関本茂の姿が見えなくなると、快斗は真っ直ぐに構えていた7番アイアンをアスファルトの地面に下ろした。 ふぅ、と溜息をついて、後ろに呆然と突っ立っている遠山正樹を見やると、正樹が自分を目視していることに気付い て、軽く肩をすくめて見せる。 まずは、一体何が起きていたのかを聞き出さなければ。 「あの……さ。何があったか知らないけど、とりあえず遠山はあいつに襲われていたのか?」 「…………」 遠山は一言も喋らずに、ただ黙って頷いただけだった。 助けてやったというのにお礼の一つもないのか、などと少し思ったが、多分動揺して言葉が上手く出ないのだろうと 解釈し、あまり腹を立てないようにした。もう少し落ち着いてから話しかけるべきだったのかもしれない。 とりあえず関本が残していったデイパックを拾い上げて、中身を確認する。どうやら彼はまだ試合が始まってからろく に食事も取っていなかったらしく、白い包装紙に包まれたパンはそのままで、1リットル入りのペットボトルが1本空に なっているだけだった。快斗はまだ封を切っていない方のペットボトルを開けると、一気に口に含みこんだ。デイパック を無くしてからそう時間は経っていなかったものの、度重なる戦闘にすっかり喉が渇いていた。その水は生ぬるかっ たが、体が優しく包み込まれていくのをしっかりと感じていた。 あの様子からすると、関本はもしかして他の者を既に手にかけているのではないか、という不安もあったので、念の 為デイパックに別の武器が入っていないかどうかを確認する。すると、よくわからない黒いプラスチック製の小箱が見 つかった。 「これは……」 「レーザーポインタ。それが関本君の支給武器だったらしいよ」 はっと気が付いて振り向くと、すぐ後ろに正樹が立っていた。いつのまにこんなに近付いていたのだろうか、その目に は力が篭ってはいなかった。 「遠山……」 「秋吉君は、一体どうしたいの? もう残り時間が少ないのに、どうして?」 そう、言うなればそれは絶望。全ての光から見放された、希望の無い目だった。 その小柄な体の肩に食い込んでいるデイパックはいかにも重そうだった。だがそれを身に着けながらもずっと関本か ら逃げていたのだ。もしかすると、相当体力があるのかもしれない。 「ねぇ、秋吉君。教えてくれないかな?」 「……え?」 「どうして、殺さなかったの?」 遠山正樹といえば、天然パーマのこじんまりとした男の子。快斗はあまり正樹とは親しくなかったので、知っているこ とといえばこのくらいだった。だから普段正樹が何を考えているのかなんて知ることも出来ないし、いや、知らなくても 別に困らなかった。 だから、わからなかった。どういう経緯を経て、どうしてこんな台詞が言えようか。 「あのさ……遠山、誤解してないか?」 「……どういうこと?」 「俺はクラスメイトを殺す気は全く持ち合わせていないし、勿論このゲームに乗るわけでもない。それは、お前だってそ うなんだろ?」 遠山は黙って、その場に立っていた。 秋吉は腰を上げると、少しだけ背伸びをしてすぐに正樹の正面に立った。 「わかるよ。お前がやる気だったら逃げる真似はしない筈だし、今この場で油断していた俺を殺す事だってできたはず だ。だけどしなかった。そうだろ?」 相変わらず黙っている遠山は、遠慮がちに頷くと、やはり重たかったのだろう。デイパックを、そっと地面に下ろし、再 び真っ直ぐに見つめてきた。そして、言った。 「確かに僕はやる気にはなってない。だけど、だからといって今すぐここで死んだら困るんだ。僕は時間切れになる前 にシュウに会わなくちゃならないんだ」 「シュウ……?」 「うん、そうなんだ。ねぇ、秋吉君。シュウ……いや、芳賀君を見なかったかい?」 芳賀周造(男子26番)。出発の間隔が開きすぎていたからあの教室を出てからは一度もあっていない。正樹は、そ の芳賀を探しているのだろう。 「いや……、スマン。見てないよ、俺は」 「そう。うん、いいよ、ありがとう」 「あの、逆に聞くよ。湾条恵美、見なかったか?」 その名前を口にした瞬間、再び後悔の念が快斗を襲う。恵美は時間切れが来ないことを知っていても、それは不安 だった。胸がはちきれそうで、痛かった。 僅かな希望にかけたい。その思いで、一杯だった。 「……見てない」 脱力。 「ま、まぁ、そうだよな。そう偶然があるわけじゃないしな。ありがとう」 「あのさ……秋吉君は、もしかして……その……」 次の瞬間、耳を疑った。 「もう、誰か殺してるんじゃないか?」 快斗は答えられなかった。 突然真実を突きつけられて、なす術が思いつかなかった。 遠山がデイパックを再び肩にかけ、再度自分を見据える。 「秋吉君が、僕にはわからない。嘘だらけだ」 「……そうじゃないんだ」 「いや、真実だよ。僕は君と違って絶対に殺さない。絶対に、僕が正しいんだ」 「違うんだ!」 「人殺ししてまで、僕は生き残りたくは無いよ。それじゃ、秋吉君。バイバイ」 「遠山!!」 だが、正樹はもうそれに答えることなく、快斗の呼びかけを全て無視した。 快斗はそのまま消えていく正樹を追うことも出来ず、ただひたすら、その場に突っ立っていた。 そう、自分は、人殺しなのだと、深く認識して。 【残り41人 / 爆破対象者33人】 Prev / Next / Top |