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 5人目の物語。
 そう、全ての集結の、憂う話。


 爆音が、辺りに響き渡る。想像以上に大きな音が、彼女、古賀啓子(女子6番)の耳を劈いた。

「うっひゃあー。凄い音だねぇ。どれどれ、どうなったかなぁ?」

楽しげな口調で、啓子は茂みを掻き分けた。未だに土煙が舞う中で、最早物音一つ聞こえない。木の上にいる鳥達
も、きっと何処かへ飛び去ってしまったのだろう。
それにしても、凄い威力だ。まったく、いやはや、これほどまでとは。そう、ダイナマイトという代物は。
もともとは鉱山の資源を簡単に掘り起こすために使われてきたものだが、現在ではトンネル工事などに利用されてき
ているそれは、当然ではあるが人間の命を奪う為のものではない。もともと政府側も山崩れを起こさせて生徒を生き
埋めにしたりする為に武器として取り入れたのだろうが、どうやら彼女にはそこまでは頭が回らないようだった。もっと
も、政府は学校へ投げ入れられても平気なように対策を練っておいたのだが(つまり、本部の近くに山などがない、ま
た投擲防止のためにエリアの中心部に位置しているということ)。
土煙が晴れてくると、そこにはもう跡形もなくなっていた。デイパックの生地がボロボロに崩れていて、そして裂けてい
た。何のものともわからぬ大量の肉片が、かき集めても人間の体一つに満たないような量、転がっていた。異様な臭
いが辺りにはたちこめている。
さて、そこにいた3人の体は、何処へ消え去ってしまったのだろうか。

「ええっと……これで、大丈夫なんだよね」

そう、これで、もう大丈夫な筈だ。首輪は爆発しない。武藤雅美(女子29番)、木藤早智(女子5番)、そして、横たわ
っていた誰か(もしかしたらもう死んでいたのかもしれない)は、木っ端微塵に砕け散ったのだ。
常人の精神では考えられないこの現象、だが、狂っている身にとっては、なんてことはないのかもしれない。


 もともと古賀啓子という生徒は、慎重な性格の持ち主だった。
石橋を叩いて渡るということわざがあるように、何に対しても慎重に応対していた。行動するときは必ず結果を考え、
それが自分にとって可か不可かを判断し、そして実行していた。やがてそれは別方向でも役立つようになり、囲碁や
将棋といった盤上競技でも、啓子に敵うものはいなかった。
そういうわけで、啓子は人付き合いが盛んだった。相手が嫌な思いをしないように、常に言葉遣いには気をつけてい
たし、また自分自身の欲情は極力控えて、他人に対して自分を売るように常に行動していた。
そう、だから、自分自身の本性は、決して表に出てくることは無かったのだ。

プログラムに選ばれてからも、啓子は慎重に行動していた。
慎重に考えた結果、他人との接触は極力避けるようにし、また冷静に現実を受け止め、少しでも長く生きることが出
来るように、人通りの少ない森の中に身を隠すことを決めた。
度重なる銃声が起きても、絶対に気付かれないようにじっと息を潜め、そして動かなかった。生理現象まで我慢する
ということは流石にできなかったが、それでも慎重に行動していた。
だから、普段から溜まっていたストレスと、緊張の連続した緊迫したこの状況での過度の負担は、確実に啓子の精
神を蝕んでいた。
引き金は、運命の放送だ。突然追加された理不尽極まりない特別ルール。この状況に対してどういった行動をとれ
ばいいのか、啓子の脳はフル回転したが、これからも隠れ続けるという案が破棄された今となっては、答えは出なか
った。他人との接触を避けろと命令されるが、逆の面では生き延びる為には他人を殺せという指令が発令されている
のだ。もう何がなんだかわからない。どうすればいいのかわからない。
そして、彼女は壊れた。
いや、壊れたと言う表現は間違っているのかもしれない。正しくは、本性が出たということか。


 なにさ、もうわかんないよ、全然。
 結局、そんな理論で考えるんじゃなくてさ、ただ適当にやればいいってことじゃないの?


支給されたダイナマイトは使わないと考えていた理性はもう働かない。
本性は、どんなものなのか、使いたくて使いたくてうずうずしていたのだ。

「うわぁ……こりゃ無残だねぇ」

変な具合に更地になっている場所に佇む啓子。そのデイパックの中には、まだ赤い筒にくるまれたダイナマイトが、
導火線をつけた状態で眠っている。

「さぁてと、これからどうすればいいのかな……もう、殺さなくたっていいんだよねぇ?」

そう独り言を呟きながら、啓子は再びダイナマイトをデイパックから取り出した。
そして、口元を極限まで吊り上げる。普段の彼女からは、想像も出来ない顔となっていた。

「なぁんちゃって。楽しいじゃん、これ。もっと……もっともっとこれ、使ってみようっと。……ねぇ? 曽根さん」

そして、首を傾けて、にやっと笑みを浮かべる。その視線の先には、何時の間に近付かれていたのだろうか。曽根美
(女子9番)がいた。
美鈴は、驚いたような顔をしていた。

「え、えっと……古賀さん、だよね?」

「そーだよぉ。古賀ちゃんでぇす、驚いたぁ? 凄いでしょ、あたしがやったんだよ」

「……君江を、殺したのかな?」

そして、おどけた顔を一気に凍りつかせて、そう言い放った。
なるほど、見てみるとなかなか鋭い眼をしている。

「君江ちゃん? あ〜、武藤さんと木藤さんと、あと一人誰かなぁって思ってたんだけど、なんだぁ、野村さんだったの
かぁ。そーかそーか、野村さんかぁー」

「答えなさいよ!!」

美鈴が、叫ぶ。
あぁ、うるさいなぁ。そうだ、消しちゃおうか。あの3人みたく、どっかにやっちゃおうか。

「んー、わからないよぉ。誰か倒れてたんだけどぉ……あれ、死んでたのかな?」

「……そう、わからない、わけね」

「そうだよん、ゴメンネ」

ああ、もう鬱陶しいや。消えちゃえ。
ダイナマイトの導火線に、火をつける。そして、すぐに美鈴に向けて放り投げる。

「じゃあ、殺すしか、ないようね」

美鈴が、白い箱をいきなり投げつけてきた。

「死んでしまえ!!」

そして、手元からリモコンを取り出して、スイッチを押した。
美鈴が放った2つめの白い箱の中の小型爆弾は、啓子の眼前で爆発し、啓子の頭部を簡単に吹き飛ばした。勿論、
啓子は何が起きたのかなんて判断できなかっただろうし、またもう二度と思考を巡らすといった行為も出来なくなって
いた。
一方、啓子の放ったダイナマイトは、美鈴の足元に落ちた。だが、もともとそれほど大きいものではない。美鈴が激怒
して白い箱を投げている間に起きた出来事など、考えている筈が無かった。




 そして、激しい爆音と共に、美鈴もまた虚空の彼方へと弾き飛ばされた。
 奇しくも、2人が砕け散った時刻は、寸分違わなかった。




 女子5番  木藤 早智
    6番  古賀 啓子
    9番  曽根 美鈴
   16番  野村 君江
   29番  武藤 雅美  死亡



   【残り36人 / 爆破対象者28人】



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