エリアG=4、街道。 余命、4時間50分。 クラスメイトを殺し、そんな特別ルールが関係ない生徒、秋吉快斗(男子1番)は、行く当てもなく歩いていた。 先程何故か遭遇した専守防衛軍兵士、蒔田信次が述べたことが嘘でないのなら、今も尚探し続けている彼女、湾条 恵美(女子34番)は既に誰かを殺害していて、つまり爆破対象者ではないことがわかる。 だけど……何故? 何故、恵美が殺したのだ? 誰を? 男子か、それとも女子か? わからなすぎる。恵美のことは知り尽くしていたつもりだったのに、どうして恵美が殺人を犯してしまったのかがわか らない。いや、そもそもそんなことはしないと確信していたのだから、もともと理解できるものではないのだ。そう、理 解できない存在、何が起こるかわからない状況、人を簡単に狂わせてしまう最悪のゲーム。それが、プログラムだと いうことはとうの昔にわかっていたことだったのに。 そう、だからこそ、俺が恵美を守っていなきゃならなかったのに。 畜生。 どうして、どうして恵美は。 「誰か、誰か助けてくれぇぇぇぇっっ!!」 突然、悲鳴が聞こえた。 ほとんど絶叫に近いそれは、ぼんやりとしている頭を覚醒させるのには充分だった。 武器も何も持っていないこの状況で、誰かやる気であるクラスメイトに出くわすのは非常に不味い。ここは隠れるべき だ、という考えが脳裏をよぎったものの、一体誰が悲鳴をあげているのかわからないし、またどういった状況なのか正 確にはわからない以上、全く確認しないわけにもいかなかった。 そう、もしかするとそれは、また罪の無い誰かが同じクラスメイトに殺されかけているという最悪の状況から、目を背け ることができなかっただけなのかもしれない。 ……誰だ?! その声は女子のものではない。男子だ。 推測すると、誰かに襲われていると考えるのが妥当だろう。 聴こえてきた方角と脳内に叩き込んだ会場地図を照らし合わせる。このエリアの付近は禁止エリアがそれなりに集 中していて、下手な方角に逃げると自ら禁止エリア内に踏み込んで自爆する恐れがあるのだ。 咄嗟にたたき出した計算から、すぐに快斗は行動に移った。デイパックも何も持っていないおかげで、持ち前の俊足を 最大限に発揮することが出来た。意識を集中していたせいか、自分の足音に混じって近くを誰かが駆けている音も聞 き取ることが出来た。 もう、頭の中では余計なことは考えていなかった。勿論、自分が死ぬということも。 ただ、誰だかわからないけど助けたい、それだけだった。 「どこだぁっ?!」 「あっ、……秋吉君!!」 声を張り上げた瞬間、目の前に男子生徒が飛び出てきた。大きめの鼻、低い背丈、そして天然パーマ。遠山正樹 (男子19番)だ。 その目は恐怖の一色に染まっていた。自分の存在に気が付いたのだろう、そう声を荒げてから、方向を変えてまっす ぐにこちらの方へと突っ込んできた。やはり予想したとおり、誰かから逃げているようだ。 「どうした、何があったんだ?」 「逃げて、秋吉君! 追ってくるんだよ!」 「だから誰が?!」 さらに質問をなげかけると、その背後に突然、別の男子生徒が現れた。それが支給武器なのだろうか、何か棒状の 物を握っていて、遠山の後ろを追いかけていた。 関本 茂(男子15番)だった。 「せ、関本ぉ?!」 そう、それはクラスでもあまり目立つことのない生徒だった。誰とも話さずに、じっとふさぎ込んだ感じのする、不思議 な生徒だった。とにかく、その関本が遠山を襲っているのだということは理解できた。 でも、意外だったのだ。関本は、いかにも人殺しとは無縁そうな雰囲気だったから。 「そこをどけぇぇっっ!!」 追ってくるや否やいきなりその棒状の物、七番アイアンを関本は快斗の方に振り落としてきた。 だが、ガキッ、とアスファルトが砕ける音がして、再びアイアンを持ち上げようとした関本の両腕は、動かなかった。 「……何してるんだよ」 話したことも無いような関本が知らないのも無理は無い。そう、快斗が、居合道をやっているということに。居合道は 剣道と同じように、長い棒状のものであればどんなものでも剣の代わりになりうるという指導を受けている。そう、たと えそれが木の枝だったとしてもだ。 特に居合道は真剣を用いる。空気抵抗を如何になくし、如何に優雅に綺麗に斬るか、それは同時に速さも求められ るものであり、自然と目も鍛えられるのである。 そして居合道に精通している快斗が、どうして凡人の素振りに対抗できないことがあろうか。 避けるのに充分な間合いを取り、相手に空振りをさせる。相手は力任せに振り落としてきているのだから、その後の ことなんて知ったことじゃないのだ。つまり、そこに隙が生まれる。 快斗はその隙を突き、アイアンをそれを握る両腕ごと捕らえ、そして捻りあげたのだ。 「あ痛たたた!!」 簡単にアイアンは快斗の手に移った。関本を突き飛ばすと、関本は簡単に地面に突っ伏した。慌てて起き上がろうと する関本の背中に、快斗は若干手加減をしたものの、アイアンを振り下ろした。 ゴッ、という鈍い音がして、関本が呻き声を上げる。だがさらに襟首を掴んで、後ろへと突き飛ばした。地面に倒れこ んだ際に何処かにぶつけたのだろうか、さらに関本が呻き声を上げた。 「な、何しやがる?!」 「……ふざけんじゃねぇぞ」 関本が抵抗しようと声を荒げたが、快斗はゆっくりとそう言い放った。威圧を込めて言ったそれは、関本を黙らせるの に充分だった。 「……次はないと思え。わかったな?」 「あ……あぁ……」 「失せろ」 関本が、後退りを始めた。その目には先程のものとは違った、恐怖の念が滲み出ていた。 「失せろって言ってるんだ!!」 さらに追い討ちをかけると、すぐに立ち上がって何処かへと走り去ってしまった。後には、教室で渡された関本のデイ パックが残っているだけだった。 そして、その後ろには、一言も喋らずにいる、遠山正樹が、呆然と突っ立っていた。 【残り41人 / 爆破対象者33人】 Prev / Next / Top |