差別にクラスメイトを撃ち歩いていたのか。そんなことはどうでもいい。今はた
だ、増永弥生という一つの死体と、共にいたかった。

「ああ……やよい、やよい、やよい……」

何度も彼女の名前を呼ぶ彼に、後ろから近付く人物など、気付く筈もなかった。





　パァン！





そして、一発の銃声。頭部に銃弾が直撃し、その瞬間、元道の思考回路は途絶え、呪文のように繰り返していた彼
女の名前も、その口から発せられることはなかった。
弥生の死体の上に崩れ落ちた一人の男子生徒。彼の最期の顔は、涙と血でぐちゃぐちゃだった。


　そして、友部元道を仕留めた男、唐津洋介（男子８番）は、コルト・ガバメントと拾い上げたブローニングをベルトに差
し込んで、その冷徹な目をもうその仕留めた死体に向けることなく、去っていった。


　こうして、ゲームに乗った運のいい男子生徒、友部元道は、キルスコア１という彼自身にとってなんとも情けない成
績を残して、このデスゲームから退場したのだった。





　男子２０番　友部　元道　　死亡







　　　【残り４７人】



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