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 エリアE=4、ガソリンスタンド。


 丁度時計の針は5時ジャストを指し示した。
 同時にエリアH=8が禁止エリアになったものの、勿論こんな辺鄙な場所で引っ掛かるような生徒はいない。



「どうだ、そっちは?」

うっすらと空が淡く光を放っている。先程まで我が者顔でいた月も、今ではほとんど見えていない。そろそろ太陽が姿
を現す頃であろう。時間帯で言えば鶏が鳴き出す頃、だが、聴こえるのは起き始めた小鳥のさえずりばかり。
佐久良浩治(男子12番)は、辺りを警戒する素振りも見せずに、わりと大きめの声でそう言い放った。

「ああ、一応それらしい物は見つけた。そっちはどうだ? 『大きい物』は見つかったか?」

そして、それに答えるように、はっきりとした声で返事が来る。その声の主は本条 学(男子30番)、浩治と行動を共
にしている、唯一無二の親友だ。
2人とも、他の生徒から見れば何をしているのかわからないだろう。だが、今の2人が汗を掻いてまで必死に探してい
るものは、それこそ最重要項目だったことは知るまでもない。


 それは脱出を持ちかけてきた生徒、米原秋奈(女子23番)の命令。
米原はまず、仲間にした砂田利哉(男子14番)とその妹の砂田利子(女子8番)に他の仲間とある物の収集を命令
した。そして、砂田兄妹は自分達を見つけ出して、仲間にしてくれた。そのまま自分達も目的の物の収集を始めたと
いうわけである。
まずは分校を爆破する為の材料。発火装置は詳しくはわからないがあるようなので、実際に爆発力を助長させるもの
を持ってくるのが目的だ。そして、米原の頭脳でも割り出せたであろうよく燃える物質。それが硝酸アンモニウムと軽
油を組み合わせて精製する、つまりは即席のANFO爆薬を作ろうというものだった。この名前は偶然知ったものだっ
た。たまたま、ふとしたきっかけでこの名前を知ったのだった。さて、あれは何の番組だっただろうか。
そしてこのANFO爆薬、実際にはダイナマイト並みの爆発力を持つらしい。たまたまその威力を知っていたからよかっ
たものの、もしも知らないで運んでいたら、それこそ大惨事になっていたかもしれなかった。
まぁ、何を作ろうとしているのかがわかれば話は早い。慎重に行動した結果、既にその目的の一つである硝酸アンモ
ニウムは偶然にも谷 秀和(男子18番)の死体から手に入れることが出来たし、一緒にするだけで有毒ガスが発生
する以上、先に砂田兄妹に米原の所へ持って行かせて正解だったに違いない。
そしてそのもう一つの材料である軽油は本条に任せ、浩治は今、沢山の荷物を詰めそうで、尚且つ移動も楽に出来
る丁度よい大きさの軽トラを探していた。とはいったものの、こんなガソリンスタンドにぴったりのものがあるとは正直
思えなかった。大きなものなら大量にあったが、小さなものとなるとなかなか見つからない。

「悪い、大き過ぎてちょっと苦しい。業務用じゃなくて一般の方を見てくる」

下手に車だのトラックだの言うと危険だ。既に、自分達に平等につけられたこの首輪に盗聴器が備わっていること
は、判明済みだったので。
だから最小限にそう述べると、浩治は一般車両の方を見た。普通車がちらほらと散っている中に、案の定、LPガスを
積んでいる丁度いいサイズの軽トラはすぐ見つかった。ここから探せば楽できたかもしれない。まぁ、どうでもいいこと
だ。後はこれに軽油を積んで、慎重に米原のいる本拠地まで行けばいいだけだ。

「あった。そっちはどうだ? 沢山見つかったか?」

浩治がそう言うと、本条が大きそうなポリタンクを2つ引っさげていた。どうやら、これが目的のものらしい。
首で促した方向を見ると、ラベルで『軽油』と書かれている場所には、まだ7個ほどのポリタンクが転がっていた。恐ら
く、万が一の時のために残しておいたものか、あるいは販売用のものだったのかもしれない。
とにかく、浩治もその場所へ行き、早速2つを両手に持った。意外と重たい。軽トラの荷台に先程の2つのポリタンクを
載せてきた本条とすれ違い、浩治もまた荷台にポリタンクを置く。一気に手が軽くなった。
それから10分ほどして、ようやく全ての軽油を積み終えた浩治と本条は、早速軽トラに乗った。キーはガソリンスタン
ドのロッカールームに置かれているのを失敬してきた。いやいや、どうやらここまでは順調のようだ。問題は、どうやっ
て運転するか、だ。

「こんなの、アクセル踏めば動くんだろ?」

「まぁ、そうだと思うけど……無免許だぜ?」

「そんなの気にしてられっか。あの教官だって言っただろ、殺人が許されてるんだ。無免許運転が許されないわけな
いじゃないか」

「……そうだねぇ」

キーを差し込んでまわすと、エンジンがかかった。何もかもが新鮮で、こんな状況なのになんだか楽しかった。
……でも、どうして俺が運転することになってるんだ?

「じゃ、まずはこの道を真っ直ぐ進む。で、分かれ道は右だ。左行くと禁止エリアになってるからな、絶対に間違えるな
よ? いいな、右だからな」

「あー、わかったわかった。右だな、うん」

早速地図を取り出して確認をする本状の隣で、浩治はマニュアルのそれに苦労しながらも、なんとか動くように設定
して、ハンドルを握った。ゆっくりとアクセルを踏むと、だんだんスピードが上がっていく。

「あぁ、動いた動いた!」

「いいか、落ち着けよ。ここは緩めの下り坂になっている。スピードは出さなくていいから、ブレーキと組み合わせて慎
重に進め」

言われたとおりに、慎重に進む。スピードをさほど出していないのが幸いしたのか、辺りにも誰もいないようで、周りは
静かだった。
曲がり道を右に、そして言われるままにそのまま道なりに突き進む。やがて道もなくなったが、獣道のそれをまた慎
重に突き進む。木々が多くなってきて、随分と操縦に慣れてきたものの、避けるのは難しかった。
しかし、もともとこれ系統の才能でもあったのだろうか。奇跡的に事故を起こすこともなく、森の中の材木置き場である
そこに、ようやく辿り着いた。間違いない、ここが、米原のアジトなのだ。

「お疲れ様。いい運転だったよ」

本条にそう言われるのにも気付かないほど、浩治は疲れきっていた。
額からの汗が、物凄いことがわかった。







   【残り46人】



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