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 その、数分前の話。
 一番最初の、一人目の話。


 野村君江(女子16番)は、一人とぼとぼと歩いていた。
地図で言うのなら、ここはH=7から6にかけての境界線あたりだろう。最も、あたりにそういった目印などは一切な
く、あくまで目分量でしかない。そう、ここは鬱蒼と茂った森の中。隠れ潜むには、十分な場所なのだ。
だから、君江は出発してからほとんどこの森に入ったきり出たことはなかった。幸いH=8が禁止エリアに指定された
以外に、周辺に立入禁止区域があるわけではない。余程の事がない限り移動なんかしなかったので、今まで、この
特別ルールが試行されるまでは誰とも会わずに済んだ。せいぜい、林を横切っていった牧野涼子(女子24番)を見
かけただけだ。もう、何時間喋っていないだろうか。
特別ルール、自分の命は、誰かを殺さなければ、あと5時間ほどで終わりを遂げる。
何もしなかったから、今苦労しているのだ。もし何処かで、そう、ここではなく別の場所に潜んでいて、そして誰でもい
い、誰かを殺していれば、今頃締め切りに急かされて殺し合いに参加する必要なんてなかったのだ。
殺し合いなんかしちゃいけない、なんて正義ぶって、結局何もしないまま1日が過ぎて、そして朝が来て、今は殺し合
いに積極的になっている自分がいる。なんて惨めな話だろう。
今はそんな悠長なことなんか言っている暇はないんだ。死なないために、誰かを見つけ次第殺さなくてはならないの
だ。そう、どんな手段でも構わない。油断させて、近付いて、そして。
ふと、自分の武器を改めて見てみた。木製のそれは、角ばっているものならば、殴れば相当な威力を発揮するだろう
し、丸まっているものならば、逃げられたときに投げて足止めをすることが出来る(一応ソフトボール部だった身だ。コ
ントロールには自信があるのだ)。だけど、なんだかそれは『武器』というにはしっくりこないものだった。
そう、何故、自分に支給されたものは、何の変哲もない、対象年齢3歳以上の『積木セット』なのだ。バカにするのも
大概にして欲しいものだ。

君江は、顔が悪い。作りが悪いのが、嫌だった。自分の醜い顔が、嫌いだった。
大きくなったら、整形しよう。そうでないと、いつまでたっても幸せな結婚なんて出来ない。そう考えていた。だから、
運動部に入っていたのだ。顔が汚くても、体力で評価されるのだから。だから必死に部活動に打ち込んだ。顔が悪い
意外では運動神経も勉学もそれなりの力があったので、そちらの面では評価された。そう、そちらの面では。
だが、やはり顔ではそうはいかない。自分だって女の子だ。綺麗な男の人とかには憧れる。だけど、やっぱりこの顔
じゃ駄目なんだ。この顔だと、これと同程度の顔の男としか結婚できないのだ。ああ、嫌だ。整形したい。

辺りの気配が、微かに変わった。
そう、自らが歩くことによって生じる音以外に、別の音が耳に入ってくる。そう、それはつまり。


 ……誰だ?


歩みを止めると、それに気が付いたのか相手も歩みを止めた。つまり、相手も自分の存在に気付いているということ
だ。ああ、何やってんだ自分。
やっぱり我武者羅に動き回るんじゃなかった。そうすれば確かに誰かを見つけ出すことは容易になるけれども、同じ
ように相手も自分を見つけやすくなっているのだ。ああ、バカだバカだ。
そっと視線だけをずらして、辺りを見回す。そして、視界の端にその人物を捕らえた。

 そこには、曽根美鈴(女子9番)がいた。

曽根美鈴とは、同じソフトボール部だったので親しい仲だった。引退してからは間近に迫っている(まぁ、もう関係のな
い話だけれども)受験に集中する為にあまり会話を交えたことは無かったが、それでもクラスの中では話せる相手で
はあった。
生き残る為とはいえ、そういった友人を殺さなくてはならないのはつらいといえばつらかったが、でも自分が死ぬより
はマシだった。天秤にかけるまでもなく、自分の命が一番大切なのだ。

君江はその冴えた視線を若干緩め、淡い笑みを浮かべた。

「美鈴」

意識して、その瞳をまじまじと見つめた。
美鈴も気が付いて、こちらに歩み寄ってきた。警戒心の微塵も感じられない。

「君江……よかった、無事だったんだね」

「ええ、なんとかね」

その距離5mにして、美鈴は立ち止まった。なんだ、もう少し来てくれなきゃ。
美鈴は肩にかけているデイパックを地面に落とすと、両手を顔の前で振った。その顔は、少しだけ笑っていた。

「あはは、ごめん……私、初めてクラスメイトに遭遇したから……なんかわかんないや」

「え、あ……なんだ、美鈴もなのね。あたしも初めてよ、これが始まってから出会うのは」

「そうなんだ、今まで何してたの?」

君江は、ピクンと、眉をひそめた。
美鈴は、何処かおかしい。突然私と遭遇して慌てているような口調をしているけれど、きちんとした質問をぶつけてき
ている。誘導されるように、自分の情報がどんどんと美鈴に伝わっていく。そう、しかもそれは答えなかったら相手に
怪しまれるという難解なものであって。

「私……? いや、この辺にずっといたの。それで、少し移動していたら、美鈴に……美鈴は?」

「ん? あ、私はちょっと山道を歩いてて、それで下りてきて暫く森の中を適当に歩いていたの」

適当に、か。適当に歩いていたら、まず禁止エリアに引っ掛かるはずだけれども、それは考慮されているのだろうか。
それとも、ただ口からでまかせを言っているだけか。あるいは。

「ねぇ、君江」

思考は、その言葉で止められた。

「なぁに?」

「私ね、千春を探しているの。見かけなかった? ……て、そういえばここからは動いてないんだっけ」

「うん、まぁね。えーと、千春は会ってないなぁ。涼子なら見かけたんだけれども」

先程見かけた牧野涼子や、美鈴が探しているという利島千春(女子12番)も同じソフトボール部だった。あとは、この
クラスでは木藤早智(女子5番)がいる。前回の放送までではまだ誰も呼ばれていない。
そう答えると、少しだけ残念そうに、美鈴は屈みこんだ。

「やっぱそう上手くはいかないかぁ。涼子はいいの。千春を探しているんだ。いないならいいよ、別の所を探しに行くか
ら」

「あ……そうなんだ」

行かせてなるものか。ここで、あんたを殺さなきゃならないんだ。
行ってしまう前に、急いで美鈴の方へと歩み寄る。

「じゃあ、行くね」

デイパックを再び担ぎ上げて、歩き始めた美鈴へと、近付く。当然疑われたけれど、もうどうでもよかった。殺す。殺し
てやる。そして、生き延びるんだ。
美鈴がいた茂みの中へと足を踏み入れる。そうしている間に、美鈴はこちらを気にしながら足を速めた。まるで、これ
から自分が何をしようとしているかが何もかもわかっているかのような素振りだった。

「ねぇ、美鈴」

そう言った時だ。
今まで感じていた異様な雰囲気。それが、わかった。


 ―― しまった……。


そう、美鈴が、何もかも知っているのだとしたら。
そして、すぐに行くつもりならわざわざデイパックを地面に降ろした理由とは。

その答えは、先程まで美鈴がいた場所で、今は自分が立っている場所に安置されている、白い箱。



 美鈴が、向こうで笑っていた。







 突如として、爆音が辺りに響き渡った。







   【残り41人 / 爆破対象者33人】



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