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 そして、2人目の話。
 その場所即ち、爆発箇所。


「いや……いや……!」

 武藤雅美(女子29番)と言えば、学年でも秀才の部類にあたる学力の持ち主として有名だった。唐津洋介(男子8
番)や粕谷 司(男子7番)などの天才肌に比べたら劣りはするものの、努力家としてなら負ける気はない。
そう、これからのご時世、学力が全てなのだ。運動なんて出来なくたって生きていける。この就職難の時代を切り抜
けるためには、いい高校に行き、いい大学を経て、そして一流企業に就職する道を作らなくてはならないのだ。その
ためにはまずは勉強、何をおいても勉強だ。部活動なんかしている場合じゃない。友達なんか作る暇があったら勉強
勉強。まさに、勉強の鬼だった。
ただ、努力はそんなに開花することは無かった。いくら頑張っても数学の計算ミスは減らすことが出来ない。いくら頑
張っても国語の成績は上がらない。暗記科目なら簡単なのだが、感覚に関しては鍛えようがないのだ。
それは体育の授業でもそうだった。サッカーはリフティングは3回も出来ない。50m走だってどんなに努力しても9秒
後半だ。運動なんて出来なくたってと思っていても、こればっかりは成績に響くのだ。内申書に、響くのだ。

いつしか出来ないものは不得意科目として嫌になり、そして自身を失くした。
他が長けていても、駄目なものがあるのだということが、雅美をへこませた。


 ああ、なんて駄目なんだ。
 どうしてこんなにも頑張ってるのに、出来ないんだ。


そして、プログラム。
運動能力は自分にはない。疎かにしてきた分、自分の勝ち目は少ない。
体力もない。あるのは、勉学だけ。それが、どうしてこの廃れた世界で通用しようか。

 そう、つまり、殺されるのだと。

その考えに辿り着いてからは、もう雅美は他人が全て信用できなくなっていた。
校舎を出ると、そこに広がる闇は、牙を向いて自分自身に襲い掛かってくるような感覚だった(だから、裏口から出た
のは正解だったといえる。死体を見なくて済んだのだ)。

本当に、この島には誰かがいるのだろうか。出発して以来、誰とも出会わない。誰かの死体を見つけたわけでもない
し、また誰かがいた形跡も見当たらない。
これは、なにかの狂言なんかじゃないんだろうか。凄まじいドッキリ番組なんてことはないだろうか。
聴こえてくる銃声はきっとスタッフのハッタリだ。放送で呼ばれている生徒はきっとドッキリでばらされたのだ。

 ……空しくなった。

そんなわけないじゃないか。
プログラムというものは非現実的なことだけれども、今ではそういった考え方の方が非現実的なのだ。
この過酷な状況で、自分自身が狂い始めているのが、手に取るように解った。


 遠山正樹(男子19番)から逃げ続けて、だけどすぐに体力も切れた。
まだ走らなければならない。もっと遠くへ逃げないと、後ろから殺人鬼が迫ってくるのだ。だけど、体が動いてくれない
のだ。思った通りに、足が進まないのだ。


 助けて、お願い。
 誰か、私を助けて―― 。


誰も信じることが出来ない以上、こういった考えは矛盾しているのだが、既にそれさえも判断できなくなっていた。
その時だ。





 ドゴォォ…………ンッッ!!





「……な、何?!」

突如として、爆発音が辺りに響き渡った。それも、かなり近い。
何があったのだろうか。自分は、様子を見に行くべきだろうか。

ゴクリと息を呑み込んで、恐る恐るその音が聴こえてきた方向へと歩を進める。火薬の匂いが漂ってくる。焼け焦げ
た匂いが、鼻をつんと衝く。
一体、何が起きたのだ?

「……ぅ、うぅ……」

その時だ。誰かの呻き声が聞こえた。それは、微かだけれども、確かに、聞こえた。
誰か、居る。一気に背筋が、凍りついた。
さらに歩を進めると、そこには、変な人形が転がっていた。

「の、野村さん……?」

顔は野村君江(女子16番)の形をしていた。だけど、その体は人間のものとは思えなかった。片腕、片足。そして、も
げた手足はばらばらに砕けていて、さらに腰の辺りも吹き飛び、あちこちの制服はボロボロになっていて、そして残さ
れた体の皮膚はただれていた。
吐き気を催したが、辛うじて堪えた。こんなとこで吐いてる場合じゃない。何が起きたのか、把握しなければ。

「……ぅぅ、だ……誰……?」

「あ……あの、武藤です。ねぇ、一体……何が、起きたの?」

「……み、すず…………は」

「え? 何? 聴こえないよ」

だが、そこでふと、おぞましい考えが浮かんだ。
そっと、右手に握っているヌンチャクに力が入る。



 私が、殺してしまってもいいんじゃないか?



そうだ。まだ野村は死んでいない。ここで自分がとどめを刺せば、つまり自分が野村を殺したことになるのだ。
そうすれば、キルスコアは1となり、5時間後に迫る運命に逆らうことが出来るのだ。

うん、悪くない。


「な、何やってんだよ?!」

ヌンチャクを振り上げたときだ。
突然、後ろから別の声がした。はっと気付いて振り返ると、そこには、一人の女子が立っていた。

「お前……今何しようとしたんだよ?!」

「違うの! 私は……!」


 そこには、木藤早智(女子5番)が、いた。







   【残り41人 / 爆破対象者33人】



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